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トップ > スコティッシュ フォールド 短毛 > スコティッシュ フォールド 短毛 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年10月12日 1時)

初めての17mm世界に被写体との距離感が掴めない <フィルム1回>

17mmの世界-1

PENTAX Z20 / Canon EOS 620+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4+FUJI 400 / Kodak 100



 去年、最後にフィルムで写真を撮ったのは夏だったんじゃないかと思う。鳳来寺に持っていったのを覚えているし、海上の森でも一回使った記憶がある。その前は、鶴舞公園もフィルムで撮った。それ以来、今年に入ってまだ一度も銀塩カメラを使っていなかった。たまにはフィルムでも写真を撮ろうと思ったのが、夏の始めくらいだった。それから時は流れ、夏は終わり、季節は秋になった。手持ちのフィルム5本を撮りきるのに2ヶ月くらいかかってしまった。
 今回一つテーマとしてあったのが、17mmの超広角写真だった。TAMRONの17-35mmは、普段デジの広角ズームとして使っているレンズなのだけど、銀塩カメラにも使えるレンズだったことを、ふと思い出した。なんとなくデジタル専用と思い込んでいた。
 17mmというのはファインダーをのぞいただけでもその広さが実感できた。銀塩カメラの場合、デジよりも視野率も倍率も高いから、よけいにそう感じた。
 しかし、17mmならではの写真を撮ろうと思うと、これがなかなか難しい。単純に広いところで撮ればいいというのはあるにしても、ある程度ポイントがないと写真が漠然としてしまう。広く写るということは、それだけ被写体が小さくなるということで、見えているよりも風景がずっと遠くなる。
 そして私は、2ヶ月の間、17mmの風景を求めてうろつくことになった。
 今日から何回かに渡って、フィルム写真シリーズをやっていこうと考えている。途中で中断があるかもしれないけど、全部で10回プラスアルファくらいになりそうだ。フィルムで撮った写真の150枚と、デジで撮った150枚は全然意味が違う。デジのように捨てゴマや押さえ写真はほとんどないから、捨てるのは手ぶれで失敗したものだけになる。
 瀬戸編や藤が丘編などもありつつ、雑多な日常写真が大部分を占めている。意識的に近所の見慣れた風景をたくさん撮った。デジよりもフィルムで撮る場合、未来に向けて残そうという気持ちが強くなる。デジとフィルムでは、撮る意識がだいぶ違う。
 1回目の今回は、家の周りで撮った写真編ということにした。なるべく17mmらしい写真を集めてみたつもりだけど、撮り終わった今でも、やっぱり超広角は難しいと思う。使いこなすというにはほど遠い。
 1枚目は、朝の空写真だ。

17mmの世界-2

 フィルム写真は、色をコントロールできない。撮ってみるまでどうなるか分からないし、現像次第という面もある。jpegでCD-R書き込みだから、レタッチソフトで加工できることは限られる。頼んだ写真屋さんが使っている現像機によっても違ってくるのだろうし、写真屋さんの好みと自分の相性問題もある。
 今回は自分のイメージとは違っていたものが多くて釈然としないところもあったのだけど、それが意外で面白くもあった。デジのRAWで撮ってしまうと、どの写真も自分の好みに偏ってしまって驚きがない。

17mmの世界-3

 これは記憶に近い仕上がりだった。ただ、もう少し露出アンダーの現像でもいい。夕陽の色が上手く出ずに、飛んでしまっている。こうなるとレタッチで赤くすることはできない。無理にすると全体のカラーバランスが崩れる。
 広角レンズでは歪みや周辺の傾きが問題になることが多いけど、超広角になるとそれは避けられないから、味として受け入れるしかない。遠近感が強調されて面白い絵になる。個人的には広角の歪みは嫌いじゃない。

17mmの世界-5

 明るい光があるシーンでの白飛びの例。こうなると白い部分にデータは残ってないから、レタッチで補正は効かない。撮る時点でもっとアンダーにすればとも思うけど、おそらく現像機は自動的に建物などに露出を合わせて明るくしてしまうはずだ。一括で現像を注文しているから、個人でやっている写真屋さんに細かく指示を出すようなことはできない。フィルム写真にそこまでのこだわりは持ってないし。

