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トップ > スコティッシュ フォールド 長毛 > スコティッシュ フォールド 長毛 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月5日 9時)

[音楽][猫]効く音楽

ちょっと疲れ気味のときについつい聴いてしまうのはレーガーの中期オルガン曲。

そびえたつ巨大音楽。

演奏時間はそれほど長くないが、空間を音で埋め尽くそうとするかのような猛烈な音数(おとかず)。

これが効くのだ。

特にお気に入りはop.52-2 コラール幻想曲「目覚めよと呼ぶ声あり」。すごく目覚める!

それほどオルガンの演奏会に足繁くというわけでもないのに、実演も2度聴いたことがある。レーガーのオルガン作品中ではかなり演奏機会が多いのだろう。

ただ、この曲をかけると猫がおびえるのだった(※1)。

※1

私が持っているこの曲のCDはかなり攻撃的な音響。

ただ、オルガンは個体差が大きいので、重厚かつ静謐な感じに響く演奏も存在するかもしれない。

作者:j2kt

更新日:2008年12月4日 23時48分

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[音楽]ベートーヴェン「悲愴」

ピアノは中2まで習っていた。極めて練習嫌いで「エリーゼのために」がやっと弾ける程度だった。

17歳の春ころ、受験勉強をしなければと気が重くなっていたころ、数年ぶりにピアノに触りはじめた。

たぶん、父がオーディオで聴いていたアシュケナージの「悲愴」が耳に入ったのが直接のきっかけ。

小学生の時分は難しそうな曲だという印象しかなかったが、そのときふと「なんか音少なくね?弾けんじゃね?」などと思ったのだった。

そして生まれて初めて自分のお金(デニーズのバイト代)で全音ピアノピースを購入。母親の目を盗んでピアノを弾きまくり始めたのだ。

それをきっかけに、まさか音大に行くとは思ってなかったけど。

典型的な逃避だが、そういう行動が私の人生を決めてきたようにも思える。何かを計画して、その通りに行なって成功したという体験を思い出せない。。まあいいか。

で、その悲愴が今また気になっていて、ちょっと練習。3楽章のロンド、昔は4拍子っぽく弾いていてダサダサだったが、今なら2拍子が表現できる。楽しい。これやはり名曲。

作者:j2kt

更新日:2008年12月4日 20時18分

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[バイク]たぶん今年最後のバイク日和

乗る機会を逃してしまった。

追記:

と、思ったら来週11日(木)は晴れ。気温が15度の予想!

水曜までは激多忙だが木曜はもしかしたら。。

作者:j2kt

更新日:2008年12月4日 19時7分

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[音楽]メカニックは50%に過ぎない

今読書中の「バレンボイム音楽論」より。

フィジカルな演奏技術を極め、楽譜に記載された音を漏らさず完璧に鳴らすことができたとしても、それだけなら半分しか達成していないとのこと。

譜面どおりに演奏できることは方程式の半分にすぎず、もう半分は、曲の各部分を曲全体の究極的な性質との関連において探索し、理解するように促す問いかけからなっている。

コンクールは前半をかなり正確に評価することはできる。コンクールに限らず、後半はほとんど客観的評価の方法がない。直感以上の道具が見当たらないのだろう。

作者:j2kt

更新日:2008年12月2日 20時21分

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[雑事]内田 樹さんのブログより

  • 「合理的な生き方」と、「最大限の力を発揮する生き方」
  • 「合理的に生きる」技術と「何が何でも生き延びる」技術

があると。

たとえば、

貨幣というのは「より合理的に生きる」ために発明された制度。「大量の貨幣」は「より合理的に生きられる」ことを保証しはするが、「何が何でも生きられる」ことは保証しない。

