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トップ > ネコの本 > ネコの本 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月5日 10時)
どっちだと思う?
「タルム−ド」 はユダヤ教で最も権威のある経典で、ユダヤ教徒の生活や信仰の基となっています。
■ラビ
「二人の男の子が煙突の掃除をした。一人は顔を真っ黒に汚して煙突から出てきた。もう一人はきれいな
顔で降りてきた。君はどちらの男の子が顔を洗うと考えるか?」
■弟子
「そりゃ、真っ黒になった子に決まってます。」
■ラビ
「タルム−ドの教えは違う。顔の汚い子は相手のきれいな顔を見て、 『おれの顔はきれいだ』 と
思う。きれいな顔をした子は、相手の汚い顔を見て、『自分も汚い』 と思う。だからきれいな顔を
した子が洗いに行く、というのがタルム−ドの考え方だ。」
■再びラビ
「二人の男の子が煙突の掃除をして、一人の子は顔が真っ黒、もう一人の子はきれいな顔で降りてきた。
さて顔を洗いに行くのはどちらか?」
■弟子
「きれいな顔をした子のほうです。」
■ラビ
「きれいな顔の子は洗っているときに汚れていないことに気がついた。ところが汚れた顔の子のほうは、きれいな顔の子が顔を洗った理由を察した。だから今度は汚れた顔の子が洗った、というのがタルム−ドの考え方だ。」
■もう一度ラビ
「二人の男の子が煙突の掃除をして、一人は顔を真っ黒、もう一人はきれいな顔で降りてきた。顔を洗いに行くのはどちらか?」
■弟子
「……………」
■ラビ
「二人が煙突掃除をやり、片方だけがきれいなはずはない。これがタルム−ドの教えだ。」
「オリ−ブライフ」 (B.F.P.Japan) より
作者:
更新日:2008年12月5日 8時9分
長野に行ってきます!
今年の8月、夏のハ−ベスト (宣教) で、長野県飯田市の教会にお邪魔しました。 (↑写真)
↓
http://blogs.yahoo.co.jp/sirokuma6102000/43661506.html
宣教が終わって帰る日、その教会のY先生から 「今年の年末、うちの教会に来て日曜礼拝で説教してち
ょうだいよ」 との依頼を受けました。最初は先生の励ましの意味での冗談か、社交辞令だと思い、
「はい、喜んで!」 と返答したものの、その数ヶ月後、あらためてY先生のほうから我が家にお電話を
いただき、 「正式に招く件で話を進めたいんだけど」 という御連絡をいただきました。
「え〜っ !? 先生、本気だったんですかぁ !?」
「もちろん本気ですよ」
けれども私はまだ一神学生の身分ですので、 「まずは私の教会の牧師と直接交渉していただけます
か?」 とお願いしたところ、本当に連絡を取って下さり、しかも牧師からも簡単にOKが出たとのこと
で、折り返しすぐにご連絡をいただきました。私からも直接、牧師に確認したところ、
「ああ、あの件ね。Y先生から連絡をいただいていますよ。いいじゃない、行ってらっしゃい。がんばっ
てきて!」 と正式に許可をいただきました。先生の許可が下りたのでしたら…ということで、奉仕を
感謝をもってお引き受けすることにした次第です。
2〜3日前、もう一度、Y先生のほうに確認と打ち合わせの電話をさせていただいたところ、
「どうせなら金曜日のクリスマス会から来てくれない? 人手が足りないのよ。手伝ってもらえると助か
るんだけど」 と言われました。
12月5日 (金曜日) は、あちらにある地域のいくつかの教会が合同でクリスマス伝道集会を開くの
で、そこで裏方で奉仕をさせていただき、土曜日はネコの卒業生S君を訪問したいと願っています。
http://blogs.yahoo.co.jp/sirokuma6102000/43689699.html
また彼に髪の毛をカットしてもらおうかなと予定しています。今回も残念ながらネコは仕事があるので、
私ひとりで行ってきます。
7日の日曜日は、そのY先生が牧会しておられる教会で礼拝説教をさせていただくことになっています。
元々長野に行くのは、このことがメインです。
それにしてもこのY先生、まだ神学生、しかもまだ一年の者を礼拝説教の講師として招いて下さるなん
て、勇気があるというか、恐い者知らずというか…。まして毎週日曜日ごとの礼拝説教は牧師にとって
本当に貴重な場所、時間だというのに、こんな産み落とされたばかりの牧師の卵の卵に講壇を預けて下さ
るなんて、いくら単立教会とはいえ、本当にチャレンジャ−だなぁと思わされます。
その分、私に与えられた期待と責任も大きいと自覚しています。神学生の分際でこんなに恵まれた働きと
奉仕の場が与えられていることに本当に恐れと感謝を持ちつつ、主から与えられた務めを謙遜に全うして
きたいと願っています。お祈りください。
それから祈りのリクエストがもう一つあります。
12月23日 (火)、私たちの教会ではクリスマスの伝道集会があるのですが、今日、牧師さんから
「当日は○○ (シロクマ) 兄弟が伝道メッセ−ジをしてください」 という依頼を受けました。
15分ほどのメッセ−ジですが、新しい方々も来て下さると思うので、わかりやすく、それでいて福音を
きちんと語れるように、ぜひ合わせてお祈り下さい。
「語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。」 (エペソ人への手紙6章20節)
作者:
更新日:2008年12月4日 1時12分
玄関にサンタが降りてきた
神学校 (正式には私たちの神学校が入っている教会) の玄関に、
サンタがパラシュ−トで降りてきていました。
あら? トナカイくんは?
