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養老の立役者源丞内にまつわる寺社参拝と墓参り <養老第3回>

Canon EOS 20D+Canon EF-S 17-85mm f4-5.6 IS
養老シリーズ3回目は、滝編ではなく神社仏閣編にした。そっちを先にした方が、養老の名前の由来や歴史なんかを説明しやすいから。滝については特に書くこともないから、ほとんど写真だけになると思う。
養老公園の中には、養老寺(ようろうじ)と、養老神社がある。養老説教場というのもあるらしいのだけど、たぶん遠いだろうと思って省略した。けど、帰ってきてから分かりやすい養老公園のイラストマップを見つけて、それを見ると思ったよりも近いことが分かった。失敗したか。妙見堂というのもあるし、大菩提寺というのもあった。やっぱり事前の下調べは大切だ。ただ、それらを回っていたら、津屋川の彼岸花は完全に間に合ってないから、今回はしょうがいないところだったとも言える。
そんなわけで、今日は養老寺と養老神社について紹介したい。

ここらは水には事欠かないから、手水舎もきれいな水が流れていた。水道水ではなく、そこらから湧き水でも引っ張ってきてるのだろうと思う。こういうところで手を洗うのは気持ちいい。柄杓(ひしゃく)が金属製でちょっと情緒を欠いたけど。

境内は狭く、半分は幼稚園の運動場として占領されている。堂から離れて写真を撮ろうとすると、必然的に幼稚園の敷地に入り込むこととなる。柵などはないから入ってもいいのだろうとは思うけど、お遊戯中だったりすると、写真を撮りづらい。幼稚園児たちに囲まれてお寺の写真を撮っている男の図は明らかに変だ。
堂が二つ並んでいて、左の不動明王という提灯が下がっている方が不動堂で、右手の方が本堂のようだ。その右にも建物があって、そちらは半分ブルーシートがかぶせられていて朽ち果てそうになっていた。このお寺自体、相当痛みが激しくてこのままでは長くは持たない感じだ。
不動堂に安置されているのが、高さ97センチの滝守不動明王立像で、岐阜県の指定文化財になっている。
やはり滝といえば不動明王がつきもので、養老山麓がかつては修行の場だったことを物語っている。昔は不動堂養老寺と称していたという。
創建は奈良時代で、養老の滝伝説の主人公、源丞内が開いたとされている。
もともとは法相宗で、創建時はここから南東1キロほどのことろにあったそうだ。当時は養老寺や養老の滝を中心とした養老山地が法相宗の修業地となり、広大な境内に多くの伽藍が建っていたそうだ。それらの伽藍は、織田信長の兵火でことごとく焼失してしまったらしい。
安土桃山時代に、伊藤祐盛という人物がこの地に寺を移し、江戸時代に入った1607年に美濃国高須藩藩主徳永寿昌の援助で本堂が再建されて、浄土真宗に改宗された。

本堂の方もかなり年季が入っている。見ている分には古めかしくていい。
本尊の十一面千手観世音菩薩は、国の重要文化財だから、本堂ではなく宝物庫にしまわれているのかもしれない。鎌倉時代の作とされるもので、兵火で寺が焼かれたとき養老の滝に隠して難を逃れたという話もある。
この寺は不老長寿に御利益があるというので、昔から大勢の参拝客が訪れたという。

小さいながらも頑丈そうな宝物庫がある。徳川家康が寄贈したという鎌倉時代の太刀や、平安時代の太刀などの重要文化財を所蔵している。
こんなところで信長や家康の名前が出てくるとは思わなかった。

お寺の横には、孝子源丞内の墓がある。養老一の有名人のお墓にしては、こぢんまりとして、少し荒れているような印象も受けた。

養老神社は、リフト乗り場近くの、少し奥まったところにある。散策路を普通に歩いていると見落としてしまうかもしれない。
入り口からしてなかなかいい雰囲気だった。階段を登った上に本殿がある。

神社の境内にある菊水泉から、滔々と水が流れ落ちてきている。みんなここへ水を汲みに来るようだ。近所だったら、ミネラルウォーターを店で買う必要もなく、もらいたい放題だ。
この水を飲んだ全員が若返って不老長寿になってしまったら、それはすごく困るけど。

