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[鉄道系 時事ネタ]秋田内陸縦貫鉄道を存続してもいいのか秋田県?
秋田内陸縦貫鉄道について、今週、動きがあったようです。
存廃に揺れる秋田内陸縦貫鉄道(北秋田市)の今後について、寺田典城知事と沿線の岸部陞北秋田市長、石黒直次仙北市長が18日、県庁で話し合い、存続を前提に検討を続けることで合意した。
内陸線 「存続」で検討継続、朝日新聞、2008年08月19日
秋田県知事がこの秋に結論を出すと言っていたけど、「存続を前提」に検討を続けることになっというのか。かなりの方向転換です。これまで、どちらかというと存続に消極的なニュアンスの発言を繰り返していたんですよね。
これを見ている限り、なんだか目出度い話のように思えるんだけど、地元紙はもう少し詳しく報道している。
たとえば、同じ三者会談を伝える河北新報の「秋田内陸線 公有民営化を検討 知事と2市長合意」という記事。
地元議会は存続を要望しているらしいけど年間2.6億円の赤字はどうするの?
ポイントは、以下の3点。
- 公有民営方式を採用し、沿線両市が線路などの施設を維持・管理して、運営会社に無料で貸す
- 地元の負担すべき財政負担は約2億円/年。赤字補填額は県が50%(1億円)、北秋田市30%(6000万円)、仙北市20%(4000万円)の負担
- 線路や枕木の交換などの安全対策費約9億円(地域公共交通活性化・再生法で国から3億円程度の補助)
北秋田市議会は、「地元としてそれに応じる意思を強く示した」(北秋田市議会、内陸線存続で負担受け入れ示す 知事と意見交換)と伝えられている。朝日記事だと、北秋田市と仙北市は、「施設の維持管理費分約8700万円(県試算)」を新たに負担とある。現状は両市で1300万円程度の負担が、8倍近くになると言うことか。
そんな負担に耐えられるのかな?
本当に存続して大丈夫なんだろうか?
秋田内陸縦貫鉄道が国鉄阿仁合線と角館線を引き継ぐ形で発足したのは1986年のこと。日本鉄道建設公団で未成の松葉〜比立内間を建設してもらって無償譲渡を受けて全通したのは1988年です。
バブル経済で第三セクター会社がフィーチャーされていた80年代後半。でも、その当時から、秋田内陸縦貫鉄道の先行きは不安視されていました。
未成だった松葉と比立内の間は、人口密度の低いという点では東北でも有数の過疎地域であり、両地区を結ぶ国道すら当時、あまり整備が進んでいませんでした。それは今でもあまり変わらないらしい。
でも、スピードの出しやすい規格のいい道路が整備されていないというのは、それなりの理由があるはず。角館のある県北(北秋田・大館地域)と、阿仁合や鷹ノ巣のある県南(大曲・仙北地域)は、同じ秋田県内であるとはいえ、ほとんど人的交流がなかったと言われています。その両エリアを鉄道で結ぶ意味合いはあるのだろうか。国鉄と鉄建公団が未成のまま放置した工事線って、美幸線なんかもそうなんですが、人の行き来がないエリアでも着工されていたりしたんですね。
5年で利用者数を6割増にするという再生計画自体が無茶だったのに……
で、開通しても利用者は増えない。
Wikipediaのデータを参考にすると、年間乗車人員数(人)は、
| 年度 | 年間乗車人員数 |
|---|---|
| 1989 | 107.9 |
| 1990 | 102.3 |
| 1995 | 98.1 |
| 2000 | 79.5 |
| 2004 | 50.5 |
| 2005 | 51.3 |
| 2006 | 50.2 |
| 2007 | 44.3 |
(単位:万人)
と開業初年度をピークに順調に減らしているわけです。この間、秋田新幹線が1997年に開業して角館と東京が直結してなんとかなるのかなと期待されていたのですが、その年も利用者数は減少しています。
全線開業から15年で利用者数半減というのは極端なようにも見えますが、ローカル線のメインの利用者は当時も今も高校生。1989年と2007年とを比べると、全国の18歳人口は68%に減少。秋田県の郡部*1だともっと減りの幅は大きいんでしょう。その上、先述のように元もと人的交流がないところだと、新規需要の開拓も難しい。
2000年頃からは、赤字額は2.5〜3億円にまで達し始めた。
もちろん地元も秋田内陸縦貫鉄道再生支援協議会を組織して、存続のための道を模索してきた。
一応、2005年から存続に向けた再生計画を立ててはいたのですよ。
当時の状況は秋田県南日々新聞のサイトにありますが、
06年どから10年度(平成18年〜22年)までに乗車人員を05年度実績の約51万人から1.6倍の82万人とし、赤字幅も半分の1億5000万円までに圧縮する「再生計画」を策定(太字、筆者)
と、「再生に向けた最後の機会として取り組」んでいたらしい。
でも、再生計画スタートから2年で15%減。目標数値の半分程度。2010年度にそれが倍になる可能性はゼロでしょう。
そもそも高校生が年に数%ずつは減少しているのに、5年間で利用者数を6割も増やそうという再生計画自体が無謀でした。この間、秋田内陸線を毎日使っていた小中学生の通学客が、安全面その他の理由でスクールバス利用に切り替えたという特殊事情はあるにしても、あまりにも夢を見すぎです。
鉄道よりも別な選択肢もあるのでは
で、今回の目標設定はどうなんだろうか。
先の河北新報を見ると、秋田県知事は
- 存続のためには年間2億6000万円に膨らんだ赤字を2億円に圧縮し、44万人に落ち込んだ乗客を60万人に回復する必要がある(太字、筆者)
と強調したらしい。
えーと、今度は利用者数を36%増にするということか。そんな簡単なことじゃないの。今までいろいろ"努力"はしてきたのだろうけど、前年比横ばいにするのも難しかったのに。 読売の記事だと改善策として、
- 1万本以上ある鉄道の枕木の販売
- 鉄道ファンに無人駅の駅長になってもらう
- 1万円で1年間乗り放題とする乗車券の発売
- 県外の県人会に働きかけて鉄道ファンを誘客する
というアイデアが出ているようだけど、なんだかなあ。
変に鉄道マニアへ期待されても困る。正直に言うと、秋田内陸縦貫鉄道って鉄道趣味的にそんなに面白い鉄道じゃないんですよ。新潟鉄工所製の軽快気動車を見て喜ぶ人は現段階ではほとんどいないし、阿仁合駅とか阿仁前田駅とか魅力的な駅舎があったところも、みんな新たにヘンテコな建物に建て替えられた。沿線風景もさほど褒め称えるほどでもない。少なくとも、銚子電気鉄道や鹿島鉄道のように、一時的とはいえ趣味人の注目を浴びるようなタイプの路線ではない。
で、万が一、目標値である乗客36%増が達成されても、「安全対策工事を含め今後10年間で計30億円以上の負担が県や北秋田、仙北の両市に生じる」とされている。
「市議側から『地元は高齢化、過疎化している。高齢者は車の免許を返納しており、生活するために内陸線は必要だ』などと存続を求める声が相次いだ」とある。
ならば鉄道じゃなくて、クルマで十分なんじゃないか。
高齢者の方たちの家と病院や買い物先への移動はクルマの方がよっぽど便利だと思う。最近は過疎部でも都市部でもデイサービスやショートステイなどを行う福祉施設のマイクロバスが行き来しているけど、そっちの方がよっぽど使い勝手がいい。毎日新聞の「クルマ高齢社会:第3部・いま地域で/5 過疎の町」という特集記事なんかも参考になる。
まあ、そうは簡単にはいかないという地域の政治状況もあるんでしょう。この記事によると、現在3期目の寺田典城知事(68)は不出馬が確実になっていらしい。不出馬確定で後継候補が不透明な中、県議会や地元自治体の意向に反して廃止を決断することは難しい。新顔で争われる次の2009年の選挙戦の争点にはしたくない。そこらの高度な判断が働いたのかな。
今年9月には結論が出るということらしいけど、はたしてどうなることやら。
この議論のベースには今年の国会で成立した「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律」があるのは間違いない。地域が公有民営方式などを使ってローカル鉄道の事業再構築を取り組むための支援策が講じられた訳なんだけど、これには当然、自治体の負担もそれなりにはかかってくる。そこに踏み出すだけの政治決断(と将来の尻ぬぐいの覚悟)ができるかどうか。たぶん、この秋田県の判断が今後のローカル鉄道と自治体との関係を見据えていく上で重要になると思うのだけど、それはまた別の話。
<参考>
2008-01-10次年度の国土交通省鉄道局の目玉は「がんばる地域・事業者を支援」 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
2007-09-11全国のローカル鉄道89社のワースト偏差値ランキング - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
追記
国土交通省の動向を検索していたら
鉄道がつなぐエコフレンドリーな生活圏(「鉄道エコ生活圏」)の創造が本格化するよう、本省・地方運輸局を挙げて取り組んでいくこととしています。
という報道関係資料が出てきた。「鉄道エコ生活圏」って気持ち悪い造語だよなあと思うのだけど、これもまた別の話。
作者:katamachi
更新日:2008年8月24日 2時42分
[鉄道系 ヒマネタ]水間鉄道の社長となった関西佳子氏が羨ましい。
貝塚駅から水間寺まで、大阪府貝塚市内の5.5キロメートルを走る水間鉄道。今年5月に社長に就任した関西佳子氏(45)は日本民営鉄道協会加盟社で唯一の女性社長だ。
<こだわり人>ローカル線再生、知恵次々――水間鉄道社長・関西佳子さん日経ネット関西版2008/08/20
「水間鉄道にPiTaPa導入 - 一本足の蛸」を通して知りました。
いろいろ興味深いところは多いんだけど、とりあえず社長が「関西佳子」氏というのが凄いや。「東京太郎」とか「日本花子」とか、定期券やパスポート、免許証の記入例として出てきそうな名前ですよね。「関西」という苗字は初めて見た。
「全国の苗字(名字)10万種掲載」というサイトで検索してみると、「関西」さんは80世帯あるそうで、読みは「セキニシ」および「カンサイ」と2通りあるらしい*1。この人は、どっちの読みなんだろう。
でも、まったく畑違いの仕事をしていたのに鉄道会社の社長さんになれるのか......いいなあ。これって、日本全国100万人の鉄道マニアの夢の仕事ですよ。
まあ、みんなそれぞれ、Nゲージのレイアウトを作ったり、あちこちで写真を撮ったり、保存鉄道に参画したり、自分のやり方で代償行為をしているわけだけど、本当にやりたいのはホンモノの鉄道を運営することだもんなあ。水間鉄道ぐらいのサイズだと、大きくもなく、理想的な会社ですよ。小学校の卒業文集で「国鉄総裁か京阪電気鉄道の社長になりたい」と書いたのは24年前。まあ、あれからいろいろ現実の時を経て、ただのマニアのまま今に至る訳なんですが、まあそれはそれ。
うどん屋より鉄道会社が下位に位置づけられているというのに...
