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トップ > ベンガル > ベンガル - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年10月11日 6時)

「スマイルプラネット」が刷り上がりました

 写真集「スマイルプラネット」の完成本が届きました。
 何ヶ月もかけて内容を練ってきた作品だけに、どんな風に仕上がっているのかすごく気になっていましたが、その心配を吹き飛ばすような素晴らしい仕上がりです!

 まず、印刷のクオリティーがとても高い。細かい部分のディテールがつぶれずに出ています。
 色も鮮やかです。インドの海岸で働く女性のサリーの赤や、スリランカのお茶畑の緑が、とても美しく印刷されています。
 さすが「印刷の質には自信があります」と胸を張るパロル舎ですね。「いい仕事してますね!」と中島誠之助風に言いたくなります。

 とはいえ、この「スマイルプラネット」にとって最も重要なのは、印刷の質ではありません。それは欠かせない要素のひとつだけれど、それだけが良くても仕方がない。

 大切なのは、読んでくださる方にメッセージが伝わるかどうかです。
 生き生きとした表情から、ひとつひとつの言葉から、なにを受け取ってもらえるか、ということなのです。

作者:tabisora

更新日:2008年10月9日 16時4分

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東京ミッドタウンの「デザイナーズ・フリーマーケット」に出店します

 11月2日と3日に六本木の東京ミッドタウンで行われる「デザイナーズ・フリーマーケット」に参加します。
 このイベントは「DESIGN TOUCH 2008」の一環として行われるデザイナーやアーティストによるフリーマーケットです。全部で30店の出店者があるようです。

 フリーマーケットっていうと、狭いスペースにぎゅうぎゅうにお店が並ぶというイメージがあるかもしれませんが、今回のイベントは東京ミッドタウンに隣接する芝生広場の中に各自が一個ずつテントを張って販売するので、ゆったりのんびりとした雰囲気になると思います。

 当日は僕も会場に常駐しますので、旅の話や写真の話を直接聞いてみたいという人には絶好の機会だと思います。また、パネル写真やプリント写真のブックも展示しますので、自由にご覧いただけます。ぜひ足を運んでください。
 また、会場で写真集「スマイルプラネット」をお買い上げいただいた方には、その場で三井がポートレート写真をお撮りするという特典をお付けします(撮影は無料です)。名付けて「あなたのスマイルを撮りまショー」。これは2年前に開いた写真集の発売記念イベントでも行った企画です。デジタル一眼カメラで撮った写真データーを、後日メールでお届けします。必ずいい笑顔が撮れるという保証はできませんが、きっと何かの記念になると思いますよ。

【場所】 六本木「東京ミッドタウン」 ミッドタウン・ガーデン芝生広場 (アクセス
【日時】 11月2日、3日 11:00~17:00 (※雨天中止です!)
【販売】 写真集、卓上カレンダー、ポストカード、Tシャツなど

 当日、ミッドタウンでは「DESIGN TOUCH 2008」の他、「DESIGNTIDE TOKYO 2008」というイベントも行われます。デザインやアートに興味がある人にはきっと楽しめる三連休になると思います。

 実はこのフリーマーケットへの出店は、お絵かきライターのとまこさんに誘われて決めたのです。とまこさんは南米やアジアを旅しながらイラストを描き、それを面白いエッセイ本にまとめている方です。ご本人もとっても面白くてニコニコな人ですよ。

作者:tabisora

更新日:2008年10月5日 18時3分

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写真家になるには

■ 旅の質問箱「写真家になるには」 ……過去の質問はこちら……

はじめまして。ブログを拝見しました。
私も実は写真家になりたいんです。
まだ中学生なので高価なカメラを持っているほどではないのですが。
今私が1番悩んでいることは、写真家になるには大学とかも写真に関係のある大学に通った方が良いのだろうか?
です。私は、フランスの方の風景や人々を撮りたいのです。
しかし裕福な家に生まれたわけでもありませんし、頭だってそんなによくはないんです。
写真家になるにはやっぱり資格とか経歴とか関係してくるんでしょうか・・・?
よろしくお願いします。


■ 三井の答え

 写真家になるために、資格は一切必要ありません。
 あなたがカメラを持っていて、シャッターを切ることができ、撮った写真を多くの人に見てもらえるのなら、あなたはすでに「写真家」なのです。
 つまり「写真家」という呼び名は、「画家」や「音楽家」や「評論家」と同じように自己申告制なのです。「写真家」を名乗るために必要な資格(たとえば「一級建築士」とか「司法書士」など)はありません。もちろん「日本写真家協会」に代表されるような業界団体はありますが、そこに所属していない写真家(僕もそうです)だってたくさんいます。

 写真を使って何かを表現しようとする人は、すべて写真家である――まず、これを頭に置いておきましょう。
 ようするに「写真家」になりたい人は、誰だって「写真家」を名乗ることができるのです。だから、極端な話、中学生のあなただって、もうすでに「写真家」なのです。

 でも世の中で「写真家」と呼ばれている人は、ただ単に自らそう名乗っているだけではなく、他人からもそう呼ばれています。荒木経惟、篠山紀信、星野道夫といった名前は、あなたもきっとご存じでしょう。
 もし、あなたが「写真家」だと名乗ったとしても、あなた以外誰一人としてそのことを認めなかったら、それは「(自称)写真家」というカッコ付きで呼ばれることになります。
 つまり「写真家」という呼称は、他人からそれを認められなければ、あまり意味をなさないのです。その点が、国家資格である「一級建築士」や「司法書士」とは違うところです。「会社員」だって、どこかの会社で働いていれば自動的に与えられる呼び名です。「(自称)会社員」だなんて、変ですよね。

 僕が言いたいのはこういう事です。
 大学で写真を勉強した人間であっても、まったく独学で写真を撮ってきた人間であっても、「写真家」を名乗りたければいつでも名乗ることができる。門戸は開かれている。でも、「自分が名乗る」ということと、「他人が認める」ということの間には、とても深い溝がある。そして、その深い溝を乗り越えて、プロの写真家となるためには、才能とか努力とか運とかが必要になってくるのです。


