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トップ > 日記・コラム・つぶやき > 日記・コラム・つぶやき - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年11月21日 9時)

冬の水仕事

今日の名言 大笑いをするな、多くのことに笑うな、しまりなく笑うな。 エピクテートス『エピクテートス 人生談義』(下) 汲みたての水ほのめくや冬桜 三橋迪子満開という言葉はあまり似合わない冬桜だが、ご近所のそれは日に日に花を増やして咲き続けている。最初の一輪を見てからもうずいぶん経つが、立ち止まって眺めている人はほとんどいない。 白く小さい花は花期の長さも梅に似ているが、まさに〈冬桜野の梅よりも疎なりけり 沢木欣一〉の風情だ。掲出句の背景はそんな冬桜のある庭。ほのめく、という、淡さを思わせる言葉によって、冬桜の静かなたたずまいが思われる。 そう感じてから、あらためて、ほのめくの主語は何かな、と考えると、やはり水か。水がほのめく、とはどんな様子なのか。おそらくこの水は、水道からバケツに汲まれたのではなく、井戸から手桶へ汲み上げられたのだろう。 寒いと、汲みたての井戸水にはわずかにぬくもりが感じられる。外気が冷たければ、はっきりとではないが、なにかゆらゆらとたちのぼるようにも思われる。そんな水の質感が、ほのめく、で表現されているのだろう。 ほのめく、には、ほのかに見える、の他に、ほのかに匂う、の意味もあるというが、この場合は前者と思う。本棚でふと目にとまった濃淡の茶に白のラインが、紙本来の美しさと、なんとなく冬を感じさせる装丁の「俳句歳時記(藤原たかを編)」(2000・ふらんす堂)所載。(今井肖子) 朝晩の寒さは一段と厳しくなる。しかしまあ・・・陽気は一気来るのではなく、寒暖の織り交ぜて除々に寒くなる。手の切れる冷たさを感じる事は、一晩汲み置きした水で、水道の水が温かく感じる初冬である。水仕事をしてもあまり苦にならない。 冬の水仕事といえば、思い出す学校へ行く前の仕事で、縁側を拭き掃除である。今の時期は、まだまだ、良いが正月開けになると、氷が張る。手漕ぎ井戸が凍って、お湯を沸かしてやかんでかけて溶かすのであるが、中々水を汲み上げて出るまで時間が掛かる。しかし、出てしまえば、水は意外と温かい。 水蒸気が立つほどである。しかし、しもやけが中々治らなかったなあ・・・手の甲・耳は、日中になると、痒くて大変であった。                                       