この間の水間鉄道の経緯は上記の記事にあるとおり、バブル期の不動産投資が重荷となって経営不振に陥り、
- 2005年4月 水間鉄道が会社更生法を申請
- 2005年7月 うどん屋チェーンのグルメ杵屋が再建支援
- 2005年9月 関西美津治氏が社長に就任
- 2006年4月 グルメ杵屋の100%子会社化
- 2006年6月 会社更生法手続き終了
- 2008年5月 関西佳子氏が社長に就任
という経緯を辿ったわけだ。
記事を見ていると、関西佳子氏が社長となったのは「鉄道会社OBの父・関西美津治氏が社長に就任したのがきっかけ」とか。関西美津治氏は、「水間鉄道株式会社の更生手続きに関する支援企業決定についてのお知らせ」によると、元・南海電気鉄道株式会社理事だった方なんですね。
グルメ杵屋の2006年度上半期中間報告書の「営業の概況」を見ると、
- うどん部門
- そば部門
- 洋食部門
- 和食部門
- ベンチャー部門
- 外食給食事業
- 不動産賃貸事業
とあって、最後の8番目に「運輸事業」として水間鉄道が慎ましやかに紹介されている。
これを見たとき、「おいおい、鉄道って、そんなに扱いが低いのかよ...」と鉄道マニアとして軽い屈辱感を抱いたりしたのだけど、売上高構成比で見ると、運輸事業ってわずか1.2%。まあ、この扱いも仕方ない。不動産業のオマケ的存在である紀州鉄道とあまり変わらないということか。
でも、このグルメ杵屋。バブル期に私学の中堅校である初芝高等学校に経営参画し、教師を自社のうどん屋に派遣して研修を積ませるなど、いろいろと話題を振りまいてくれました。そもそも教員の相当数は「グルメ杵屋」の社員であり、そこから教員として学校側に出向しているのだとか。読売新聞の記事によると、「07年度現在、出向教員は96人おり、全教員の4分の1を占める」というから、まあ、教育関係者からすると無茶なことをやっているんです。
水間鉄道に資本参加すると聞いたとき、水鉄の社員さんたちも、うどん屋に行かされるのかな...とかネタにしていたんですが、そこら辺はどんなんだろう。
とりあえず、45歳で鉄道会社の社長に就いた関西さん。
- 定期券やバス運賃の計算システムを開発
- 車両に付けたマークや乗車券のデザイン
- 大晦日の終夜運行の時に水間駅で臨時にグルメ杵屋の店舗を出店
- グルメ杵屋から出る調理用の廃油をバス燃料に使えないかと検討
いいなあ。いろいろ考えられて。羨ましい。心底、羨ましい。
オレ、その年になるまであと9年だよ。そのときには水間鉄道に招いてくれないかな。夢が実現した暁には、大井川鉄道から南海ズームカーを引き戻して水鉄線で動態保存をしたい。南海本線から2連の直通列車を走らせたい。とかなんとか、夢は膨らむ。でも、それって趣味の世界にしか過ぎず、経営面ではプラスには繋がりそうもない。う〜ん、そんなことしか思いつかないのがマニアの限界かなあとか思ったりもするのだけど、それはまた別の話。
*1:ちなみに「関東」(カントウ、セキトウ)さんは264世帯とのこと
作者:katamachi
更新日:2008年8月22日 0時51分
[とれいん工房]コミックマーケット74ではお世話になりました。
8月17日は、コミケ会場でお世話になりました。
持っていった本は「おおさか東線と城東貨物線」のみ。あまりにも地味すぎる内容ですが、それなりに売れてくれました。
あと、未成線シリーズの新刊やバックナンバーを求めてくれた方もいらつしゃったのですが、残っていた在庫を2、3冊程度しか持ち込めませんでした。次、ラストの予定にしている第五弾「阪急・関西国電編」が完成したときにあわせて増刷をかけようとしているのですが、はてしていつになることやら。
このブログを見ていると声をかけてくれた方が何人もいました。その時に限ってお客さんがいらっしゃったりしてあまり対応できずにスミマセンでした。朝とかヒマだったんですが、昼頃からは昔の知人たちが現れて、ちょっとドタバタしていました。「おおさか東線は●▲すべきだ」とかそういう話は苦手なんですが、鉄系の雑談は好きなんでまた機会があれば声をかけてください。
在庫はありますし通販もしますので、興味のある方は、メールでお問い合わせ下さい。右上プロフィールの緑字「katamachi」をクリックしていただければメールフォームに辿り着けます。
とりあえず、「コミケットトレイン」の最後に乗ることができた(ただし大阪発の上りだけ)し、関東で未訪だった新線3路線(横浜市4号線、東京メトロ13号線、舎人新線)に乗車することができたし、お●▲の打ち合わせも2件できたし、まあそれなりに充実していたのですが、とにかく疲れた。あんなに最終日は涼しかったのに、夏コミは疲れるなあ。さて、三十路半ばも過ぎてどこまで通い続けるんだろうと思ったりもしたのですが、それはまた別の話。
作者:katamachi
更新日:2008年8月19日 0時3分
[鉄道系 ヒマネタ]あの113系3800番台運用終了に悲しむあなた。「寝台特急出雲を復活させる会」(石破茂会長)に参加しよう。
僕的には寂しいお知らせが一つ。
JR福知山支社が11日から導入した新製車両223系との入れ替えのため、同日が最終運転となった113系N編成の電車に別れを告げようと、福知山駅には熱心な鉄道ファンが集まり、ホームのあちこちでカメラを構える姿が見られた。
車両番号「クモハ113−3800」番台にちなんで「サンパチ」と呼び親しまれ、42年間使用されてきた。N編成は8年前から両端に運転席のある2両編成の列車として、山陰線・福知山線を中心に運行。客車を改造して運転席を設けたことから特異な前面となり、鉄道ファンの間で人気が出た。
最終運転となった列車は、午後1時6分福知山駅発で城崎温泉駅まで往復した。
さようなら「サンパチ」君 113系N編成姿消し鉄道ファンがお別れ両丹日日新聞、8月12日
ああ、あの113系3800番台が8月11日限りで運用を終えてしまった。今月いっぱいは福知山以北では動くと聞いていたけど、意外に早くに消えてしまった。7月末から8月頭は公私とも忙しくて力は残っていませんでした。
関西の鉄道マニアたちが諦観して失笑して怒りを抱き、でも愛さずにいられなかった113系3800番台。
不思議なことに、先のニュース、そして「113系N編成を11日で廃車 新型電車導入でJR福知山支社」(8月8日)は両丹日々新聞という関西の私も見たことのないような超ローカル紙。にもかかわらず、Yahoo!ニュースのトップに出ていたんで意外に知られていたんですね。元記事は「こちら。この新聞社のサイト。オープン以来、最高のアクセス数を記録したんじゃないのかな。
113系3800番台が登場したのは2001年3月。それから7年も福知山で頑張ってきたことになります。
登場以来、そのグロテスクな前面形状で、関西の鉄道マニアたちの諦観と失笑と怒りを買い、でもごく一部のカルト好きな連中から愛されてきた3800番台。
とにかく特徴的なのは、国鉄末期の最悪期に作られた715系や419系よりも確実に低い改造センス。
中間車モハ113の車端部を改造して先頭車改造した。でも、あまり資金がなかったからか、面構えをいじくることができず切妻タイプにせざるを得なかった。踏切などでの衝突時を考慮して、前面に補強板が張られたのはいいんだけど、なんだか中途半端なデザイン。カゼでマスクをしている、なんだか不細工な感じに仕上がってしまった。
で、この補強板。なんか浮いているんで気になってペタペタ触ったこともあるけど、あまり硬くなさそう……。実用に耐えられるシロモノなんだろうか。
そして塗色はクリーム色と茶色。それじゃあ山間部では目立たないから……と、真っ黄色で補強板が塗りたくられた。なんか見るものを不安にさせるような色配置。
フツー、部下があんな設計書を出してきたら、突っ返すでしょう。「オマエ、色彩もデザインもセンスがないよな……」って。それをスルーしてしまったのがJR西日本センス。ちょっと、21世紀にお客様を乗せる車両にこれはヒド過ぎる。車内はそれなりにリニューアルされているのに、あんな外見じゃなあ。
新聞では「サンパチくん」なんて愛称を使っているけど、「貴婦人」や「とんぼ」みたいな後から取って付けたような愛称はいい。アレには、「きたないもの」とか「業務用車」とか「鉄仮面」とか嘲りの言葉こそ相応しい。
