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トップ > スフィンクス > スフィンクス - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月5日 12時)

「渋谷ダイニング ぷん楽」でランチを!

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久しぶりに「渋谷ダイニング ぷん楽」で、食べ放題の和風バイキングランチを食べてきました。以前、何度か行ったことがありますが、店内の配置がちょっと変わっていました。まえ来たときはカウンターに料理が並んでいましたが、今は料理水や飲み物類は、店内の真ん中にまとまっておいてありました。また、値段がちょっとアップしていました。前は980円、今は値上がりして1200円です。黒を基調とした、ちょっと大人ムードのインテリアです。渋谷の駅前、「Qフロント」 8階にあります。窓からハチ公広場がよく見えます。


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入口からカウンター席を見る


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一回目の取り皿


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二回目の取り皿


「SHIBUYA DINING ぷん楽」


過去の関連記事:
「SHIBUYA DINING ぷん楽」で和食食べ放題ランチ!

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更新日:2008年12月5日 18時41分

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更新日:2008年12月5日 18時41分

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今日の駒沢通り

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駒沢通り(駒沢公園横)

今日、お昼頃の駒沢公園横の駒沢通りの風景です。イチョウ並木も色づいています。落ち葉もだいぶ落ちています。上り方向の車線は渋滞しています。やはり師走ですね。

作者:

更新日:2008年12月5日 17時35分

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「AO(アオ)」、「紀ノ国屋インターナショナル」先行オープン!

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2009年春のグランドオープンを予定する青山の商業施設「AO(アオ)」の地下1階に11月5日、スーパーマーケット「紀ノ国屋インターナショナル」が先行オープンしました。


施設名称の「AO(アオ)」は、「青山」と「会おう」を合体させた名称だという。「紀ノ国屋」の跡地と、その周辺を一体として開発したものです。一時、「中田カフェ」があったところです。低層部と90mの高層タワーの2棟で構成されています。設計は日本設計、内装やテナントに関する商業コンサルタントは浜野総合研究所が担当しました。低層部は地下2階・地上5階で、高層タワーは地下2階・地上16階です。1階から上はまだテナントが入居していません。


渋谷側から見ると特徴的な形態をしていますが、それに加えて、面白いのは昼と夜の表情が異なっていることです。青山通りのランドマークとして、成功していると思いました。


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紀伊国屋インターナショナル・グランドオープニング


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地下1階紀伊国屋店舗内部:紀伊国屋ホームページより


これより夜景を!

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作者:

更新日:2008年12月4日 18時5分

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江戸川区船堀

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都営新宿線、船堀駅で降りると、目の前は「タワーホール船堀」、なぜかエレベーターに乗り、高さ115mの展望室へ、そこは都内全域が一望できる360度の大パノラマ。その後、健康ランドでお風呂に入り、よくある舞台付きの大広間で少し早い忘年会です!

作者:

更新日:2008年12月4日 14時49分

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文学界新人賞受賞作、松波太郎の「廃車」を読んだ!

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「文学界12月号」に掲載されている松波太郎の「廃車」を読みました。実は読み終わったのはほぼ1ヶ月前、11月初めのことです。しかし、なかなかブログに記事が書けずにいたのですが、なにしろ「文学界」は文芸春秋社の発行だし、芥川賞受賞の確立も高いし、もう一度読んでみて書いておこうと思い立ちました。松波太郎の「廃車」は、上村渉の「射手座」とともに、第107回文学界新人賞を受賞した作品です。選考委員は、角田光代、花村萬月、松浦寿輝、松浦理恵子、吉田修一の5人です。


松波太郎、1982年6月28日生まれ。26歳。三重県出身。大東文化大学中退。北京外国語大学中退。宇都宮大学卒業。現在、一橋大学大学院言語社会研究科修士課程在学中。と経歴にあります。松波太郎の「廃車」は、「文学界12月号」の目次を見ると、「故障続きの軽自動車を中国人留学生に譲渡したことから巻き起こる一騒動。鮮やかな場面転換と軽妙ユーモアの彼方に哀切さが浮かび上がる力作」とあります。しかし選考委員の松浦寿輝は、「今回は『受賞作なし』が妥当な結論だったのではないかという思いは今も消えない」と、文学界新人賞の受賞に異議を唱えています。