とすれば、安全運転技術に関して、

「合理的」系統

「最大限」系統

という分類をしてみると面白いかと思った。

しかしバイクの場合、「最大限」系統のトレーニングは単純に筋トレかなあ。スピードに慣れる、とか。

そういえば、ハーレーに乗っていたとき、「逆操舵」を試してみたらものすごく怖い目にあった。あれは初心者とか、アメリカンの人がマネしたらヤバイのではないか。

作者:j2kt

更新日:2008年12月2日 20時10分

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[バイク]ハンドルバー選び

PMC ZINGERというのを見つけた。

これは知らなかった。幅720とか740というのはなかなか良いかも。

グリーゾ8Vのノーマルは765とのこと。絞りは少なめ。

※追記

コワースのコンペHighというのも自分好みっぽい。

作者:j2kt

更新日:2008年11月30日 23時3分

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[バイク]奥多摩行き

朝9時頃出発。

周遊道路は11時近くにも関わらず日蔭の路面に凍結が残る。混雑もあり、楽しむ余裕無し。そして今日はサスセッティングが大失敗。コンプ全閉から1回転⇒1回転と1/4、リバウンドは2回転⇒1回転と3/4(ちょっと締めた)。リヤリバウンドは全閉から20⇒23クリック戻し、としたらフロント激重。まったく曲がらない恐怖のコーナリング。アンダーっていうのか。フロントを元に戻すと今度はリヤが頼りなさ過ぎ。リヤも戻す。

そんなんで最初で怖気づいてしまったためか、サスのリセッティング後も運転感覚の回復が遅れる。

先日のスクールの効果か、時々ハンドルに余分な力が入っているのがよく分かる。そして、よく分かってしまうだけに、ハンドルは交換する方向に心が大きく傾いた。。

コンディションの悪い周遊道路は諦め、最近の練習道路、県道18号に向かう。こちらは悪くないコンディション。2往復。疲れてからは、ほぼサードギア固定で滑るように走るのが気持ちよい。

今日も改めて思い知る問題点・・・タイトコーナーはそこそこスムースになってきたものの、高速コーナーの走り方が根本的に分かっていない。これはHMSやら駐車場の練習では無理があるだろう。やはり一度はサーキットに行かなければいけないか。あるいはターンパイクとか伊豆スカあたりに行って練習?なんかリスキーな響きだ。伊豆スカ、7年くらい前に師匠と行ったきり。

※追記

先日のスクール指導がリーンイン中心だったため、今日はヘアピンでもリーンインを通す傾向にあった。慣れないことをして無理がかかったのか、膝に筋肉痛がきた。走りが安定しない。峠20回に1回しか思うように走れない説(「RIDE」より)を痛感中。

作者:j2kt

更新日:2008年11月30日 22時19分

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[バイク]ハンドル交換検討

今日は夕方からモトラボロさんに出向き、オイル交換等メンテ。

待ち時間に、ハンドルを交換した仕様のグリーゾ1100に乗せていただけることになった。

ポジションがかっちりと決まるので、非常に楽な感じ。何百キロでも走れそう。

これなら燃費のことがあるとはいえ、ロングツーリングを敢行する気になるかも。

試乗車はタイヤが終わっており、切れ込みがきつかったのでコーナリングはまともに試せなかったが、峠でもより振り回せるようになりそう。

ただ、もう一度自分のバイクに乗ってみると、やはりこのポジションも捨てがたい。

確かに変なポジションなんだけど、自分にとっては一つの面白味になってしまっている。

ちょうど一年前、マッハ3につけていたコンチハンドルを大アップハンドルに戻した。操作性、安定性はコンチの方が上。しかし大アップハンドルの方がなんというか、雰囲気があるのだった。