そんな不幸な会社から生まれては来たもの、だからこそ伝説になり得た。みんな罵詈雑言投げかけてきたけど、やっぱり、どこか牽かれるモノがあるんです。出来の悪いものほどカワイイってね。僕も、今は亡き「旅」誌の2002年のルポで、アレを取り扱いました。女性編集者から「誌面がないんで、この車両カットしたいんだけど」と言われましたが、無理無理残してもらいました。
だって、3800番台。見てて楽しいじゃないの。あれを笑えるセンス、いいと思います。ほれ無印の「機動戦士ガンダム」のやられメカ、アッガイを彷彿させる萌え系要素が満載。黄色い涎掛けがたまらない。あと5年もすればマジモノのブームが来ますよ。
ぜひ、原発特需で補助金(元は関電の匿名寄付金)を放り込んで電化させておきながら、JR西に電車の運転本数を増やしてもらえていない小浜線アタリでもう一度活躍の場を与えて欲しい。125系単行よりは喜ばれそう。
軍事マニアの石破茂前防衛大臣が「寝台特急出雲を復活させる会」を結成
え〜と、今回は3800番台が本題じゃないんです。
ネットでパラパラ見ていて気がついた別な話題が一つ。
この列車の廃止。本来は、
JR西日本福知山支社の新しいワンマン車両(2両編成)の出発式が10日、JR豊岡駅であった。11日から同支社管内の山陰線や舞鶴線、福知山線の篠山口駅までの3路線で本格的に運行をスタートさせる。
同支社での新車両は、旧国鉄時代の1977年に「キハ47系気動車」を導入して以来。車両は、神戸線や京都線で「新快速」などに使用されている「223系」をワンマン仕様にした。
ワンマンながらも福知山に三十年ぶりに新車が入ったという、目出度い話なんですね。どうも裏話的な3800番台の方にばかりマニアは注目するけど。
で、セレモニーはどんなものかと検索していると、2ちゃんねるの記事「凸凸営業キロ日本一・山陰本線part20凸凸」が出てきた。「はまかぜ」に新車が入るとかなんとか憶測ネタに、はいはいそうだねいいよねえと読み飛ばしていると、
265 :名無し野電車区:2008/08/10(日) 23:16:12 ID:s99BbJNa0
8月10日午前11時より、JR豊岡駅にて223系新型車両出発式がありました。 地元選出の谷公一衆議院議員のごあいさつの中で、新しい餘部鉄橋竣工にあわせて 「はまかぜ号」にも新型車両が投入される旨、明言されました。 もう本社では話が進んでいるそうです。いよいよキハ181も見納めになりそうですね。
とかのカキコが。さて、信憑性は。「はまかぜ」新車? でも今年度の事業計画には出ていないよなあ。これはウソをウソと見抜く力が必要なのか。
谷公一いう人、正直、聞いたことがなかったので調べていると、兵庫県北部の豊岡市や丹波市、篠山市あたりを地盤にしている本物の衆議院議員だったんですね。国土交通大臣政務官もやっている、と。兵庫県庁上がりの議員さんなんですね。
たぶん人生でもう二度とこの名前を知ることはなかろう……とクリックしていると、活動報告をしているブログが。
- 走れコウイチ! 谷公一活動日記 http://d.hatena.ne.jp/tani1109/
う〜ん、なにかどこかで見たようなデザインだなあと思ったら、「はてなダイアリー」なんだ。へえー国会議員ではてなを使う人って存在するんだ……ちょっと驚き。でも、自身の選挙事務所のHPとはリンクされていないんだね。ブログにきたお客さんを自分のサイトに引っ張り出さなきゃダメじゃないのか……まあどうでもいいけど。
で、鉄系のネタがないかと探したら、「2007-05-28 活動日記第203号 事故から21年。余部の橋着工」というのが見つかりました。2007年5月に「山陰本線余部橋梁架替事業記念式典」に参加したという話。香美町だから地盤なんだね。
驚きの発言が下の一言。
最近、「寝台特急出雲を復活させる会」(石破茂会長)をつくったが、私も復活を目標に頑張る*1。
うへー。2006年春に廃止された「出雲」の復活運動を国会議員がやってくれているんだ……。
もう24系客車もDD51も耐久年数が切れているのにどうするんだよ、とか、そもそも福知山や豊岡や鳥取の人が乗らなくなったから廃止されたのに、とかいろいろツッこみたいのだけど、まあそれはそれ。なんか、知らんけど、"我田引鉄"のために頑張って欲しい。
と読み飛ばそうとしたら、この会。会長が石破茂なのか……。この人、鳥取が選挙区なんだね。
昔から「朝まで生テレビ」の粘着質な喋りでカルトな人気を集め、防衛大臣になったら「未確認飛行物体(UFO)が飛来したら自衛隊はどう対処するのか」と記者会見で記者から頼まれていないのに滔々と語り続けた名物議員。軍事オタクとしては名高かったけど、最近は鉄道にも興味があるんですよとタイトーのDS用ソフト『鉄道ゼミナール -JR編-』でコメントするなど世情に迎合して始めている。
で、さらに検索したら、日本海新聞のコラム記事が。
私はよく「軍事マニア」などと揶揄(やゆ)されるが、実は一番好きなのは鉄道、次が自動車、そして飛行機と要は「乗り物大好き人間」であり、就職は鉄道会社か航空会社にしようと本気で思ったほどだった(諸般の事情で結局某都市銀行に就職してしまったが、もしそうなっていたら全く別の人生があったかもしれない)。
(中略)だから「出雲」の廃止が発表された時は大ショックを受けたし、いつの日にか復活させたいと内心ひそかに、しかし大まじめに考えている。伯備線を経由しているサンライズ型を走らせるためには、智頭線・因美線の電化が必要であるが、智頭線は将来の電化を想定してトンネルを大きく作ってあるし、幸い因美線もトンネル数は少ないのだから、比較的安価で実現可能ではないか。
電化の暁には現在伯備線で検討されているフリーゲージ型新幹線直通特急の乗り入れも可能、との論を以前から力説しているのだが、なかなか多くの賛同を得ることができず残念である。
永田町の風 -鳥取県の国会議員リレーコラム 石破茂 2008/06/29
ごめん、舐めていました。智頭線のトンネルポータルが電化線サイズだなんて、意外に知られていませんよね*2。因美線電化は大変そうだけど、いつの日かフリーゲージトレインが入ってくるといいよね。でも、鳥取って8町村を合併しても人口20万人届かないんだよね。どうするんだろう。
いやあ、なんだか石破大将(ゲル長官)が絡んで来るとなると、別な意味で面白くなりそう。
「よーし、僕も『寝台特急出雲を復活させる会』に参加しちゃうぞ」と検索してみたのですが、どの記事も引っかかってこない。ダメ元で3800円ぐらい寄付しようかと思ったりもしたのに残念なんだけど、それはまた別の話。
*1:もう一つ、面白いのは「「悲しみの 時を乗り越え 今日ここに 永遠(とわ)に輝け 余部の橋」」という一句。死者も出ている事故を川柳にするというのは不謹慎だし、俳句にしては季語がないし……と考えていると、これ五七五七七の短歌っぽいポエムなんだね。それは一句じゃなくて、一首。
*2:70年代の建設時から将来の電化を予測して設計され、80年代の三セク設立後も検討はされていた
作者:katamachi
更新日:2008年8月14日 6時11分
[とれいん工房]「おおさか東線と城東貨物線」入稿
とれいん工房の1年ぶりの新刊ようやく完成しました。片町線シリーズ三部作の第3弾となる「おおさか東線と城東貨物線」。第1弾の「片町線百年史」は1996年。第二弾の「JR東西線を歩こう!」が1998年。ああ、かれこれ10年も前なのか。いつまでこんなことを続けているんだろうと、入稿の夜、東海道本線の車中から淀川の花火大会を独り見ながら、ふと溜息をついたものです。
8月9日(土)夜に入稿という鬼のようなことをした上に、1ページ分だけデータのシステムエラーが出たらしくて11日(月)の夜に印刷所と電話でやりとりしながら微修正。途中で副業の打ち合わせの電話もかかってきて、なんだかこちらはパニック状態でした。OKが出たのは今日になってからです。本番は17日(日)だけど間に合うんだろうか……
参加するイベントを改めて告知すると、「コミックマーケット74」8月17日(日)10〜16時、東京有明のビッグサイト・西地区西1ホール・や12-b「とれいん工房」です。臨海副都心線の国際展示場前駅から、通常だと徒歩10分くらいかかりますが、たぶんこの日は行列とか荷物チェックとかあるんで1〜2時間くらいかかるかもしれません。それでも来てみようかと思われる方は、ぜひ。お待ちしております。