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月22日 5時12分

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なぜ騙されるのか

欲得ずく」「思い込み」が落とし穴である。最近問題になっている「振り込め詐欺」も人間の真理をついた、一種の妄信だ。後ずさりし、また一呼吸し心を落ち着かせ、判断することである。産経新聞web・・・霊視や前世占い、占星術といった「スピリチュアル(精神的な、霊的な)世界」がブームだ。それらを扱うテレビ番組は軒並み高視聴率を獲得し、ベストセラーになる出版物も多い。だが、中には疑似科学やオカルト現象を妄信し、だまされて被害にあう人もいる。科学の視点で批判してきた立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長の安斎育郎さんは「『思い込み』と『欲得ずく』が錯誤への落とし穴」と注意を呼びかける。(伐栗恵子)今月中旬に大阪市内で行われた関西消費者協会の講演会。安斎さんは趣味の手品を生かしながら、超能力やオカルト現象のトリックを暴いていく。例えば、スプーン曲げ。丈夫な金属のスプーンを指で軽くさすっているうちに、ぐにゃりと曲がり、客席からは驚きの声が上がる。だが、これは支点、力点、作用点をうまく利用しただけ。要領さえつかめば簡単に曲がるという。「目の前で自分の理解を超えたことが起こったとき、超能力と思わずに、なぜ、こんなことが起きるのか、と考えてほしい」と安斎さん。「人間は、だまされやすい」ということを肝に銘じるのが大切であって、一番危ないのは「私だけは、だまされない」という「思い込み」と指摘する。「あの人の言うことだから、本当だろう」という主体性の放棄も、自らの心をだます行為だ。「自分の目でしっかり確かめ、自分の頭で判断する習慣を」と呼びかける。不幸に陥ると、その原因を霊に求める人がいる。問題の根本的な解決にはならなくても、「悪霊(あくりょう)のたたり」などのせいにした方が心の平安を得られやすいからだ、と安斎さん。「霊は、人の不幸の消しゴム係」と絶妙の表現をする。もし霊が目に見えるのならば、霊そのものが光を発しているか反射しているはず。「たたる」には記憶や認識といった高度な仕組みを持った有機体でなければならない。霊を信じるかどうかは個人の自由だが、「科学的な意味では存在し得ない」と断言する。科学技術が進歩したこの時代に、人はなぜ、「スピリチュアル」にはまるのか。安斎さんは、それこそ、「なぜ」と問う力が弱まっているからだと嘆く。例えば、携帯電話やDVDの仕組みは、説明されても理解するのが難しい。科学が進歩したがゆえに、人は自分の理解の範疇(はんちゅう)を超えたものをそのまま受け入れてしまいがちで、それが超能力などを簡単に信じる傾向となって表れていると説明する。「ささいなことでも、『なぜ』と意識的に問い直してほしい。その背景には必ず理由があるのだから」さらに、“インチキ”を見破るには、「そんなことができるのなら、どうしてこうしないのか」と考えてみることが大切だと言う。スプーン曲げができるのならば、どうして金属加工技術として役立てないのか。そんな能力をもった人を生産ラインにずらりと並べれば、次々と金属加工が施され、たちまち製品が出来上がる。 簡単に大もうけができる話なら、その勧誘員自体が大金を手にしているはずであり、そもそもそんなおいしい話を他人に教えるのか。「3週間で英語がペラペラになる教材」といった宣伝文句が本当なら、なぜ、その販売員はペラペラではないのか…。そう考える心のゆとりが必要だ。楽して得を取りたいという「欲得」と「思い込み」、それに「非合理的思考」が結合するとき、人はとめどもなく危うい「だまし」の深みにはまっていく、と安斎さんは警告する。                

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月21日 13時22分

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荒れる(学校)子供たち

パソコンを使う事が普通なことで、小学生の友達同士でネールのやり取りをしている。いじめの方法も昔と違って来ている。親御さんが学校へ車で送り迎えし、家に帰ればパソコン弄りである。公園・広場で遊ぶ子が少なくなって、子供同士のコミニケーションがなくなった。そんな、子供の生活ぶりはすっかり変わってしまった。 モンスターペアレントなんて言葉が作られてしまう。家庭環境も原因しているのだろうか。いじめは陰湿で、心に与える傷は大きく、後々まで残り消えない。朝夕の登下校に地域の住民として防犯見回りをしているが、実際には、よく分からない。まあ私にも孫が4人学校へ通っているが、あんまりそんな話題がない。 毎日新聞社説・・・データの向こうにすさむ学校の風景が透けて見えるような気にもなる。80年代に全国的に広まった「荒れる学校」の状況に似ているとの指摘もある。 文部科学省が年1回集約する「児童生徒の問題行動」調査で、小・中・高校生の暴力行為が約5万3000件と2割近く増え、過去最高を記録した。いじめの認知件数は約10万1000件で前年より2万4000件減ったものの、文科省は「件数は多く、油断できない状態」と愁眉(しゅうび)を開くにはほど遠い。何が起きているのか。 文科省の教育委員会への聞き取りでは「感情をコントロールできない」「規範意識が低い」「コミュニケーション能力が足りない」という子供が増え、「家庭の教育力の問題」も挙がったという。 一見もっともなようで、抽象的過ぎてなすすべもない。肝心なのは、生の実態や事例に即して有効な対策を講じていくことだ。この調査は数値(件数)の取り寄せと、種別や対応パターンの整理などにとどまっており、具体的な状況がなかなか見えてこない。 文科省は「この全国調査の目的は、児童生徒を指導する施策の参考にしてもらうための統計で、個別のケースは出さないことにしている」という。実際のところ、具体事例が出るとなると学校現場や教委が渋るという懸念もあるだろう。しかし、統計数値だけでどれほどの参考になるだろう。 06年秋以降、学校や教委で、いじめ自殺を伏せたり、原因を明らかにしないなどの隠ぺい問題が相次いで表面化した。背景には不祥事は表ざたにしたくないという体質がある。文科省は「いじめはどの学校にも起こりうる。多いからといって指導を怠っている学校とはならない」という考え方を示し、隠ぺいを戒めた。 今回、暴力行為増加が注目され、その背景に何があり、緊急にどのような対処が必要なのか方策が求められている。机上論や内輪話にとどめないためには、実例に立ち、経緯や要因、対応の成否や工夫など現場の経験と教訓を広く共有しなければならない。 事態は旧来の経験則より先に進んでいる。 例えば、携帯電話やパソコンを使って中傷する「ネットいじめ」は、加害者、被害者の立場が簡単に入れ替わったり重なったりする。外からは気づきにくく、調査では、いじめ認知件数全体の6%足らずだが、前年より2割も多い増え方をしており、かなり潜在している可能性が高い。 学校のありようは社会を映しているともいわれる。不安や不信、疎外感などが醸し出す暴力を黙過するような風潮。そこに学校教育が全く無縁であるはずはない。今回の調査を「傾向」を見るためにとどめず、きちんと「対策」に結実させなければならない。