この神社に関しては、はっきりしたことはよく分からなかった。創建の時期は不明ながら、ここも源丞内ゆかりの神社だそうだから、始まりは奈良時代ということになるだろうか。平安時代の美濃国神明帳には養老明神と出ているそうだ。
どういういきさつがあったのか、1504年には菅原道真を合祀して養老天神に改称されている。
その後、明治に入って、近くにあった元正天皇・聖武天皇祭場を移転して合祀し、そのとき養老神社となった。
もともとは、菊理姫(菊理媛神)を祀った神社だったという話もある。黄泉の国でもめたイザナギとイザナミを仲直りさせて、のちに白山神社の神となった神様だから、養老の古い山岳信仰が始まりだったとも考えられる。
菊水泉の名前も、菊理姫から来ているのだろうか。

手前が拝殿で、奥の高いところに本殿がある。本殿は最近建て直されたのか、新しかった。
すごく簡略化された木造の小屋みたいだけど、最初からこんなふうだったのか。これじゃあ、山小屋みたいではないか。まだ建てている途中だったりするのだろうか。

神社の境内に菊水泉はある。養老の滝伝説というと、滝の水を汲んで帰った息子が、年老いた父親に飲ませたところ酒に変わって喜ばせたというというのが一般的な話として伝わっている。ただ、実際問題として、滝から水を汲むのはとても危険で、あえて滝の水を汲み必要があったのかという疑問がある。むしろ菊水泉から汲んでいった水を飲んだ父親の病気が治ったとかの方が現実的なような気がする。
養老山地から湧き出た水は、カルシウムやマグネシウム、カリウムなんかを豊富に含んだ天然のミネラル水だ。これを飲めば体調がよくなるということは充分に考えられる。年老いた酒好きのお父さんに無尽蔵に酒を飲ませることが親孝行とも思えない。それじゃあ、水道の蛇口から無限にジュースが出てきたらいいなと言ってる子供とあまり変わらない。
ただ、このエピソードはまんざら作り話というわけでもなく、「続日本記」や「古今著聞集」に書かれていることだから、何らかの元エピソードはあったのだろう。ここの水がいい水で、健康や若返りに効果があるといった話が広く伝わっていたのは確かなようだ。時の元正天皇(女帝)もこの話を聞いて感心して、老いを養う若返りの水は天の恵みに違いないということで、元号を養老に改めているくらいだ。そのとき、源丞内を美濃守に任命し、この地方の税を免除したとも言われている。
元正天皇がこの地を訪れ、菊水泉で沐浴して、痛いところが治って若返ったという伝説もあるけど、まあおそらくそれはないだろう。この水を都まで運んで、みそぎなどに使ったということはあり得る話かもしれない。

養老神社のもう一つの入り口。
菊水泉の案内も出ている。菊水泉は名水百選に選ばれている。

養老神社を出てすぐのところに金比羅さんがあった。どうしてこんなところに。
金刀比羅神社といえば、総本社は香川県の金刀比羅神社で、瀬戸内海の航海の安全を守る神様だ。のちに龍神と結びついて雨乞いの神となったりしつつ、今は大物主神が祭神になっている。養老とはあまり関係がない気もするのだけど、いつ誰が建てたものなんだろう。詳しいことは調べがつかなかった。
養老公園の神社仏閣は、とりあえずこの二つを巡っておけば充分だろう。お寺と神社とワンセットになっていてちょうどいい。両方とも養老伝説の源丞内にまつわるところだから、寄っておいて損はない。菊水泉の下の方で水を飲んでおくのもいい。神社仏閣好きの人は、私が行けなかったところまで全部回ってきて欲しいと思う。
明日はやっと滝の写真が登場する。
つづく。
作者:オオタ(マサユキ)
更新日:2008年10月8日 3時15分
養老のおみやげ屋通りを歩いても幼少の記憶は戻らず <養老第2回>

