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トップ > ボンベイ > ボンベイ - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年11月19日 10時)

コンゴ政府軍兵士・東コンゴで敗走

士気を阻喪したコンゴ民主共和国兵士は11月18日に
ツチ族反乱軍を恐れ 逃げ出した。
国連では兵力投入について議論されている。
政府軍兵士は 臆病で ただ逃げるだけ。逃げながら 
強姦し、略奪している。
ドイツのKoehler大統領は 国連軍に兵士を送る
ように欧州諸国に呼びかけた。
国際刑事裁判所は1月にコンゴ民兵の指導者 
Thomas Lubangaについて審理する。彼は 
2002年から2003年まで コンゴ東部に子ども兵士を
投入した。彼は 子ども兵士を使ったことについて 
国際法廷で審理される最初の被疑者である。
彼はすべての非難に反論している。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,3803596,00.html

作者:jtw

更新日:2008年11月19日 10時50分

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亡命チベット人の会議/中国との関係について

ダライラマの対中国政策を 若い亡命チベット人は 失敗だと
見なしている。
今 新しい戦略が協議されている。しかし どんな行動を
選ぶか、選択肢は あまり無い。
11月17日に北インドのDharamsalaに数百人の
亡命チベット人が集まり、新しい政治戦略を協議した。
22日に閉会する。ダライラマはこの会議を招集したが、
参加はしていない。
特に「チベット青年会議」Tibetan Youth Congressは 
ダライラマの主唱した チベット自治と非暴力について 
批判している。
デリーで Heinrich-Boell奨励金のために 経過を
観察しているTshering Chonzonは この会議を
「チベットの離散者の民主的発展への一里塚」と評価している。
今までの北京との8回の対話の結果、何も変わら
なかったので これ以上北京と対話するか どうか 
分からないという意見も 亡命チベット人の中には 出ている。
ダライラマが死んでも チベット問題は消えない。ダライラマの
亡き後に もっと大きい対立が起きるだろうという意見もある。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/online/2008/47/tibet-exil-china-konferenz

作者:jtw

更新日:2008年11月18日 18時16分

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英国ジャージー島の児童施設地下の捜査結果

チャネル諸島のジャージー島(北フランスの沖にある)の元養護施設
の地下室を警察は捜査していたが、驚くべき転換があった。
そこで子どもが殺されていなかったことが分かった。
発見された骨は獣の骨であるか、何百年も前の骨だった。
地下に拷問室があったという証拠も見つかっていない。
しかし1960年代からの児童虐待と拷問についての
報告はさらに調査される。

地下室に骨が見つかってから 当時の児童養護施設は
残酷な児童虐待の舞台として 世界中の新聞に報じられた。
当時の入所者150人は 職員により 性と酒の宴会、
少年・少女への強姦や殴打、冷水につける
拷問について報告した。

地下室で死んだと言われる子どもについて 
当局は建築物の基礎まで 詳しく調べた。その結果、
殺人や拷問用地下室があったという証拠は
見つからなかった。
元入所者の大半は島を離れている。
今までに3人が告訴した。
下記サイトから:
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/1/0,3672,7409857,00.html

作者:jtw

更新日:2008年11月17日 18時40分

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麻薬手入れinベルリン

260人の警官と麻薬捜査犬による 麻薬手入れが
11月14日に ベルリンで行われ 麻薬販売業者と思われる
11人が逮捕された。
様々な武器、コカイン250グラム、アンフェタミン9.5キロが見つかった。

下記サイトから:
http://www.n-tv.de/1054175.html

★コカインは1g 3~5万円だそうで、250gだと
750万~1250万円。
アンフェタミンgは1g 10万円くらいで、9.5kgだと
95億円??