目次と内容は最終的に以下の通りです。貨物線のダイヤは「2008年改正城東貨物線の貨物列車ダイヤ - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」に移しました。
「おおさか東線と城東貨物線」
(鉄道ファンタジアシリーズ16号)2008.8.17
B5版108ページ、表紙総天然色
グラフページ
p.3 おおさか東線、開業当日(2008.3.15)
p.4 放出〜百済間の貨物列車(2007.5.21)
p.5 城東貨物線と淀川橋梁(2007.5.20)
p.6 在りし日の城東貨物線(1993.5.14)
p.31 城東貨物線と阪和貨物線を行く甲種輸送
p.103 関西本線平野 下り貨物の上り線逆行運転
本文
おおさか東線 初日一番電車を歩く p.8
おおさか東線の基礎データ p.18
おおさか東線と城東貨物線の車両 p.20
おおさか東線と城東貨物線のダイヤ p.23
おおさか東線の駅と施設 p.26
幻に終わった国鉄大阪外環状線計画 p.32
おおさか東線と大阪外環状鉄道の設立 p.42
城東貨物線79年のあゆみ p.48
阪和貨物線53年あゆみ p.56
幻に終わった阪堺臨海鉄道と南港貨物線 p.63
淀川貨物線55年のあゆみ p.66
城東貨物線関係8路線と駅施設 p.70
大阪市街地に残っていた城東貨物線の踏切 p.78
阪和貨物線を走る旅客列車たち p.82
国鉄バス東大阪線と大阪外環状線構想 p.88
城東貨物線の機関車たち p.90
大阪外環状線未完成区間を歩く p.92
新大阪〜放出間の工事と
おおさか東線のこれから p.98
城東貨物線・おおさか東線年表 p.104
作者:katamachi
更新日:2008年8月13日 0時36分
[鉄道系 時事ネタ]2008年改正城東貨物線の貨物列車ダイヤ
あと、本文を作成しているとき、2008年3月改正時の城東貨物線の貨物列車のスジを入れました。情報ソースは「鉄道ダイヤ情報」2008年5月号。機会があったら撮影しに行ってみてください。お馴染み淀川鉄橋(赤川橋梁)と平野駅がオススメです。
下り貨物列車
| 列車番号 | 始発 | 吹田 | 鴫野 | 放出 | 正覚 | 百一 | 平野 | 百済 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1081レ | 泉 | 5:46 | 6:04 | 6:08 | 6:17 | 6:19 | 6:22 | 6:29 | DD51 月曜運休 |
| 4070レ | 新潟タ | 6:38 | 6:59 | 7:01 | 7:15 | 7:16 | 7:18 | 7:28 | DE10 休翌日運休 |
| 6:38 | 6:55 | 6:58 | 7:08 | 7:09 | 7:12 | 7:19 | (土休日) | ||
| 8075レ | 梅田 | 11:00 | 11:15 | 11:18 | 11:31 | 11:33 | 11:35 | 11:52 | DE10 臨時 |
| 87レ | 大阪タ | 12:01 | 12:15 | 12:18 | 12:31 | 12:33 | 12:35 | 12:52 | DD51 |
| 3083レ | 鍋島 | 13:43 | 13:58 | 14:01 | 14:10 | 14:11 | 14:14 | 14:24 | DD51 |
| 4076レ | 八戸 | 17:13 | 17:26 | 17:29 | 17:42 | 17:44 | 17:46 | 17:54 | DD51 月曜運休 |
| 8077レ | 吹田信 | 17:29 | 17:44 | 17:47 | 18:01 | 18:04 | 18:06 | 18:25 | DD51かDE10 臨時 |
| 17:35 | 17:55 | 17:59 | 18:11 | 18:14 | 18:16 | 18:25 | (土休日) |
上り貨物列車
| 列車番号 | 行先 | 百済 | 平野 | 百一 | 正覚 | 放出 | 鴫野 | 吹田 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8072レ | 梅田 | 14:50 | 14:53 | 14:55 | 14:58 | 15:11 | 15:15 | 15:31 | DD51 臨時 |
| 84レ | 大阪タ | 16:10 | 16:13 | 16:15 | 16:17 | 16:27 | 16:30 | 16:43 | DE10 |
| 8882レ | 吹田信 | 18:42 | 18:45 | 18:46 | 18:48 | 19:00 | 19:02 | 19:14 | DD51かDE10 単機 |
| 18:32 | 18:35 | 18:37 | 18:39 | 18:54 | 18:58 | 19:14 | (土休日) | ||
| 1080レ | 隅田川 | 19:23 | 19:26 | 19:27 | 19:29 | 19:44 | 19:47 | 20:00 | DD51 日曜運休 |
| 19:22 | 19:25 | 19:26 | 19:29 | 19:41 | 19:44 | 20:00 | (土休日) | ||
| 3082レ | 福岡タ | 19:42 | 19:44 | 19:46 | 19:48 | 19:58 | 20:02 | 20:13 | DD51 |
| 19:42 | 19:44 | 19:46 | 19:48 | 19:58 | 20:00 | 20:13 | (土休日) | ||
| 4075レ | 東青森 | 20:21 | 20:24 | 20:26 | 20:29 | 20:42 | 20:45 | 20:58 | DD51 日曜運休 |
| 20:21 | 20:24 | 20:26 | 20:28 | 20:40 | 20:43 | 20:58 | (土休日) | ||
| 4071レ | 新潟タ | 20:53 | 20:56 | 20:58 | 21:00 | 21:12 | 21:15 | 21:33 | DE10 |
| 21:02 | 21:05 | 21:06 | 21:09 | 21:20 | 21:23 | 21:41 | (土休日) |
※駅名の下は発時間(下り百済と上り吹田は着)。吹田は吹田第7信号扱所(8075・3083レは吹田第6信号扱所)。正覚は正覚寺信号場、百一は百済第一信号扱所。
※時刻は平日ダイヤ。土休日ダイヤは斜字。
※運休日は連休や休み明けなど上記以外にも発生することがある。8075レなど単機回送もあり
関西本線上り線を逆行運転する下り百済行き貨物列車@平野駅。片町連絡線(城東貨物線百済分岐線)からクネクネ車体を揺らしながらゆっくりと入ってくるところが魅力的。四枚連続
おなじみ赤川橋梁。大阪外環状鉄道がここの橋の複線化を始めるのは新大阪〜放出間の工事の最末期になるらしいのでこの風景はまだまだ大丈夫。
俊徳道駅が工事中に近鉄の俊徳道駅ホームから撮った写真。これも下り列車が上り線を逆行運転している
旧蛇草信号場付近の仮線を下りてくる貨物列車。ここってSLブームのときも有名撮影地だったのですが、1969年から1971年までこの高架線をD51が走っていたというのだから不思議なところです。
開業日に放出駅へやってきた百済行き列車。2枚目は鴫野駅の築堤を行くDD51。この二駅間のみ貨物列車は片町線の上を走る。僕は25年前、このあたりを走る貨物列車を見て、大阪で一番地味な線(by嘉門達夫)片町線の不思議さ・奥深さ・面白さを学んだ。自分の地元の鉄道がレールを通して全国と繋がっているんだという実感が湧いた物だ。それは、北海道や遠くのローカル線に乗ったときも、私鉄線を乗り潰しているときも、海外に行って現地の鉄道に乗るようになってからも変わらなかった。ある意味、僕の鉄道趣味の幅を広げる原典となったのがこの貨物列車だったとも言える。
最後に、一枚だけ、おおさか東線。放出駅で103系と201系が並ぶ姿。21世紀の新線に投入されるのがなぜに103系なんだ……
作者:katamachi
更新日:2008年8月13日 13時36分
[鉄道系 時事ネタ]秋田内陸縦貫鉄道を存続してもいいのか秋田県?