Canon EOS 20D+Canon EF-S 17-85mm f4-5.6 IS
ここは養老の滝の下流約1キロ地点。橋の上に立って自分の影を見つけると、つい記念撮影をしてしまう。垂井でもやった。他でもやった気がする。次はポーズ付きでやろう。
この川の名前を、滝谷という。養老山地から始まるこの川は、養老の滝となって流れ落ち、養老公園を横断したあと、別の流れと合流して、津屋川と名前を変える。彼岸花を見に行ったあの川だ。津屋川は揖斐川と合流し、伊勢湾へと注ぎ込む。水もまた長い旅をしている。
養老シリーズ第2回でもまだ滝は登場しない。そこへ至るまでの散策路と、おみやげ屋紹介で時間切れとなり、次回に続く。もしかすると、間に神社仏閣が挟まって、滝は更にそのあとになる可能性もある。
実は、養老の滝というのはそんなにたいしたものではない。日本三大名瀑の一つを自称しているけど(一般的には袋田の滝の方が入る)、華厳の滝や那智の滝なんかと比べると迫力はだいぶ落ちる。すごく期待して行くと、拍子抜けしてしまう。
私が見たかったのは滝よりもおみやげ屋通りの昭和ムードだった。子供の頃のぼんやりしたイメージと、現在の様子を見比べてみてどう感じるだろうというのが興味の大半だった。そういう意味では、養老シリーズのクライマックスは今回と言っていい。滝そのものは、ついでに見に行ったようなものだ。
結論から言うと、非情にがっかりしてしまったというのが正直な感想だった。かなり寂れていて、昭和の名残が色濃いひなびた観光地を想像していたのに、行ってみたら意外と流行っているではないか。確かにおみやげ屋などはどこも古びていて昔のままのところも多いのだけど、訪れている人が多すぎる。活気がありすぎて面白くない。途中で団体さんまでやって来て、一時は100人以上の観光客に囲まれることとなってしまった。行く前は、せいぜい5、6人としかすれ違わないんじゃないと思っていたから、大きく思惑は外れることとなった。
平日の午後ということもあってか、若いカップルも多かった。滝デートはありらしい。自分が大学生の頃は、デートで養老の滝に行くなんて発想はみじんもなかったけど、最近の傾向なのか、昔から密かな人気スポットだったのか。
そんなわけで、他の人たちとは違う意味で拍子抜けとなった養老の滝行きだったけど、写真だけはやたら撮ってきたので、順番に紹介していきたい。たぶん、おみやげ屋にこんなにスポットを当てた養老の滝紹介は他にないだろうと思う。

正面遠くに見えているのが養老山脈だ。
滝谷はこれでもかというくらいに自然の姿を打ち消されて、完全に牙を抜かれた状態となっている。豪快な滝が、1キロ先にはこんな姿になり果ててしまうのは、けっこう悲しいものがある。ここまで工事する必要があったんだろうか。大雨が降ると洪水になってしまうのかもしれない。

少し秋の気配。でもクモの巣のが張っていて、まだ夏の名残。
北海道ではもう紅葉が始まっているというし、そろそろどこへ紅葉を撮りに行くか考えないといけない時期になってきた。去年は奈良と鎌倉へ行ったから、今年は京都かなとも思っている。

橋を渡って、駐車場を過ぎたあたりから、おみやげ屋が現れる。一部閉まっている店はあるものの、思いのほか古びていない。
しげしげとあたりを眺めつつ、こんな感じだったかなぁと、記憶の中にあるイメージとのギャップを感じた。覚えているのはこんな風景ではなかった。道はここしかないはずだ。子供の頃の記憶というのも、いい加減なもので、他の場所で見た風景やテレビで観た光景などがあわさって、本来のものとは違ったものに作り変えられていることが多い。
このあたりの風景自体がどういうふうに変化したのかもよく分からない。今更だけど、昔のアルバム写真を見てから行った方がよかったか。押し入れのどこかにしまい込んでいるはずだ。

ここで洋品店を営むか。養老の滝を見に行った帰りに、ついでにワンピースでも買っていこうかしら、なんて人はまずいないと思うのだけど。全然おみやげ物とも関係ない。
周囲に少し民家もあるから、そういう人たち向けなのだろう。洋品店なのに喫茶もやっているらしい。店の中の一角がカフェになっているのだろうか。かなり斬新だ。