 プロの写真家になるために、美術大学や写真専門学校に通った方がいいのか。
 これはとても難しい質問です。なぜなら僕自身がそういうルートを通ってこなかったからです。大学は工学部だし、最初に就職したのも機械メーカーでした。26歳になるまで、写真とはまったく縁のない生活を送っていたのです。
 そんな僕がふとしたきっかけで写真の道に入り込むことになって、今ではそれを仕事にしている。「人生というのはなんて面白いものだろう。なんて不確かなものなんだろう」と思いますね。
 知り合いにも、僕と同じように学校で学んだことのない写真家もいますし、芸大を出た写真家もいます。いろいろです。学校に行ってもいいし、行かなくてもいい。それはあなた自身が選べばいい。僕はそう思います。

 でも、あなたには「フランスの風景を撮りたい」という目的があるんですよね。それだったら、まずはせっせとアルバイトをしてお金を貯めて、両親の承諾を取り付けた上でフランスを旅してみるというのが、最初のステップにふさわしいのではないでしょうか。
 ヨーロッパを旅するのはアジアよりもいくぶんお金がかかりますが、「裕福な家に生まれた」人でなければ行けないなんてことはありません。2~30万円ぐらいあれば十分じゃないでしょうか。それなら貯められるでしょ?
 時給800円×4時間のアルバイトを週3回。それを半年も続ければ貯められる額です。ね、できそうでしょ?

 1週間でも2週間でもいいから、撮りたいと思う土地を自分の足で歩いてみる。その風景を自分の目でしっかりと見つめる。それはきっと写真学校に通うよりもずっと大きなものを、あなたに与えてくれるはずです。
 もちろんいい写真を撮るためには、ある程度専門的な知識も必要です。そのために学校に通うのも、ひとつの手です。でも人間って自分が本当に関心のある対象にしか、「学びたい」という意欲をかきたてられないんです。ただ漠然と「教えてもらおう」という受け身の意識で学校に行っても、知識ってのは吸収できないものなんです。

 目的を持つというのは素晴らしいことです。
 自分が本当にしたいこと、打ち込めることを見つけることができれば、人は自分でも驚くほど努力をするし、自分を高めることができるものです。
 お互いに頑張りましょう。



■ 質問を募集しています!

 「旅の質問箱」では、みなさんからの質問を募集しています。件名に「質問」と書いて、三井までメールでお送りください。
 旅に関する質問や、写真に関する疑問、旅にも写真にも関係のない質問でも、幅広く受け付けています。
 なお、最近すでに「質問箱」の中で取り上げた質問を送ってくる人が増えていますので、新規の質問を送る際には、過去の質問に一通り目を通してくださるようお願いします。

作者:tabisora

更新日:2008年9月24日 14時11分

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それでも彼は旅に出る

 以前にもこのブログで紹介した友人ウィリアムのビデオブログ「Masala180」が更新されています。
 長年暮らしていた日本を離れて、バンコクでの新しい生活を始めたウィリアムと家族。その様子がミュージックビデオ風のクールな映像で綴られています。

 ビデオの中には、僕がウィリアムと一緒に旅したモロッコ奥地の様子も出てきます。
 3年前のことだけれど、何だかすごく懐かしい。荒涼とした土地に住みついているベルベルの人々。ヒンヤリとした空気。明け方に聞いた不思議な音。崖を登るロバの鼻息。そんなものがフラッシュバックのように次々と思い出されます。
 写真とはまた違ったリアリティーやリズム感がビデオにはあるんだと思います。写真を撮る三井の姿もちらっと出てきますから、ぜひご覧ください。

「この選択は間違っているんじゃないのか?」
 バンコク行きの飛行機に乗るとき、ウィリアムは自問しています。
 ポジティブで陽気な性格のウィリアムにとっても、家族を連れて「旅」に出るという決断は、やはりすんなりと下せるものではなかったのでしょう。

 それでも彼は旅に出るのです。
 ここではないどこかに向かって。

 それでも僕らは旅に出るのです。
 自らの内なる声に従って。



作者:tabisora

更新日:2008年9月9日 21時24分

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次回作の題名は「スマイルプラネット」

 10月に発売される新しい著作の題名が、「スマイルプラネット」に決まりました。
 この「スマイルプラネット」には、旅で出会った人々の笑顔と、僕がその笑顔から感じ取ったメッセージが詰まっています。
 10分で読めちゃうようなシンプルな物語です。
 でも、読んだあと何日も、何ヶ月も、ずっと心に残るような本ではないかと思います。
 発売まであと1ヶ月です。どうぞお楽しみに。


 ところで先日、八王子の自宅から「スマイルプラネット」の出版元パロル舎(水道橋にあります)までの片道45キロを、自転車で往復してきました。
「天気が良かったから」
 というようなすっとぼけた理由で、この距離を自転車で走ろうとする人間は、たぶんあまりいないのでしょう。
 片道2時間。汗だくになって現れた僕を、パロル舎の人たちは呆れ顔で眺めていたのでした。
 だって本当に天気が良かったんだもん・・・。

 曇天が続く日々が終わって、青い空と真っ白な雲が広がる朝がやってくると、急にどこか遠くへ行きたくなることはありませんか?
 僕はあります。しかもなるべくなら、自分の力だけで遠くまで行ってみたくなるのですね。
 で、あまり深く考えることなく出発してしまうと、あとで自分の無謀さを呪うことになるのです。

 よく考えてみたら、僕は以前にも同じようなことをしていて、そのときも「行きはニコニコ」「帰りは半泣き」という状態だったのです。過去の失敗から学ばない人間なのかもしれません。
 今回のほうがもっと悲惨だったかもしれません。最後の10キロは本当にキツかった。へろへろになってしまいました。
 つりそうになる足を必死に回転させながら、最後のだらだら坂を登り、家に帰れば待っているであろうオレンジジュースが喉を潤してくれることだけをイメージして、なんとか走りきったのでした。
 「根性」という言葉が頭を駆けめぐったのは、すごく久しぶりな気がします。