作者:
更新日:2008年12月3日 8時8分
英国の偉大さの秘訣
キリストは預言と歴史の成就であるだけではない。
彼は、国家と個人とを問わず、運命の成就でもある。
英国はどのようにして、歴史上最も広範囲にわたる帝国となり、
「大英帝国」 と呼ばれるようになったのか。
ビクトリア女王は聖書をかざして、 「この本が英国の偉大さの秘訣です」 と言った。
ナポレオンを挫折させたのは、イギリスの軍事力よりは、
むしろイギリスの神を恐れる態度であったのである。
1804年8月15日、ナポレオンはフランスのブロ−ニュで大軍を視察した。
彼は 「ロンドン塔の上にわれらの国旗を掲げるために順風を待つだけだ」 と言った。
ところがその年に、ロンドンでは聖書協会が設立されたのである。
翌年、ナポレオンは提督の一人に
「たった3日間でいいから、わたしにド−バ−海峡の支配権を与えてくれたら、
イギリスの運命にとどめを刺してみせる」 と言った。
トラファルガ−の戦いの直前に、ネルソン提督の祈っている姿を部下たちは見ている。
こうして驕 (おご) れるナポレオンはイギリスの捕虜として死ぬことになった。
ところがイギリスはキリストから離れ、かつての大英帝国は凋落の一途をたどったのである。
キリストだけが高い運命の成就であることを世界の国々が知るように。
「新しい力」 M.R.デハ−ン/H.G.ボッシュ共著 より
作者:
更新日:2008年12月3日 0時0分
クイズ 第45弾
12月に入って初めてのシロクマ・クイズをしましょう。
昨日の神学校の授業の中で、講師の先生が語られたジョ−クです。
なかなか面白かったので、今日はこれをクイズにしたいと思います。
では問題です。
「日本人のクリスチャンと、アメリカ人のクリスチャンを比較すると、日本のクリスチャンの信仰のほう
が神さまに従順だということがわかりました。」
さて、それはなぜでしょう? その理由を書いて下さいね。
これだけだと難しいので、今回は特別にヒントを出しておきましょう。
【ヒント】
〓「聖書」に関係あります。
〓この先生がアメリカでこのジョ−クを話したらウケなかったそうです。そして後で怒られたそうです。
さて、クイズのル−ルはいつもの通りです。
■答えがわかった人は、他の方の楽しみを奪わないように 「 内緒コメント 」 にして、
この画面の下のコメント欄に書き込んでくださいね。答えを下さった方には、このコメント欄であなた の解答が 「正解」か「不正解」かをお知らせします。降参の方には、その方のブログの「ゲストブッ ク」にて答えを発表さ せていただきます。
■降参される方は、コメントの最後にはっきりと 「 降参 」 と書いていただけると助かります。
ただコメントだけですと、まだ続けて考えたいのか、降参したいのか、こちらでは判断できない場合がありますの で、ご協力をよろしくお願いします。 m(__)m
作者:
更新日:2008年12月2日 0時59分
羊と豚のちがい
豚は人間の後について行くことはできない。豚は後ろから追い立てるしかない。
ところが、羊は羊飼いの後をついて行く。また羊は羊飼いの顔を見る。
羊飼いが小羊を抱き、母親の羊が頭を上げて子羊と羊飼いの顔を見つめている美しい絵を、たいていの人
がご覧になったことと思う。しかし豚には首がないので、頭を上げることはできない。
目は固定しているため地面だけしか見ることができない。
豚が上を見ることができるようになるためには、ひっくり返してもらい、あおむけになる以外にない。
ある時、私は病気の友人を訪ねて、このような豚と羊との比較論をしてみた。すると友人が言った。
「私は今、ベッドにあお向けになって勉強しているところだ。これまで仕事とか社会のこととか世俗的な
ことにあまりにも忙しかった。そのため上を向く暇がなかった。今こうして寝込み、上を向くよりほか
はなくなっている。これまで私は豚のようだった。しかし神は私をひっくり返してくださった。」
あなたは今日、天井を見つめて寝込んでいるだろうか。ひょっとしたら、上を向く学課を神に教わって
いるのかもしれない。
「新しい力」 M.R.デハ−ン/H.G.ボッシュ共著 より
作者:
更新日:2008年12月1日 8時0分
お見舞い
今日の午後、教会から帰宅した後、ネコと二人で病院を訪問してきました。同じ教会に通っておられる
ご婦人Hさんのお見舞いだったのですが、先日、末期の大腸ガンで手術をされた方です。一時はもう危な