機能向上をとるか、現状感じている面白み(単なる慣れかもしれない)をとるか、迷いどころ。

作者:j2kt

更新日:2008年11月30日 0時59分

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[バイク]私にとっての「GSX−R」再評価

f:id:j2kt:20061122221829j:image:right師匠が死んで最初に買ったバイクはマッハ500SS。

2年半後、GSX-Rを購入することになる。

その頃私がバイクに期待していたものを思い出すと、何より加速だった。加速にしか興味がなかった。軽量で巨大パワーのGSX−Rなら、それがあると思っていた。

それは間違ってはいなかったが、しかし、21世紀のバイクはあまりに素晴らしかった。

車体剛性が高すぎるためか、確かに加速は凄いのだが、加速「感」はまったくもの足りないのだった。

しかし、GSX-Rはワインディングを走る楽しさを教えてくれた。

加速以外にバイクを楽しむ方法があるという、当たり前のことを思い出させてくれた。

ツーリングしにくいバイクだという認識は変わらない。峠行くにせよ、到着までの道のりが辛い!私にとってはトランポ必須。

作者:j2kt

更新日:2008年11月28日 0時39分

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[バイク]追記:家族所有のバイク

ここ10年で弟や父が購入したため、私も割と自由に乗れる環境にあったバイクたち。

以下はすべて売却済み。

TZR50R、ジョーカー50、TDR80、バリオス、SRX400、NSR150、RZ350R(師匠の形見)、ホーネット600

父が乗っていたバリオスは師匠のチューニングにより、味気ない回るだけのエンジンが激変。「重トルク250四発」みたいな面白いマシンだった。SRXのブレーキチューンも凄かった。ノーマルとは較べようもない制動力になった。車体が歪む感じだったけど。その頃の師匠はまだ仕事に情熱があったし、それほど私からぼろうとする意識も強くなかった。

今家族が所有しているバイク

XL1200C、XB9S

外車ばっかで嫌な感じ。。

作者:j2kt

更新日:2008年11月27日 23時44分

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[バイク]バイク車歴

時期はうろ覚えだけど、忘れきらないうちに記録しておこうと思う。

エピソードを思い出すたびに、チョコチョコ追記していくつもり。

  • 1996年12月 YB-1(当時は2スト)ファッションライダー路線を行こうと思っていた。マグナ250ラブ時代。
  • 1997年 8月 YBは弟に譲り、マグナではなくZRX400購入。YBの遅さに恐怖を感じ、反動で4気筒を選んだ。
  • 1998年 1月 買い替え。ZZR1100。ファッション志向放棄。完全にスピード志向。この頃は土砂降りでもバイクで出かけてた。HMSにも数回行く。
  • 1998年11月 ZZR売却。念願のマッハ3。数々の伝説を真に受けたのだった。しかし安物買い。調子悪かった。
  • 1999年 1月 師匠に出会う。調子悪いマッハを見てスクーターで追跡してきたのだ。イカツイおっさんが自宅まで追っかけてくるのだから、とても怖かった。「君のバイク調子悪いよ。うちにもってきなよ」。で、RZのリヤにのせられ、午後3時の環八で×××kmで走られる恐怖体験。「2ストっていうのはこういう乗り物なんだよ」とのこと。
  • 1999年 3月 師匠のアドバイスでマッハを手放し25万でセロー購入。ノーマルでない箇所はプラグのみ(9番)だが、セッティングが完璧なためなのか、140km/hを振り切る調子良さ。
  • 1999年 5月 師匠からZ550FX(70万円)を追加購入。改造車。前後17インチ化、FCR、モリワキ直管がついていて驚異的加速。燃費も良い、凄いバイクだった。九州ツーリング等。
  • 2000年 1月 師匠が、新車のH2(750SS)を150万で買わないかという。金が無くて断り、お前はバカだと罵られ、2週間出入り禁止に。これは今でも私がバカだったと思う。
  • 2000年12月 事故でFX全損。
  • 2001年 1月 弟が乗っていたRZ250改350を譲り受ける。これも師匠から購入したもの。弟は諸々の事情でこの時期師匠から出入り禁止になっていた。刹那的な加速が凄い快感。ZZRよりも体感加速ははるかに上だった。
  • 2002年 3月 RZ売却。ZX-9RC2購入。これはもうメタクソに速かった。
  • 2002年10月 セロー売却。まだ調子良かったはずだが、師匠の資金繰りに利用された。代わりにスズキのアドレス100を売りつけられる。走行中にキャブが脱落。この頃から師匠の手抜き仕事が目立つ。そして私は師匠の洗脳下にあった。
  • 2002年12月 ZX-9R事故全損。左手骨折。事故成金になる。
  • 2002年12月 事故直後にCBX1000を売りつけられる(今思うとひでえ。事故ハゲタカ。。)。
  • 2003年 4月 師匠が沖縄で事故死。CBXのリヤサス抜け発覚。部品注文するも、ついに届かず。
  • 2004年 2月 師匠の呪縛が解けてきて、再びマッハ購入。凄く調子良いが、やっぱり乗るたびにどっか壊れる。加速は伝説どおり。パワーバンドに入った瞬間、0.5秒でタコメーターが振り切る(気がする。あるいは、タコメーターが信用できないとも言う)。
  • 2005年 1月 ヤフオクでDT200R購入。やはり問題があり、半年ほどで売却。
  • 2006年10月 エンジン好調だが、サス等に問題があるCBXに業を煮やし売却。GSX−R1000購入。このバイク、ZX-9Rよりも速いはず、と思っていて実際速かったのだが、加速感が無い。誰でも乗り易いが長時間乗り続けるのは辛く、加速の気持ちよさはそれほどではない。峠かサーキットしか楽しめないというのはどうなんだろう。
  • 2007年 5月 GSX-Rの特性が嫌になり売却。ハーレーFXD購入。
  • 2008年 5月 マッハとFXDを処分し、グリーゾ8V購入。