作者:jtw

更新日:2008年11月16日 14時28分

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ドイツ人とチベット/産経新聞 連載「ベルリン物語」

2008年11月14日から 抜粋:

ドイツ人とチベット

 ベルリンの東洋美術館で ベルリン自由大学の
ヨルク・アイヒラー教授主宰の「チベット写真展」があった。
教授が2004年と06年にチベットを訪問した際に撮影し
たスライド写真約130枚が披露された。

 ドイツではチベットヘの関心が非常に強く、
ダライ・ラマ14世が5月中旬にベルリンで演説した際に
約2万5000人が押し寄せたほどだ。
 ドイツ人がチベットになぜこれほど関心を寄せるのか、
いつも不思議でならなかったが、写真展に来てい
たある女性建築家の話を聞いて、少し納得した。
彼女いわく
「ナチスの″過去″をもつドイツ人は戦後、暴力に極端に
敏感となった。仏教は平和のシンボルとして映っている。」

 メルケル首相のチベット政策にも力がこもっており、ダライ
・ラマが昨秋、ベルリンを訪問した際には中国の意向を無視し
てドイツ首相として初めて会談した。独裁国家の旧東ドイツで
育ち、人権侵害を容赦できないという首相の独自の哲学に基づ
家の話を聞いくことは言うまでもないだろう。

ナチスと旧東独--.ドイツではチベット問題を語るときですら
2つの″過去″を抜きにできないのである。 (黒沢潤)

作者:jtw

更新日:2008年11月15日 19時8分

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白熊クヌートの飼育係トーマス・最良のベルリン人に選ばれる

ドイツのメディアBildの読者の投票によると 飼育係トーマス 
デルフラインさんが 全投票数の36%弱を獲得し、
ベルリン史上 最善のベルリン人に選ばれた。
第2位は Ruepel-Rapper Bushido(30歳)、第3位は
天才アルベルト アインシュタイン(1955年没)。

(ブログ管理人の蛇足:
Bildは 見れば分かるように 
あまり お上品なメディアでは ないです)

トーマスさんは1963年にベルリンの労働者地区に生まれ、
ベルリン動物園の飼育係として修行し、猿・猛獣・
アルプスの岩間に住む野生ヤギの世話をした。
1987年に熊の担当になった。
2006年12月5日に白熊が双子を産み 母親は
養育を放棄した。トーマスさんは生後5時間で
赤ちゃんを巣から取り出し、世話を始めた。
双子のうち一匹は死に、クヌートは保育器の中で
生き残り トーマスさんの手で育てられた。
トーマスさんが赤ちゃんのクヌートと檻の中で騒ぎ
回るのを見て 何百万人のベルリン人は喜んだ。
人々は 赤ちゃん熊の不器用な動きに引きつけられた 
だけでなく、飼育係の献身的な何ヶ月もの
尽力に感嘆した。
下記サイトから:
http://www.bild.de/BILD/berlin/leute/2008/11/14/thomas-doerflein/gewinnt-bild-de-voting-wer-ist-der-beste-berlilner.html

作者:jtw

更新日:2008年11月15日 18時50分

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白血病の少女・心臓移植手術を拒否in英国

Hannaは 手術も治療も入院も もう嫌だ。家で死にたい。
強い薬は白血病を抑えるが 副作用で心臓に穴があいた。
心臓移植をしなければ この子は死ぬ。
病院は悪い時期のことを思い出させる。病院にいるのは 
飽き飽きした。手術しないことで 寿命が短くなってもいい。

裁判所は彼女に 権利について話した。
13歳でもう 直ぐ死ぬと知ってしまうのは 辛いが 
それが一番いいと思っている。
両親にも 辛いことだけれど 彼女の決定を支持している。
医師は両親から Hannaの養育権を取り上げて
心臓移植しようとした。彼女と病院が話し合い、
病院に譲歩させた。
移植された心臓について拒絶反応を弱める薬が 
白血病を促進してしまう危険が 高いので 少女は
移植を拒否することにした。
彼女の最後の望みは フロリダ州Orlandoの
ディズニーワールドへ行くことだ。けれど 4歳と11歳の
彼女のきょうだいと両親とで フロリダへ行く旅を
保証してくれる人はいない(あるいは 
「この旅行に保険をかけてくれる保険会社はない」?)
下記サイトに動画もあります:
http://www.bild.de/BILD/news/vermischtes/2008/11/12/hannah-jones-sie-will-sterben/herztransplantation-abgelehnt.html