17mmの世界-6

 超広角は、広いところだけではなく狭いところでも威力を発揮する。人の視界よりも広い範囲が写り込む。
 部屋の中でも撮ってみたけど、全部写ってしまっているから、その写真は出しづらい。店の中で撮るのも面白かったなと、今になって思った。

17mmの世界-7

 夕焼け色に染まった住宅の色がきれいに出ている。空の青も自然だ。
 ただ、明るいところは白飛びしている。フィルムはラティチュードが広いとはいえ、明暗を両立させるのが難しいシーンもある。

17mmの世界-8

 縦撮りでも超広角ならでは写真になる。地面から空まで写る。
 高層ビル群を真下から撮るなんてのも面白そうだ。東京の街を超広角で撮るという企画もやてみたい。

17mmの世界-9

 手ぶれのサンプル。このときはかなり暗くて、確か1秒くらいだったんじゃなかったかと思う。17mmとはいえ、手ぶれ補正なしでは1/4くらいが限界だ。
 ちなみに、これは近所のお好み焼き屋さん。半ば駄菓子屋のようになっていて、夕方に行くと小学生がたかっている。

17mmの世界-10

 何度通ったか分からない引山交差点。東向き。
 17mmならこれだけ広く写る。真ん中車線の先頭ならもっとよかった。おもむろに車を降りて、横断歩道の真ん中で写真を撮ろうかと思いつつ、あまりにも恥ずかしいのでやめておいた。いい写真を撮ろうと思えば人目など気にしていてはいけないのだろうけど。

17mmの世界-11

 引山バスターミナル。最初、どこを撮ったのか分からなかった。こんな写真は撮った覚えがないぞとさえ思った。普段見慣れている光景も、超広角になるとまるで違って見える。
 このあたりも昔と比べると大きく様変わりした。引山バスターミナルができるまでは、完全に郊外といった趣で、まだ空き地もあちこちに残っていた。環状2号線が通ったのも大きく風景を変えることとなった。

17mmの世界-12

 いい夕焼け空だったので、車を置いて急いで歩道橋の上まで登っていった。少し遅かった。この5分くらい前までは、もっと濃い色に染まっていたのだ。惜しいことをした。

17mmの世界-13

 シャッタースピードは1/2くらいだったはずだけど、そのわりにはよくブレずに止まった。歩道橋の手すりにしっかり手を固定したのがよかった。本来なら当然三脚を使うべきシーンではある。
 ヘッドライトとテールライトの光線写真というのはありがちで、自分はやらないぞと反発しつつも、一回くらいは撮ってみてもいいかなと思ったりもする。それが本当に必要で効果的な場面なら、そういう写真もいい。単なる光線写真というのではつまらない。

17mmの世界-14

 近所の飲食店街といえるかどうか、ささやかな夜の明かり。
 昔はここに化粧品の店くらいしかなかったような記憶がある。道を挟んだ反対側に帽子屋さんがあった。大衆食堂いびきが昔と変わらず今でも営業しているのは偉い。たまにあそこの甘いカツ丼の味を思い出して食べたくなることがある。
 今ではこのあたりで飲み食いすることはまったくなくなった。この写真も、10年後、20年後には懐かしい風景になるんだろうか。

 写真の質感はどれもいかにもフィルムといった感じだ。デジタル写真とは明らかに違う。フィルムの方が奥行きや立体感がありつつも、乾いた感じがする。デジ写真の方が無機質だと思いがちだけど、実はウエットだ。デジの方がその場の空気感に忠実だとも思う。フィルムは現実とは別物の世界だ。ホワイトバランスの転び方によっても印象がだいぶ変わってくる。
 フィルム写真については、また追々書いていくとして、今回のメインテーマである17mmの超広角に関して一言で言うと、難しいというものだった。5本のフィルムのうち4本分くらいは17mmで撮ったのだけど、まだコツが掴めなかった。完成図が上手くイメージできないから、何をどう撮っていいのか、漠然としてしまう。狙いを持って撮らないと、17mmを使いこなすのは無理なのだろう。もう少し手前の近いところに被写体を持ってきて、奥行きを強調した写真なんてのも撮りたかった。人入り風景も少なかったのは残念だ。
 明日も17mm写真シリーズは続く。どういう内容にするかはまだ決めていない。