以上で、一応満足に乗ったといえるのは、セロー、FX、ハーレーか。それでも、どれも10,000km未満しか乗ってないか。また乗ってみたいのはCBXとZX-9R。CBXはブレーキだけ何とかした上で、あの重量を峠で操作する感覚を楽しみたい。9Rは実に良いツーリングマシンだったんじゃないか。



※1996年〜1999年1月 第一期 

ある意味幸せだったバイクに乗り始めの期間。HMSにもたまに行った。割と真っ当なバイク生活。しかしマッハが蛇の道への入り口に。。

※1999年1月〜2003年4月 第二期

師匠と会ってから、その事故死まで。随分バイクを買い替えさせられた気がする。やたらとスピード慣れし、反面、事故が多かった。また、ぼられたし、ひどい目に遭った面もあるが、1950年代生まれの不良の激しさを知れた。今思えば、師匠は凶暴で、人の隙をみて全力で金を奪いにくるような人だったのだ。

ただ、運転とチューニングの腕は確かだった。セローやFXは今考えても驚異的な性能で、割と安価に売ってくれた。まあなかなか出来ない経験はしたのだと思う。また、この時期、コーナリング技術は結局上がらなかったが、漫然と乗っているだけでは、慣れはするが技術は身に付かない、などと言われるがその通り。。

※2003年4月〜2006年10月 第三期

所有車がマッハとCBX。つまり、バイクにはほとんど乗らなかった。

バイクに求めるものは刹那的な加速のみ。まあそれもバイクの楽しみ方といえばそうかもだけど、、

※2006年10月〜現在 第四期

真っ当なバイク生活に戻った。しかしGSX-R購入時、運転技術は師匠に会った頃以下になっていたと思う。国産SSは実に身の程知らずであり、反動で買ったハーレーでは、あまりに楽をし過ぎた。ただ、ハーレーのお陰で加速ジャンキー状態を脱する。そして今、ピヨピヨとスクールに投資しているのだ。

総じて、必ずしも幸せなバイク人生とは言えないだろうが、ユニークさでは自信あり。

作者:j2kt

更新日:2008年11月27日 20時10分

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[雑事]婦人服

最近婦人服売り場が楽しくなってきた。

「これとこれあわせたらかわいいんじゃなーい」

とかそのうち言ってしまいそうだ。

作者:j2kt

更新日:2008年11月27日 11時3分

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[音楽][猫]効く音楽

ちょっと疲れ気味のときについつい聴いてしまうのはレーガーの中期オルガン曲。

そびえたつ巨大音楽。

演奏時間はそれほど長くないが、空間を音で埋め尽くそうとするかのような猛烈な音数(おとかず)。

これが効くのだ。

特にお気に入りはop.52-2 コラール幻想曲「目覚めよと呼ぶ声あり」。すごく目覚める!