作者:jtw

更新日:2008年11月14日 12時28分

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「白衣の麻薬販売員」という糾弾inドイツ(下)

Peter Scherlerは健保の虚偽申請と清算を調査する
グループの責任者で、捜査についても検察庁を
支援している。

代替薬の分野には 他のどの医学分野におけるよりも 
多くの規制があるので、実地で その要請に
応えることは ほとんど できない。

既述の二人の医師は「社会的任務を引き受け、
一生懸命働き、そして犯罪者とされ、公的な筋
から絶縁された」とFredrich夫人は言う。Fredrich医師は 
夜も週末も患者に問題があれば出掛けていた。

Foellmer医師も 患者のために 心身をすり減らした。
52歳だが 15歳は老けて見える。裁判の前に
精神的にボロボロになり 病院へ行った。
彼の弁護士は 全面的自白と引き換えに4年の
拘置にするよう 検察と交渉している。
彼はすべての患者のために治療計画を作り、
既往症を記録していた。法律家は医師ではないのだ。

Fredrichは「なんら やましい ところは 無い」と
言っている。メタドンを売っていないし、誰をも依存症に
していないし、患者に障害を負わせたのでもない。
必要なら 連邦憲法裁判所に申し立てるつもりだ。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/46/Methadon?page=2

作者:jtw

更新日:2008年11月13日 14時40分

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「白衣の麻薬販売者」という糾弾inドイツ(上)

麻薬中毒の患者をメタドンMethadonで治療した 
ニーダーザクセン州の医師(複数)は 法に触れそうな
ギリギリの医療行為をした。
Michael Foellmerは著名な一般医であるが、
犯罪者だという判決を下された。彼はヘロイン中毒者に
ヘロインを止めさせたいと思い できるだけのことを
したかった。4年間の拘留の理由は:
麻酔薬の引渡し、理由付けのない治療、過大な
投薬量であった。
彼の友人、同じ町の家庭医 Malte Fredrichも
法廷に立たねばならない。Follmerと同じように 
ヘロイン中毒者に代替麻薬(メタドンと他のアヘン剤)を
処方した。中毒者がそういう薬を飲むと、体はヘロインを
求めなくなり、患者は殆んど普通の生活を送れる。
仕事にもいける。友人や身内にとっても頼り
になる人になる。
メタドンを処方することにより、麻薬入手という犯罪を防ぎ、
麻薬による死を減らせる。ドイツでは約65000人の
ヘロイン依存症者がメタドンの処方を受けている。
アヘンの処方は厳しく規制されている。
上記の医師は 継続教育を受け、専門誌を読み、
他の医師とも相談して 医療行為をしてきた。法律を
守ろうと努力した。しかし医師は法律家ではない。
だから 犯罪人にされた。
田舎では交通不便のため 患者は毎日 医院に
来られるわけではないから メタドンを数日分 
渡すことは普通だ。

Malte Fredrichは 3週間 調査のため拘置され、
健康保険の取り扱い認可も取り消された。
代替薬を処方する医師は ニーダーザクセン州に他にもいる。
(続く)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/46/Methadon?page=1

作者:jtw

更新日:2008年11月12日 20時41分

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アフリカの母さん・南アフリカのMakeba イタリアで死亡

