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トップ > エキゾチック > エキゾチック - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年8月29日 9時)
星野山無量寿寺喜多院(川越大師)
'''@埼玉・川越市小仙波町'''
| 〜≪星野山無量寿寺喜多院≫〜 | |
◇当寺院は 「川越大師」 の別名でも親しまれる川越の中核をなす寺院なり!
※なお、この画像はクリックすると拡大します。どうぞ、拡大画像でご覧頂くと有り難いです〜)^o^(♪
| ■ 星野山 無量寿寺 喜多院 |
'''―天台宗の寺院―'''
*本 尊=阿弥陀如来 *数多くの文化財を有する。 ・客殿(附:渡廊)/・客殿/・書院/・庫裏(附:玄関・玄関広間・渡廊及び接続室)/・山門(附:棟札)/・鐘楼門(附:銅鐘)/・慈眼堂(附:厨子)/・仙波東照宮〜以上、重要文化財(建造物) ・紙本著色職人尽絵(六曲屏風一双、狩野吉信筆)/・宋版一切経(4,686帖)/・太刀 銘友成(附:糸巻太刀拵)、銅鐘 正安2年(1300年)銘〜以上、重要文化財 ・銅鐘 元禄15年〜以上、重要美術品 ・慈恵堂/・多宝塔〜以上、県指定有形文化財(建造物) *所在地=埼玉県川越市小仙波町 1-20-1_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
良源(慈恵大師、元三大師ともいう)を祀る。'''川越大師'''の別名で知られ、境内にある五百羅漢像でも有名。
平安初期の天長7年(830)、淳和天皇の命で円仁(慈覚大師)が建立し、当初は'''無量寿寺'''と号した。
無量寿寺には北院、中院、南院があり、永禄年間(1558年−1570年)頃まではこれら三院が存在していたが、
江戸時代初めに川越大火があり、寺の多くの建物が焼失、中院のあった場所に仙波東照宮が建てられたため、
中院はさらに200m南方に移動し、南院は明治初めに廃院となり、その一角とされる場所には数十基の石の塔婆
が残っている。天正16年(1588)、徳川家の尊崇の厚かった'''天海'''が入寺し、寺号を喜多院と改めている。
寛永15年(1638)、火災で山門以外の伽藍を焼失するが、翌年、'''徳川家光'''の命で江戸城御殿の一部を移築した。
これが今に残る客殿、書院、庫裏(何れも国の重要文化財)である。 〜ウィキペディア(Wikipedia)より〜
作者:
更新日:2008年8月29日 19時59分
■雷雨・雷光・雷鳴〜真夜中の来襲!
| ≪雷雨・雷光・雷鳴〜真夜中の来襲!≫ | |
'''■真夜中の来襲!'''
夜に入ってから雷鳴が轟き出し、凄まじい雷雨が始まった。
それは真夜中まで続き、家の中にいても"雷光"が差して一瞬明るくなる。
画像は真っ暗だが、雨足の強まる中、屋外の人家が一瞬浮かび上がる。。。
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夜に入ってから雷鳴が轟き出し、凄まじい雷雨が始まった。
それは真夜中まで続き、家の中にいても"雷光"が差して一瞬明るくなる。
画像は真っ暗だが、雨足の強まる中、屋外の人家が一瞬浮かび上がる。。。
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昨夜来の雷雨は、東京地方でも、何と一時間に100ミリ前後と凄まじく記録的な豪雨となった。
積乱雲が次々と発生して、真夜中でも収まることのない雷光・雷鳴の執拗な来襲にもうヘトヘト。
東京・八王子市では、土砂崩れで人家が押し出されたり、線路内の崩土に電車が乗り上げたりと。。。
この夏は、とにかく降雨と同時に雷の発生する日が多くて、夏空が少なかったような気がする。
セミの声もぱったりと聞かなくなり、天候不順の、夏らしからぬ夏だったとの印象をどうにも拭えない。
積乱雲が次々と発生して、真夜中でも収まることのない雷光・雷鳴の執拗な来襲にもうヘトヘト。
東京・八王子市では、土砂崩れで人家が押し出されたり、線路内の崩土に電車が乗り上げたりと。。。