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月21日 5時10分

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数え日や

今日の名言 女の忠告なんぞ取るに足らねえ、だけどそれに耳を貸さないやつは、ひどい阿呆(あほう)だと思うんですよ。 セルバンテス『ドン・キホーテ』後篇(一) 数へ日や数へなほして誤たず 能村登四郎俳句が老年の芸だという説に一理ありと思うときはこういう句を見たとき。年も押し詰まったころ、残りの日々を数える。そんな句は山ほどある。そもそもそれが季語の本意だから。 だが、「誤たず」(あやまたず)はほんとうに老年でないと出てこない表現だろう。花鳥諷詠を肯定する若い人の句で一番疑問に思うのは、素材のみならず感受性も老齢のそれに合わせていると思うとき。 例えば「煤逃げ」とか「女正月」とかの季語をいかにもそれらしい情緒で四十、五十の人が詠うときだ。ナイトシアターで洋画の社会派サスペンスなんか観てる「自分」が、俳句を詠む段になるといきなり水戸黄門やありきたりのホームドラマや青春ドラマの情緒設定を描く。 自分が観ても、感動もしない情緒を「俳句」となると肯定してしまうその神経がわからない。この句、「誤たず」には真実がある。同時代的と言っていいかどうか。「自分」の感性と、生きている時間の関わりに嘘がない。『芒種』(1999)所収。(今井 聖) 今年も後半年・あと3ヶ月・後1ヶ月なんて数えてしまうと、何だか追いかけられている感じになってしまう、今年はあと40日である、今年も色々あったものだ。泣いても、笑っても、時は過ぎる。 何でもなく、人は亡くなり、生まれている。しかし、何十億年もこの地球は存在しつけているが、年を経っているか生滅してしまうのだろうか、そして新しい星がうまれるのだろうか、この地球は人間の勝手な仕業で大きく変えてしまった。 まだ、人間同士では争いが耐えない。本当の幸福とは、人を踏み台にして生きる人なのか、人を利用して生きるのか、人間同士で争えば、格差の上で得られるのだろうか? 個人対個人であり、本質的には戦いで、勝ったものが幸福を勝ち取る事が出来る。まあそんなことを考えていくと、味も素っ気ないのない。そこで感情を落ち着かせる知恵が人間にはある。それが、画であり、詩であり、音楽である。俳句もそうだ。

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月21日 4時26分

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常識が欠落とは!