「廃車」は、「『おまえ、これカスだよ』『ううん、あたし人間だよ』宝田は声を張り上げ、猫木の眼の奥をしばりつけるように見つめた。『ユータ、あたしカスじゃないよ、人間だよ』」という、なにか期待を持たせるような会話で始まります。しかし、別にどうということはない、日雇いアルバイトの猫木豊とそのガールフレンド宝田が「メシ処さねよし宇都宮店」で一番の人気メニューのトンカツ定食を食べていて、宝田が猫木にくれたトンカツが肉が抜けていて衣だけだったという、ただそれだけのことです。宝田は宇都宮大学国際学部の4年生です。その宝田に平気で奢ってもらっているのです。「おまえカスか」と宝田にいう言い方は、猫木特有の言い方を表したいのか、その後この作品の中で何度か出てきます。


2人でトンカツを食べた後、駐車場へ行き、紺色のダイハツ・ミラに乗ってエンジンをかけようとすると、何度やってもかかりません。猫木は初めてボンネットを開けてみるが、結局は携帯電話で修理屋を呼びます。紺色のつなぎを着た男は持参のコードをバッテリーにつなぎ、車内と車外を何度か行き来すると、ミラは劇的に蘇生します。今回のことで車の維持がメンドーになり、だれかが引き取ってくれる人がいないかと、猫木は考えます。このダイハツ・ミラはカー雑誌を見て、宇都宮より安く済む三郷の中古車販売店までわざわざ行って、車検2年付きのものを5万円で買ったものです。猫木は、日雇いアルバイト仲間で、どう見ても日本人のスミスさんに車を引き取ってもらえる人を紹介してもらいます。


その人は「何陶陽(カトウヨウ)」という内モンゴル出身の中国人留学生でした。何陶陽は、駐車場でバックと全身を2階ずつ繰り返して、「じゃあ、引き取る。そうする」と言います。猫木は「ガンガン乗ってあげてください。車検は4月まで残っていますから、それ以降は何さんが車検をまた通すなり、もしくはもう乗らないなら処分してかまいません」といい、付け加えて「名義変更だけはちゃんと、すぐにやっておいてください」と言います。何はイントネーションがおかしい語尾で「知ってる。前も経験があるから」と答えます。「何さん、名義変更はしっかりしてください。それがこの車をただで引き渡す条件です」と念を押します。しばらくして名義変更をし終えたか、何陶陽に確認の電話を入れてみると、彼はいろいろと理由をつけて話を引き延ばし、「手続きは来週中にする」と答えます。「車引き渡してもう2ヶ月以上たつのに、今さらあの車廃車にすっから、代わりに廃車すっから、その代理手続きかなんかわからんけど、印鑑証明書と住民票とってこい、ってふざけすぎだろ?」と、猫木は宝田にぶちまけます。


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印鑑証明書と住民票を宇都宮大学の東門前で何陶陽に渡すと、「あなた、自分のやってることわかる?」と言います。何は、あの車で千葉は行こうと思ったら、埼玉の幸手で停まってしまい、レッカー車を呼んで5万円もかかったと言う。「でも、その千葉に行くときも、車はぼくの名義のままだったんでしょ。あなたはぼくからタダでもらってすぐに名義を変えると約束したはずですよ」と言うと、「あなた、わたしに渡した車、ほんとうは壊れていた車じゃないですか?」と、そして「わたし中国人だから、だからわたし馬鹿にしてた、じゃないですか?あなた、中国人差別してる、じゃないですか?」と言う。そう言われて、猫木は中国人を差別している意識はないけど、差別しているような感じもする、と思います。


宝田が横浜に引っ越します。学部時代に鍛えた英語が評価されて、横浜のホテルに就職したからです。猫木も一緒についてきました。宝田は内心同棲も考えていましたが、たがいに別々のアパートを借ります。宝田とは時間的なすれ違いが目立ち始めます。猫木は催促してこれ以上こじらせたくないが、何からは廃車完了の連絡はまだ来ません。何に電話をすると「廃車するのもお金がかかる。だからわたしの時機でてあなたに言たから」と1ヶ月前の同じ答えです。「あなたは中国人差別をしたから」とも言います。猫木は「何さん、日本人はみな中国人を差別するところからスタートしているのです。少なくとも近代以後の日本人は潜在的に中国人を差別してきました。・・・」と、竹内好や溝口雄三を取り上げながら、長々と中国人差別に関して自分の主張をしてしまいます。もちろん、電話は切られていました。この辺りは猫木なのか、あるいは作者の松波太郎なのか、わけが分かりません。猫木は車のことを考えると、すぐに気分が悪くなるようにまでなります。宝田からは「もう1ヶ月以上も、してないのよ」と言われる始末です。廃車を考える時間が、エロをしのいでいることに猫木は驚きます。