市民権運動家でもあった歌手Miriam Makebaは 南イタリアで
11月9日(日曜)に公演中に心筋梗塞で倒れ、
救急車で運ばれ 76歳で急逝した。

人生を歌と自由と民族間意思疎通のために捧げた。
高校生の時からプレトリアで歌っていた。
アパルトヘイトのため31年間を 故国を離れて 過ごすことに
なり、60年代から アフリカ音楽を西側で歌ってきた。
ジャズと抵抗と民俗音楽の混ざった音楽だった。
1959年に記録映画制作者 Lionel Rogosinが
ベニス映画祭に参加するように 彼女を誘った。その後 
南アフリカに戻ることが許されなくなり、ロンドンに留まった。
そこでハリー ベラフォンテが彼女の才能に注目し、
後にアメリカで活動する契機を与えた。ベラフォンテとは
共に公演した。
亡命生活を始めて7年後にPata Pataという世界的
ヒットに恵まれた。
1968年にアメリカを離れ、ギニアに住むことになった。
ギニアでは外交官パスポートを受けた。やっと1990年に 
故国に戻ることを許された。アパルトヘイトが崩壊したのだ。
下記サイトから:
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/13/0,3672,7401901,00.html

作者:jtw

更新日:2008年11月11日 15時37分

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「秋津野ガルテン」に近畿経済産業局長が感謝状

田辺市上秋津野のガルテンは 廃校になった小学校の
木造校舎を農業体験施設として再生したもの。

同施設の運営会社には地元農家らが出資し、運営も
近隣の人々が協力して行う。
施設は ドイツの貸し農園付き宿泊施設を真似た。
木造の古い校舎は耐火構造にして改修し
「交流施設」を設置した。旧校庭には32人が
泊まれる宿舎を新築し、11月1日に開業した。
 
朝日新聞 2008年11月11日 和歌山版から抜粋。

作者:jtw

更新日:2008年11月11日 15時14分

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イタリア・ランペドゥーサ島から「国境なき医師団」撤退

同島はシチリア島とアフリカの中ほどにある。
アフリカから毎年数万の難民が来る。今まで 難民は
到着後に「国境なき医師団」の手当てを受けていた。
しかしイタリア内務省は医師団との協定延長をしないので、
医師団は10月末で 活動を中止しなければならなくなった。

医師団は応急手当と 重症患者の収容所への移送を
していた。移動治療車は港にとまり、医師・看護師・通訳
は岸壁に待機していた。

今年既に3万の難民が同島に着いた。難民は増えている。
そのうえ 段々と 難民の状態は悪くなっている。
多くは体温が下がり、火傷を負い、脱水状態にある。
乗ってくる船も小さくなり、旅も長くなり、危険は
増えている。妊婦も増えてきた。
港での専門家による 応急手当が必要だと医師団は言う。
内務省がなぜ医師団との協定を延長しないのか 
回答はない。医師団は困惑している。
医師団は無償の活動をしているので 政府の決定に
従わなくても いいが、港は軍事施設であり、許可なく
立ち入ることはできないし、医療行為は政府との
協定が必要だ。
島の医療基盤は不十分だ。病院も無く、X線装置もない。
島の市長は医師団の駐在は絶対 必要だと言う。

下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/ausland/lampedusa106.html

作者:jtw

更新日:2008年11月10日 12時52分

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エイズ薬・証明書なく売れずinコンゴ

戦乱のコンゴでドイツ人兄弟 Dick と Michael Gebbers
は製薬会社を経営している。重要だとされる証明書を
作れないのでエイズ薬を売ることを許されない。

コンゴのBukavuに戦闘はない。しかし北Kivuの戦争は
南Kivu県の中心都市にも及んだ。だから北から物を
運べない。マラリア薬も搬出をまっている。
この会社の別の薬、エイズの薬は 戦争のせいでなく、
お役所仕事のために患者に届かない。3年後に
この薬は製造中止される。証明書を作れないのだ。

東コンゴで再び 戦争が起こり、人道的大惨事が再発した。
難民の流出は止まらず、人々は飢餓と伝染病の
危険に曝されている。兵士は女性を強姦し、エイズを
広める。だからエイズ薬が望まれるが 空港は使え
ないので送れない。