それほどオルガンの演奏会に足繁くというわけでもないのに、実演も2度聴いたことがある。レーガーのオルガン作品中ではかなり演奏機会が多いのだろう。

ただ、この曲をかけると猫がおびえるのだった(※1)。

※1

私が持っているこの曲のCDはかなり攻撃的な音響。

ただ、オルガンは個体差が大きいので、重厚かつ静謐な感じに響く演奏も存在するかもしれない。

作者:j2kt

更新日:2008年12月4日 14時48分

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[音楽]ベートーヴェン「悲愴」

ピアノは中2まで習っていた。極めて練習嫌いで「エリーゼのために」がやっと弾ける程度だった。

17歳の春ころ、受験勉強をしなければと気が重くなっていたころ、数年ぶりにピアノに触りはじめた。

たぶん、父がオーディオで聴いていたアシュケナージの「悲愴」が耳に入ったのが直接のきっかけ。

小学生の時分は難しそうな曲だという印象しかなかったが、そのときふと「なんか音少なくね?弾けんじゃね?」などと思ったのだった。

そして生まれて初めて自分のお金(デニーズのバイト代)で全音ピアノピースを購入。母親の目を盗んでピアノを弾きまくり始めたのだ。

それをきっかけに、まさか音大に行くとは思ってなかったけど。

典型的な逃避だが、そういう行動が私の人生を決めてきたようにも思える。何かを計画して、その通りに行なって成功したという体験を思い出せない。。まあいいか。

で、その悲愴が今また気になっていて、ちょっと練習。3楽章のロンド、昔は4拍子っぽく弾いていてダサダサだったが、今なら2拍子が表現できる。楽しい。これやはり名曲。

作者:j2kt

更新日:2008年12月4日 11時18分

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[バイク]たぶん今年最後のバイク日和

乗る機会を逃してしまった。

追記:

と、思ったら来週11日(木)は晴れ。気温が15度の予想!

水曜までは激多忙だが木曜はもしかしたら。。

作者:j2kt

更新日:2008年12月4日 10時7分

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[音楽]メカニックは50%に過ぎない

今読書中の「バレンボイム音楽論」より。

フィジカルな演奏技術を極め、楽譜に記載された音を漏らさず完璧に鳴らすことができたとしても、それだけなら半分しか達成していないとのこと。

譜面どおりに演奏できることは方程式の半分にすぎず、もう半分は、曲の各部分を曲全体の究極的な性質との関連において探索し、理解するように促す問いかけからなっている。

コンクールは前半をかなり正確に評価することはできる。コンクールに限らず、後半はほとんど客観的評価の方法がない。直感以上の道具が見当たらないのだろう。

作者:j2kt

更新日:2008年12月2日 11時21分

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[雑事]内田 樹さんのブログより

  • 「合理的な生き方」と、「最大限の力を発揮する生き方」
  • 「合理的に生きる」技術と「何が何でも生き延びる」技術

があると。

たとえば、

貨幣というのは「より合理的に生きる」ために発明された制度。「大量の貨幣」は「より合理的に生きられる」ことを保証しはするが、「何が何でも生きられる」ことは保証しない。