秋田内陸縦貫鉄道について、今週、動きがあったようです。
存廃に揺れる秋田内陸縦貫鉄道(北秋田市)の今後について、寺田典城知事と沿線の岸部陞北秋田市長、石黒直次仙北市長が18日、県庁で話し合い、存続を前提に検討を続けることで合意した。
内陸線 「存続」で検討継続、朝日新聞、2008年08月19日
秋田県知事がこの秋に結論を出すと言っていたけど、「存続を前提」に検討を続けることになっというのか。かなりの方向転換です。これまで、どちらかというと存続に消極的なニュアンスの発言を繰り返していたんですよね。
これを見ている限り、なんだか目出度い話のように思えるんだけど、地元紙はもう少し詳しく報道している。
たとえば、同じ三者会談を伝える河北新報の「秋田内陸線 公有民営化を検討 知事と2市長合意」という記事。
地元議会は存続を要望しているらしいけど年間2.6億円の赤字はどうするの?
ポイントは、以下の3点。
- 公有民営方式を採用し、沿線両市が線路などの施設を維持・管理して、運営会社に無料で貸す
- 地元の負担すべき財政負担は約2億円/年。赤字補填額は県が50%(1億円)、北秋田市30%(6000万円)、仙北市20%(4000万円)の負担
- 線路や枕木の交換などの安全対策費約9億円(地域公共交通活性化・再生法で国から3億円程度の補助)
北秋田市議会は、「地元としてそれに応じる意思を強く示した」(北秋田市議会、内陸線存続で負担受け入れ示す 知事と意見交換)と伝えられている。朝日記事だと、北秋田市と仙北市は、「施設の維持管理費分約8700万円(県試算)」を新たに負担とある。現状は両市で1300万円程度の負担が、8倍近くになると言うことか。
そんな負担に耐えられるのかな?
本当に存続して大丈夫なんだろうか?
秋田内陸縦貫鉄道が国鉄阿仁合線と角館線を引き継ぐ形で発足したのは1986年のこと。日本鉄道建設公団で未成の松葉〜比立内間を建設してもらって無償譲渡を受けて全通したのは1988年です。
バブル経済で第三セクター会社がフィーチャーされていた80年代後半。でも、その当時から、秋田内陸縦貫鉄道の先行きは不安視されていました。
未成だった松葉と比立内の間は、人口密度の低いという点では東北でも有数の過疎地域であり、両地区を結ぶ国道すら当時、あまり整備が進んでいませんでした。それは今でもあまり変わらないらしい。
でも、スピードの出しやすい規格のいい道路が整備されていないというのは、それなりの理由があるはず。角館のある県北(北秋田・大館地域)と、阿仁合や鷹ノ巣のある県南(大曲・仙北地域)は、同じ秋田県内であるとはいえ、ほとんど人的交流がなかったと言われています。その両エリアを鉄道で結ぶ意味合いはあるのだろうか。国鉄と鉄建公団が未成のまま放置した工事線って、美幸線なんかもそうなんですが、人の行き来がないエリアでも着工されていたりしたんですね。
5年で利用者数を6割増にするという再生計画自体が無茶だったのに……
で、開通しても利用者は増えない。
Wikipediaのデータを参考にすると、年間乗車人員数(人)は、
| 年度 | 年間乗車人員数 |
|---|---|
| 1989 | 107.9 |
| 1990 | 102.3 |
| 1995 | 98.1 |
| 2000 | 79.5 |
| 2004 | 50.5 |
| 2005 | 51.3 |
| 2006 | 50.2 |
| 2007 | 44.3 |
(単位:万人)
と開業初年度をピークに順調に減らしているわけです。この間、秋田新幹線が1997年に開業して角館と東京が直結してなんとかなるのかなと期待されていたのですが、その年も利用者数は減少しています。
全線開業から15年で利用者数半減というのは極端なようにも見えますが、ローカル線のメインの利用者は当時も今も高校生。1989年と2007年とを比べると、全国の18歳人口は68%に減少。秋田県の郡部*1だともっと減りの幅は大きいんでしょう。その上、先述のように元もと人的交流がないところだと、新規需要の開拓も難しい。
2000年頃からは、赤字額は2.5〜3億円にまで達し始めた。
もちろん地元も秋田内陸縦貫鉄道再生支援協議会を組織して、存続のための道を模索してきた。
一応、2005年から存続に向けた再生計画を立ててはいたのですよ。
当時の状況は秋田県南日々新聞のサイトにありますが、
06年どから10年度(平成18年〜22年)までに乗車人員を05年度実績の約51万人から1.6倍の82万人とし、赤字幅も半分の1億5000万円までに圧縮する「再生計画」を策定(太字、筆者)
と、「再生に向けた最後の機会として取り組」んでいたらしい。
でも、再生計画スタートから2年で15%減。目標数値の半分程度。2010年度にそれが倍になる可能性はゼロでしょう。
そもそも高校生が年に数%ずつは減少しているのに、5年間で利用者数を6割も増やそうという再生計画自体が無謀でした。この間、秋田内陸線を毎日使っていた小中学生の通学客が、安全面その他の理由でスクールバス利用に切り替えたという特殊事情はあるにしても、あまりにも夢を見すぎです。
鉄道よりも別な選択肢もあるのでは
で、今回の目標設定はどうなんだろうか。
先の河北新報を見ると、秋田県知事は
- 存続のためには年間2億6000万円に膨らんだ赤字を2億円に圧縮し、44万人に落ち込んだ乗客を60万人に回復する必要がある(太字、筆者)
と強調したらしい。
えーと、今度は利用者数を36%増にするということか。そんな簡単なことじゃないの。今までいろいろ"努力"はしてきたのだろうけど、前年比横ばいにするのも難しかったのに。 読売の記事だと改善策として、
- 1万本以上ある鉄道の枕木の販売
- 鉄道ファンに無人駅の駅長になってもらう
- 1万円で1年間乗り放題とする乗車券の発売
- 県外の県人会に働きかけて鉄道ファンを誘客する
というアイデアが出ているようだけど、なんだかなあ。
変に鉄道マニアへ期待されても困る。正直に言うと、秋田内陸縦貫鉄道って鉄道趣味的にそんなに面白い鉄道じゃないんですよ。新潟鉄工所製の軽快気動車を見て喜ぶ人は現段階ではほとんどいないし、阿仁合駅とか阿仁前田駅とか魅力的な駅舎があったところも、みんな新たにヘンテコな建物に建て替えられた。沿線風景もさほど褒め称えるほどでもない。少なくとも、銚子電気鉄道や鹿島鉄道のように、一時的とはいえ趣味人の注目を浴びるようなタイプの路線ではない。
で、万が一、目標値である乗客36%増が達成されても、「安全対策工事を含め今後10年間で計30億円以上の負担が県や北秋田、仙北の両市に生じる」とされている。
「市議側から『地元は高齢化、過疎化している。高齢者は車の免許を返納しており、生活するために内陸線は必要だ』などと存続を求める声が相次いだ」とある。
ならば鉄道じゃなくて、クルマで十分なんじゃないか。
高齢者の方たちの家と病院や買い物先への移動はクルマの方がよっぽど便利だと思う。最近は過疎部でも都市部でもデイサービスやショートステイなどを行う福祉施設のマイクロバスが行き来しているけど、そっちの方がよっぽど使い勝手がいい。毎日新聞の「クルマ高齢社会:第3部・いま地域で/5 過疎の町」という特集記事なんかも参考になる。
まあ、そうは簡単にはいかないという地域の政治状況もあるんでしょう。この記事によると、現在3期目の寺田典城知事(68)は不出馬が確実になっていらしい。不出馬確定で後継候補が不透明な中、県議会や地元自治体の意向に反して廃止を決断することは難しい。新顔で争われる次の2009年の選挙戦の争点にはしたくない。そこらの高度な判断が働いたのかな。
今年9月には結論が出るということらしいけど、はたしてどうなることやら。
この議論のベースには今年の国会で成立した「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律」があるのは間違いない。地域が公有民営方式などを使ってローカル鉄道の事業再構築を取り組むための支援策が講じられた訳なんだけど、これには当然、自治体の負担もそれなりにはかかってくる。そこに踏み出すだけの政治決断(と将来の尻ぬぐいの覚悟)ができるかどうか。たぶん、この秋田県の判断が今後のローカル鉄道と自治体との関係を見据えていく上で重要になると思うのだけど、それはまた別の話。
<参考>
2008-01-10次年度の国土交通省鉄道局の目玉は「がんばる地域・事業者を支援」 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
2007-09-11全国のローカル鉄道89社のワースト偏差値ランキング - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
追記
国土交通省の動向を検索していたら
鉄道がつなぐエコフレンドリーな生活圏(「鉄道エコ生活圏」)の創造が本格化するよう、本省・地方運輸局を挙げて取り組んでいくこととしています。
という報道関係資料が出てきた。「鉄道エコ生活圏」って気持ち悪い造語だよなあと思うのだけど、これもまた別の話。
作者:katamachi
更新日:2008年8月23日 17時42分
[鉄道系 ヒマネタ]水間鉄道の社長となった関西佳子氏が羨ましい。
貝塚駅から水間寺まで、大阪府貝塚市内の5.5キロメートルを走る水間鉄道。今年5月に社長に就任した関西佳子氏(45)は日本民営鉄道協会加盟社で唯一の女性社長だ。
<こだわり人>ローカル線再生、知恵次々――水間鉄道社長・関西佳子さん日経ネット関西版2008/08/20
「水間鉄道にPiTaPa導入 - 一本足の蛸」を通して知りました。
いろいろ興味深いところは多いんだけど、とりあえず社長が「関西佳子」氏というのが凄いや。「東京太郎」とか「日本花子」とか、定期券やパスポート、免許証の記入例として出てきそうな名前ですよね。「関西」という苗字は初めて見た。
「全国の苗字(名字)10万種掲載」というサイトで検索してみると、「関西」さんは80世帯あるそうで、読みは「セキニシ」および「カンサイ」と2通りあるらしい*1。この人は、どっちの読みなんだろう。
でも、まったく畑違いの仕事をしていたのに鉄道会社の社長さんになれるのか......いいなあ。これって、日本全国100万人の鉄道マニアの夢の仕事ですよ。
まあ、みんなそれぞれ、Nゲージのレイアウトを作ったり、あちこちで写真を撮ったり、保存鉄道に参画したり、自分のやり方で代償行為をしているわけだけど、本当にやりたいのはホンモノの鉄道を運営することだもんなあ。水間鉄道ぐらいのサイズだと、大きくもなく、理想的な会社ですよ。小学校の卒業文集で「国鉄総裁か京阪電気鉄道の社長になりたい」と書いたのは24年前。まあ、あれからいろいろ現実の時を経て、ただのマニアのまま今に至る訳なんですが、まあそれはそれ。
うどん屋より鉄道会社が下位に位置づけられているというのに...