この会社の経営者は 専横と暴力と 戦争の様々な
派閥との付き合いを2005年から してきた。
Bukavu市は Kivu湖の岸にあり、難民と大量虐殺者
の避難所になっている。
会社の薬草栽培地は湖の両岸にある。
2004年に反乱軍は コンゴのツチ族を ルアンダのフツ族
から守るという理屈で、Bukavuへ侵攻し、民兵による
大虐殺がおきた。薬会社の社員は 家族が殺され 
強姦されるのを見て、今もトラウマをもっている。
この会社は年10万トンのキニーネ塩を生産する。
マラリアの薬の原料だ。世界市場で30%を占める。
そのうち40%はBukavuでマラリア薬に加工される。
後は輸出される。
60万人の人口のこの町で 社員は1800人いる。

会社はエイズの安い薬も 国内市場のために作った。
その薬は 会社の付属診療所で だけ使われた。
薬の有効期限が切れ、償却処分しなければならなく
なった。全国に600万人のHIV感染者が居ると言うのに。
「事前鑑定証明書」が無いという理由で 使われない
うちに有効期限が切れたのだ。
その証明書を作るには 百万ドルかかり、薬の価格は
高くなり、競争に参加できなくなる。このエイズ薬は
 タイの女性 Krisana Kraisintuが発明した。他の
薬よりも安いうえ、他に薬を飲まなくても済むものだった。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/46/M-Aids-im-Kongo

作者:jtw

更新日:2008年11月9日 19時22分

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アクセス異常増加はgigazineのせい

gigazineというメディアに また中国の大気汚染の
カキコミ(2年くらい前に書いた)が引用されたらしく、
普通の日の5倍くらいアクセスが増えました。

普通1日に80人も 読んでくれるというのも 多すぎ
というか 最盛期で会員10人くらいだったし、つぶれる前は
3人しか いなかったので 信じがたく 有難いです。

作者:jtw

更新日:2008年11月9日 7時22分

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肉屋は衰退してゆくinドイツ/ソーセージは将来どうなる?

個々の店にとってでなく、地方の大半の肉屋にとって
ソーセージを作り続けられるかが問題だ。
競争、マイスターの高齢化、肉についてのスキャンダル、
購買習慣の変化のために 多くの肉屋は将来を心配している。
シュトゥットガルトで最盛期に400の肉屋があったのに、
今では50以下になった。
肉屋の衰退の理由は:
買い物を楽しむという傾向が減ってきたこと、
税金の負担、出生率の低下と客の高齢化、
若い人がめったに料理しなくなり、一ケ所で何でも
変えるスーパーで買うこと、など。
スープ肉や ロール巻き肉を注文するような客は
いなくなった。
ドイツの肉屋の売り上げは 去年 約2.5%へった。
調理済みの肉に ソースや付け合わせを一緒に
冷凍した新製品なども発売されている。
下記サイトから:
http://www.stern.de/wirtschaft/unternehmen/unternehmen/:Metzgerei-Sterben-Es-Wurst/644592.html

作者:jtw

更新日:2008年11月8日 19時52分

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ロシア兵に強姦されたベルリンの女性の日記(下)

映画でAnonymaを演じたNina Hossは ロシア人の
同僚から「ドイツ人が私達の祖父にしたことを どう
思っているのか?」と言われた。ロシア兵はベルリンに
着くまで ドイツ兵に荒らされた土地を渡ってきたのだ。
兵士はドイツに恨みをもっていた。

ベルリンの女性には 耐え抜くか、隠れるか、自殺するか
の三つの可能性があった。Anonymaは四番目の
可能性を実行した:積極的になることだった。3回強姦
された後で 食料をもらって 特定の軍人の相手を
することにした。
Ingridの母親もそうすることにした。
しかしドイツ軍の前線にいる夫には わるいと思い泣いた。
こういう事情は 戦後戻ってきた Anonymaの恋人も
理解しなかった。男たちは理解できなかった。
女性は絶望し黙っていた。