これはかつての旅館だろうか。看板には「瓢遊亭」とある。ネットで調べてみたら、化粧品・ジュエリー・ファッション小物の店と出ていた。本当か。店の佇まいからしてそんな感じはしないのだが。そういえば、表のショーウィンドウの中には、ひょうたんとか人形などの置物が飾られていたような気がする。とすると、やっぱり本当にそういう店なのかもしれない。
二階の窓あたりを見ると、昔の旅館っぽい風情が感じられる。

そろそろ本格的なおみやげ屋通りに入ってきた。営業していた店は、10軒弱くらいだったろうか。それだけ店があるということは、それなりに人がやって来て、営業が成り立つくらい売り上げがあるということだ。私が思っている以上に養老の滝というのはメジャーな観光地らしい。瀬戸の岩屋堂などと一緒にしてはいけない。
上り坂は最初から始まっていて、それが最後までずっと続く。終盤の300メートルくらいはかなり急になるから、途中であきらめてしまう年配の人もいた。私は奈良と滋賀・岐阜歩きで痛めたヒザがまた悪化することになった。今日になってもまだ完治しない。

歩き進んでも記憶はいっこうに戻らない。見覚えのない風景が続く。記憶喪失というのはこんな感じかもしれないと思う。思い出そうにもどうにも思い出せない。
子供の頃というのは、案外風景を見ていない。自分の興味のある対象が次々と切り替わっていって、全体を俯瞰して関係性を把握しようとか、この風景を覚えておこうという頭がない。だから、記憶は断片的なものとなって、上手くつながらない。
それにしても、ここまで思い出せないとは思わなかった。ちょっと焦る。

養老といえば、養老サイダーを思い出すという人も多いかもしれない。昔から養老の名物だった。
ただ、本家養老サイダーは、施設の老朽化と職人の高齢化で、2000年に工場が閉鎖になって製造中止になってしまった。それを受けて、現在は別の会社が養老山麓サイダーという名前で再販している。
ちょっと飲んでみようかと思いつつ、やめてしまったのは、大人になってからの私は炭酸水が苦手になってしまったからだ。子供の頃は毎日がぶ飲みしていたのに、大学生くらいからほとんど飲まなくなった。辛いから、というお年寄りみたいな理由で。
ごく稀に飲んでみると、ファンタ程度でも涙がにじむ。コーラなど、辛すぎて飲めない。
昔はコーラとかサイダーとかソーダ水とか、よく飲んだものだ。あの味の記憶は、今でもはっきりと残っている。

若いカップルとすれ違って、振り向いて写真を撮ったとき、左の店の座敷で何か食べたかもしれないと、ふと思った。味噌田楽のようなものを食べたような記憶がよみがえったのだけど、定かではない。
両親に訊いてみても、そこまでは覚えていないだろう。その記憶は、京都での記憶と混乱しているようにも思える。
結局、最後までおみやげ屋通りの記憶が戻ることはなかった。本当に私、養老の滝へ行ったことがあったんだろうか。

このおみやげ屋が最も昭和の風情を色濃く残す店だった。30年くらい変わってないんじゃないだろうかと思わせる。
ラムネという響きも懐かしい。そういえば昔はサイダーといえば三ツ矢サイダーのことで、一般的にはラムネといっていた。フタのビー玉を押し込んで口を開けて飲むやつ。あのビー玉を取り出したかったのだけど、確かビンを返すと10円とかもらえたんだった。
コーラもペプシももちろんビンで、自販機に栓抜きが付いていた。当たりが出ると、ルパン三世の下敷きがもらえるとか何とかがあったんじゃなかったか。

おみやげ屋が終わると、上り坂が急勾配になってくる。右手の建物は、かつてのお食事処のようだけど、閉鎖されて久しい感じだった。養老の滝全体がこんなふうになっていると私は想像していたのだった。
養老を侮っちゃいけない。

これは旅館だろうと思ったら、酒屋さんだった。看板を掲げているところをみると、今でも営業しているのだろうか。
ここで橋を渡って左から養老の滝を目指すことになる。右にはリフト乗り場があって、そこから滝へ行くこともできるのだけど……。