この間の水間鉄道の経緯は上記の記事にあるとおり、バブル期の不動産投資が重荷となって経営不振に陥り、
- 2005年4月 水間鉄道が会社更生法を申請
- 2005年7月 うどん屋チェーンのグルメ杵屋が再建支援
- 2005年9月 関西美津治氏が社長に就任
- 2006年4月 グルメ杵屋の100%子会社化
- 2006年6月 会社更生法手続き終了
- 2008年5月 関西佳子氏が社長に就任
という経緯を辿ったわけだ。
記事を見ていると、関西佳子氏が社長となったのは「鉄道会社OBの父・関西美津治氏が社長に就任したのがきっかけ」とか。関西美津治氏は、「水間鉄道株式会社の更生手続きに関する支援企業決定についてのお知らせ」によると、元・南海電気鉄道株式会社理事だった方なんですね。
グルメ杵屋の2006年度上半期中間報告書の「営業の概況」を見ると、
- うどん部門
- そば部門
- 洋食部門
- 和食部門
- ベンチャー部門
- 外食給食事業
- 不動産賃貸事業
とあって、最後の8番目に「運輸事業」として水間鉄道が慎ましやかに紹介されている。
これを見たとき、「おいおい、鉄道って、そんなに扱いが低いのかよ...」と鉄道マニアとして軽い屈辱感を抱いたりしたのだけど、売上高構成比で見ると、運輸事業ってわずか1.2%。まあ、この扱いも仕方ない。不動産業のオマケ的存在である紀州鉄道とあまり変わらないということか。
でも、このグルメ杵屋。バブル期に私学の中堅校である初芝高等学校に経営参画し、教師を自社のうどん屋に派遣して研修を積ませるなど、いろいろと話題を振りまいてくれました。そもそも教員の相当数は「グルメ杵屋」の社員であり、そこから教員として学校側に出向しているのだとか。読売新聞の記事によると、「07年度現在、出向教員は96人おり、全教員の4分の1を占める」というから、まあ、教育関係者からすると無茶なことをやっているんです。
水間鉄道に資本参加すると聞いたとき、水鉄の社員さんたちも、うどん屋に行かされるのかな...とかネタにしていたんですが、そこら辺はどんなんだろう。
とりあえず、45歳で鉄道会社の社長に就いた関西さん。
- 定期券やバス運賃の計算システムを開発
- 車両に付けたマークや乗車券のデザイン
- 大晦日の終夜運行の時に水間駅で臨時にグルメ杵屋の店舗を出店
- グルメ杵屋から出る調理用の廃油をバス燃料に使えないかと検討
いいなあ。いろいろ考えられて。羨ましい。心底、羨ましい。
オレ、その年になるまであと9年だよ。そのときには水間鉄道に招いてくれないかな。夢が実現した暁には、大井川鉄道から南海ズームカーを引き戻して水鉄線で動態保存をしたい。南海本線から2連の直通列車を走らせたい。とかなんとか、夢は膨らむ。でも、それって趣味の世界にしか過ぎず、経営面ではプラスには繋がりそうもない。う〜ん、そんなことしか思いつかないのがマニアの限界かなあとか思ったりもするのだけど、それはまた別の話。
*1:ちなみに「関東」(カントウ、セキトウ)さんは264世帯とのこと
作者:katamachi
更新日:2008年8月21日 15時51分
[とれいん工房]コミックマーケット74ではお世話になりました。
8月17日は、コミケ会場でお世話になりました。
持っていった本は「おおさか東線と城東貨物線」のみ。あまりにも地味すぎる内容ですが、それなりに売れてくれました。
あと、未成線シリーズの新刊やバックナンバーを求めてくれた方もいらつしゃったのですが、残っていた在庫を2、3冊程度しか持ち込めませんでした。次、ラストの予定にしている第五弾「阪急・関西国電編」が完成したときにあわせて増刷をかけようとしているのですが、はてしていつになることやら。
このブログを見ていると声をかけてくれた方が何人もいました。その時に限ってお客さんがいらっしゃったりしてあまり対応できずにスミマセンでした。朝とかヒマだったんですが、昼頃からは昔の知人たちが現れて、ちょっとドタバタしていました。「おおさか東線は●▲すべきだ」とかそういう話は苦手なんですが、鉄系の雑談は好きなんでまた機会があれば声をかけてください。
在庫はありますし通販もしますので、興味のある方は、メールでお問い合わせ下さい。右上プロフィールの緑字「katamachi」をクリックしていただければメールフォームに辿り着けます。
とりあえず、「コミケットトレイン」の最後に乗ることができた(ただし大阪発の上りだけ)し、関東で未訪だった新線3路線(横浜市4号線、東京メトロ13号線、舎人新線)に乗車することができたし、お●▲の打ち合わせも2件できたし、まあそれなりに充実していたのですが、とにかく疲れた。あんなに最終日は涼しかったのに、夏コミは疲れるなあ。さて、三十路半ばも過ぎてどこまで通い続けるんだろうと思ったりもしたのですが、それはまた別の話。
作者:katamachi
更新日:2008年8月18日 15時3分
[鉄道系 ヒマネタ]あの113系3800番台運用終了に悲しむあなた。「寝台特急出雲を復活させる会」(石破茂会長)に参加しよう。
僕的には寂しいお知らせが一つ。
JR福知山支社が11日から導入した新製車両223系との入れ替えのため、同日が最終運転となった113系N編成の電車に別れを告げようと、福知山駅には熱心な鉄道ファンが集まり、ホームのあちこちでカメラを構える姿が見られた。
車両番号「クモハ113−3800」番台にちなんで「サンパチ」と呼び親しまれ、42年間使用されてきた。N編成は8年前から両端に運転席のある2両編成の列車として、山陰線・福知山線を中心に運行。客車を改造して運転席を設けたことから特異な前面となり、鉄道ファンの間で人気が出た。
最終運転となった列車は、午後1時6分福知山駅発で城崎温泉駅まで往復した。
さようなら「サンパチ」君 113系N編成姿消し鉄道ファンがお別れ両丹日日新聞、8月12日
ああ、あの113系3800番台が8月11日限りで運用を終えてしまった。今月いっぱいは福知山以北では動くと聞いていたけど、意外に早くに消えてしまった。7月末から8月頭は公私とも忙しくて力は残っていませんでした。
関西の鉄道マニアたちが諦観して失笑して怒りを抱き、でも愛さずにいられなかった113系3800番台。
不思議なことに、先のニュース、そして「113系N編成を11日で廃車 新型電車導入でJR福知山支社」(8月8日)は両丹日々新聞という関西の私も見たことのないような超ローカル紙。にもかかわらず、Yahoo!ニュースのトップに出ていたんで意外に知られていたんですね。元記事は「こちら。この新聞社のサイト。オープン以来、最高のアクセス数を記録したんじゃないのかな。
113系3800番台が登場したのは2001年3月。それから7年も福知山で頑張ってきたことになります。
登場以来、そのグロテスクな前面形状で、関西の鉄道マニアたちの諦観と失笑と怒りを買い、でもごく一部のカルト好きな連中から愛されてきた3800番台。
とにかく特徴的なのは、国鉄末期の最悪期に作られた715系や419系よりも確実に低い改造センス。
中間車モハ113の車端部を改造して先頭車改造した。でも、あまり資金がなかったからか、面構えをいじくることができず切妻タイプにせざるを得なかった。踏切などでの衝突時を考慮して、前面に補強板が張られたのはいいんだけど、なんだか中途半端なデザイン。カゼでマスクをしている、なんだか不細工な感じに仕上がってしまった。
で、この補強板。なんか浮いているんで気になってペタペタ触ったこともあるけど、あまり硬くなさそう……。実用に耐えられるシロモノなんだろうか。
そして塗色はクリーム色と茶色。それじゃあ山間部では目立たないから……と、真っ黄色で補強板が塗りたくられた。なんか見るものを不安にさせるような色配置。
フツー、部下があんな設計書を出してきたら、突っ返すでしょう。「オマエ、色彩もデザインもセンスがないよな……」って。それをスルーしてしまったのがJR西日本センス。ちょっと、21世紀にお客様を乗せる車両にこれはヒド過ぎる。車内はそれなりにリニューアルされているのに、あんな外見じゃなあ。
新聞では「サンパチくん」なんて愛称を使っているけど、「貴婦人」や「とんぼ」みたいな後から取って付けたような愛称はいい。アレには、「きたないもの」とか「業務用車」とか「鉄仮面」とか嘲りの言葉こそ相応しい。