作者:オオタ(マサユキ)

更新日:2008年10月12日 4時57分

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つなぎの小ネタはISO1600の超高感度で撮る近所写真

ISO1600-1

Canon EOS 20D+Canon EF-S 17-85mm f4-5.6 IS



 養老シリーズが終わって、ちょっと一服。すぐにでも遠出をして新しいシリーズを始めようと考えていたのだけど、ヒザを痛めてそれができなくなってしまった。養老歩きは思った以上のダメージを私に与えていたようで、それに加えて車を降りるときにグキッとひねっておかしくなった。ここ数日の私は、おじいさんのようにたどたどしい足取りだった。
 とりあえずそれもどうにか治ったものの、またすぐに10時間歩きとかしてしまうと悪化しそうなので、今週は自重することにした。来週に延期だ。
 ここのところずっとフィルムで写真を撮っていて、5本まとめて現像に出すと安くなるというので、頑張って5本撮りきって現像に出したのが出来上がってきた。36本撮りだから、150枚以上で、一日15枚使ったとしても10日分のネタができたことになる。これでしばらくはネタ不足から解放されそうだ。自転車操業的ブログ更新はきつい。
 早速今日からフィルム写真をとも思ったのだけど、その前に一つ小ネタを挟むことにした。超高感度のISO1600で撮る近所回りの写真という、ちょっとした企画ものだ。
 デジカメ写真のノイズは、フィルムとは違って味にならないことが多いから、あまり好きではない。だから、普段も極力低感度で撮るようにしている。デジイチ史上ベスト3に入るくらいノイズが少ないとされるEOS 20Dでさえ、ISO100以上に上げることはめったにしない。どうしてもというときだけISO400までは上げるけど、それ以上は上げたくないから上げない。これまでずっとそうしてきた。
 それがたまたま誰かのページで、わざと高感度のザラザラ写真を上手に撮っているのを見て、真似したくなった。なるほど、ノイズというのもシーンによっては味付けになるかもしれない。
 結果的に狙ったほど成功した写真は撮れなかったのだけど、常用は無理でも実用レベルで使えることが分かった。ISO800なら完全に常用範囲だ。確実に手ぶれするシーンでも、撮れないとあきらめてしまう前に高感度で撮っておけば、あとから使える写真になることが多いに違いない。低感度にこだわって手ぶれ写真で没にしてしまうよりも、画質は落ちてもブレてない写真の方がいい。
 ISO1600と手ぶれ補正レンズを使えば、かなり暗い状況でも撮れる。1/10秒あればなんとか止まる。夜でもシャッタースピードを稼ぎたいシーンもある。
 せっかくのデジなのだから、もっと幅広くデジの特性を活かして撮ればいい。フィルム写真を撮ることの不自由さの中でデジの自由度の高さを思い出したという部分もある。デジから入った人間にとっては、途中でいつでも感度を変えられるのは当たり前のことと思ってるけど、フィルムで長く撮っていた人にとってはこんなにありがたいことはないだろう。ISO100のフィルムを一度入れたら、最後までそれを通すしかない。
 というわけで、今回は感度をISO1600に固定して、夕暮れから夜にかけて近所まわりで、あれこれ試し撮りをしてきた。もう少し幅広くいろいろな被写体をいろんな条件で撮れるとよかったのだけど、お手軽企画ということで2日で済ませてしまった。続編があれば、そのときは昼間の明るいときに高感度で撮るとどんな感じになるのかを試してみたいし、室内編というのも考えられる。

ISO1600-2

 大森IC南交差点。正面に見えているマクドナルドは古い。この左後ろあたりにモスバーガーもある。両方とも、一回も入ったことがない。このあたりは頻繁に通る場所だけど、行動範囲ではない。
 こういう明るめのシーンの場合、ノイズも気になるけど、それよりものっぺりとして立体感がなくなってしまうという弊害が出る。人の目は暗部に対するノイズはあまり気にならず、明暗の明の方に目がいくから、そちらの部分が悪印象だと全体の印象が悪くなる。
 遠方の建物などのディテールも失われてしまっている。