リフト乗り場自体が異常に上の方にあって、険しいつづら折りの階段を登っていかないといけないのはどうにかならなかったのか。この階段を登る体力と時間があったら、そのまま道を行ってもほとんど変わらないんじゃないかと思う。リフトの宣伝文句は、「濃尾平野を一望」だから、楽をするためにリフトを利用するのではなく、景色を眺めるためというのが主目的かもしれない。実際、登りよりも下りの方が利用客が多いらしい。そんなリフト、あんまり聞いたことがない。
私も帰りに乗っていこうと思っていたら、営業終了時間になっていた。5時までと思っていたら、10月から4月までは4時半で終わりだった。失敗した。そうと知っていたら行きに乗っていたのに。
しかし、リフトというのは文字通りスキー場にあるあのリフトで、高所恐怖症の人はとても乗れないくらいスリリングらしいから、私もちょっと危なかったかもしれない。片手で掴まって、片手で写真を撮れたかどうか自信がない。
リフト乗り場には、昭和50年代に一世を風靡したインベーダーのゲームテーブルが今も現役で置いてあるという話だったから、それだけでも見たかった。
ここから先は、もう特に何も見所はなく、滝を目指して坂を登っていくだけだ。その先に大きな感動は……たぶん、ない。ああ、なるほど、こういう感じかぁというちょっとした感慨があるだけだ。養老の滝が不幸だったのは、滝とセットになる観光名所を持たなかったことだ。あともう一つでも惹きつける要素があれば、その後の運命も違ったものになっただろう。紅葉の時期はけっこう賑わうのかもしれない。
養老シリーズは、あと3回の予定だ。滝編と、神社仏閣編と、番外編が残っている。
明日に続く。
作者:オオタ(マサユキ)
更新日:2008年10月7日 2時42分
使えたのはグリルとレンジとコンロの強火だけサンデー