 でも、たまには限界近くまで自分を追い込むというのも悪くないものですね。
 北京オリンピックでは、「フェルプスの8冠達成」とか「ボルトの驚異的な世界新記録」といった華々しいトピックに目を奪われがちでしたが、持てる力を振り絞って、でも力及ばずに敗れ去っていった大勢の選手たちがいたことを忘れないでいたいものだなぁなんて思ったのでした。

作者:tabisora

更新日:2008年9月5日 18時14分

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インドネシアで無免許運転


 前回書いたように、インドネシアでのバイク旅行は「微速前進」という言葉がぴったりだった。自分の意志でいつでも止まることができるから、旅を自由に作っていくことができた。それが僕がバイク旅行が好きになった最大の理由だと思う。



 自分の意志によって止まるのではなく、誰かによって「止められる」ことも何度かあった。その代表格が警察の検問だった。二、三人の警官が道路の真ん中に立っていて、行き交う車やバイクを片っ端から止め、免許証や積み荷をチェックしているのである。スマトラ島の道路はそういうことをしても渋滞しないほど交通量が少ないのである。

 警官に止められると、僕はパスポートとバイクの登録証を出して、自分が日本人なのだと説明する。英語はまず通じないので、インドネシア語である。
「私はメダンから来て、○○へ向かいます。インドネシアには○日います。このバイクはメダンで買いました」

 僕の即席インドネシア語で説明できるのはここまでで、それ以上複雑なことを聞かれると、首を捻るしかない。しかしほとんどの場合は、「あー、日本人なの? これがパスポートね。オーケー、行ってもいいよ」ということになる。



 「免許証を見せろ」と言われたのは一度だけだった。僕はこういう時のために国際運転免許証を携帯していたので、それを警官に渡した。実を言えば、僕の国際運転免許証はとっくに有効期限が過ぎたものなのだが、そこまで厳密にチェックされることはなかった。さらに言えば、インドネシアは国際運転免許の条約に加盟していないので、僕が持っている免許証はこの国では何の法的根拠もないただの紙切れだったのだ。つまり僕は約一ヶ月間無免許運転を続けていたわけだが、それについて突っ込みを入れてくる警官は一人もいなかった。

 日本だとこういうわけにはいかない。交通規則も運転免許証も警官の服務規程も、細かい部分まできっちり決まっていて、警察組織はそれに則って運営されている。しかしアジアの警察というのは、それとはだいぶ違うのである。良く言えば融通が利く、悪く言えばルーズな存在なのだ。僕が旅を続けられたのは、そのルーズさのお陰でもあった。

 武器や麻薬を運んでいないかを調べるとかで、荷物の中身をあらためられたことが一度だけあったのだが、そのときだって僕が背負っていたバッグにカメラが入っているのを見つけた警官が、「これで俺を撮ってくれよ」と言い出したので、レンズを向けてシャッターを切ると、その警官ははしゃいでポーズなんかを取り、それでもう荷物検査の件はなかったことになってしまったのだった。制服を着て一応は真面目そうな顔をして立っているものの、警官だって陽気でお茶目でちょっといい加減なインドネシア人であることには変わりないのだった。


インドネシアの警官はなかなか陽気だ。

作者:tabisora

更新日:2008年8月22日 10時47分

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8月19日は「バイクの日」

 本日、8月19日は「バイクの日」なのだそうだ。「819」だから「バイク」。
 ちなみに、ここから容易に想像できるように、8月19日は「俳句の日」でもある。こっちの方が無理がないように思う。

 僕が旅の移動手段として本格的にバイクを使い始めたのは、2006年1月のインドネシア・スマトラ島だった。
 学生時代には原付バイクに乗っていたこともあるのだが、それを売り払ってからは日本でバイクに乗ることは一度もなかったし、乗りたいとも思わなかった。京都というそれほど広くもなく平坦な街に住んでいた僕にとって、もっとも理想的な移動手段は小回りのきく自転車だったのである。

 アジアを旅するようになってからは、町から町への移動をバスや列車で行い、宿で自転車を借りて遠出するというスタイルが多かった。徒歩だとどうしても行動範囲が限られるし、タクシーやバスだと好きな場所で止まることができない。その間を埋めてくれるのが自転車だったのだ。

 スマトラの旅でバイクを使おうと思ったのは、何よりもフレキシビリティーの高さ故だった。ごく一部を除いて旅行者がまったくいないこの島では、どこに宿があり、どの町とどの町がバスで結ばれているといったベーシックな情報を事前に得ることができない。だから、今日どこに泊まるかも決めないまま町から町へと移動するという行き当たりばったりの旅にならざるを得なかったのだ。そして、そのような旅にもっとも適した移動手段が、バイクだったのである。



 一ヶ月以内にスマトラ島の端から端まで行く、という予定は一応立てていたものの、一日にどれだけ進もうかという目標は特に定めないで旅を続けた。気に入った場所があればバイクを止めて歩き回り、海を眺めたり、写真を撮ったりしながら、ゆっくりと進んだ。

 田植えをしている光景に出会えば、バイクを止めて田んぼの中に入り、人々や水牛の姿を写真に撮った。小さな漁村があれば、浜辺を歩き、波打ち際で足を洗った。「微速前進」という言葉がぴったりの旅だった。

 道路を走っているときに、面白いものとすれ違って、とっさにバイクを止めることもあった。パダンという町へ向かう道中では、自転車に椰子の実を大量に積んで売り歩いている男とすれ違った。椰子の実はインドネシアではごくありふれたものであり、喉が渇いたときに水の代わりに飲まれているわけで、つまりこの男は水売りのような商売をしているのである。



 ユニークなのは、売り物の椰子の実の上に一匹のサルが座っているという点だった。しかもマスコット的なかわいらしい小ザルではなく、人の子供ほどの体格を持つ大人のサルである。おそらくジャングルで捕まえたのを育てているのだろう。サルの落ち着き払った物腰からは、人に飼われはじめてから既に長い月日が経っていることがうかがえた。