絶対に切らないようにしていた貯金の15万円を切り崩して、2ヶ月ぶりに宇都宮まで行くことを決心します。市役所で廃車手続きを済ませて、何のアパートへ着いて駐車場から頼んでおいたレッカー車で車を運び出します。猫木は「廃車はこれで完了したようです」と何陶陽に言います。猫木が駅の戻ろうとすると、3人の男が出てきて突き飛ばされ、ボコボコに殴りつけられます。集団での蹴りも、なんとか猫木が駅まで戻れる程度に止められていました。駅に着くと、白い柱の前に宝田が立っていました。「ここでずっと、まってたのか?」と聞くと、仕事を抜け出してきたと言う。「帰ろうか、横浜に」と猫木が言うと、宝田はただ「うん」とだけ言います。餃子駅弁を2つ買って、上野行きの各駅電車に乗り込みます。ウォークマンのイヤホンを2人で片方ずつ耳に押し込みます。


選考委員の松浦理恵子は、「読者に対して謎をかけている部分『2』と『13』は、個人的には好みではない」と言います。「2」は、猫木が吉野郡上北山村の山中で、伯母から借りた車で自動車事故を起こした過去を振り返る場面で、気がついたら病室の中だった、というものです。「13」は、4万6000人収容のホールで、猫木が自動車事故について語り、あの事故以来ぼくは一度の人生、悔いの残らないようにと、けつしてあきらめずに、今日までやってきました、と演説をぶつ場面です。ぼくも明らかにこの2つの章はなくてもいいと思いました。これともうひとつ、吉田修一も「ただ一点だけ、主人公が馬鹿なままで物語が終わったらさぞ爽快だろうと思った矢先、猫木が猫木のくせに、『日本人の中国人に対する差別意識』なんてことについての、長~い、ほんとに長~い科白を、電話で一方的にまくし立ててしまうのがまったく分からない」と述べています。電話が切られているにもかかわらず・・・。頭のいいところを1ヶ所でも見せようと作者は思ったのでしょうか?花村萬月も「20代半ばという年齢のせいもあるのだろうが、地震の才能に酔わぬように。酔っぱらいは見苦しいものです」と釘を差しています。

松浦寿輝は、「わたしが『廃車』にどうしても乗れなかったのは、このスカタン男にひたすら健気に尽くすガールフレンド『宝田』の影が終始ひどく薄いことによる」とし、「コミュニケーションを受け付けない『猫木』のエゴイズムとナルシシズムが主題だとはいえ、『宝田』の存在感で相対化されるという契機がなければ、彼らをカップルとして小説に導入する意味がないではないか」と疑問を呈しています。ぼくもこれには同感で、最後の最後まで宝田の反撃があるのかと思っていましたが、不発に終わりました。松浦理恵子は「作者は勇気と大胆さという面では申し分ない。一方で、繊細な感覚も備えている。・・・眼を瞠るのは場面転換のうまさで、桂馬飛びのように予想からはずれた場面に話が飛ぶ。・・・しかし、作者の真摯さはひしひしと感じられるし、この人はもっと隠微な様相の交易=交わりの場面にも、自然な歩調で踏み込んでいける可能性を持っている。と見受けられるので、今は長所を強調しておきたい」と絶賛しています。


作家は選評の中で、例えば花村萬月は、これは他の小説を書いている人のことですが、「送られてきた本を読み始めたら『脱兎のごとく駆けだした』とあって、そこで本を閉じた」と書いています。また吉田修一は、「ただボンネットの中を覗きに行くだけの場面で、『鞘から刀を抜き取るようにシートベルトを外す』などと書く執拗さに、気がつけば白旗を上げていた」と書いています。作家特有の言い回しのこだわりの深さを、ここにみる思いがしました。

作者:

更新日:2008年12月3日 0時1分

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六本木「東京ミッドタウン」のイルミネーション!