ISO1600-3

 東名阪の下、302号の郵便局東交差点。ここを右折したところにある名東郵便局はしょっちゅう行っている。集荷郵便局で、時間外の窓口が常に開いているから。
 この写真は、それほど超高感度写真という感じがない。もちろん、等倍で見ればノイズだらけなのだけど、これくらいのサイズになると気にならなくなる。明暗の暗の部分が多いからというのもありそうだ。
 シャッタースピードが速くなって、走ってる車の被写体ブレが少なくなっている。感度を下げるほどに被写体ブレは激しくなり、車のボケ具合も違ってくる。常に絞り優先モードで撮っているから、そのあたりは感度の上げ下げで調整していけばいいのだろう。

ISO1600-4

 かなり暗くなり始めて、雨まで降ってきたところ。高針あたり。左手は牧野ヶ池緑地で、もう少し行くと植田鴻ノ巣交差点がある。そこを右折して、ハイエースに向かう途中。昔は近所に、マルスやナカイや名鉄ホームセンターやプラザなど、たくさんホームセンターがあったのに、今はカーマだけになってしまった。ホームセンター好きの私としては残念でならない。カーマにないものは、わざわざ高針まで行かないといけないなんて、不便になったものだ。
 この写真も空のノイズと、のっぺり具合が気になる。超高感度と明るめの空は相性が悪いことが分かった。なるべく空の割合を少なくした方がよさそうだ。

ISO1600-5

 ハイエースからの帰り道。高針橋東交差点の手前。左前には愛知トヨタのディーラーが見えている。
 この交差点を右折して、西友へ行った。中に入っている無印良品へ行くためだ。ここの無印も、昔からちょくちょく行っている。このときは、エコバッグとかを買いに行った。スーパーとかの買い物袋もいよいよ有料になってきて、主婦ではない私もエコバッグを持ち歩かないといけないことになってきた。地球温暖化防止のためというよりも、考えたら必要以上の袋とかは無駄だと前から思っていた。無印のエコバッグは3種類くらいあって、真ん中の大きさの70円のを買ってみた。ぺらぺらで使い切りみたいな感じだけど、とりあえずこれで様子を見よう。買い物によってはこのサイズでは入りきらないから、何種類か用意しておかないといけないのかもしれない。
 写真については、これだけ暗部が多くなると、ノイズは黒の中に沈み込んで打ち消されてしまっている。レタッチソフトで明るくするとノイズも浮いてくるから、そのあたりは写真によって手動で調整していくことになる。
 今回は試さなかったけど、レタッチソフトのノイズ除去をかけた場合、解像感はどんな感じになるのかというのも知りたいところだ。ノイズを消して、その上からシャープをかければ、解像感はある程度戻るものなのだろうか。

ISO1600-6

 再び郵便局東交差点。今度は反対側から。
 シャッタースピードは1/40くらいあったと思うけど、交差点を渡る自転車はブレて半分消えている。こういう狙いで撮るなら、それもいい。たくさんの人が渡っている交差点をこんなふうにして撮ると、スピード感のある写真になって面白い。今度名駅か栄あたりでやってみよう。
 このシーンでもノイズはさほど気にならない。シチュエーションによって実際のノイズ量も違っているのか、それとも人の目の感覚的な問題なのか。

ISO1600-7

 これは別の日。夕方、天子田交差点。ここを真っ直ぐ行って少し左に入ったところが天子田小学校。天子田の読みを正解できるのは、地元の人間だけ(あまこだ)。
 ノイズは多いような少ないような、どっちつかずだ。全体的にディテールが失われているのは間違いない。電線の描写も少し不自然な感じになっている。
 シャッタースピードが速かったようで、右折する車が止まっていてブレていない。ブレるのと、ブラすのと、止めるのと、意識的にコントロールできればそれに越したことはない。