PENTAX K100D+SMC Takumar 50mm f1.4 他
ガステーブルが壊れてピンチ。しばらく前から自動で火がつかなくなって、チャッカマンでつけていたのだけど、とうとう手動でもつかなくなってしまった。こりゃまいった。そもそもチャッカマンを使ってる時点でどうにかしないといけないと思い至るべきだった。時代に逆行してしまっている。
昨日あたり本格的に火がつかなくなって、サンデー料理のピンチに陥ることとなった今日、そうだ、まだ魚焼きグリルがあるじゃないかと思いついた。電子レンジだってある。文明は私を見捨ててはいなかった! グリルの着火も、もちろんチャッカマンなのだが。
そんなわけで、急きょグリルとレンジを使った料理をすることになったのだけど、なかなか制限が厳しい。まず汁物は駄目だ。スープもできないし、汁っぽいもの全般は不可となる。基本はレンジで蒸すかグリルで焼くという二通りしかない。焼くといってもグリルでは限界があるから、どうしても簡単な料理にせざるを得なかった。
などと言い訳を考えながら作り始めたら、途中でガステーブルが復活。眠りから覚めて火がつくようになった。ただし、火を小さくするとまた消えてしまうので、すべて中火以上での調理となり、それはそれで厳しい戦いとなった。弱火を封印されると料理はとたんに難しくなることを思い知る。常にかき回していないとすぐに焦げ付いてしまう。オール強火では中華しか作れない。
まず最初に思いついたのは、グリル焼き豆腐だった。豆腐田楽はグリル料理の定番で、これは前にも何度か作ったことがった。フライパンで焼くよりもふっくら仕上がって、美味しくなる。水分を失いすぎないように、表面にオリーブオイルをたっぷり塗るのがコツだ。
最初、味噌田楽にするつもりが、気がついたらひき肉そぼろになっていた。ひき肉を使いすぎたし、味噌の分量が少なすぎた。
このときは一時的にコンロが復活していたときだったので、強火に苦戦しながらも鍋で炒めて作った。味噌、しょう油、酒、みりん、砂糖、七味、塩、コショウ、豆板醤、卵黄で味付けてしてある。
味噌田楽にするなら、味付けした味噌ソースを豆腐に塗って、グリルで焼けばいい。グリルは焼くことはできても炒めることはできない。
左手前はレンジとグリルと両方使った白身魚の料理だ。
白身の切り身に塩、コショウ、酒を振ってしばらく置いたあと、ラップでくるんでレンジで2分。
ソースは、シーチキンとマヨネーズがベースで、刻みタマネギ、からし、コショウを加えている。
レンジから取り出した白身の上にマヨツナソースを乗せて、グリルで2分ほど焼けばできあがりだ。バジル粉を振って香りづけをした。
これはお手軽で時間もかからないし、白身魚を美味しく食べる一つの方法だ。グリルの活用法としてもオススメできる。
冷めた天ぷらなども、オーブントースターで加熱するよりも、グリルでやった方が美味しく戻るそうだ。
一番奥の野菜焼きは、当初の予定から大きく逸脱した一品だった。
魚焼きグリルの中は意外に狭い。だから、一度にたくさんの食材を焼けないという欠点がある。最初は、グリルでいろいろな野菜を焼いて、温野菜料理にしようと考えていたのだけど、やろうとしたら野菜が全然入らないのであきらめた。一つ、二つと焼いていたら、時間がかかってしょうがない。
なので、コンロが復活しているうちに湯がきと炒めをやって、結果的には普通の野菜炒めになってしまったのだった。料理としては失敗ではないにしても、思惑から外れたのは確かだ。
多少の工夫としては、めんつゆで味付けをしているという点だ。カボチャを強火で湯がいていたら、とろとろに溶けてしまったので、いっそのことカボチャ味の野菜炒めにしてみた。全体に黄色くなっているのは、カレー粉で味付けしたわけではなく、カボチャ色でこうなった。ほんのり甘みが行き渡って、これはこれでいい。
めんつゆと七味味はいける。これはあまり一般的ではないと思うけど、やってみると美味しい。
使った野菜は、長ネギ、えのき、ニンジン、カボチャ、タマネギ、ジャガイモ、アスパラ、トマトだ。余り物の野菜を総動員した。生野菜よりも温野菜の方がたくさん食べられるから、私はこちらの方が好きだ。
コンロ騒動でドタバタしたものの、なんとかサンデー料理として成立させることができたのはよかった。こういうことも経験値になる。
グリルを上手く活用することは今後ともテーマの一つとして意識していきたい。ガステーブルのコンロは2つしかないわけで、同時に3品作ろうとするといつもどこかで足りなくなるから、そんなときにグリルで同時進行できると時間に無駄がなくなる。調理時間の短縮というのも私にとっての課題だ。
来週までには新しいガステーブルを買って、心機一転出直したい。もうチャッカマンは嫌だ。できれば両面焼きグリルのものが欲しい。両面焼きができれば時間の短縮というだけでなく、料理の幅も広がる。
しかし、6万とか7万とかするガステーブルというのは、2万や3万のやつとどこがそんなに違うんだろう。火力なのか、機能なのか、作りそのものなのか。ちょっと興味はあるけど、なかなか買う気にはなれない。
そういえば、ミキサーも買うと言って買ってない。今となっては、買ってもあまり使いそうにない。あのとき買っていても、今頃はもう使わなくなっていたことだろう。
今欲しいのは、性能のいいピーラーだ。100円ショップのものは、きれいに皮がむけずにイライラする。結局、たどたどしい手つきで包丁を使ってむくことになって、必要以上に時間がかかる。大根のかつらむきチャンピオンになりたいわけじゃないから、包丁さばきの上達はそれほど望んでいるものではない。ピーラーで済ますことができればそれでいい。外国のステンレス製を買えば夢のようにすいすいむけるのだろうか。
欲しいといえば、よく切れる包丁も欲しいし、今度東京へ行ったら、合羽橋へ行こうかな。
作者:オオタ(マサユキ)
更新日:2008年10月6日 3時8分
養老の滝は養老公園から始まり、思うほど昭和じゃない <養老第1回>