とすれば、安全運転技術に関して、

「合理的」系統

「最大限」系統

という分類をしてみると面白いかと思った。

しかしバイクの場合、「最大限」系統のトレーニングは単純に筋トレかなあ。スピードに慣れる、とか。

そういえば、ハーレーに乗っていたとき、「逆操舵」を試してみたらものすごく怖い目にあった。あれは初心者とか、アメリカンの人がマネしたらヤバイのではないか。

作者:j2kt

更新日:2008年12月2日 11時10分

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[バイク]ハンドルバー選び

PMC ZINGERというのを見つけた。

これは知らなかった。幅720とか740というのはなかなか良いかも。

グリーゾ8Vのノーマルは765とのこと。絞りは少なめ。

※追記

コワースのコンペHighというのも自分好みっぽい。

作者:j2kt

更新日:2008年11月30日 14時3分

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[バイク]奥多摩行き

朝9時頃出発。

周遊道路は11時近くにも関わらず日蔭の路面に凍結が残る。混雑もあり、楽しむ余裕無し。そして今日はサスセッティングが大失敗。コンプ全閉から1回転⇒1回転と1/4、リバウンドは2回転⇒1回転と3/4(ちょっと締めた)。リヤリバウンドは全閉から20⇒23クリック戻し、としたらフロント激重。まったく曲がらない恐怖のコーナリング。アンダーっていうのか。フロントを元に戻すと今度はリヤが頼りなさ過ぎ。リヤも戻す。

そんなんで最初で怖気づいてしまったためか、サスのリセッティング後も運転感覚の回復が遅れる。

先日のスクールの効果か、時々ハンドルに余分な力が入っているのがよく分かる。そして、よく分かってしまうだけに、ハンドルは交換する方向に心が大きく傾いた。。

コンディションの悪い周遊道路は諦め、最近の練習道路、県道18号に向かう。こちらは悪くないコンディション。2往復。疲れてからは、ほぼサードギア固定で滑るように走るのが気持ちよい。

今日も改めて思い知る問題点・・・タイトコーナーはそこそこスムースになってきたものの、高速コーナーの走り方が根本的に分かっていない。これはHMSやら駐車場の練習では無理があるだろう。やはり一度はサーキットに行かなければいけないか。あるいはターンパイクとか伊豆スカあたりに行って練習?なんかリスキーな響きだ。伊豆スカ、7年くらい前に師匠と行ったきり。

※追記

先日のスクール指導がリーンイン中心だったため、今日はヘアピンでもリーンインを通す傾向にあった。慣れないことをして無理がかかったのか、膝に筋肉痛がきた。走りが安定しない。峠20回に1回しか思うように走れない説(「RIDE」より)を痛感中。

作者:j2kt

更新日:2008年11月30日 13時19分

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[バイク]ハンドル交換検討

今日は夕方からモトラボロさんに出向き、オイル交換等メンテ。

待ち時間に、ハンドルを交換した仕様のグリーゾ1100に乗せていただけることになった。

ポジションがかっちりと決まるので、非常に楽な感じ。何百キロでも走れそう。

これなら燃費のことがあるとはいえ、ロングツーリングを敢行する気になるかも。

試乗車はタイヤが終わっており、切れ込みがきつかったのでコーナリングはまともに試せなかったが、峠でもより振り回せるようになりそう。

ただ、もう一度自分のバイクに乗ってみると、やはりこのポジションも捨てがたい。

確かに変なポジションなんだけど、自分にとっては一つの面白味になってしまっている。

ちょうど一年前、マッハ3につけていたコンチハンドルを大アップハンドルに戻した。操作性、安定性はコンチの方が上。しかし大アップハンドルの方がなんというか、雰囲気があるのだった。