 不思議なのは、サルが商売の役に立っているようには見えないところだった。サルが椰子の実をナタで叩き割ってくれるほど有能なわけではないし、そうかといって子供たちが「サルだー!」と歓声を上げて集まってくるほど珍しい存在ではない。手付かずの自然が多く残るスマトラ島では、サルはわりにありふれた動物なのである。つまり客寄せにもならない。それではなぜ椰子の実の上にサルがいるのか。それがさっぱりわからない。

 僕は試しに椰子の実をひとつ買ってみたのだが、買ってくれた客にサルが芸を見せてくれるということもなかった。サルはただ椰子の実の上に座り込んで、あたりをキョロキョロと眺めているだけだった。サルの存在はさておき、椰子の実はとても新鮮で美味しかったのだが。(後で聞いたところによると、このサルは椰子の木に登って実を取ってくるように訓練された有能なサルらしい。それが本当なら、妙に態度がデカかったのも頷ける。サルがあっての椰子の実だったわけだ)

作者:tabisora

更新日:2008年8月19日 20時36分

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次回作の出版が決まりました

 新しい著作の出版が決まりました(タイトルは未定)。
 パロル舎から10月頃に発売される予定です。

 どういう作品なのか、言葉で説明するのがけっこう難しいんです。これはもう、実際に手にとって見ていただくのが一番早い。
 僕がこの2年間で撮った写真に、短い言葉を添えた構成です。以前にこのブログでも触れたように、お話・フィクションの要素も少し入っています。
 写真集でもないし、フォトエッセイでもない。強いて言うなら「フォトメッセージ」ブックでしょうか。と言っても余計わかりにくいですね。
 内容はこれからブログでも紹介していきたいと思います。

 ところで、出版元のパロル舎という会社はけっこう変わっています。
 絵本を中心にビジュアルブックを多く出版しているのですが、絵本業界では「変わり者」「異端児」として知られているそうです。
 僕が最初に打ち合わせに行ったときも、挨拶もそこそこに、
「ところで、三井さんはお酒は飲める方ですか?」と聞かれるのです。
 事務所には焼酎の一升瓶が常備されていて、夜な夜な(というか日が高いうちから)酒盛りが始まるというのが、この会社の習いなのだとか。「居酒屋パロルへようこそ」がキャッチフレーズなのです。すごいですね。

 そんなわけで、僕も打ち合わせもそこそこに冷や奴などをつまみつつ、焼酎のお湯わりをいただきながら、会社の成り立ちだとか、社長の半生だとか、そんな話を聞くことになったのでした。
 良い意味でクセのある会社です。
「もし、同じぐらい才能がある編集者が二人いるとしたら、迷わずお酒が飲める方を採用しますね」
 とのことです。面白いですね。

 というわけで、三井昌志5冊目の著作は「お酒」について・・・ではなくて「笑顔」についての本です。
 どうぞお楽しみに。

作者:tabisora

更新日:2008年8月13日 13時29分

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旅の質問箱「値切り交渉術について」

■ 旅の質問箱「値切り交渉術」 ……過去の質問はこちら……

こんにちは。いつも拝見させていただいています。今日は、外国の物価のことについてお尋ねしたく、メールさせていただきました。
先日、テレビに、エジプトを旅するイギリス人旅行者が映っていました。彼女は、民族衣装屋で、8千円と言われた服を、いきなり千円に値切り、「だめなら他の店で買うから」と言い張って、結局、千円で服を買いました。値切るというと、半額くらいから、と漠然と思っていた私は、その値切り率に驚き、やっぱり?国の、あってないような値段の仕組みには慣れないなあ、と思いました。
一円でも安く、という姿勢で長旅を続けるのは、何だか疲れるような気もするし、かといって、ぼったくられているのをわかっていながらお金を払うのも府に落ちない気がします。その中間ぐらい、というのがベストなのでしょうが、交渉の程度がよくわかりません。三井さんは、どのような値段交渉をされているのでしょうか。
よろしくおねがいいたします。


■ 三井の答え

 ものを値切るのって面倒ですよね。
 僕もずいぶん長いこと旅をしていますが、「値札のない文化」にはなかなか慣れません。

 特にアラブ圏の市場(スーク)は定価がないことで有名ですが、東南アジアやインド圏の市場にもやはり値段はありません。と言っても、売値の5倍とか10倍といった「法外な」値段を吹っ掛けてくるのは、観光客相手の土産物屋に限られます。
 地元民相手に野菜や果物を売っているような市場では、多少値引きされることがある程度です(国にもよりますが)。だからまぁ、それほど悩むことはないでしょう。

 しかし、旅行者が買うものは土産物、しかも地元の工芸品のようなものが多いですよね。手が込んでいて高そうにも見えるけど、相場がどの程度なのかさっぱりわからない、というものを買わなければいけないわけです。
 服やアクセサリー服飾品は日本でも値段があってないようなものですし、絨毯や骨董品、祈祷用のお面の類にいたっては、よほどの目利きでない限り、適正な値段がぱっとわかる人なんていないと思います。

 だから、我々素人はできるだけ手間をかけて、何軒もの店を回るようにしたいものです。観光地というのは、似たような品揃えの店がうんざりするほどたくさん軒を連ねているものですから、まず自分の欲しいものがどの程度まで値切れるのか、お店まわりをして見極めればいいのです。