ISO1600-8

 大森の洋菓子ナポリ。ここも古い。昭和の洋菓子屋さん然としている。
 何度かここのケーキは食べたことがある。とても基本に忠実にケーキという印象だ。今どきは、甘さ控えめとか、見た目重視とか、気取ったものが多くなったケーキだけど、たまにこういうところのものを食べるとホッとする。場所もよくないのにここまで持っているということは、昔からのおなじみさんが多いのだろう。
 これもあまり高感度ということを意識させない写真だ。かなり暗いシチュエーションだから、普段なら撮るのをあきらめている。時間的な余裕があれば、最初に高感度を撮って、2枚目、3枚目で感度を下げて押さえ撮りしておくという方法もある。ノイズと画質のトレードオフということで、あとから選択すればいい。

ISO1600-9

 大森のファミリーマート。わりと最近できた店だ。最近といってもここ何年かだろうけど。
 この写真は超高感度にもかかわらず、グラデーションがよく出ている。感度を上げると物体のディテールが失われるだけでなく、色の再現性も低くなる。でも、この写真は悪くない。
 周辺減光は高感度とは関係なくて、このレンズの欠点だ。個人的には周辺減光は嫌いじゃない。

ISO1600-10

 子供の頃、このあたりに住んでいたので、大森というのは馴染み深くもあり、懐かしくもある場所だ。
 この和菓子屋さんは、私が物心つく前から営業していた。子供の頃でさえずいぶん年季が入っていたから、だいぶ長く続いている。代替わりもしたのだろう。店の名前が思い出せなくてネットで調べた。ああ、そうそう、大泉堂だ。もう何十年もここのまんじゅうは食べてない。あの頃と変わったのか変わってないのかも、今となっては判断ができない。
 子供の頃は、ここの横を通って、裏を抜けて父親と雨池へよく釣りに行った。あの当時は雨池もぼうぼうの草に覆われた野生の池で、よくヘビとかもいた。フナとかコイとかけっこう釣れた記憶がある。今はすっかり人工の池になってしまった。それでもたまに、渡りのカモなどを撮りに行く。このブログでもちょくちょく登場している。今年もミコアイサはやって来てくれるだろうか。
 写真はこれも高感度っぽくない仕上がりになっている。どういう状況のときに高感度を使えばいいのか、まだよく分からない。

ISO1600-11

 ここも大昔からあるレコード屋だ。名前からしてレコード屋から変わっていない。まだカセットも売ってるようだ。
 私がこのあたりに住んでいたのは、幼稚園の頃だから、自分でレコードを買うということはなかった。でも、「泳げたいやきくん」を買ってもらったのはここだったかもしれない。あとは母親の付き添いで入ったくらいだ。
 自分でレコードをよく買ったのは、元補の「サニーレコード」だ。その店ももう、ずいぶん前になくなった。店主のおじさんの顔はよく覚えている。

ISO1600-12

 昔住んでいたアパートは、二世帯住宅の三階建ての立派な家になった。これは当時の大家さん一家の家だという話を聞いた気がする。
 このアパートと、中庭と、大家さんの家と、それら断片的なところから私の記憶は始まっている。それ以前のことは思い出せない。アパートの2階の廊下とか、入り口の様子なんかは覚えている。今はそれらの面影はまったくなくなってしまった。
 屋根の上に出ているのは、半月だった。ぼんやりしてしまって形もよく分からない。微妙な手ぶれだろうか。

ISO1600-13

 かなり暗くなった矢田川の土手。夕焼け色がまだ残っていてきれいだと思って撮ったのに、写真ではあまり色が出ていない。そのあたりも高感度によるものだと思う。グラデーションがきれいじゃない。
 ただ、ここまで暗くても撮れてしまうのがISO1600だ。階段にしゃがんで、肘をヒザの上に乗せて固定して、シャッタースピードは1/2くらいだった。

ISO1600-14

 土手の下にとめた車の中からフロントウィンドウ越し。
 実際はここまで暗くなかったのだけど、写真をこれ以上明るくするとノイズまみれになってしまうので、ここまでにしておいた。空の色が、筆で塗ったようになっている。車のヘッドライトに騙されて、シャッタースピードが速くなりすぎたというのもある。絞りやシャッタースピードによるノイズ量の変化というのもあるかもしれない。