機能向上をとるか、現状感じている面白み(単なる慣れかもしれない)をとるか、迷いどころ。

作者:j2kt

更新日:2008年11月29日 15時59分

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[バイク]私にとっての「GSX−R」再評価

f:id:j2kt:20061122221829j:image:right師匠が死んで最初に買ったバイクはマッハ500SS。

2年半後、GSX-Rを購入することになる。

その頃私がバイクに期待していたものを思い出すと、何より加速だった。加速にしか興味がなかった。軽量で巨大パワーのGSX−Rなら、それがあると思っていた。

それは間違ってはいなかったが、しかし、21世紀のバイクはあまりに素晴らしかった。

車体剛性が高すぎるためか、確かに加速は凄いのだが、加速「感」はまったくもの足りないのだった。

しかし、GSX-Rはワインディングを走る楽しさを教えてくれた。

加速以外にバイクを楽しむ方法があるという、当たり前のことを思い出させてくれた。

ツーリングしにくいバイクだという認識は変わらない。峠行くにせよ、到着までの道のりが辛い!私にとってはトランポ必須。

作者:j2kt

更新日:2008年11月27日 15時39分

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[バイク]追記:家族所有のバイク

ここ10年で弟や父が購入したため、私も割と自由に乗れる環境にあったバイクたち。

以下はすべて売却済み。

TZR50R、ジョーカー50、TDR80、バリオス、SRX400、NSR150、RZ350R(師匠の形見)、ホーネット600

父が乗っていたバリオスは師匠のチューニングにより、味気ない回るだけのエンジンが激変。「重トルク250四発」みたいな面白いマシンだった。SRXのブレーキチューンも凄かった。ノーマルとは較べようもない制動力になった。車体が歪む感じだったけど。その頃の師匠はまだ仕事に情熱があったし、それほど私からぼろうとする意識も強くなかった。

今家族が所有しているバイク

XL1200C、XB9S

外車ばっかで嫌な感じ。。

作者:j2kt

更新日:2008年11月27日 14時44分

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[バイク]バイク車歴

時期はうろ覚えだけど、忘れきらないうちに記録しておこうと思う。

エピソードを思い出すたびに、チョコチョコ追記していくつもり。

  • 1996年12月 YB-1(当時は2スト)ファッションライダー路線を行こうと思っていた。マグナ250ラブ時代。
  • 1997年 8月 YBは弟に譲り、マグナではなくZRX400購入。YBの遅さに恐怖を感じ、反動で4気筒を選んだ。
  • 1998年 1月 買い替え。ZZR1100。ファッション志向放棄。完全にスピード志向。この頃は土砂降りでもバイクで出かけてた。HMSにも数回行く。
  • 1998年11月 ZZR売却。念願のマッハ3。数々の伝説を真に受けたのだった。しかし安物買い。調子悪かった。
  • 1999年 1月 師匠に出会う。調子悪いマッハを見てスクーターで追跡してきたのだ。イカツイおっさんが自宅まで追っかけてくるのだから、とても怖かった。「君のバイク調子悪いよ。うちにもってきなよ」。で、RZのリヤにのせられ、午後3時の環八で×××kmで走られる恐怖体験。「2ストっていうのはこういう乗り物なんだよ」とのこと。
  • 1999年 3月 師匠のアドバイスでマッハを手放し25万でセロー購入。ノーマルでない箇所はプラグのみ(9番)だが、セッティングが完璧なためなのか、140km/hを振り切る調子良さ。
  • 1999年 5月 師匠からZ550FX(70万円)を追加購入。改造車。前後17インチ化、FCR、モリワキ直管がついていて驚異的加速。燃費も良い、凄いバイクだった。九州ツーリング等。
  • 2000年 1月 師匠が、新車のH2(750SS)を150万で買わないかという。金が無くて断り、お前はバカだと罵られ、2週間出入り禁止に。これは今でも私がバカだったと思う。
  • 2000年12月 事故でFX全損。
  • 2001年 1月 弟が乗っていたRZ250改350を譲り受ける。これも師匠から購入したもの。弟は諸々の事情でこの時期師匠から出入り禁止になっていた。刹那的な加速が凄い快感。ZZRよりも体感加速ははるかに上だった。
  • 2002年 3月 RZ売却。ZX-9RC2購入。これはもうメタクソに速かった。
  • 2002年10月 セロー売却。まだ調子良かったはずだが、師匠の資金繰りに利用された。代わりにスズキのアドレス100を売りつけられる。走行中にキャブが脱落。この頃から師匠の手抜き仕事が目立つ。そして私は師匠の洗脳下にあった。
  • 2002年12月 ZX-9R事故全損。左手骨折。事故成金になる。
  • 2002年12月 事故直後にCBX1000を売りつけられる(今思うとひでえ。事故ハゲタカ。。)。
  • 2003年 4月 師匠が沖縄で事故死。CBXのリヤサス抜け発覚。部品注文するも、ついに届かず。
  • 2004年 2月 師匠の呪縛が解けてきて、再びマッハ購入。凄く調子良いが、やっぱり乗るたびにどっか壊れる。加速は伝説どおり。パワーバンドに入った瞬間、0.5秒でタコメーターが振り切る(気がする。あるいは、タコメーターが信用できないとも言う)。
  • 2005年 1月 ヤフオクでDT200R購入。やはり問題があり、半年ほどで売却。
  • 2006年10月 エンジン好調だが、サス等に問題があるCBXに業を煮やし売却。GSX−R1000購入。このバイク、ZX-9Rよりも速いはず、と思っていて実際速かったのだが、加速感が無い。誰でも乗り易いが長時間乗り続けるのは辛く、加速の気持ちよさはそれほどではない。峠かサーキットしか楽しめないというのはどうなんだろう。
  • 2007年 5月 GSX-Rの特性が嫌になり売却。ハーレーFXD購入。
  • 2008年 5月 マッハとFXDを処分し、グリーゾ8V購入。