麻生太郎首相のKYが読めない、失言?本音?ちょっと疲れているのかと思えるほどに、頭を傾げたくなる発言が多いようだ。分かったような振りをして、発言してしまうのが性格なのか、社会的常識が欠落しているようなところが『逆』にある。 これには、閣僚・自民党内でも不信をかってしまっている。単なる勘違いでは済まされぬ問題である。言われた当事者のである医師は日夜努力している。誤解を与えてしまう。 毎日新聞web・・・麻生太郎首相が医師について「社会的常識が欠落した人が多い」と発言したことに対し、舛添要一厚生労働相は20日午前、「現場の勤務医も悲鳴を上げながら頑張っている。そういう方々に勇気をくじく誤解を与えるようなことがあれば残念だ」と述べ、苦言を呈した。東京都内で記者団に語った。 舛添氏は、医師不足対策などに取り組んでいることを強調したうえで、「政府の姿勢を示すためにも、誤解を招く発言は気を付けられた方がいいと思う」とも述べた。 これに関連し、河村建夫官房長官は同日午前の記者会見で、「首相自身が謝罪しており、あれこれ言うつもりはない」と述べたうえで、「政府は一丸となって産科、小児科、救急医療の医師を確保しなければいけない。勤務医の環境改善も必要で、取り組みを急がなくてはならない」と医師不足対策に取り組む姿勢を強調した。 一方、全国の開業医・歯科医で構成する「全国保険医団体連合会」は同日、「深刻な医師不足を解決しようとする姿勢がまったく見えない」などと首相の発言に抗議する声明を発表した。

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月20日 14時47分

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KYが読めない首相

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麻生太郎首相の「KY」空気が読めない・・・が漢字が読めないとなって巷では話題で持ちきりである。誰でも現役を引退し、70歳を過ぎて活字離れをしてしまうと、字か書けない。読むほうはまだいいのだが、恥ずかしいほどである。言っている意味は解かっているのかそれまで疑われえる。信頼が大事なのに・・・。

日本のトップで日本丸の1億2千万人の運命を左右する船長である。赤がクロ・上が下・左が右という単純な間違いでないから言いという訳でもない。全く逆な意味となってしまったら、本人はもとより日本そのものが大変な事になる。取り返しのつかないことになったとしたら日本の損失だ。

この前のワシントンで行われた、金融サミットで記者会見で、英語で答弁していたがそのほうは大丈夫なのか?ちょっと心配だ。

JANJAニュースの白坂氏・・・確かに漢字は難しい。私自身、初めて目にする地名など、漢字の読みが分からない場合が多々あるし、長年思い込んできた読みの間違いに気が付いて恥ずかしい思いをすることもある。だが、麻生首相の演説を聴いていると、平均的な日本人よりも漢字の読みを知らないのではないかと疑いたくなる。

ビデオニュースでも、麻生首相が「前場(ぜんば)」を「まえば」と言い、「有無(うむ)」を「ゆうむ」と読んだ話が失笑交じりに紹介されていた。私がテレビやネットの麻生演説で気が付いた誤読?だけでも、「詳細(しょうさい)」を「ようさい」、「踏襲(とうしゅう)」を「ふしゅう」と読んでいた。

「KY(空気を読まない)」と揶揄された首相もいたが、麻生首相の「KY」は、「漢字が読めない」の略のようだ。ビデオニュースによると、麻生首相の所信表明演説や「文藝春秋」の論文は、朝日の記者が書いたらしいが、漢字の読み方の誤りを教えてあげる人はいないのだろうか。「太郎ちゃん、マンガばかり読んでいないで、少しは勉強もしなさい」と。

日中青少年友好交流年の閉幕式でのあいさつで、「ちょうど半年前の今日、四川省で発生した大震災、みぞうゆうの自然災害というものを乗り越えて……」と「未曽有(みぞう)」を「みぞうゆう」と間違えた。

さらに、日中の交流について、「1年のうちにこれだけ煩雑に両首脳が往来したのは日中関係史上過去に例がありません」。「頻繁(ひんぱん)」を「煩雑(はんざつ)」と間違えたようだ。

国会答弁でも「踏襲(とうしゅう)」を「ふしゅう」と誤読するなど、日本語の間違いが目立つ首相。12日、記者団に「んーそうですか。単なる読み間違い。もしくは勘違い、はい」とかわした。