 その際に重要になるのは「自分からは絶対に希望価格を言わない」ということです。
「ハウ・マッチ?」
 とあなたが店員に値段を訊ねたとします。
「10ドル」
 と相手が答えます。もちろん、これは言い値であって、ここから交渉が始まります。
「ディスカウント?」
 あなたは言います。まけてくれない?
「ハウ・マッチ・ユア・プライス?」
 きっと店員はあなたにこう質問するでしょう。いくらなら買うんだい?
 値切り交渉のポイントは、ここで、
(そうだなぁ、10ドルって言っているんだから、半分の5ドルぐらいかなぁ)
 などと考えて、安易に
「5ドル」
 などと言ってしまわないことです。一度自分の希望価格を口にしてしまうと、その値段まで下がったら(まず間違いなく下がります)、買わなければいけないような雰囲気になってしまう。店員はそれを狙っているわけです。
「ノー! ハウ・マッチ・ユア・ラストプライス?」
 毅然とこう言いましょう。あなたはお客さんなのですから、交渉の主導権は本来あなたにあるべきなのです。だから、あくまでもこの店のラストプライスをしつこく尋ねればいいのです。ときには「それじゃ他の店で買うわ」という演技も必要になるでしょう。

 これをいくつかのお店で繰り返せば、だいたいの相場がわかってきます。
 要は「交渉には時間と手間を惜しんではいけない」ということです。値切り道に王道なし。地道にやりましょう。

 もっとも、僕が旅先で常に「ギリギリの交渉」をしているかというと、決してそんなことはないのです。自分が納得できるような値段であれば、それが外国人料金だとわかっていても払ってしまうことも多いのです。
 最初の頃はそうではありませんでした。「一円でも安く」という意気込みで、肩をいからせながら交渉していたように思います。そのあたりのことは、2001年の旅行記(「懐かしさの源」「三方一両損」など)にも書いてありますね。

 現地の人になめられたくない。他の旅行者に「こいつは旅の初心者だな」と思われたくない。
 そんな気負いが、とことんまで値切るということに繋がっていたのかもしれません。

 でも、質問者の方もご指摘の通り、値切り交渉っていうのは、やりすぎると疲れてくるものなのですね。「時間と手間を惜しむな」と書いたけれど、それがエネルギーと時間の無駄遣いに終わるということもあります。
 だから今は適当なところで切り上げて、もっと別のところにエネルギーを使うようにしています。



■ 質問を募集しています!

 「旅の質問箱」では、みなさんからの質問を募集しています。件名に「質問」と書いて、三井までメールでお送りください。
 旅に関する質問や、写真に関する疑問、旅にも写真にも関係のない質問でも、幅広く受け付けています。
 なお、最近すでに「質問箱」の中で取り上げた質問を送ってくる人が増えていますので、新規の質問を送る際には、過去の質問に一通り目を通してくださるようお願いします。

作者:tabisora

更新日:2008年7月31日 10時55分

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旅の質問箱「自由と自立について」

■ 旅の質問箱「自由と自立について」……過去の質問はこちら……

今回、質問させていただきたいのは、「自由と自立」についてです。
仰々しいタイトルで申し訳ありません(笑)。
私も旅が好きで(沢木耕太郎タイプでした)、これまでにヨーロッパやアジアの国々を旅した経験があるのですが、旅を通して「英語を勉強したい」という思いが強まり、海外へ留学したいと考えるようになりました。
私は現在23歳のフリーターなのですが、いまだに実家暮らしで、両親の世話になっている状態です。
親元を離れて独りで生活したいと思う反面、留学に必要な資金の確保のことを考えると、なかなか踏み出すことができないでいます。
旅をすること、留学すること、自由な生き方をするということは大変魅力的であり、私の夢でもあるのですが、人の世話にならなければ実現できないような夢であれば、それはただの「ワガママ」であって、得られるものも少ないのかなと思います。
自立して、苦しい思いをしてでもやってやると思えるぐらいでなければ、諦めたほうがいいのかなと思います。
しかし一方で、そんなに気張る必要もないのかなとも思ってしまいます。
挫折してしまったり、実現するまでに時間がかかりすぎるぐらいなら、人に頼るという選択も間違いではないのではないか?
結局無理だったと後悔するぐらいなら、人に甘えてでもやってしまったほうがいいのではないか?
いち早く夢を実現し、成長を遂げたあとで、お世話になった人に恩返しをすればいいのではないかという考えです。
三井さんは、「自由」な生き方をするにあたって、「自立」というのは不可欠なものだとお思いですか?


■ 三井の答え

 僕が通っていた中学校の校訓は「自主自律」というものでした。公立中学なのに制服がなくて、生徒はみんな好きな格好で通うという全国的にも珍しい学校だったので、この「自主自律」という言葉にもそれなりのリアリティーがあったのですが、それにしても難しい言葉ですね。主体的に自分を律する。そんなもの中学生に求めるのは無理だろうってぐらい。
 でも、そのような高い理想を掲げているというのは、それほど悪いことではなかったと思っています。少なくとも「学校の決めた規則は何が何でも守れよ」みたいなくだらない建て前を押しつけられるよりは、ずっと良かった。
 ・・・というような思い出話から始めたのは、あなたの質問がとても難しくて、その難しさを考えるうちに中学校のことを思い出したからです。「自主自律」も「自由自立」も本質的な意味は同じようなものだと思いますから。

 自由を得るためには、もちろん自立は不可欠です。この二つは切っても切り離せない。なぜなら「自由」という言葉の中には「自由な行動に対する責任」が含まれているからです。自分の足で立っていない人間が(つまり自分で責任を取れない人間が)、自由だけを取りだして語ることには無理があります。それはひとつの軸で結ばれた車輪の片一方を外して走っているようなものなのです。
 そうは言っても、自分の二本の足でしっかりと立つというのは、簡単なことではありません。僕は今33歳ですが、この年齢になってもまだ経済的な見通しを立てるのは至難の業です。「今何とか写真家としてやっているんだから、これから先も何とかなるんじゃないか」というようなあやふやな立場なのです。
 そんな状態でもわりに平然としていられるのは、僕が楽観的かついい加減な性格だからなのでしょう。まぁ、あまり自慢できることじゃありませんが。