以上で、一応満足に乗ったといえるのは、セロー、FX、ハーレーか。それでも、どれも10,000km未満しか乗ってないか。また乗ってみたいのはCBXとZX-9R。CBXはブレーキだけ何とかした上で、あの重量を峠で操作する感覚を楽しみたい。9Rは実に良いツーリングマシンだったんじゃないか。



※1996年〜1999年1月 第一期 

ある意味幸せだったバイクに乗り始めの期間。HMSにもたまに行った。割と真っ当なバイク生活。しかしマッハが蛇の道への入り口に。。

※1999年1月〜2003年4月 第二期

師匠と会ってから、その事故死まで。随分バイクを買い替えさせられた気がする。やたらとスピード慣れし、反面、事故が多かった。また、ぼられたし、ひどい目に遭った面もあるが、1950年代生まれの不良の激しさを知れた。今思えば、師匠は凶暴で、人の隙をみて全力で金を奪いにくるような人だったのだ。

ただ、運転とチューニングの腕は確かだった。セローやFXは今考えても驚異的な性能で、割と安価に売ってくれた。まあなかなか出来ない経験はしたのだと思う。また、この時期、コーナリング技術は結局上がらなかったが、漫然と乗っているだけでは、慣れはするが技術は身に付かない、などと言われるがその通り。。

※2003年4月〜2006年10月 第三期

所有車がマッハとCBX。つまり、バイクにはほとんど乗らなかった。

バイクに求めるものは刹那的な加速のみ。まあそれもバイクの楽しみ方といえばそうかもだけど、、

※2006年10月〜現在 第四期

真っ当なバイク生活に戻った。しかしGSX-R購入時、運転技術は師匠に会った頃以下になっていたと思う。国産SSは実に身の程知らずであり、反動で買ったハーレーでは、あまりに楽をし過ぎた。ただ、ハーレーのお陰で加速ジャンキー状態を脱する。そして今、ピヨピヨとスクールに投資しているのだ。

総じて、必ずしも幸せなバイク人生とは言えないだろうが、ユニークさでは自信あり。

作者:j2kt

更新日:2008年11月27日 11時10分

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[雑事]婦人服

最近婦人服売り場が楽しくなってきた。

「これとこれあわせたらかわいいんじゃなーい」

とかそのうち言ってしまいそうだ。

作者:j2kt

更新日:2008年11月27日 2時3分

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