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ガレリア内の吹き抜けに天使の羽

六本木の「東京ミッドタウン」で計70万個の明かりが点灯しているという「クリスマスイルミネーション」を観てきました。芝生広場ではブルーのイルミネーションで埋め尽くす「スターライトガーデン」や、パリ以外で初めて実現する「シャンゼリゼ・イルミネーション」など、それぞれの場所で「クリスマス・イルミネーション」が観られます。また、ガレリア内の吹き抜けには天使の羽のモチーフの装飾が垂れ下がっています。たくさんの人が訪れていて、いやが上にもクリスマス気分が盛り上がってきました。

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シャンゼリーゼ・イルミネーション


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スターライト・ガーデン


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東京ミッドタウン



おまけ:以下はパリのシャンゼリーゼ通りのイルミネーションです。


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パリ・シャンゼリーゼ通り(1991年)


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作者:

更新日:2008年12月2日 17時33分

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岡本太郎「明日の神話」デッサンを初公開!

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岡本太郎記念館(港区南青山6、TEL 03-3406-0801)は11月29日より、今月17日に渋谷駅で公開が始まった岡本太郎の巨大壁画「明日の神話」のデッサンを初公開する。


デッサンは、岡本太郎研究第一人者のひとり、川崎市民ミュージアム学芸員の大杉浩司さんが昨年11月の展覧会準備中に岡本太郎記念現代芸術振興財団の資料室で発見したもの。ほかの作品のスケッチなどが入った紙箱に、折りたたまれた状態で保管されていたといい、3枚の紙をつなげ木炭で描かれていた。サイズは、縦30センチ、横182センチ。


「明日の神話」再生プロジェクト・ゼネラル・マネージャーの平野暁臣・岡本太郎記念館館長は、今回初公開するデッサンについて「今回のデッサンは「明日の神話の原子核のようなもの。頭の中にイメージしたものを瞬間的に描いた作品だと考えている。この時すでに大枠は現在とほとんど同じということが見て取れる」と話している。


開館時間は10時~18時(入館は17時30分まで)。火曜・祝日、12月1日、12月28日~来年1月4日は休館。入場料は一般=600円、小学生=300円ほか。
シブヤ経済新聞:2008年11月28日



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岡本太郎「明日の神話」除幕式
シブヤ経済新聞:2008年11月17日


岡本太郎記念館

作者:

更新日:2008年12月1日 19時20分

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文学界新人賞受賞作、上村渉の「射手座」を読んだ!

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「文学界12月号」に掲載されている上村渉の「射手座」を読みました。実は読み終わったのはほぼ1ヶ月前、11月初めのことです。しかし、なかなかブログに記事が書けずにいたのですが、なにしろ「文学界」は文芸春秋社の発行だし、芥川賞受賞の確立も高いし、もう一度読んでみて書いておこうと思い立ちました。上村渉の「射手座」は、松波太郎の「廃車」とともに、第107回文学界新人賞を受賞した作品です。選考委員は、角田光代、花村萬月、松浦寿輝、松浦理恵子、吉田修一の5人です。


上村渉(かみむらわたる)、1978年11月29日生まれ。29歳。静岡県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。現在、図書館非常勤職員。と経歴にあります。上村渉の「射手座」は「文学界12月号」の目次を見ると「日系ブラジル人のわたしの前に現れた男が始めた信じがたい話――重層的な語りの構造を駆使し、人と人との関係の新たな可能性を暗示する意欲作」とあります。この小説の語り手は「日系ブラジル人のわたし」です。サンパウロにいた頃は喧嘩や家出を繰り返し、親戚一同の鼻つまみ者だったが、いまは御殿場の自動車部品工場の「副主任」にまでなり、2ヶ月後には出産を控えた日本人妻がいます。


そんな「わたし」の元に、妹のルシアと話をさせて欲しいという電話がかかってきます。東京で警備の仕事をしているという27歳の男からでした。言葉遣いは丁寧だが、名前を聞くと男は口ごもってしまいます。自分の名前も言えないような男は信用できないと断ると、男は妹さんのバッグを預かっていると言います。妹にバッグをなくさなかったか問いただしたら、なくしたと言い、動揺を隠そうとしました。妹がふさぎ込むようになったのは、半年前からで、タナカという男と別れてからでした。


「東京の男」からの電話は途絶える気配がありません。「わたし」はこれ以上妹に不快な思いをさせないためにも、男に会ってきっちり話をつけようと決心します。待ち合わせ場所は、東名高速の御殿場を降りてすぐのボウリング場でした。ガラガラの駐車場なので、男の乗った黒のフォルクスワーゲンはすぐに見つかりました。話をするためにログハウス風の喫茶店へ二人は移動します。男は加賀芳明と名のり、ポルトガル語でこのなまえにどんな意味があるのかもわかっていますと、続けました。