そんな不幸な会社から生まれては来たもの、だからこそ伝説になり得た。みんな罵詈雑言投げかけてきたけど、やっぱり、どこか牽かれるモノがあるんです。出来の悪いものほどカワイイってね。僕も、今は亡き「旅」誌の2002年のルポで、アレを取り扱いました。女性編集者から「誌面がないんで、この車両カットしたいんだけど」と言われましたが、無理無理残してもらいました。
だって、3800番台。見てて楽しいじゃないの。あれを笑えるセンス、いいと思います。ほれ無印の「機動戦士ガンダム」のやられメカ、アッガイを彷彿させる萌え系要素が満載。黄色い涎掛けがたまらない。あと5年もすればマジモノのブームが来ますよ。
ぜひ、原発特需で補助金(元は関電の匿名寄付金)を放り込んで電化させておきながら、JR西に電車の運転本数を増やしてもらえていない小浜線アタリでもう一度活躍の場を与えて欲しい。125系単行よりは喜ばれそう。
軍事マニアの石破茂前防衛大臣が「寝台特急出雲を復活させる会」を結成
え〜と、今回は3800番台が本題じゃないんです。
ネットでパラパラ見ていて気がついた別な話題が一つ。
この列車の廃止。本来は、
JR西日本福知山支社の新しいワンマン車両(2両編成)の出発式が10日、JR豊岡駅であった。11日から同支社管内の山陰線や舞鶴線、福知山線の篠山口駅までの3路線で本格的に運行をスタートさせる。
同支社での新車両は、旧国鉄時代の1977年に「キハ47系気動車」を導入して以来。車両は、神戸線や京都線で「新快速」などに使用されている「223系」をワンマン仕様にした。
ワンマンながらも福知山に三十年ぶりに新車が入ったという、目出度い話なんですね。どうも裏話的な3800番台の方にばかりマニアは注目するけど。
で、セレモニーはどんなものかと検索していると、2ちゃんねるの記事「凸凸営業キロ日本一・山陰本線part20凸凸」が出てきた。「はまかぜ」に新車が入るとかなんとか憶測ネタに、はいはいそうだねいいよねえと読み飛ばしていると、
265 :名無し野電車区:2008/08/10(日) 23:16:12 ID:s99BbJNa0
8月10日午前11時より、JR豊岡駅にて223系新型車両出発式がありました。 地元選出の谷公一衆議院議員のごあいさつの中で、新しい餘部鉄橋竣工にあわせて 「はまかぜ号」にも新型車両が投入される旨、明言されました。 もう本社では話が進んでいるそうです。いよいよキハ181も見納めになりそうですね。
とかのカキコが。さて、信憑性は。「はまかぜ」新車? でも今年度の事業計画には出ていないよなあ。これはウソをウソと見抜く力が必要なのか。
谷公一いう人、正直、聞いたことがなかったので調べていると、兵庫県北部の豊岡市や丹波市、篠山市あたりを地盤にしている本物の衆議院議員だったんですね。国土交通大臣政務官もやっている、と。兵庫県庁上がりの議員さんなんですね。
たぶん人生でもう二度とこの名前を知ることはなかろう……とクリックしていると、活動報告をしているブログが。
- 走れコウイチ! 谷公一活動日記 http://d.hatena.ne.jp/tani1109/
う〜ん、なにかどこかで見たようなデザインだなあと思ったら、「はてなダイアリー」なんだ。へえー国会議員ではてなを使う人って存在するんだ……ちょっと驚き。でも、自身の選挙事務所のHPとはリンクされていないんだね。ブログにきたお客さんを自分のサイトに引っ張り出さなきゃダメじゃないのか……まあどうでもいいけど。
で、鉄系のネタがないかと探したら、「2007-05-28 活動日記第203号 事故から21年。余部の橋着工」というのが見つかりました。2007年5月に「山陰本線余部橋梁架替事業記念式典」に参加したという話。香美町だから地盤なんだね。
驚きの発言が下の一言。
最近、「寝台特急出雲を復活させる会」(石破茂会長)をつくったが、私も復活を目標に頑張る*1。
うへー。2006年春に廃止された「出雲」の復活運動を国会議員がやってくれているんだ……。
もう24系客車もDD51も耐久年数が切れているのにどうするんだよ、とか、そもそも福知山や豊岡や鳥取の人が乗らなくなったから廃止されたのに、とかいろいろツッこみたいのだけど、まあそれはそれ。なんか、知らんけど、"我田引鉄"のために頑張って欲しい。
と読み飛ばそうとしたら、この会。会長が石破茂なのか……。この人、鳥取が選挙区なんだね。
昔から「朝まで生テレビ」の粘着質な喋りでカルトな人気を集め、防衛大臣になったら「未確認飛行物体(UFO)が飛来したら自衛隊はどう対処するのか」と記者会見で記者から頼まれていないのに滔々と語り続けた名物議員。軍事オタクとしては名高かったけど、最近は鉄道にも興味があるんですよとタイトーのDS用ソフト『鉄道ゼミナール -JR編-』でコメントするなど世情に迎合して始めている。
で、さらに検索したら、日本海新聞のコラム記事が。
私はよく「軍事マニア」などと揶揄(やゆ)されるが、実は一番好きなのは鉄道、次が自動車、そして飛行機と要は「乗り物大好き人間」であり、就職は鉄道会社か航空会社にしようと本気で思ったほどだった(諸般の事情で結局某都市銀行に就職してしまったが、もしそうなっていたら全く別の人生があったかもしれない)。
(中略)だから「出雲」の廃止が発表された時は大ショックを受けたし、いつの日にか復活させたいと内心ひそかに、しかし大まじめに考えている。伯備線を経由しているサンライズ型を走らせるためには、智頭線・因美線の電化が必要であるが、智頭線は将来の電化を想定してトンネルを大きく作ってあるし、幸い因美線もトンネル数は少ないのだから、比較的安価で実現可能ではないか。
電化の暁には現在伯備線で検討されているフリーゲージ型新幹線直通特急の乗り入れも可能、との論を以前から力説しているのだが、なかなか多くの賛同を得ることができず残念である。
永田町の風 -鳥取県の国会議員リレーコラム 石破茂 2008/06/29
ごめん、舐めていました。智頭線のトンネルポータルが電化線サイズだなんて、意外に知られていませんよね*2。因美線電化は大変そうだけど、いつの日かフリーゲージトレインが入ってくるといいよね。でも、鳥取って8町村を合併しても人口20万人届かないんだよね。どうするんだろう。
いやあ、なんだか石破大将(ゲル長官)が絡んで来るとなると、別な意味で面白くなりそう。
「よーし、僕も『寝台特急出雲を復活させる会』に参加しちゃうぞ」と検索してみたのですが、どの記事も引っかかってこない。ダメ元で3800円ぐらい寄付しようかと思ったりもしたのに残念なんだけど、それはまた別の話。
*1:もう一つ、面白いのは「「悲しみの 時を乗り越え 今日ここに 永遠(とわ)に輝け 余部の橋」」という一句。死者も出ている事故を川柳にするというのは不謹慎だし、俳句にしては季語がないし……と考えていると、これ五七五七七の短歌っぽいポエムなんだね。それは一句じゃなくて、一首。
*2:70年代の建設時から将来の電化を予測して設計され、80年代の三セク設立後も検討はされていた
作者:katamachi
更新日:2008年8月13日 21時11分
[とれいん工房]「おおさか東線と城東貨物線」入稿
とれいん工房の1年ぶりの新刊ようやく完成しました。片町線シリーズ三部作の第3弾となる「おおさか東線と城東貨物線」。第1弾の「片町線百年史」は1996年。第二弾の「JR東西線を歩こう!」が1998年。ああ、かれこれ10年も前なのか。いつまでこんなことを続けているんだろうと、入稿の夜、東海道本線の車中から淀川の花火大会を独り見ながら、ふと溜息をついたものです。
8月9日(土)夜に入稿という鬼のようなことをした上に、1ページ分だけデータのシステムエラーが出たらしくて11日(月)の夜に印刷所と電話でやりとりしながら微修正。途中で副業の打ち合わせの電話もかかってきて、なんだかこちらはパニック状態でした。OKが出たのは今日になってからです。本番は17日(日)だけど間に合うんだろうか……
参加するイベントを改めて告知すると、「コミックマーケット74」8月17日(日)10〜16時、東京有明のビッグサイト・西地区西1ホール・や12-b「とれいん工房」です。臨海副都心線の国際展示場前駅から、通常だと徒歩10分くらいかかりますが、たぶんこの日は行列とか荷物チェックとかあるんで1〜2時間くらいかかるかもしれません。それでも来てみようかと思われる方は、ぜひ。お待ちしております。
