ネコ情報
ネコを各種ブログ(Blog)から一括検索します。
トップ > 田舎 > 田舎 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月5日 7時)
復活・・・したのか?ツノダのサターン???
日曜日朝。
そこそこのいい天気ですが、風が強く、それが冷たいときてます。
しかし母に健康診断の結果をみられ、自転車復活を宣言してしまった手前、出発せざるを得ないわたし。
そうこうしているうちに11時。
やっと重い腰をあげ復活したばかりのランドナーにこれまた数年眠っていたほぼ新品のバッグをつけます。
こっちがフロント。暑いのやら寒いのやら判断がつかず、ウインドブレーカーや防寒具を一式持って行きます。

こっちがリアのサドルバッグ。工具とパナソニックのエアポンプが入ってます。
あと今回の新兵器。
Fフォークにはこれ。

実はコードレスのメーターでした。上の写真はセンサーで、スポークについたマグネットの磁力をホイール1回転ごとに拾います。その信号を無線でハンドル上のメーターに送るのです。

家を出て、国道301号線に出てゆるいのぼりをよっこいしょって感じで走ります。
目標は25KM先の道の駅。
バイクなら30分弱で着きますが、自転車だと2時間はかかります。
なぜならずっと登りだから・・・。
「おおっ意外といけるじゃん」
・・・・・・・。
いけるわけがありません。何しろメタボなんですから。
最初の峠についた時点でもう負け。心が負け。
この峠を越えて一度下ってしまうと帰りも又上りです。
「ふふふ、今日はここまでにしてやろう。来週こそまってろよ、道の駅!」とわけのわからないことをほざき道端にへたり込みます。
メーター表示。標高535M。距離・・・・・10KM。走行時間たった1時間。なさけねー。

この辺、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、学生時代、愛知県から標高1500Mの治部坂峠を越えて信州へ旅立った時のこと。愛知と長野の境の同峠で今回同様の理由で数時間悩み引き返したことがありました。駄目人間は年を重ねても駄目のままです。
今まで登ってきたので180度向きを変えるとずっと下りです。
でもあまりにもしゃくだったので脇道に入り林道を抜けることにしました。
杉林バリバリですが、家から数KMの場所です。

ここで問題発生。
変速機を軽い方へシフトすると「がしゃがしゃーん」と音がしてチェンが外れました。
どうやら30年近く眠っていた後ろの変速機が、チェーンのたるみを取るのを拒否した模様です。
久々にトゥクリップとストラップで足を固定していたんですが、いつものクリップレスペダルのように足をひねるも当然はずれず(今のレーサーについているペダルは、スキーのように靴を固定し、足をひねると簡単に靴がはずれます)。
どんがらがっしゃーんと自転車ごとひっくり返りました。道路わきに堆積している紅葉の葉っぱに軟着陸して事なきを得ましたが。


よく点検してみると後ろの泥除けはがたがたいってるし、あちこちゆるんでいるようです。
工具を取り出し微調整と増し締め。
小さな峠を越え、今の自転車とは比較にならないぐらい全く効かないブレーキを、握力で抑え込み下ったら、さっき脇道に入ったところから数百メーターの場所に出ました・・・・・・。
家の前の最後のだらだらのぼり坂についた頃はもう気力も体力も尽きて、結局押して歩く羽目に。
こうしてメタボ対策とは名ばかりの、気持ちだけは100KMは走った自転車デビューは終わりました。
来週こそは道の駅まで、・・・いや、15KM地点まで・・・、せめて峠の向こうまで・・。
追伸:お尻がひりひり・・・。椅子に座れません・・・・。
作者:MHR
更新日:2008年12月1日 16時54分
復活!サターン!
先日メタボ対策で自転車を使おうとして、結局ばらしてしまったため、倉庫にもぐりこみ使えそうな自転車を探しました。
で、出てきたのがこれ。

私の世代の人ならきっと聞いたことがある「つんつんツノダのティーユー号♪」。
それの上級版だった「サターン」。1980年ごろのオーダーメイドです。
1970年当時いろんな自転車メーカーがありましたが、ほとんどのメーカーがフラッシャー付きの自転車と同時進行でオーダーメイドを行ってました。
これは5年ほど前にオークションで購入したロードレーサー(ブログ内で紹介済み)のおまけにいただいたものです。
その当時はロードレーサーに夢中で、しかもおまけということで、ほとんどその存在を忘れておりましたが。
今回引っ張り出してみたらすごい部品の集合体でした。

サドルは当時とても手が出なかったイギリスはブルックスプロフェッショナル。が買えない人の御用達だった、藤田プロフェッショナル。その中の最高級品の銅鋲止め。それを支えるピラーはコンペのマイティの2本締めです。

BBを含むクランク周りは当時でも入手しにくかったストロングライト49D。しかもチェーンリングはさらに手に入らなかったサンプレックス製です。ペダルは三ヶ嶋シルバンロードかな?