 僕はここ最近バイクを借りて旅することが多いのですが、実はバイクの修理が全くできません。パンクを直すことすらできないのです(原理はわかりますが道具を持っていません)。
 それでベトナム最北部とか、アチェ州の山の中とか、東ティモールとか、かなり辺鄙なところに出かけていくわけだから、無謀といえば無謀です。「途中で故障したらどうするんだ?」と聞かれることもあります。
 でも、案外何とかなってしまうものなのですね。パンクしたら近くに修理屋が見つかるものだし、事故ったとしても必ず誰かが助けてくれる。そう信じているし、実際にそうなったのです。
 最悪の状況を考慮に入れて、常に万全の準備をして臨むのが本格的な冒険だとしたら、僕の旅はその対極にあるものです。いつも偶然の出会いに助けられてきたのです。あるいはその偶然性を楽しんでいるのです。
 その体験が、僕の楽観的な性格を強化する方向に影響しているのは間違いありません。なんくるないさー(なんとかなるさ)が合言葉のようになっているのです。

 あなたの場合には、どうも「自由な生き方」を観念的に捉えすぎていて、それに振り回されているように思います。あなたが本当にやりたいこと、実現したい夢があるのなら、それを実現できる現実的な方法を探るべきです。「挫折したらどうしよう」とか、「実現するまで時間がかかりすぎるのならやめておこう」とか、そういうことを考えていると、いつまで経っても行動は起こせません。
 頼れる人がいるのであれば、頼ればいいと思います。「自立」というのは、なにも「誰にも頼らずに自分一人だけの力で立つ」という意味ではありません。「自立」と「孤立」は違うのです。多かれ少なかれ、人はみんな支え合っているものですからね。
 しかしさっきも言ったように、「自由」という言葉の中には「行動に対する責任」が含まれていますから、誰かに完全に依存してしまうのは、逆に自由な生き方を遠ざける結果になってしまいます。

 僕も20代前半の頃は、大いに迷っていました。だから変な言い方かもしれませんが、あなたには「大いに迷ったらいい」と言いたいのです。
 様々な葛藤をくぐり抜けることは、きっと今後の人生において何らかの役に立つはずです。
 迷うことを恐れないで、一歩前に進みましょう。


■ 質問を募集しています!

 「旅の質問箱」では、みなさんからの質問を募集しています。件名に「質問」と書いて、三井までメールでお送りください。
 旅に関する質問や、写真に関する疑問、旅にも写真にも関係のない質問でも、幅広く受け付けています。
 なお、最近すでに「質問箱」の中で取り上げた質問を送ってくる人が増えていますので、新規の質問を送る際には、過去の質問に一通り目を通してくださるようお願いします。

作者:tabisora

更新日:2008年7月21日 14時41分

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ブログのデザイン変更

 久しぶりにブログのデザインを変えてみました。
 元のデザインがあまり気に入っていなかったので、「いつか変えなければ」と思っていたのですが、ずるずると使い続けていたのでした。
 ライブドアのブログというのは、デザイン的にイマイチのスキンが多いのですが、これはなかなかいいですね。過去のアーカイブもすぐにチェックできるし。ただ、無料版だと、うざったい広告が勝手に挿入されるのが難点です。

 それから、「たびそら」のフォトギャラリーに「Best Smile」を追加しました。2001年から2008年までの写真の中から、「ベストショット」と言える作品だけを選びました。
 こうやって通して見ると、この7年のあいだに僕の写真の撮り方や撮影対象が大きく変わったことにあらためて気付きます。

 皆さんはどう感じますか?
 ご意見を聞かせくださいね。

作者:tabisora

更新日:2008年7月16日 15時44分

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友情にひび入る前にGmail

「三井さんって、ずっと私に腹を立てているんだと思ってた」
 久しぶりに会った友達に、そんな風に言われてびっくりした。
「え? どういうこと?」
 僕はきょとんとして聞き返した。
「じゃあ、やっぱり届いていなかったんだな、あのメール。あぁ、よかった。私てっきり三井さんを怒らせたんだとばかり思ってたんだ」

 Sさんが僕にメールを出したのは、今から5ヶ月ほど前のこと。そこには、その前に僕が出したメールへの異論(本人曰く、ただの御託)がつらつらと書かれていたらしい。
「ほら、メールでのコミュニケーションって顔が見えないから、余計に相手を怒らせるってことがあるでしょう? 私は研究者だから、メールで議論するようなことに慣れているんだけど、それが通じない相手だっているわけで。そういうことを考えずに、あんなメールを送ってしまったって、ずいぶん反省したんだから・・・」
 反省した彼女は、そのあとで『あんなことを書いて怒ってる?』という探りのメールを僕に送ったという。しかしそれに対しても返事がなかったものだから、『これは完全に怒っているんだ』と思ってしまったのだ。

 しかし、この二通のメールはどちらも僕の元には届かなかったのである。だから返事が出来るはずがなかったのだ。
 数ヶ月の時を経て、僕の方からメールを送ったことではじめてこの誤解が解けたのだけど、このままずっと連絡を取らなかったら、「三井というのはなんて偏狭な男なんだ」という実に後味の悪い印象を残したまま、Sさんと僕が疎遠になっていた可能性だってあった。
 いやぁ、恐ろしい。

 ちなみに、Sさんがあとで再送してくれたメールに書かれていたのは確かに異論が書かれていたけれど、気分が悪くなるような要素は少しもなかった。それなのに、ただ「返事がない」というだけで、あらぬ誤解を招いてしまう。
 メールでのコミュニケーションがいかに不完全で脆いものかを思い知らされた出来事だった。


 原因はスパムフィルターなのである。
 Sさんのメールはスパムメールだと判断されて、僕の手元には届かなかった。そう考えて間違いない。
 最近、大事なメールが届いていない気がするというあなた。相手への大事なメールが届かないなぁと思っているあなた。悪いのはスパムメールと、スパメールをはじくフィルターなのですよ。だからスパム対策を見直してくださいよ、というのがこのトピックの趣旨である。