一寸漫画の読みすぎか?単なる勘違いでは済まされぬことにならなければいいが・・・。

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月20日 13時43分

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皆で守ろう

何と言うことだ。「テロ」?これだけの仕業は通りすがりの物取り、などと違いは素人でも分かる。そして、あまり事件を想定しなかった、普通のお宅に、宅急便が来る事は、まれではない。そんなお宅で事件が起きた。 確かに二人のご家庭は、元厚生省の年金のエキスパートで活躍されていた人と聞く、犯人は埼玉・東京中野区と同一犯人の疑いが強いという。犯人は、年金問題で不満がある人だあるとわかるが凄惨な殺人を行う行為は、卑劣極まりない。 困った事に模造犯が出るのが不思議で非常に怖い。真面目に、宅配業者も疑われて仕事もやりづらくなるのかな・・・。そしてお宅でも、いきなりドアーは開けないことである。用心だ。ドアー先に犯人いる。 大事なことは、地域で犯罪が起こらないように皆で守る意識を持ち注意し合うことだ。そのためには防犯パトロールなどで防犯意識を高める事がだいじだ。 今朝の朝日新聞社説・・・厚生事務次官の経験者とその妻が、埼玉県と東京都の自宅で相次いで殺傷された。自由な社会を不安に陥れる、憎むべき犯罪である。 9年前に次官を退任した山口剛彦さんが、妻とともに命を奪われた。その惨劇が報じられた日の夕方、今度は社会保険庁長官も歴任し、18年前に退官した吉原健二さん方で、宅配便を装った男に妻が胸などを刺された。 ともに自宅の玄関で繰り返し刃物を突きたてられている。強い殺意があったとしか思えない。 犯人も、動機も、背景もまだわからない。だが、官僚の元トップと家族が続けざまに狙われるとは、きわめて異様な事態である。 問答無用の暴力は、これ以上ない卑劣な犯罪であり、私たちの社会に対する重大な挑戦だ。どんな理由があろうとも、断じて許すわけにはいかない。 警察は連続テロの可能性もあるとみている。一刻も早く犯人を逮捕し、真相を解明してもらいたい。厚生労働省には、緊張と不安が走っている。歴代の次官経験者や幹部らの身辺警戒も始まった。同種の事件が起きないよう万全を期してほしい。 年金記録や後期高齢者医療の問題など、厚労省はいま厳しい批判の矢面に立たされている。「爆破する」という脅迫電話が庁舎にかかったこともあるほどだ。 元次官2人の経歴は重なり合っている。いずれも旧厚生省に入り、年金局長、次官と上りつめる中で年金改革に取り組んだ。三重県への出向経験も共通している。そうしたことは事件にかかわりがあるのだろうか。 二つの事件が本当に結びつくかどうかは、今後の捜査を待たねばならない。犯人は官僚機構や政策への怒りを短絡的にぶつけたのか。それとも個人的な腹いせだったのか。もしも仕事や職場がからんでいるとするなら、退任からかなり年数がたつ元次官らを、なぜ今狙ったのか。警察当局は一つひとつ、慎重に見きわめてほしい。 その上で気になることがある。事件のあと、インターネット上に「狙われて当然だ」というような書き込みがあった。ごく一部の人だろうが、あまりにも無責任で、背筋が寒くなる。 過去にも、長崎市長や警察庁長官が撃たれる事件があった。行政や官僚のトップを暴力でねじ伏せようとする行為は、民主主義を脅かすものだ。 今はけがをした被害者の早い快復を祈るとともに、一刻も早い事件の解決を望む。犯行の連鎖はなんとしても防がなければならないし、厚労省も決してひるんではならない。社会を守るために総力をあげたい。