 2日間の実験的高感度撮影で得られたのがこれらの写真だ。把握できたところもあり、まだ掴み切れていないところもある。どういう条件なら積極的に高感度を使っていっていいのかというは、ちょっと分からない。デジの小さな液晶モニターでは、細かいところまでは判断できない。やはり、条件を変えて何枚か撮っておくというのが自衛策ということになるのだろう。
 小ネタの企画ものとしては、なかなか面白かった。近所も回れたし、そういう部分でも収穫はあった。大森も、もうちょっとちゃんと歩いて写真を撮っておこう。大森銀座や、昔のスーパーのあたりがどうなってるのか気になるところだ。
 明日からはフィルム写真シリーズがしばらく続くことになる。大きなネタはないけど、小ネタがいくつかあって、企画ものもある。
 ヒザの回復を待って、来週は遠出もしたいと考えている。

作者:オオタ(マサユキ)

更新日:2008年10月11日 4時52分

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養老昭和幻想風というタイトル通りの写真にならず <養老第5回>

養老5-1

Canon EOS 20D+Canon EF135mm f2.8 SF



 養老シリーズ最終回は、ソフトフォーカス編での締めくくりとなる。
 行く前のイメージとしては、ひなびた昭和の観光地を想像していたから、養老昭和幻想みたいな感じで撮ろうと狙っていたのだけど、行ってみると頭の中のイメージとはずいぶん違っていて、思惑通りにはいかなかった。タイトルももう考えてあったのに。
 135mmという画角も、スナップ的に撮るにはちょっと苦しかった。50mmか、せめて90mmなら、もう少しイメージに近い写真になっていたと思う。ソフトフォーカスレンズの試行錯誤は続く。
 滝写真も、ソフトレンズではほとんど撮れなかった。中望遠域の手ぶれ補正なしは明るい条件じゃないと厳しい。このときは夕方が近づいて、山の中にある滝には光が差していなかった。

養老5-2

 今回ソフトレンズで撮った中ではこれが一番気に入った。なんとなく雰囲気が好きだ。ちょっとあの世の光景みたいに見えないでもない。
 それにしても、養老の滝を見る人がこんなにもぞろぞろと歩いているのは驚きだった。平日の夕方に団体さんが訪れるほど人気のスポットだったのか。どこかへ行ったツアーの帰りだろうか。まさか遠方から養老の滝だけを見に来ていたわけでもあるまい。

養老5-3

 高いところにあるリフト乗り場。万国旗という感性が昭和だ。今でも学校の運動会に万国旗は飾られているんだろうか。
 私は帰りにリフトに乗ろうと思っていたのだけど、考えてみるとここは滝へ向かう乗り場だ。帰りにここに寄っても、ここはゴール地点だから何の意味もない。完全に勘違いしていた。乗るなら滝の上から乗って、ここで降りないといけないのだった。
 濃尾平野を一望する風景はどんなだったんだろう。リフトの怖さ加減も気になるところではある。

養老5-4

 このあたりが養老のいいところだ。この絵は誰に頼んで描いてもらったんだ。同じ看板があちこちに立っている。絵はまったく同じなのか、微妙に違っていたんだろうか。
 この感覚はレトロだ。昭和のど真ん中と言っていい。

養老5-5

 養老名物の一つに流しそうめんがある。養老の滝の水だか、菊水泉だかを使って、そうめんを流して食べる。これがけっこう美味しいらしい。水道水で流すよりも美味しいであろうことは想像がつく。
 秋に入ったということで、店はもう営業していなかった。やはり夏の風物詩ということで、暑い時期だけなのだろう。それで商売が成り立つとも思えないから、他のことと兼用でやっているのだろうか。

養老5-6

 お店の名残のような、民家のような、どっちとも言えない家屋の二階。光が当たって、ちょっと雰囲気があった。
 手前にはもみじがあるから、紅葉の時期はもっと絵になることだろう。

養老5-7

 田舎造りの家の一階。全体はもっといい感じだったのに、これだけしかレンズに収まらなかった。撮りたいものを離れて撮れない状況もある。
 手前の花も入れてはみたものの、明暗差がきつすぎて飛んでしまった。絞りの問題もあるし、ソフトレンズの場合は、欲張っても全部は写しきれないことを知る。マクロレンズ以上にポイントを一つに絞る必要がありそうだ。