Canon EOS 20D+Canon EF-S 17-85mm f4-5.6 IS / EF135mm f2.8 SF / EF50mm f1.8 II
養老の滝を見に行ったのは、津屋川の彼岸花を撮るついでだった。彼岸花の名所を探しているときに津屋川の存在を知って、地図で場所を調べていたら近くに養老の滝がある。せっかくそこまで行くなら養老の滝も見に行っておこうということになって、二つセットメニューにしたのが今回の養老行きだった。今年に入って日光華厳の滝、赤目四十八滝と滝が続いているけど、特別滝が好きというわけではない。日本滝100選を全部制覇しようだなどという野望を持っているわけでもない。
養老も子供の頃両親に連れられて行って以来だから、ものすごく久しぶりのことになる。かすかに覚えているけど、はっきりしたことはほとんど思い出せないくらいの状態だった。行けば何か思い出すかもしれないという期待はあった。
大垣インターから養老公園までは20分くらいだっただろうか。ナビの指示に従っていたら、狭い川沿いの土手のような道を走らされて怖い思いをした。普通に258号線を南下して右折した方が分かりやすくて安全な道だ。ナビの考えていることはよく分からない。信じて鵜呑みにしていると、ときどき痛い目に遭う。
上の写真は、その土手の上を走っているときのものだ。左手に養老山脈が見えていて、とてもいい景色だったのでノールックファインダーで撮った。道路の両脇はガードレールもなく、線を外れたら10メートルくらい転げ落ちていって危ないところだ。

なんとか無事養老公園に到着した。養老の滝は養老公園の一番奥に位置していて、いくつかの施設が集まった複合公園になっている。開園は明治13年(1880年)と古く、総面積は78ヘクタールとかなり広い。
どの駐車場に車をとめるかが一つ問題となる。私は施設全体を見たかったから、公園の一番手前にとめたのだけど、ここからだと滝まで1時間くらいかかる。料金は1日300円。滝まで徒歩5分の駐車場もあって、そこならお手軽滝見学となるものの、料金は1,000円に跳ね上がる。おみやげ屋の通りを歩きながらぷらぷら滝見学へ行くなら、真っ直ぐ進んで右折して、橋を渡った先の駐車場がいい。ここも料金は300円で、滝までは30分くらいのコースになる。
駐車場を出てすぐ左手には、こどもの国という施設がある。ちょっとさびれてる感じで入り口も無人だったから閉鎖したのかと思ったら、開園中という看板が立っていた。どうやら入れるらしい。無料のようだ。
3万坪の敷地の中に、アスレチックス、図書室、ホール、各種ひろば、森林、プールなどがあるというから、大きな公園といったところだろう。安上がりに子供を一日遊ばせておくにはいいところかもしれない。駐車代金の300円で済む。

こどもの国の入り口には、噴水と誰かの像がある。養老の滝の昔話の主人公、源丞内のようだ。このエピソードについては、次回以降のどこかで出てくるはず。今日のところは省略して先へ進もう。
写真の角度から見ると、小便小僧みたいだけど、実際は手に持ったひょうたんから水が出ている。養老名物はひょうたんなのだ。

少し歩いて振り返ると、遠くに濃尾平野が見える。入り口からしてすでに上り坂は始まっている。奥にある養老の滝までは、だらだらと登っていくことになる。

特に意味のない像を撮ったのは、逆光のテストをしたかったから。標準レンズもやっぱりフードが必要だろうと思ってオプションを買ってつけてみたところ、やっぱり効果はある。シルエットに沈みきることなく、しっかりコントラストも出ている。邪魔でもつけておかないといけないようだ。

更に進むと、左に大きな芝生広場が広がっている。ここはもう、こどもの国ではなく、ただの広場なのだろう。ここの左に養老天命反転地という施設がある。

平和な午後のひととき。小さい子供を連れたお母さんや、カップルが木陰で寝てたりする。
これだけ広い芝生広場だから、犬を連れてきてあげたらさぞかし喜ぶだろうと思ったら、公園内はペット持ち込み禁止になっていた。

養老天命反転地の前で説明書きを読む若いカップル。入ろうかやめようか考え中。話のネタには面白いだろうけど、実際にはあまり楽しめないかもしれない。
でもこういうとき、つまらなそうだからやめてしまうのと、つまらないだろうけどものは試しと入ってみるのとでは、人生が違ってくるようにも思う。くだらないこともやっておいて損はない。