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月20日 9時50分

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リンゴが美味しい

今日の名言 良書の要約というものはすべて愚劣なものだ。 モンテーニュ『エセー』(五) 林檎買ひくる妻わが街を拡大せり 磯貝碧蹄館謎は「拡大せり」の部分である。そのまま読めば林檎を買ってきた妻が自分が住んでいる街を大きくするのだろうが、いったいどんな具合なのだろう。魚眼レンズで覗いたように巨大な妻と林檎がいびつに大きく句の全面へ張り出してくるようだ。 しかし、今までつまらなく見えていた街を拡大するのは「妻」だけでなく妻が抱えている「林檎」の鮮烈な色と香りなのだろう。林檎はいつだって暗い世相や街を明るくしてきた。 戦後の荒廃した街には並木路子の「リンゴの唄」が流れ、うちひしがれた人々を力づけたというし、北原白秋の「君かへす朝の敷石さくさくと雪は林檎の香のごとく降れ」の短歌などは、林檎の香りを雪と結びつけたモダンな抒情を描き出している。 くすんだ現実から別次元の世界へ拡大してくれるのが、赤くつやつやとした林檎の力と言えないだろうか。この句にはそんな林檎を抱えて自分の元へ帰ってきてくれた妻への賛歌とともに詠まれているように思う。『磯貝碧蹄館集』(1981)所収。(三宅やよい) 最近、野菜不足が健康に大きく影響すると言うことで、意識してとるようにしている。そして朝食にリンゴを食べるように心がけている。リンゴの種類は解からないけれど何でも良い。毎朝美味しく食べている。 リンゴは一年中スーパーにある。今の時期が瞬なのかなあ・・・果物といえば、みかん・グレープフルーツ・柿・などが今の時期美味しい。 しかし、あまり取りすぎても良くないという。ほどほどにしておこう。野菜は、取りすぎでの問題はないだろう。朝の食事の支度は自分で行っている。朝のご飯は、最近は殆ど食べていない。野菜サラダを中心に、牛乳に大豆・黒豆・ウコンなどをミックスしたものを700度で電子レンジで2分ぐらい熱くして飲んでいる。

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月20日 17時1分

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思いやりの心

茶の心・禅語をwebで調べていたら次のような内容があったので、記して見た。「思いやりの心」の大切さは茶道の精進の第一歩である。 「淡交」平成九年一月号より「知足安分」、淡交タイムス 平成九年五月一日より「一挨一拶」いより。 「一挨一拶」 茶道の精進において大切なことは、相手の立場に立って考え、行うこと、すなわち、思いやり、仕え合いの心です。そして、その心を伝えて互いに信じ合うための行為が挨拶であり、挨拶の言葉により良き人間関係が生まれ、保たれるのです。 ところが、最近は言葉を忘れて頭をぺこりと下げるだけですます、心の伴わない虚礼が多く、親子の間でする挨拶が出来ていない家庭があるようです。挨拶によって心を交わす人間本来の姿が失われる傾向は本当に嘆かわしいことです。 「一挨一拶」という語句があります。禅の商量といって、日々の挨拶から相手を知るという、修行における大切な意味があるのです。「挨」は、ひらく、おす、せまる、ちかづく、という意味があり、「拶」も同じく、せまる、ちかづく、という意味があります。だから、互いに心を開いて接すること、ひいては互いに認め信じ合うということになります。人間関係を大切にする茶道において挨拶は精進の基本です。 素直に挨拶が出来ることは、人間本来の姿であり人間社会の秩序の基であります。功利主義、合理主義、能力主義など智に聡い今日の世の中で、挨拶なんて何の役にもたたないし、「しち面倒だ」と無視する向きさえあります。 江戸時代の名僧・至道無難禅師が「万事の本は信なリ、信のすたるもとは智なり」と戒めている言葉を今一度かみしめてください。 禅宗では「一揆一拶(いちあい いちさつ)」と言って打てば響く様に問答を繰り返す事で悟りの深さをはかるのだという。これが挨拶の由来である。すざましい迫力の問答を繰り返すことによって自分の未熟さを知りまた修行に励んだことだろう。日常交わしている挨拶「おはよう」「こんにちわ」「さようなら」~夫々相手をねぎらったり~気遣ったり~無事を祈ったりなど、そらぞれ意味がある。 「型(かた)と形(かたち)」「淡交」平成八年四月号「巻頭言」より 茶道に限らず、なにごとにも「型」や「ルール」があります。スポーツやゲームも、ルールを守らなければ、競技することも楽しむこともできません。点前の修練においても、まず基本となる「型」をしかりと自分のものどし、その上で自分自信之個性が活かせるようになれば、それがその人なりの茶道のあり方につながっていくのだと思うのです。 私はそれを「型から形」への昇華だと考えます。「型」に自分の「霊(チ)=血」をそそぐことによって、それが「形」になるのです。 古来より日本人は、「霊(チ)」を非常に大切なものと考えてきました。山霊と書いて「おろち」、田霊と書いて「たち」、水霊と書いて「みち」。じつに「霊(チ)」こそは、人間の理解力を想像力を超えたものであったのす。 点前の動作が美しいとか、難しい点前が間違いなくできるとか、もとよりそれは「型」の取得という点では重要なこでありますが、さらに、その点前に自分の「血」を入れて「形」となるような指導が望まれるのであります。