養老5-8

 消火栓という張り紙があって、錆びた缶ががかぶせられ、使用禁止とある。禁止以前に使用できる状況にはなさそうだ。

養老5-9

 養老みやげの定番といえば、ひょうたんと相場が決まっている。しかし、これほどもらって困るおみやげはない。使い道はないし、飾っておくには部屋とのマッチングの問題がある。特に大きいものはしまっておく場所にも困る。いまどき、腰にひょうたんをぶらさげて水筒代わりに使っている人など、見たことがない。
 それでもたくさんぶら下げて売っていたから、それなりには売れるのだろうか。年配の人にとってみれば、養老といえばひょうたんというのは切っても切れない関係性にあるに違いないから、記念に一つ買っていこうかとなる。
 私も昔行ったときに小さいやつを買ってもらった記憶がある。あれはもうなくしてしまったけど、どこへやったんだろう。

養老5-10

 今回の再訪で唯一思い出した気がするおみやげ屋さん。この座敷で何か食べたのは記憶違いではないと思うのだけど、それにしてもその他のことを何も思い出せないのも釈然としなかった。子供の頃の記憶というのは、そんなにきれいに忘れてしまうものだろうか。現地へ行ってまでこれほど思い出せないとは思わなかった。養老自体はそれほど大きく様変わりしてるとも思えないのだけど。

養老5-11

 一番下の方にあったおみやげ屋さん。ここは観光地のみやげ物屋というよりも、昭和の駄菓子屋さんの風情だった。このまま昭和50年代に移しても違和感はない。
 21世紀になっても変わらない光景が残っているというのは嬉しいことだ。

養老5-12

 俳句ポストが設置されていた。誰でも俳句を書いて、ここに投函することができる。
 養老は和歌などにも力を入れているようで、あちこちに歌碑や句碑が建てられていた。詳しくは見なかったけど、万葉歌碑の他、北原白秋歌碑や芭蕉句碑などもあったようだ。

養老5-13

 養老公園に戻ってきた。これが養老の滝のなれの果てだと思うと寂しい感じもするけど、公園内の水の造形と思えば、なかなかセンスがいい。

養老5-14

 のぞき見えた濃尾平野の一部。どこからも木が邪魔して、一望というわけにはいかなかった。リフトからだと、もっと高いところからこの風景がパノラマで見えたはずだ。

 昭和レトロな観光地をソフトフォーカスレンズで幻想的に切り取るという試みは成功しなかった。私がソフトレンズを使いこなせていないということがあるにしても、養老の滝自体が思うほどさびれていなかったという方が大きい。言葉は悪いかもしれないけど、笑えなかった。意外と普通だったし、思った以上に流行っていて驚きもした。
 ただ、行っておいてよかったのは間違いない。子供の頃以来の久々の再訪は、いろいろと思うところも多かった。
 養老を誰にどうオススメすればいいのかは、難しいところだ。あまり写真向きのところではない。遊びに行くといってもそんなに面白いものがあるわけでもなく、肝心の滝自体の魅力がもう一歩というのもある。養老公園全体として、のんびりしに行くにはいいところだ。私のように表面をなぞるだけではなく、家族で行って養老ランドへ入ったり、養老天命反転地を体験したり、おみやげ屋で何か食べたり、リフトにも乗れば一日楽しめそうだ。
 これから行くとしたら、紅葉の時期に雨が続いて晴れた日なんかがよさそうだ。紅葉の散策路を歩いて、最後に迫力を増した滝が出迎えてくれれば、けっこう感動できるんじゃないかと思う。
 私としては、また30年後とか40年後とかに、自力で歩けなくなる前にもう一回行こう。そのときは今回のことをどれくらい思い出せるだろう。

作者:オオタ(マサユキ)

更新日:2008年10月10日 2時0分

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養老の滝は立派なのにどこか面白みに欠ける滝 <養老第4回>

養老4-1

Canon EOS 20D+Canon EF-S 17-85mm f4-5.6 IS



 養老シリーズ第4回にして、ようやく滝までたどり着いた。前置きが長かった。
 リフトに乗らず自分の足で歩く場合は、養老神社を過ぎたあたりから登りがきつくなってくる。距離としてはそんなに長くない。ゆっくり歩いて10分か15分くらいだろうか。暑いときは少し大変だろうけど、このときはちょうどいい気候で、心地よかった。秋の紅葉の時期は、街中よりも寒そうだ。冬は雪が多いんだろうか。