1959年にAnonymaの日記の初版がでた。同じ年に 
Kurt Marekが C.W.Ceram という筆名で書いた
本がベストセラーになった。この日記は Marekが
書いた偽書だという噂が流れた。2004年に 
Walter Wempowskiが偽書か どうか鑑定し 
やっと疑いは晴れた。
IngridもIngeborgも Anonymaが偽書だと思った
ことはなかった。映画化されたことによって、多くの
女性が過去と向き合い 魂の重荷を語る勇気を
もてることを 両人は願っている。
映画では 女性がロシア兵に愛情をもつようになると
描かれているが 日記にそんなことは 書かれていない。
愛であることは おそらく ない。同情は ひょっと
したら あったかも知れない。食料が無くなっていく
ことへの悲しみでは あった。
映画化された作品が 何人かの女性が隠された
戦争の経験について語るのに 役に立つなら、
愛情であろうと なかろうと かまわない。
下記サイトから:
http://www.stern.de/unterhaltung/film/:Anonyma-Und/643849.html


作者:jtw

更新日:2008年11月7日 15時36分

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ロシア兵に強姦されたベルリンの女性の日記(上)

第二次大戦の最後1945年にロシアの兵士はベルリンの
多くの女性を強姦した。
その一人Marta H.の日記Anonymaが出版され、
映画化されたので 当時 被害にあった女性の何人かが 
メディアSternに苦悩を語ってくれた。

Ingeborg(83歳)は1945年にベルリンで強姦され 
羞恥心のため誰にも言えないでいた。しかし 
Anonymaが2003年に出版され、やっと他人に語れる
ようになった。
1945年4月11日に息子を産んで すこし経った4月27日
に被害にあった。ベルリンは混乱していて 水道も電気も
なかった。ロシア兵はベルリンに入り、アルコールや女性を
取れるだけ取った。人は地下室や屋根裏部屋に隠れた。

この日記の著者Marta H.はジャーナリストだった。1954年に
英語への翻訳版がでて、1959年にやっとドイツ語版
が出た。2003年に新版がだされた。
今これをMax Faeberboeckが Aimee und Jaguar
という題で映画化した。Nina Hossが主人公を演じている。

Faeboeckは「男は強姦が どういうものか 想像できない
と思う」と言う。しかし この日記のお陰で 強姦が
どういうものか 話してくれる女性が何人か見つかった。
記録映画を作ったHelke Sanderは 強姦された
女性の人数を概算しようとした。その試算によると、
ベルリンで11万人が強姦された。当時 ベルリンの人口
140万人のうちの約8%にあたる。大半は何度も
被害にあっている。
被害をうけた女性の多くは後で 性病になった。
20%は妊娠した。堕胎は許されていなかったが、
黙認された。おそらく千人の「ロシアの子」が生まれた。

Ingrid(71歳)はもう 黙っていたくはなかった。彼女は
1945年に強姦されたのではないが 母親が「自発的に」
ロシア兵の犠牲になった。壁の向こうの物音や 裸に
なったロシア兵は 記憶から消えない。(続く)
下記サイトから:
http://www.stern.de/unterhaltung/film/:Anonyma-Und/643849.html

作者:jtw

更新日:2008年11月6日 17時58分

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トイレの改革を論じる世界トイレ大会開催

26億人がトイレ無しで生きている。世界トイレ機構(WTO)は
この状況を変えたい。水洗方式を止めることを提案する。
多くの国で人々は野外で済ませている。人口密度の
少ない国はこれでいいが、第三世界 たとえばインドの
首都ではトイレがないために多くの病気がおきている。

WTOは毎年大会を開き、排泄物についての技術を論じ、
技術を市場にだしている。
今年の大会は11月4-6日に中国のマカオで開かれる。
WTOの目標はトイレのない26億人の社会を活気ある
市場に変換することだ。
水洗便所は1775年にAlexander Cummingsが発明し、
西側で有力な処理法だが、大半の発展途上国には 
下水道はないから適さない。代わりに 排泄物の
再利用を目指すべきだ。この技術は先進国にも有用だ。
ドイツでも公衆便所は とても満足できる状態ではない。
家のトイレは最善の状態であるが、外出すればデパート
やレストランのトイレを借りることになる。
Johannes Bergmannの開発した新方式のトイレは 
バス停の待合室のトイレとして実際に使われている。
今その90%は水洗だが、水なしの方式が増えるだろう。
東部ドイツと 北ドイツのいくつかの地方では 
人口が減り、浄化システムの維持は もはや難しい。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/online/2008/45/internationaler-toilettengipfel