この夏は、とにかく降雨と同時に雷の発生する日が多くて、夏空が少なかったような気がする。
セミの声もぱったりと聞かなくなり、天候不順の、夏らしからぬ夏だったとの印象をどうにも拭えない。
| ■雷が落ちる場所・人的被害を受ける状況〜from Wikipedia〜 |
雷は大抵高いものに落ちやすいが、条件によっては高さに関係なく落ちる。
事実、海やサッカースタジアムのフィールドなどの広い場所に落ちている(雷ストリーマを参照)。
金属製品を身につけているかどうかは関係ない。以前は金属製品を持たない方がよいとされて来たが、
近年関係ないことが明らかになり、逆に身に付けている方が金属が雷の通り道になり助かる場合もある。
家への落雷の場合、電化製品や電気を通すものを介して感電あるいは発火する。送電線への場合は、
アークホーンなどを通し、一時的に当該回路が停電になる(瞬停)。また、公園などにある屋根付きの壁
のない簡単な休憩所に落ちた場合は、柱に近い位置にいると屋根から伝った雷が飛び移って感電する。
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| ■雷対策〜from Wikipedia〜 |
雷対策として最も確実なのは、雷注意報が出ている時は野外に出ないことである。
出ざるを得ない場合、または出てしまった場合は遠くで雷雲が見えたら室内、或いは、
'''停止し窓を締め切った自動車内'''などに逃げ込む。雷雲は速く発達する。雷鳴が聞えてからでは遅い。
45度以上の角度で見上げる高さの木がある位置は、木が避雷針の役割を果たしてくれるので安全とされる。
ただし、幹や枝などに2m以内まで近づくと木に落ちた雷に'''側撃雷'''が発生する可能性があり危険なので、
適度に離れている必要がある。また、落雷地点が多少離れていて運よく直撃を避けられても、
地面に落ちた雷はある程度の距離なら地表を伝わって来るため、人は強い"衝撃波"を受ける。
この時、足を開いていると「片脚>胴体>反対の脚」と体内を電流が流れ感電する可能性が高くなるので、
'''脚は閉じていた方がよい'''とされている。更に、'''身を出来得る限り小さくして座ると効果がある'''とされている。
作者:
更新日:2008年8月29日 14時9分
旗下山慈眼寺(秩父札所13番)
'''@埼玉・秩父市東町'''
| ■ 旗下山慈眼寺 (きかざん じげんじ) |
'''―曹洞宗の寺院―'''
*本 尊=聖観世音菩薩 *御詠歌=「御手に持つ 蓮のははき残りなく 浮世の塵を はけの下寺」 *あめ薬師・・・薬師堂の縁日(7月8日)には飴を売る露店が並んで賑わう。 *所在地=埼玉県秩父市東町 26-7_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
| 秩父市指定史跡 |
この札所のご本尊は聖観世音菩薩で、お堂は、三間四面、表軒唐破風つきの流れ向拝をふして、
入母屋づくりの屈指の建物です。明治11年3月の秩父大火に類焼し再建されました。うす肉彫りの枝輪、
絵画のある格天井は荘厳です。県指定旧跡で、文政明治の徳行家'''井上如常の墓'''も境内にあります。
街の中心の一角にあるこの地は、昔より霊地としてその名も高く、'''日本武尊'''東国征伐の折、
この地に旗をたてさせた故、'''ハタノ下'''といわれ、年を経て'''ハケノ下'''と呼ぶようになったといいます。
また、'''薬師如来'''は「あめ薬師」といい、眼病平癒に功徳あらたかで、7月8日縁日は、境内外に二百
余軒露店が並び、"'''ブッキリ飴'''"が売られ、多くの参詣人で賑わい、秩父の夏の風物詩となっています。
昭和40年1月25日 秩父市教育委員会〜現地看板資料より〜
作者:
更新日:2008年8月28日 18時9分
◇ヒマワリに集まる虫たち♪
'''@埼玉・所沢市三ヶ島'''
ヒマワリの群生する様は壮観ですが、今年の夏は天候不順の日が多くて、ヒマワリのよく似合う夏空が少なかった
ような気がします。それでも虫たちは、生きる糧をヒマワリの花に求めて、たくさん集合して来ていましたよ〜)^o^(♪