いとまで言われ、ご家族もそれなりに覚悟をされていたほどだそうですが、教会でもずっとHさんのため
にお祈りしていました。そのHさんが集中治療室から出られて一般病棟に移られました! と礼拝後に
報告があり、早速ネコと二人でお見舞いに伺ったという次第です。
7階の6人部屋に入っていくと、窓側のベッドにHさんは横になって本を読んでおられました。
尋ねて来て挨拶をした私たちを見て、Hさんは一瞬キョトンとした顔をしておられました。
「教会の○○です」 と名前を告げると、 「あっ!」 と急に思い出されたみたいで、まさか教会か
らお見舞いの人が来るとは思っていなかったご様子でした。
大腸ガンの手術をされた方ですし、一時はその命も危ういと言われていた方でしたので、もっとやつれて
おられるかと思いましたが、思っていたよりも昔のままで、お元気そうで安心しました。一時は 15〓 も
体重が落ちたそうですが、今は少しずつ戻ってきたそうです。
前回ネコが翻訳した 「リバイバル」 も買って下さり、その内容に喜んで下さっていた方なので、
今回はお見舞いの一つとして、ロイドジョンズの 「栄えに満ちた喜び」 を差し上げました。
患者さんを疲れさせてはいけないと思って、10分ほどしたら失礼しようと思っていたら、よほど病院は
退屈なんでしょうね。あちらのほうが誰かとずっとお話したかったみたいで、20分ほどお話をしてきまし
た。 (ほとんどHさんが話しっぱなしで、私たちは聞くだけでした) 。
そろそろ失礼しようと思っていたところで、息子さんのS一さんが来られました。最近教会のほうにも
見えておられなかったので心配していたんですが、久しぶりにS一さんの元気な顔も見られて安心しまし
た。最後にHさんの肩に手を置いて主に感謝をささげ、回復のためにお祈りをさせていただきました。
しばしの時間の交わりと祈りの時間を、Hさんはとても喜んでくださいました。
もうすっかり良くなり、12月には退院できる見込みだそうで、今度はぜひ教会でお会いしたいです。
ここまでHさんを癒して下さった主に感謝をささげます。
作者:
更新日:2008年11月30日 17時35分
秀才と呼ばれた学生が開発したもの
「秀才」 と呼ばれた一人のイギリス人学生がいた。
彼の頭脳明晰さは多くの人々から羨ましがられた。青年は、徹底した無神論者だった。
ある日事故に遭い、両目の視力を失った彼は絶望の中で泣き叫んだ。光を失った苦しみに喘ぎながら暗中
模索していた時、ふと、失明する前に町で見かけた目の見えない人々のことを思い出した。
青年は、 「あの人々にとって本当に必要なものとは何だろう」 と、考え始めた。
その後、青年は、目の見えない人々の為に点字研究を始め、 「ムーン タイプ (Moon Type) 」
の開発を行った。この人こそ視覚障害者のための点字聖書を編纂したウィリアム・ムーンである。
我々にとっての一時の試練と、苦しみは、まさに不純物を除去する 「人生の溶鉱炉」 となる。
「神と共に歩む日々」 より
作者:
更新日:2008年11月30日 9時34分
人が口にするのに最も難しいことば
世の中でいちばん困難なことは、自分の過ちを認めることではなかろうか。
私たちは自分の過ちを認めるどころか弁解したり、それを否定したりする。
口にするのに最も難しいことばは、 「私が悪かった」 である。
他人の過ちを見つけるのは実に簡単だが、自分の過ちを知ることはこの上なく困難だ。
あるクリスチャンが一人の兄弟が彼について悪く言っていることを耳にした。
彼はその兄弟のところに行って、こう言った。
「あなたは、私の過ちを言いふらしているということですね。私の前で私の悪い点を指摘して下さいませ
んか。私はその悪いところを知り、悔い改めて、取り除きたいのです。」
相手は同意した。しかし彼は一言つけ加えた。
「でも、はじめに座って祈ろうではありませんか。どうか私のために祈ってください。私があなたの批判
を素直に受け入れ、欠点に気づいて悔い改めるために」。
このことばは相手の心を刺した。その兄弟は 「ほかの人を中傷した罪を赦してください」 と、
泣いて祈った。彼は立ち上がると、 「はじめから祈っていたら、こんなことにならなかった。兄弟、
私のほうこそ赦して下さい」 と言った。
「新しい力」 M.R.デハ−ン/H.G.ボッシュ共著より
作者:
更新日:2008年11月29日 22時48分