養老4-2

 このあたりの流れも、きれいと言えばきれいだけど、あまりにも人工的すぎる。公園内は特に、流れを弱めることを重視した工事をしている。
 散策路も整備されて歩きやすくなったらしい昔の記憶がないだけに、どのあたりが整備された部分なのか、よく分からなかった。

養老4-3

 整備されたのはこのあたりかもしれない。手すりもついて安全対策も取られているし、下もアスファルトで固められて歩きやすくなっている。訪れるのは年配の人も多いから、こういう配慮はいい。
 ただ、登り勾配はきつく、いい道は続かないのだった。

養老4-4

 最後に来て道は突然ワイルドになる。ここまでに体力を使い切ってしまうと、足を取られたりつまづいたりしがちだ。最後くらいは野趣溢れる自然の道を堪能してもらおうという養老の滝側の粋な計らいか? 滝までの200メートルくらいはちょっと厳しい。でも、ここを登ればもう滝はすぐ目の前だ。
 リフトから行くと、滝の上に出て、道を下って滝を見に行くということになるようだ。それもちょっと変な感じがする。

養老4-5

 道が荒っぽくなったあたりから、川は自然な姿を見せる。これが本来の滝谷の流れだろう。
 しかし、これだけの段差を下っていくと水の勢いというのは相当強いものになるのだろう。大雨が降ったらすごいことになりそうだ。台風のあとの養老の滝の写真を見たけど、瀑布になっていた。あれは写真で見ても大迫力だった。大雨のあとがねらい目というのを覚えておいていいと思う。

養老4-6

 ようやく滝前に到着。ああ、ここか。なるほど、こんな感じかと、あまり感慨はない。見た覚えもない。
 落差32メートル、幅4メートル。スケールとしては立派なのに、この滝には何かが足りない。豪快さもなく、色気も愛想もない。ただ水が流れ落ちているだけといった感じなのだ。生真面目で面白みがない優等生のような滝だ。フォトジェニックでもない。

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 こんな流れを撮りつつ、更に上を目指す。滝壺の近くまで行けるようになっている。

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 このあたりが一番絵になるところだろうか。足場の岩は濡れているから、滑り落ちて流されないように気をつけたい。滑って転んで水の中に落ちて、岩場に打ち付けられながらおみやげ屋のあるあたりまで流れ落ちていったら、カメラだけでなく自分の身も危ういことになる。

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 これが一番上で、ちょっとした広場になっている。一応低い柵のようなものがあるけど、行こうと思えば滝壺近くまで行ける。ただ、修行で滝に打たれてみるには滝の勢いが強すぎる。たぶん、首の骨がどうにかなる。
 こうして間近で見ると、なかなか立派なものだ。うん、悪くない。
 とはいえ、華厳の滝が97メートルで、那智の滝が133メートルということを思えば、養老の滝はずいぶん格下だ。日本三大滝を自認するのはちょっとおこがましい。ここはやはり袋田の滝に日本三大滝の座は譲ろう。あちらは落差はさほどではないにしても、4段に落ちる変化のある滝で、滝の長さとしても73メートルある。好きな滝アンケートで1位にもなっているし。

養老4-10

 滝は誰がどう撮ってもあまり変わり映えがしない被写体だけど、養老の滝は特にそうだ。周囲にも面白くなる要素は見あたらないし、撮れる角度も決まってしまう。季節の変化も劇的というほどでもないだろうし、光によってもさほど変化はなさそうだ。近所に住んでいても、何度も通いたいと思わせるような滝ではない。

養老4-11

 岩場を流れる水をもう一度撮ってみるも、面白みがないのであきらめた。滝撮りはもう終わりにして帰ることにする。
 帰りは同じレンズではつまらないということで、ソフトフォーカスレンズで撮りながら帰って行った。その写真を明日の最終回で使うことになる。
 つづく。

作者:オオタ(マサユキ)

更新日:2008年10月9日 1時37分

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