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| ■ コアオハナムグリ (小青花潜) |
'''―甲虫目・カブトムシ亜目・コガネムシ科・ハナムグリ亜科―'''
*学 名=「Oxycetonia jucunda」
*体 長=11〜16〓程
*分 布=北海道・本州・四国・九州
*時 期=5〜10月
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| ■ セイヨウミツバチ (西洋蜜蜂) |
'''―ハチ目・細腰亜目・ミツバチ科・ミツバチ亜科―'''
*学 名=「Apis mellifera」
元々はヨーロッパからアフリカ、中近東にかけて分布していたが、養蜂利用のために移入された。
胸部に続く腹部の二節がオレンジ色をしているので、取り敢えずセイヨウミツバチとみなした。
後翅の翅脈までは確認し得なかった。ヨウシュミツバチとも言う。
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| ■ キアゲハ (黄揚羽) |
'''―チョウ目・アゲハチョウ科・アゲハチョウ亜科―'''
*学 名=「Papilio machaon」
日本でもナミアゲハとともに全国的によく見られるアゲハチョウ。
キアゲハは前翅のつけ根が黒ずんだ色彩で塗りつぶされたようになっているが、
ナミアゲハの場合はその部分が"縞模様"になっていて、その点で見分けられる。
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| ■ イチモンジセセリ (一文字挵) |
'''―チョウ目・セセリチョウ科・セセリチョウ亜科―'''
*学 名=「Parnara guttata」
後翅の白い斑点が"一文字模様"状につながっており名前の由来になっている。
小さな躯体の割りに大きな目を持ち体毛が濃い目のチョウ。。。何か憎めない愛らしさを秘めている。
〜以上 『ウィキペディア』 等より〜
作者:
更新日:2008年8月28日 11時29分
地名-70 <縄切とは?>
'''@東京・八王子市美山町'''
| =【縄切】=と書いて、さて何と読むのでしょうか? |
'''・平易な漢字二文字の組合せです。ズバリ名答を〜そして、珍答・迷答も期待しておりますよ〜(*^^)v'''
'''・これは、東京都・八王子市にある地名ですが、西東京バスの停留所からの引用となります〜)^o^(♪'''
■前回(第六九回)の答えです♪ 〜'''【上坂】=「あがっさか」'''
◇前回の問題では・・・ご存知の方が一名いらっしゃいました。知る人ぞ知る地名ですね〜!Congratulations!!
◇その他の解答例としては・・・「まさか」 「こうさか」 でした。参加して頂き有り難うございました〜<(_ _)>
◇その他の解答例としては・・・「まさか」 「こうさか」 でした。参加して頂き有り難うございました〜<(_ _)>
| 所在地確認 |
| <_embed src="http://map.yahooapis.jp/MapsService/Flash/V3/?appid=YahooMapsPasteMap&pos=35.80125117%2c139.12284975&layer=6&mode=map&visibleSliderbar=false" type="application/x-shockwave-flash" autostart=0 allowScriptAccess="never" width="480" height="360" wmode="transparent"> |
| 詳しい地図で見る |
| '''☆さらっと、八王子市(はちおうじし)の紹介です♪''' |
東京都の多摩地域に位置(都心から約40km)する市。人口=546,775人(平成20年6月30日現在)
・市の木=イチョウ/・市の花=ヤマユリ/・市の鳥=オオルリ(大瑠璃)
| ◇概 要◇ |
国から'''業務核都市'''として位置付けられ、人口は全国第24位、東京都内では東京23区に次いで第2位、
全国の政令指定都市及び候補市(市町村合併の結果人口が70万人を越えた市)を除くと全国第4位の市。