 僕はホームページなどに自分のメールアドレスを公開しているから、スパムメールの山が毎日届いている。年々、その数は増え続けていて、今では一日に300件のスパムが届くという有様である。
 これはなんとか手を打たないといけないと、自動的にスパムメールかどうかを判別してくれるソフトを導入したこともある。「マカフィー」というウィルス対策ソフトだったが、これが使い物にならなかった。スパムをはじく率は高いのだが、スパムではない大事なメールをスパムだと判断するミスも多かったのだ。
 ヤフーメールのスパムフィルターも、機能的にはイマイチであった。実際、Sさんを「反省」に追い込んでしまった例のメールも、ヤフーのスパムフィルターによって「こいつはスパムだ」と判断されてしまったのである。

 この厄介な問題を解決してくれたのは、Gmailだった。
 GmailとはGoogleが提供している無料メールサービスだが、このスパムフィルターはものすごく優秀なのである。ほんと、他社のフィルターとは精度が一桁も二桁も違うのだ。
 スパムメールを99%はじいてくれるのには驚かないが、スパムではないメールをスパムだと判別するミスがほとんどない。これには本当に感心させられる。1ヶ月のあいだに起こった判別ミスは1通あるかないかぐらいだし、それも適切にフィルターをかけることによって、大部分があとから発見することが可能なのだ。

 Gmailのスパムフィルターは、今使っているメールアドレスを変更することなく使うことができる。今のメールアドレスからGmailに「転送する」ように設定すればいいからだ。メールアドレスを複数持っている人もOK。Outlook Expressのようなメールソフトを使ってメールを読むこともできる。

 みんながGmailを使うことによって、僕とSさんが被ったような「無用な誤解」はかなり防ぐことができると思う。
<友情に ひび入る前に Gmail>
 ってな標語はどうでもいいんですが。

 この「Gmail」と「新生銀行」と「クロネコヤマト・メール便」は、僕が自信を持ってみなさんにお勧めできる優秀なサービスである。残り二つについては、また別の機会に紹介したい。

作者:tabisora

更新日:2008年7月14日 23時38分

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帰国報告会@大阪が終了しました

 7月6日に大阪・森ノ宮で行われた帰国報告会は、30名の方に集まっていただき、盛況のうちに終了しました。
 今年は、東京と大阪で合計4回の講演を行ったわけですが、日によってお客さんの反応が微妙に違っていたのが印象的でした。雰囲気というか、空気というか、そういうものがちょっとずつ違うのです。

 僕のトークは、別に落語や漫才ではないので、笑いの渦が起こるというものではないのですが、それでもそこかしこに笑える要素を盛り込んでいます。それがこちらの思惑通りに、あるいはそれ以上にウケると、話している方もどんどん調子に乗ってきて、予定していた以外のネタを披露することになる。話し手と受け手との相乗効果っていうんでしょうか。そういうものがトークライブの面白さだなぁとあらためて感じました。
 これからも一生懸命「話芸」を磨いていきますので、どうぞよろしくお願いします。(ええ、もちろん本業の写真の方も頑張りますよ)


大阪での「帰国報告会」で喋る三井です。


今回も幅広い年齢層の方に集まっていただきました。


<参加者の感想>

今回初めてでしたが2時間半あっという間で本当に楽しめました。また次回も参加したいです。

日本でこれだけ海外旅行が普通のことになってきて、テレビカメラが世界中の小さな村や少数民族を撮影するようになった時代なのに三井さんの写真は新鮮で人が生き生きしていて刺激がいっぱいです。
特にバングラデシュだったと思いますが日本人が珍しくてコワモテの現地人に取り囲まれた話や、携帯のムービーで三井さんの食事風景を撮っていた話、面白かったです。
いつも「なんでこんなに人がいい顔して写ってるんやろう?」とずっと思っていましたが、報告会の質問があった時に「子供達がカメラから逃げるのも寄ってくるのもコインの裏表」って話されていたのは印象的でした。

私が三井さんの写真集「アジアの瞳」に出会ったのは1年位前で、いつも通っている美容院に置いてありました。パーマがかかるまでの間、何気なく見ていたのですが、子供達の表情からオーラが出ていて、見た後に元気をもらった感じだったので「この写真集欲しい!」と思いました。
といっても、その後シャンプーやらブローやらしているうちにタイトルを忘れてしまって・・・。

月日は流れて最近あるテレビ番組で、「カンボジアに学校を建てよう」というプロジェクトがあって、そこに出てきたカンボジアの子供達の顔を見て、またその写真集を思い出して、表紙の青い服の女の子を手がかりに探すと意外とすぐに見つかりました。
そこから「たびそら」のHPを知って帰国報告会に辿り着きました。

三井さんは写真集からすると同じ年なのでこれからもますます頑張っていい写真を撮って欲しいと思います!
私も東南アジア一人旅を考え中ですが、「ナンキンムシ」の話で、しょっぱなからビビっています。
(柿崎さん)

作者:tabisora

更新日:2008年7月10日 18時32分

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「スマイル・シャッター」なんて要らない?

 富士フイルムのサイト「顔ラボ」に、写真に写った顔の「笑顔度」を判定してくれるというアプリケーション「スマイルチャンプ」が登場したというので、さっそく試してみることにしました。

 使い方は極めて簡単。「アップロード」ボタンを押して、笑顔度を判定したい写真(Jpegファイル)を転送するだけでOKです。あとはコンピューターが自動的に「どの笑顔がいいか」を判定して、ランキング表示してくれるのです。

 僕が今までに撮った、笑顔写真もこのソフトにかけてみることにしました。
 その結果は・・・


・この「東ティモールの子供たち」では、左から三番目の子が1位で、一番手前で満面の笑みを浮かべて親指を立てている子が3位という、ちょっと不本意な結果でした。



・この「ミャンマーのBigSmiles」では、一番笑っていると思われる中央の子が、判定の対象外になってしまうという意外な結果でした。この技術、まだまだ改善の余地ありってところでしょうか。
 でも、画像の中から人の顔だけを選び取るのは、まず間違いなくやってくれるし、それだけでも十分にすごいなぁと思います。