加賀の話によれば、葛飾区にある大型スーパーの食品売場で、警備員として巡回途中、妹を見かけたという。顔色も悪く、足取りもおぼつかないようなので、声をかけようと思っていたところ、青果コーナーでバナナをバックに押し込むところを見かけ、店の外に出たところでちょっと待てと声をかけたという。加賀は妹にバッグで叩かれ、腕に爪を立てられ足を蹴られてしまいます。暴れる妹をアルバイトの学生と二人で取り押さえ、2階の事務室へと連れていきます。


この小説は「わたし」の一人称で書かれています。しかし、警備員の加賀という東京の男が話すことを「わたし」が書いている、という形式をとっています。従って、「・・・という」とか、「・・・、と。」とかで終わるのがほとんどです。引用文は通常はカギ括弧で表せば済むことですが、ここでは執拗に「わたし」が「東京の男」から聞いたという、伝聞形?で書かれています。


「わたし」はあくまでも加賀が語ることの「聞き役」に徹しています。加賀が語っている時間と、現に語っていることを聞いている時間が、同時に進行します。どこまでが本当のことなのか、皆目見当が付きません。それは「わたし」が日系ブラジル人で、日本語に堪能でないからなのか?そのようでもあり、そうではないようでもあります。このつかみどころのなさこそが、もしかしてこの作品のテーマなのかもしれません。


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あのときの妹さんは、大学生の頃夢中になった女優と似ていると加賀は言います。そしてカセットテープを取り出して、これを聞いてもらえばわかりますと言います。妹は、過呼吸を起こすほどしゃべり続け、公園に子供を待たせていると言います。テープには「やっぱり、あの子、あたしたちの赤ちゃんだった。カズ君とあたしの。腐ってたの。あの子、すごいにおいだった」というルシアの声が入っています。あのときは妹さんに公園に子供を待たせていると言われて、店長に報告せずに持ち場を離れてしまいます。公園で妹に、あそこ、あれ見てよ、と言われると、そこにはビニール袋があり、気を取られているあいだに逃げられてしまいます。袋の中身は丸い毛のかたまりで、産まれたばかりの子どもだったと思う、と言われます。


妹のルシアの万引き事件、そして赤ん坊の腐乱死体の話など、サスペンスを読むように物語は推移します。そして加賀は、妹さんを捕まえようと思ったわけではなく、会って、バッグとビニール袋を渡せたらと、電話をかけたと言います。テープをさらに聞くと、妹が磐田のグラウンドでドゥンガにサインをもらったことなどが入っていました。そして「なのに、あのおばさんが・・・」で、テープは終わっていました。「わたし」は、テープを引き出して、ライターで火をつけます。


「いま、赤ちゃん、どこにいるって?」と聞くと、御殿場に来る途中のセブン・イレブンの駐車場で停まっていた白いセルシオと接触事故を起こし、相手が悪く絡まれて、暴力を振るわれたと、加賀は言います。「マサオさん呼んでくるからぜってえここにいろよ」と茶髪の男に言われますが、赤ちゃんの入ったクーラーボックスを隣の車に投げ捨てて逃げてきたと言います。「ぼくが処分して、ルシアさんを安心させてあげたいって」。そして加賀は小田急ファミリーランドに逃げ込み、追っ手から逃げ通します。


遊園地を出て山道を走っていると、ガードレールに触れてハンドルが効かなくなります。路肩にとめると、気持ちが落ちつき、眠りに落ちてしまいます。目が覚めたときには陽が沈んでいました。車の外へ出て、ガードレールのそばまで歩いていきます。「8月だというのに空気がつめたく、時折、川を吹く風が木々を揺らしておおきな音を立てていた。薄い雲がところどころ空を覆っていたけれど、それでも東京都ちがってたくさんの星が見えました、と。じぶんの星座である射手座がこの中のどこかにあるのかもしれないと思った、とも」、ここで初めて作品のタイトル「射手座」が出てきます。まあ、あまり深い意味はないようですが。


「東京の男」の名前は加賀ですが、この名前がポルトガル語ではどんな意味を持つのか知っていると、妙に謎かけをしたりもしています。「cagar」は「辞書に、排便をする、クソをする」と書いてあったことですが、スーパーの事務室でルシアに笑われたのでした。両親が離婚して母方の姓に変えることを言われているが、加賀は「でもやっぱり、このまま加賀でいようと思う」と加賀は語ります。しかし、どこまで本心なのか量りかねた「わたし」はただ「ああ、いいよ、そのなまえ」と加賀に言います。加賀と別れた「わたし」は家に電話して、妹に「帰ったらとっておきの話を教えてやる、おまえにとった悪くない話があるんだ」と。