多摩地域内で最も早く市制施行した。2007年4月に"保健所政令市"に移行した。
戦国時代には"城下町"、"江戸時代"には宿場町として栄え、南多摩郡の郡役所所在地であった。
また、かつては絹織物産業・養蚕業が盛んであったため '''「桑の都」''' 及び 「桑都(そうと)」 という美称があり、
西行の歌と伝えられて来た 「浅川を渡れば富士の影清く桑の都に青嵐吹く」 という歌もある。
先染めネクタイの分野において、全国有数の'''ネクタイ地の産地'''でもある。
| ◇アラカルト◇ |
北条氏照が城を築いた深沢山には、牛頭天王の八人の王子神である 「八王子権現」 が
祀られていたため'''八王子城'''と名付けられたが、この城名が市名の由来である。
午後5時(冬期は午後4時)になると、本市出身の'''中村雨紅'''が作詞した '''『夕焼小焼』''' が、
また、2006年4月10日からは加えて、小学校低学年の帰宅時間にあたる午後1時半に、
本市出身の'''松任谷由実'''の歌である '''『守ってあげたい』''' が"防災無線"で放送されている。
市域にある大学数では全国屈指の自治体だが、
八王子市役所によると、11万人の学生と5千人の教員が八王子市に通っているという。
苫小牧市&日光市とは姉妹都市であり、共に '''「八王子千人同心」''' のつながりから。
以上〜出典:フリー百科事典 『ウィキペディア(Wikipedia)』 等〜
作者:
更新日:2008年8月27日 14時9分
言の葉-275〜極楽浄土に君安かれと願う!〜
'''@東京・昭島市、昭和山田中寺(曹洞宗の寺院)'''
■昭和山田中寺(でんちゅうじ) ―曹洞宗の寺院― *本尊=聖観世音菩薩 *創建=宝暦3年(1753) *古くは等外庵と称する尼寺であった。 *昭和17年(1942)田中寺に改称。 *現在の本堂は、昭和47年(1972)に落慶。 *所在地=東京都昭島市田中町2-11-15 *道を挟んで、旧田中村の鎮守・田中稲荷神社がある。
作者:
更新日:2008年8月27日 9時9分
◇青田の広がる風景〜心に安らぎを与えてくれる緑の絨毯♪〜
'''@東京・羽村市、根がらみ前水田'''
| 〜≪青田の広がる風景≫〜 | |
◇目に優しく心に潤いを与えてくれる、これぞ癒しのグリーン・カーペットなり♪
青田の広がる景色には、何故だか心が和まされます。
大雨、雷雨にゲリラ豪雨と呼び方は変われど、今夏は実に雨降りの日が多いです。
夏らしくない夏・・・梅雨に逆戻りしたような、或いは秋霖の前倒しのような。。。
とにかく雨が多くて、稲作にとって日照不足の懸念はあるやなしや。。。?
大雨、雷雨にゲリラ豪雨と呼び方は変われど、今夏は実に雨降りの日が多いです。
夏らしくない夏・・・梅雨に逆戻りしたような、或いは秋霖の前倒しのような。。。
とにかく雨が多くて、稲作にとって日照不足の懸念はあるやなしや。。。?
[[attached(2,center)]]
東京地方はここ数日、梅雨寒のような陽気が続いています。
あの猛暑が去ってくれたのは嬉しいはずなのに、、、
時にはお天道さまが顔を出してくれないと、体のバイオリズムが狂い出しそう。
あの猛暑が去ってくれたのは嬉しいはずなのに、、、
時にはお天道さまが顔を出してくれないと、体のバイオリズムが狂い出しそう。
[[attached(3,center)]]
夏らしくない夏・・・それでも稲田は青々と広がり、やがて来る収穫の日を待たん。
植物たちは正直に、季節の移り変わりを肌で感じて生長していますが、
その季節の移ろいをキャッチするセンサーが狂い出す時、
地球はどうなっているのでしょう。人以外の生き物たちに異変はあるやなしや。。。?
植物たちは正直に、季節の移り変わりを肌で感じて生長していますが、
その季節の移ろいをキャッチするセンサーが狂い出す時、
地球はどうなっているのでしょう。人以外の生き物たちに異変はあるやなしや。。。?
[[attached(4,center)]]
最近、セミの声をとんと聞いていません。。。
じわじわと、気候変動の波が押し寄せて来ているのでしょうか。。。?
じわじわと、気候変動の波が押し寄せて来ているのでしょうか。。。?