 コンピューターが笑顔を自動的に判定してシャッターを切ってくれる「スマイル・シャッター」の技術。ソニーをはじめとして各社のコンパクトデジカメに競って搭載されていますが、流行のひとつとして終わってしまうような気もします。
 ガジェットとしてはすごく面白い。みんなが集まるシチュエーションで盛り上がれるネタを提供してくれそうだし。
 でも結局、何度か使ったら次第に飽きてくるだろうし、みんな「やっぱり自分のタイミングでシャッターを押した方がいいな」ということに気付くんじゃないでしょうか。

 今から10年ぐらい前、喋った言葉がそのまま文章になるという「音声入力」が流行ったことがありました(覚えていますか? 香取慎吾君の「声でアプティバ」)が、あれなんかも「手で打った方がずっと速い」ってことにみんなが気付いて、一気に廃れてしまいましたね。

 もし、僕が使っているカメラにこの機能が搭載されたとしても、たぶん使わないだろうと思います。
 本当にいい笑顔を撮るためには、「いい笑顔だ!」と認識してからシャッターを切る、というのでは遅いのです。カメラにはタイムラグというものがあります。人の表情は移ろいやすく、特に子供の顔は変わりやすい。今そこにある笑顔が、0.5秒後にもあるとは限らない。
 だからある程度予測してシャッターを切らなければいけません。野球のバッターが、ボールがベースを通過する前にバットを振り始めているのと同じです。

 繰り返しますが、ガジェットとしては面白いですよ。僕はこういう「遊び」の技術を真剣に開発している、ソニーとか富士フイルムのエンジニアの心意気が大好きです。
 でもまぁ正直に言って、「笑顔の判定ぐらい機械じゃなくて人間にやらせてくれよ」と思ったりもするのです。

 笑顔には言葉はいりません。ロジックも必要ない。
 言葉を超えた人類共通のコミュニケーションツール、なんですからね。

作者:tabisora

更新日:2008年7月4日 11時46分

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なぜバックアップを取っていないパソコンは壊れるのか?

 最近流行の新書風のタイトルにしてみました(笑)。
 でもこれ、本当なんです。
 バックアップを取っている人のパソコンは壊れないし、取っていない人のパソコンは壊れてしまう。どういうわけか、そうなんです。マーフィーの法則みたいだけど。

 先日、6月20日から三日間連続で行った「帰国報告会@東京」でも、バックアップに関する質問が何度か出ました。
 僕は一回の旅で5万枚近い写真を撮っていますから、もちろんバックアップには大変気を使っています。パソコンやカメラは壊れても仕方がないし、いつか壊れるものだろうと思っているのですが、写真のデーターだけは何が何でも守りたいのです。

「ハードディスクは壊れるもの」
 これがバックアップの基本中の基本です。これは旅に持って行くノートパソコンであっても、家のパソコンであっても変わりません。「高密度の磁気ディスクを猛烈なスピードで回転させて、その上の磁性体を並べ変える」という仕組みを持つハードディスクという代物は、数年も使ううちに「へたってきて」壊れやすくなるという性質を宿命的に持っているのです。
 だからそんなものを信用してはいけない。

 それにパソコンだってカメラだって、旅先で盗まれる可能性は大いにある。誰が見たって「これは高価なものだ」とわかりますからね。
 帰国報告会に来てくださった人の中にも、「旅の最後にパソコンを盗まれてしまって、それまで撮った写真データーが全部なくなってしまった」という深刻なトラブルに見舞われた方がいました。しかもそれは仕事で行った取材旅行だったというのです。(しかし彼女はそれを口実に二度目のバリ旅行ができたと笑顔で語っていたのですが・・・まぁそれはそれとして)

 とにかくハードディスクというものは信用できません。
 だからこそ、DVD-Rに記録するというプロセスが欠かせないのです。
 僕はデジタルカメラのメモリーカードのデーターを、毎日ノートパソコンに移しています。そしてそのデーターを逐次DVD-R2枚にコピーしています。
 2枚のディスクのうちの一方はバックパックの中に入れてずっと持っていますが、もう一方のコピーはある程度の枚数がたまると日本に送ってしまいます。こうすることで盗まれたり壊れたりして「全てを失ってしまうリスク」はかなり軽減されるはずです。

 これが何年にも渡る旅の中で、僕が辿り着いた「リスク回避術」です。
 幸いにして、僕はこれまでにパソコンやカメラが壊れたり盗まれたりしたことはありません。でも、これから先も無事でいられるとは思っていません。こういうのは運、不運の問題だからです。いつなんどき不運が襲ってくるかわからない。そう思っています。

 でも冒頭にも書いたんだけど、「パソコンがいきなり壊れた」「データーが飛んじゃった」と言う人の話をよくよく聞いてみると、バックアップを取っていない例がほとんどなのです。
 バックアップをしつこく取っている人のパソコンは、どういうわけかあまり壊れない。だから「備えあれば憂いなし」という言葉は真実だなぁと思います。真に憂うべき事態というのは、備えのない人のところに襲いかかってくる。どうやら世の中にはそういう法則があるようです。

 バックアップについて考えが及ばない人は、そもそもパソコンに不慣れだから、取り扱いが粗雑だったり、操作ミスをしやすいから、パソコンが壊れやすい。そんな風にも考えられますが、はっきりした理由は不明です。

「へぇ、そんなもんかなぁ・・・」
 なんて呟いているあなた。そこのあなたですよ!
 バックアップ、ちゃんと取った方がいいですよ。

作者:tabisora

更新日:2008年6月26日 17時26分

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「スマイルプラネット」が刷り上がりました

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東京ミッドタウンの「デザイナーズ・フリーマーケット」に出店します

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写真家になるには

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それでも彼は旅に出る

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次回作の題名は「スマイルプラネット」

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インドネシアで無免許運転

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8月19日は「バイクの日」

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次回作の出版が決まりました

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旅の質問箱「値切り交渉術について」

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旅の質問箱「自由と自立について」

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ブログのデザイン変更

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友情にひび入る前にGmail

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帰国報告会@大阪が終了しました

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「スマイル・シャッター」なんて要らない?

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なぜバックアップを取っていないパソコンは壊れるのか?

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