目次と内容は最終的に以下の通りです。貨物線のダイヤは「2008年改正城東貨物線の貨物列車ダイヤ - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」に移しました。
「おおさか東線と城東貨物線」
(鉄道ファンタジアシリーズ16号)2008.8.17
B5版108ページ、表紙総天然色
グラフページ
p.3 おおさか東線、開業当日(2008.3.15)
p.4 放出〜百済間の貨物列車(2007.5.21)
p.5 城東貨物線と淀川橋梁(2007.5.20)
p.6 在りし日の城東貨物線(1993.5.14)
p.31 城東貨物線と阪和貨物線を行く甲種輸送
p.103 関西本線平野 下り貨物の上り線逆行運転
本文
おおさか東線 初日一番電車を歩く p.8
おおさか東線の基礎データ p.18
おおさか東線と城東貨物線の車両 p.20
おおさか東線と城東貨物線のダイヤ p.23
おおさか東線の駅と施設 p.26
幻に終わった国鉄大阪外環状線計画 p.32
おおさか東線と大阪外環状鉄道の設立 p.42
城東貨物線79年のあゆみ p.48
阪和貨物線53年あゆみ p.56
幻に終わった阪堺臨海鉄道と南港貨物線 p.63
淀川貨物線55年のあゆみ p.66
城東貨物線関係8路線と駅施設 p.70
大阪市街地に残っていた城東貨物線の踏切 p.78
阪和貨物線を走る旅客列車たち p.82
国鉄バス東大阪線と大阪外環状線構想 p.88
城東貨物線の機関車たち p.90
大阪外環状線未完成区間を歩く p.92
新大阪〜放出間の工事と
おおさか東線のこれから p.98
城東貨物線・おおさか東線年表 p.104
作者:katamachi
更新日:2008年8月12日 15時36分
[鉄道系 時事ネタ]2008年改正城東貨物線の貨物列車ダイヤ
あと、本文を作成しているとき、2008年3月改正時の城東貨物線の貨物列車のスジを入れました。情報ソースは「鉄道ダイヤ情報」2008年5月号。機会があったら撮影しに行ってみてください。お馴染み淀川鉄橋(赤川橋梁)と平野駅がオススメです。
下り貨物列車
| 列車番号 | 始発 | 吹田 | 鴫野 | 放出 | 正覚 | 百一 | 平野 | 百済 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1081レ | 泉 | 5:46 | 6:04 | 6:08 | 6:17 | 6:19 | 6:22 | 6:29 | DD51 月曜運休 |
| 4070レ | 新潟タ | 6:38 | 6:59 | 7:01 | 7:15 | 7:16 | 7:18 | 7:28 | DE10 休翌日運休 |
| 6:38 | 6:55 | 6:58 | 7:08 | 7:09 | 7:12 | 7:19 | (土休日) | ||
| 8075レ | 梅田 | 11:00 | 11:15 | 11:18 | 11:31 | 11:33 | 11:35 | 11:52 | DE10 臨時 |
| 87レ | 大阪タ | 12:01 | 12:15 | 12:18 | 12:31 | 12:33 | 12:35 | 12:52 | DD51 |
| 3083レ | 鍋島 | 13:43 | 13:58 | 14:01 | 14:10 | 14:11 | 14:14 | 14:24 | DD51 |
| 4076レ | 八戸 | 17:13 | 17:26 | 17:29 | 17:42 | 17:44 | 17:46 | 17:54 | DD51 月曜運休 |
| 8077レ | 吹田信 | 17:29 | 17:44 | 17:47 | 18:01 | 18:04 | 18:06 | 18:25 | DD51かDE10 臨時 |
| 17:35 | 17:55 | 17:59 | 18:11 | 18:14 | 18:16 | 18:25 | (土休日) |
上り貨物列車
| 列車番号 | 行先 | 百済 | 平野 | 百一 | 正覚 | 放出 | 鴫野 | 吹田 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8072レ | 梅田 | 14:50 | 14:53 | 14:55 | 14:58 | 15:11 | 15:15 | 15:31 | DD51 臨時 |
| 84レ | 大阪タ | 16:10 | 16:13 | 16:15 | 16:17 | 16:27 | 16:30 | 16:43 | DE10 |
| 8882レ | 吹田信 | 18:42 | 18:45 | 18:46 | 18:48 | 19:00 | 19:02 | 19:14 | DD51かDE10 単機 |
| 18:32 | 18:35 | 18:37 | 18:39 | 18:54 | 18:58 | 19:14 | (土休日) | ||
| 1080レ | 隅田川 | 19:23 | 19:26 | 19:27 | 19:29 | 19:44 | 19:47 | 20:00 | DD51 日曜運休 |
| 19:22 | 19:25 | 19:26 | 19:29 | 19:41 | 19:44 | 20:00 | (土休日) | ||
| 3082レ | 福岡タ | 19:42 | 19:44 | 19:46 | 19:48 | 19:58 | 20:02 | 20:13 | DD51 |
| 19:42 | 19:44 | 19:46 | 19:48 | 19:58 | 20:00 | 20:13 | (土休日) | ||
| 4075レ | 東青森 | 20:21 | 20:24 | 20:26 | 20:29 | 20:42 | 20:45 | 20:58 | DD51 日曜運休 |
| 20:21 | 20:24 | 20:26 | 20:28 | 20:40 | 20:43 | 20:58 | (土休日) | ||
| 4071レ | 新潟タ | 20:53 | 20:56 | 20:58 | 21:00 | 21:12 | 21:15 | 21:33 | DE10 |
| 21:02 | 21:05 | 21:06 | 21:09 | 21:20 | 21:23 | 21:41 | (土休日) |
※駅名の下は発時間(下り百済と上り吹田は着)。吹田は吹田第7信号扱所(8075・3083レは吹田第6信号扱所)。正覚は正覚寺信号場、百一は百済第一信号扱所。
※時刻は平日ダイヤ。土休日ダイヤは斜字。
※運休日は連休や休み明けなど上記以外にも発生することがある。8075レなど単機回送もあり
関西本線上り線を逆行運転する下り百済行き貨物列車@平野駅。片町連絡線(城東貨物線百済分岐線)からクネクネ車体を揺らしながらゆっくりと入ってくるところが魅力的。四枚連続
おなじみ赤川橋梁。大阪外環状鉄道がここの橋の複線化を始めるのは新大阪〜放出間の工事の最末期になるらしいのでこの風景はまだまだ大丈夫。
俊徳道駅が工事中に近鉄の俊徳道駅ホームから撮った写真。これも下り列車が上り線を逆行運転している
旧蛇草信号場付近の仮線を下りてくる貨物列車。ここってSLブームのときも有名撮影地だったのですが、1969年から1971年までこの高架線をD51が走っていたというのだから不思議なところです。
開業日に放出駅へやってきた百済行き列車。2枚目は鴫野駅の築堤を行くDD51。この二駅間のみ貨物列車は片町線の上を走る。僕は25年前、このあたりを走る貨物列車を見て、大阪で一番地味な線(by嘉門達夫)片町線の不思議さ・奥深さ・面白さを学んだ。自分の地元の鉄道がレールを通して全国と繋がっているんだという実感が湧いた物だ。それは、北海道や遠くのローカル線に乗ったときも、私鉄線を乗り潰しているときも、海外に行って現地の鉄道に乗るようになってからも変わらなかった。ある意味、僕の鉄道趣味の幅を広げる原典となったのがこの貨物列車だったとも言える。
最後に、一枚だけ、おおさか東線。放出駅で103系と201系が並ぶ姿。21世紀の新線に投入されるのがなぜに103系なんだ……
作者:katamachi
更新日:2008年8月13日 4時36分


