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月19日 19時49分

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国会混沌「政局?政策?」どっちが先

2兆円の定額給付金の支給自体国民に評判が良くない。支給方法も思うようにまとまらない。ただでさえ慌しい師走を向かえ、国民もあきれ返っている人も多いと思う。インド洋給油活動延長法案も大事たと思うが、自民・民主の歩みよりは出来ないものか?無駄な空白は、税金の無駄遣いだ。 国民をイライラさせている国会は、自民と民主の党首会談が物別れに終わり、重要法案の国会審議が空転している。成果のない我慢比べになれば、政治空白を長引かせるだけだ。第二次補正予算案の速やかな提出を首相が決断しなければ駄目で、その時期である。 毎日新聞社説・・・民主党は18日、参院外交防衛委員会で予定していたインド洋給油活動を延長する新テロ対策特別措置法改正案の採決に応じず、参院審議は空転した。17日行われた麻生太郎首相と小沢一郎代表との党首会談が決裂したのを受けたもので、臨時国会の行方は混とんとしてきた。 混乱の責任はまず麻生首相にある。党首会談で小沢氏が総額2兆円の定額給付金などを含む08年度第2次補正予算案を今国会に直ちに提出するよう求めたのに対し、首相は「今の段階で答えることはできない」と明言を避けたからだ。 麻生首相は「政局よりも政策」、「衆院解散より景気対策」と強調し、解散・総選挙を先送りした。 ところが、景気対策が緊急課題と言いながら、自民党内では補正予算案を今国会には提出せず、年明けの通常国会に先送りし、今月末までの臨時国会の会期も延長せずに閉会させるとの声が強まっている。首相が明言できなかったのは、そのためだろう。 毎日新聞は目的も効果もあいまいな定額給付金は白紙に戻すよう主張してきた。しかし、政府・与党が別の対策を作り直すのならまだしも、単に先送りするというのでは、まったく筋が通らない。これこそ政治空白というべきである。 しかも、対策には中小零細企業への資金繰り支援も含まれている。多くの中小零細企業が年が越せるかどうか厳しい状況に追い込まれているから盛り込まれた対策のはずなのに、これも先送りするというのだ。なぜ先送りか。 定額給付金は既にほころびが次々と明らかになっている。与党側には厳しい審議を乗り切る自信はないようで、会期延長した場合には、いよいよ野党に追い込まれた形で衆院を解散せざるを得なくなる可能性がある。そんな不安があるのだろう。要するに政策でなく、「政局判断」なのだ。もちろん、民主党もほめられたものではない。 民主党はあれだけインド洋での給油活動に反対していたのに、「早期解散をうながす」との理由で衆院では、ろくに審議もせずに改正案を通過させた。解散がないとみるや一転、採決せず、日程を引き延ばすというのでは「民主党も政策は二の次だ」と国民に見られても仕方あるまい。 米国発の金融危機の影響は日本でも日増しに深刻になっている。世界各国が協調して乗り切ろうとしている最中に、このまま与野党は、国民不在のがまん比べを続けるというのだろうか。 与野党が国会を動かせないのなら、有権者が動かすしかない。やはり、一刻も早く、総選挙で国民の信を問うべきだと重ねて指摘しておく。首相は民主党の対応を批判するより前に、まず解散から逃げないことである。それが「政策優先」の近道である。

作者: ミッチャン

更新日:2008年11月19日 12時8分

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冬の水仕事

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なぜ騙されるのか

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荒れる(学校)子供たち

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数え日や

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常識が欠落とは!

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KYが読めない首相

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皆で守ろう

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リンゴが美味しい

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思いやりの心

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国会混沌「政局?政策?」どっちが先

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冬の水仕事

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思いやりの心

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国会混沌「政局?政策?」どっちが先

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