[[attached(5,center)]]
そう、今夏は形の整った入道雲ですら、あまり見上げた記憶がないのです。
青田を前にして、トトロで画かれた夏の情景描写が妙に懐かしく感じられました。
青田を前にして、トトロで画かれた夏の情景描写が妙に懐かしく感じられました。
作者:
更新日:2008年8月26日 11時59分
◇力強さを見せる大杉!〜オーラを感じて♪〜
'''@東京・青梅市、御岳山'''
| ■ スギ (杉) |
'''―ヒノキ科の常緑高木(スギ科とする場合もあり)―'''
*学名=「Cryptomeria japonica」
*分布=屋久島〜東北地方
日本特産(日本固有種)の針葉樹である。
木材資源として重要で、多くの地域に植林されているが、花粉の飛散によって花粉症の原因ともなる。
名前の由来は・・・スギは傍らにはびこらず上へ進み上る木として '''「進木(ススギ)」'''、
或いは、真直ぐの木 '''「直木」''' から来ているとも言われる。
スギはヒノキよりも湿潤な土壌を好むので、通常はスギを山腹から谷間に、ヒノキを尾根の側に植林する。
これは杉の巨木、いわゆる大杉です。
御岳山の表参道沿いにはたくさんの杉の巨木が生えていますが、
この大杉は御岳山の山上にある御師の宿坊の前に生えていました。
何とも奇怪な姿をしていますね。樹齢は如何ほどでしょうか。。。
長い間、風雪に耐え抜いて来た逞しさが、そのまま姿となっているよう。
何か力強いパワーみたいなものを放出しているかのように見えました。
いかにも野生に生えている感じで、これも自然がなした造形なんでしょうかね。
何か、天狗さまが腰掛けて休むのにおあつらえ向きの姿をしています。
ただ残念だったのは、マイ・デジカメではトップまで写し切れなかったことです。
見上げていると、その力強さに触れて、何か元気をもらったような気がしましたよ。
御岳山の表参道沿いにはたくさんの杉の巨木が生えていますが、
この大杉は御岳山の山上にある御師の宿坊の前に生えていました。
何とも奇怪な姿をしていますね。樹齢は如何ほどでしょうか。。。
長い間、風雪に耐え抜いて来た逞しさが、そのまま姿となっているよう。
何か力強いパワーみたいなものを放出しているかのように見えました。
いかにも野生に生えている感じで、これも自然がなした造形なんでしょうかね。
何か、天狗さまが腰掛けて休むのにおあつらえ向きの姿をしています。
ただ残念だったのは、マイ・デジカメではトップまで写し切れなかったことです。
見上げていると、その力強さに触れて、何か元気をもらったような気がしましたよ。
作者:
更新日:2008年8月26日 9時9分
母巣山少林寺(秩父札所15番)
'''@埼玉・秩父市番場町'''
| ■ 母巣山少林寺 (ははそざん しょうりんじ) |
'''―臨済宗建長寺派の寺院―'''
*本 尊=十一面観世音菩薩 *御詠歌=「みどり子の ははその蔵福寺 ちちもろともに ちかひもらすな」 *化石地蔵・・・弘法大師爪彫りの地蔵とも呼ばれる。 *所在地=埼玉県秩父市番場町 7-9_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
| 秩父市指定史跡 |
15番札所は、もと秩父神社の傍にあった蔵福寺でしたが、明治維新の際、蔵福寺は廃寺となり、
この少林寺が札所を受け継いだものです(※少林寺は元、東町柳島にあったが当地に移転し札所を継承)。
本堂は入母屋造りで、前は千鳥破風つきの向拝をふして総体を漆喰込めで洋風が加味されております。
本尊は十一面観世音です。境内には明治17年の秩父事件に殉職した窪田、青木両警部補の墓もあります。
その昔、近江賢田の商人、湯尾峠をとおりし折、怪者数人語り合うをきくと 「今年は江州に疫病流行させんとした
が、定朝の十一面観音に阻まれてそのことならず、東に行き彼の地を荒さん」 とさては疫神ならんと恐れ、定朝
自作の十一面像を授かり、仏意の霊験によりこの地に堂を建立し祭りたため疫難を免れたという縁起があります。
昭和40年1月25日 秩父市教育委員会〜現地看板資料より(一部加筆)〜
作者:
更新日:2008年8月25日 15時39分
言の葉-274〜心の底からの笑いは健康の証!〜
'''@東京・昭島市、拝嶋山普明寺(天台宗の寺院)'''
| *言の葉〜#274 |
| 〜心の底からの笑いは健康の証!〜 | |
| 心の底からの笑いは |
| 健康の証(あかし) |
| 「笑い」 は体に良い影響を及ぼす。笑うことで頬の筋肉が働き動くことにより、ストレス |
| を解消し、また鎮痛作用たんぱくの分泌を促進させ、ストレスが下がることで血圧を下 |
| げ、心臓を活性化させ運動した状態と似た症状を及ぼし、血液中の酸素を増して心臓 |
| に良い影響を与えることから、循環器疾患の治療に用いられることもあるという。w(゚o゚)w |
■拝嶋山普明寺 ―天台宗の寺院― *本尊=大日如来 普明寺そのものは当初、大日八坊のひとつに過ぎなかったのが、 江戸時代に大日堂の別当にあげられた由緒をもっています。 その大日堂は、正式には、拝島山密厳浄土寺大日堂といいます。 天暦6年(952)の創建と伝えられ、戦国時代には滝山城の鬼門除けとして、 北条氏の庇護を受けていました。 本尊大日如来とその脇侍は、何れも東京都指定の有形文化財です。 現本堂は、享保17年(1732)に再建されたものです。
作者:
更新日:2008年8月25日 9時9分