作者:jtw

更新日:2008年11月5日 16時39分

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白熊クヌートの記念石像

赤ちゃん熊クヌートの飼育係だったトーマス・デルフラインさん
(享年44歳)の墓地に クヌートと狼の石像が 
3ヶ月後には 置かれることになった。
彼はベルリンの動物園で 熊と狼を担当していた。
母親のエーリカさんは毎日 墓参りしている。
トーマスさんの死を惜しむ人たちは墓地に2メーターほどの
木を立て、そこに詩、別れの言葉、写真を架けている。
母親は言う:「お参りしてくれた人の中に 私に気づいて 
言葉をかけてくれる人もいる。ほとんどは女性で、
泣いてくれる人もいる。トーマスは人気があった
のだな~と思うと...」
数日前 母親は動物園から 息子の遺品を受け取った。
作業着、ファンレター、アルバム、誕生日のカード、死亡通知
の他に エルビスのレコードと ギターの楽譜も入っていた。
クヌートの幼かった頃に トーマスはクヌートにエルビスの
曲を弾いてやっていた。
下記サイトに お墓の写真もあります。供えられた花は
たいへんな数です:
http://www.bild.de/BILD/berlin/aktuell/2008/11/03/knut-denkmal/fuer-thomas-doerflein-grab.html

作者:jtw

更新日:2008年11月4日 12時27分

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サウジアラビアの女性

国王は上から国を改造しようと努力している。国王の
課題はソビエトのゴルバチョフのペレストロイカを思い出させる。
サウジアラビアは世界最大の石油埋蔵量をもち、金は
入ってきて、若い人口が増えている。しかし
超保守的なサウジアラビア人は改革を望まない。
サウジアラビアが崩壊するか、近代的な強国になるかは
女性に かかっている。
今まで同国では 女性は公の生活にほとんど
参加できなかった。女性の社会参加が進めば 
進むほど、改革は成果を生む。
外で顔をベールで隠さない女子は増えている。
会議でも男性の中に座り、自分の意見を言う
女性もいる。新聞に女性の顔写真がでるようになった。

サウジアラビアは民主主義ではないが、国王は部族や
国民に助言を求める。

繊維・不動産・食品の販売会社を経営する 
ある人は職員、秘書、簿記係、マーケティング担当者を
求めているが、 サウジには これらの人は いない。
学校も大学も宗教・歴史・文学を教えているだけだ。
経済学や工学を勉強した人が要る。
女性社員を雇いたいが 女性は車を運転することを
許されていないので、女性は家にいるか、大学へ
行っても文学を専攻する。だから パキスタンやエジプトの
女性を雇うしかないのだ。

ソビエトでは技術者と経済学者は たくさん居たが、
腐敗した経済のために 彼らは働く場が無くなった。
一方 サウジアラビアでは 金は あれども、能力の
ある人が少ない。
今 サウジの大学に 男性と同じくらいの数の女子
学生がいる。しかし 卒業して職に就く女性はまだ少ない。

多くの教員はあまり勉強していない。
私立学校では 物理学、情報学、生化学を教える
ところもある。
宗教・文学以外を専攻する女子大をつくる計画もある。
6年前まで 宗教省が 女性の学ぶべきことを
決めていた国で これは革命的なことだ。女子大では 
外国語も自然科学も 勉強されるようになる。
重点は経済学、経営学、法律にある。
一人の女性が平均5人の子どもを産む国が 変わる。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/43/Saudi-Arabien-Frauen

作者:jtw

更新日:2008年11月3日 19時10分

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