と言いつつ、私は入っていない。時間がなかったし、ここは一人で入っても楽しめないだろうから。
どんなところと説明していいのか、入っていない私にはよく分からない。入った人の話を読んでも、入った人自身もよく分からなかったようなので、ますます説明が難しい。分かったのは、前衛芸術的な不思議空間らしいということまでだ。それ以上は不明。
世界的に有名なアーティストの荒川修作と(知ってる?)、詩人マドリン・ギンズが仕掛けたアート庭園で、水平な地面や線がなくて、でこぼこに歪んだ変な空間になっているんだとか。いろんなところがうねっていたり、傾いていたり、滑りやすくなっていたりで、転倒者続出という話もある。ヒールを履いた女の子とデート気分で入るところではないらしい。楽しめる人は限られそうだ。
入場料は710円(10円はどこから来た?)。1995年のオープン以来10年以上も続いているところをみると、それなりに入場者はいるようだ。
ちょっと笑ったのが、月曜定休に加えて荒天時は休みという但し書きだ。雨が降ってるときに傘を差して入るような人も少ないと思うけど、荒天時は当然休みだろう。荒天時といえば、台風とか強風とか大雪とかだ。営業してたらそれはすごい。

芝生広場を抜けると、今度は変わった形のテントが見えてきた。何の施設かと思ったら、食事処とおみやげ物の建物だった。名前を楽市楽座という。織田信長の許可でも得たというのか?(楽市楽座を最初にやったのは、1549年、近江国・観音寺城の六角定頼だったとされる)

施設内には食事処など9店舗が入っていて、本格的な食事はできなくても、ちょっとした軽食ならここで済みそうだ。
散策中は基本的に何も食べない私なので、ここは素通り。帰りにソフトクリームを食べようかどうしようか迷ってやめた。一人ソフトクリームはけっこう恥ずかしい。マロンソフトは心惹かれたけど。

養老公園の入り口近辺は、期待したほど昭和色じゃなくて、個人的にはがっかりしてしまったのだけど、中盤あたりから俄然本気を出してきて期待を裏切らない。奥へ進むほど昭和が濃くなっていく。その始まりが、子供用の遊園地、養老ランドだ。
養老ランドというからスーパー温泉か、お年寄りの施設を想像していたら、子供遊園地だった。古き良き昭和の遊園地がここにある。

動かない観覧車に、動かないメリーゴーランド。昭和のまま時が止まったかのようだった。まだ営業中の時間だったにもかかわらず、外から見る限り動いているアトラクションは一つもなく、人影も見えなかった。駐車場にあった車はお客のものではなかったのだろうか。
入場は大人600円で子供400円。乗り物料金は別で、30種類のアトラクションがあるという。どれも100円から200円というから、今の感覚ではしょんぼりなのだろうけど、小さな子供は案外楽しいんじゃないだろうか。最近は子供だましというものを馬鹿にしすぎる。子供だましには子供だましのよさもある。
けど、ここに私が一人で入って、メリーゴーランドとかに乗ってたら、完全に変な大人だ。園内のスタッフは私の話題で持ちきりになることだろう。そういう話題性をあえて提供することも必要だったりするのだろうか。

滝を見た帰り道、時間は夕方の5時くらいだったから、出てきた従業員らしき人はもう帰るところだったのだろうか。今日も一日暇だったなといったアンニュイ感が後ろ姿に出ていた。
養老の滝はまだまだこの先で、半分も来ていない。途中には養老寺や養老神社もあって、滝は一番最後だ。そんなに引っ張ってもったいぶるほどの滝でもないのだけど、養老シリーズは全4回くらいになりそうだ。思った以上に写真を撮っていた。
初回から枚数が多くなった。今日のところはこれで終わりにしよう。次回はこの続きで、おみやげ屋通りの紹介になる。そこが養老で最も昭和なところで、私は滝よりもそこが見たくて行ったようなものだった。ただ、もっとさびれているのを想像していたら、思いのほか賑わっていて驚くことになる。
作者:オオタ(マサユキ)
更新日:2008年10月5日 3時54分