選考委員の松浦寿輝は、「日本社会で堅実に地歩を固めつつある日系ブラジル人の男が、一家の生活の安定を防衛しようとして必死になるという設定は、単なる傍観者の物語を越えた何がしかの切実なリアリティをにじみ出させている。題の付けかたにも遊び心がある」と述べて、「射手座」の受賞にほんの少しだけ賛成した、としながらも「今回は『受賞作なし』が妥当な結論だったのではないかという思いは今でも消えない」と書いています。


また松浦理恵子は、「『射手座』の作者は理解と共感の望めない交わりから生まれ得るものに目を向けているように思われる。そうした視点の新しさと重要性を称揚したいし、小説の中にすぐれて小説的な運動を起こすことに成功した、小説家的運動神経のよさも大したものだと思う」と絶賛しています。そして角田光代は、「登場人物のだれしもが、最後までまったく通じ合わない、その徹底した放置をわたしは非常に好ましく思った。みなそれぞれ勝手な論理のもとに行動し、その論理は読み手にすらわからない。こういう書きかたをするのにはすいぶん勇気がいることではないかと思う。通じ合わない彼らの間を、死んだ赤ん坊が行き来する不気味さもよく書けていると思った」と述べています。


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更新日:2008年12月1日 12時23分

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今日の散歩は青山、表参道!

今日はいいお天気なので、渋谷から青山通りを上り表参道へと、そして裏原宿を通ってまた渋谷へと散歩してきました。いよいよ秋めいてきました。青山学院大学ではイチョウ並木が、また表参道ではケヤキ並木が、だいぶ色づいてきました。この分だと、神宮外苑絵画館前のイチョウ並木も色づいているでしょうが、今年はイチョウの落ち葉を踏みしめて歩きたいので、12月6、7日頃、あるいはもうちょっと遅くに見に行こうと思っています。


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青山学院大学・イチョウ並木


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表参道・ケヤキ並木

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更新日:2008年11月30日 21時35分

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ラファエロの「ひわの聖母」修復

ラファエロの傑作「ひわの聖母」の修復前と修復後の画像を取り上げている記事を二つ見つけました。どうも同じ内容を扱っているのにもかかわらず、画像がかなり違っています。果たしてどちらが実状に近いのか、気になるところです。ウフィツィ美術館には3度行ってますが、最初に行ったのは11990年頃だったので、たぶんこの絵は観ていたと思います。


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ラファエロ「ひわの聖母」の修復前(左)と修復後(右)


聖母のあでやかな表情再び
ルネサンス期の代表的な画家ラファエロの傑作「ひわの聖母」の修復前(左)と修復後。10年に及ぶ作業で鮮やかな色彩がよみがえった。イタリア中部フィレンツェのウフィツィ美術館で一般公開される。
(YAHOO!ニュース:2008年11月25日)



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左は修復前の画家ラファエロの「ひわの聖母」。
右は修復を終え報道陣に公開された絵
(フィレンツェ県提供・共同)

ラファエロの傑作公開 顕微鏡でミリ単位の修復
イタリア中部フィレンツェのウフィツィ美術館は21日、ルネサンス期を代表するイタリア人画家ラファエロ(1483-1520)の傑作「ひわの聖母」(縦107センチ、横77センチ)について約10年間の修復作業を終え、内外の報道陣に公開した。修復責任者は「顕微鏡を使ったミリ単位の作業だった」と苦労を語った。
ひわの聖母は、ラファエロが1505-06年、友人のために描いた作品だが、47年ごろ友人宅ががけ崩れで崩壊し、ばらばらになった。その後、幾度か修復が行われたが、継ぎはぎの個所が残った上、全体的に描き直されてオリジナルの色彩は失われた。
修復作業はまず、赤外線やエックス線を使って絵の下書きの状態を確認。次いでオリジナルの上に塗り重ねられた絵の具を、顕微鏡を使いながら削り落とした。その結果、全体的に暗かった絵画の下から青や赤の鮮やかな色調がよみがえった。
また、継ぎはぎ部分は削られ、化粧しっくいで表面を平らにした上で周りの色に合わせ新たに描き加えられた。修復の過程で、ラファエロが絵の具の乾きを早くするため、下塗りの材料としてガラスの細かな粉を使っていたことも明らかになった。
共同通信:2008年11月22日

作者:

更新日:2008年11月30日 21時18分

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