レバーを含む前後変速機はユーレーサクセス。一部チタンの上級品。(だと思います。なにしろ当時のユーレーの資料が無いんです)


ハンドルは非常に珍しいフィリップ。たぶんロード用です。ステムは吉貝コンペ。1枚目の写真で妙にハンドルが高いのはこのステムがむちゃくちゃ長いためです。何とか低くしようといっぱいに差し込んだのですがこれ以上はいりませんでした。後で対策を考えます。

ツノダのマーク。

と、サターンのマーク。

ブレーキは定番マファックではなく、当時国産最強だった島野600。この造形が気に入っていたそうです。

オーダーの証、泥除けの隠し止めとブリッジのひし形補強板。

これまたオーダーの証。ブレーキワイヤー内蔵処理と2本巻きクローシートステイ。ラグはイタリアンカット。塗装はパールピンク?

ハブはサンツアー。スポークはステンレス14番のプレーン。リムはスーパーチャンピオン650B。タイヤはもうほとんど現存していないであろう、ウォルバースーパーランドナー650x32B。当時ものなので新品なのにヒビだらけです。まあすぐに破裂することはなさそうなのでしばらくこれで。

ヘッド小物は丹下レビン。
今回の復活でつくづく思ったのですが、高い部品は軽く磨くだけで復活しました。
さびが出ていても軽く磨くときれいに落ちるのです。めっきの質がすごいです。
1980年当時でおよそ20万円かかっているはずですが、30年たった今でもタイヤを換えれば北海道まででもいけそうです。1年あたりの償却は1万円以下。安い買い物なのでは。ってただでもらった私が言ってもねえ。
さて今回一箇所だけ部品を変えました。さてどこでしょうか。これだけで1枚目の写真にあった間延びした感じがなくなったと思います。

そうです。ハンドル周りを分解した自転車からいただきました。年代も部品構成も似たもの同士だったので数分の時間で交換完了。特にブレーキレバーが同型だったためワイヤーを交換することなく装着できました。(メーカーが違うとワイヤーの付け根のワイヤーを受けるカップを入れ替える必要があります。)
ただひとつの欠点。それは私の身長ではフレームが2インチほど小さいこと。
そのせいでランドナーなのにやたらハンドルが低くなってしまいました。まあこれはこれでかっこいいですが。
あと、このランドナーをいじってるうちにオークションに介入してしまいまして。
こんなん買ってしまいました。

私が中学生ころ発売されたカンパニョロのグランスポーツです。手に入ったときは小躍りしたくらいあこがれ続けた初恋の人。今度はこれが似合う自転車を・・・・・・。どこに行こうとしてるんだ俺・・・・・。
作者:MHR
更新日:2008年11月30日 1時3分
EEEPC 901-XのSDHCカードをリムーバブルドライブからEドライブに昇格させる
あちこちで紹介されていますが、Eeepc901-XにはSDカードスロットがあり、SDHCカードをリムーバブルディスクとして使用することができます。
最近では16GBという、あろうことか標準搭載の12GBを凌駕するSDHCカードが3000円台で購入できます。
しかし、リムーバブルディスクはソフトをインストールすることができません。
そこでSDHCカードを標準のドライブとして認識させることができれば通常のHDDとして使えるようになり、高価なSSDを増設しなくても3000円で合計28GBの容量を手に入れることができます。。
さて手順ですが「Hitachi Microdrive Filter Driver」でGOOGLE検索して外国のサイトからドライバーファイルをダウンロードしてきます。昔はどこででも手に入ったようですが日立にとって不都合なのかあるいは非合法なのか、すぐにサイトが閉じてしまい自分で探す必要があります。見つけたたらHITACHIというフォルダーを作りそこにダウンロードして保存します。
ファイルが圧縮されている場合は解凍が必要ですのでZIPファイルならダブルクリックしてファイルメニューからすべてを展開を選択します。LHZファイルなら解凍ソフトが必要です。
解凍後のファイルの中に「cfadisk.inf」というファイルがありますのでダブルクリックします。
テキストファイルが開き、その中の34行目まで(スペースは除く)%Microdrive_devdesc% =という項目がずらっと並んでいますので、その項目の一番後ろの35行目に下の一行をコピーペーストします。
%Microdrive_devdesc% = cfadisk_install,USBSTOR\DiskSingle__Flash Reader__USB__Device
追記できたらファイルを上書き保存します。これでドライバーができました。
*ドライバの更新の手順
コントロールパネル>システム>ハードウェア>デバイスマネージャを開きます。
ディスク ドライブ>Single Flash Reader USB Driveを右クリックして「ドライバの更新」を表示させます。
WINDOWSUPDATEに接続しますか>いいえ、今回は接続しませんにチェックを入れて次へ>一覧または特定の場所からインストールするにチェックを入れて次へ>検索しないで、インストールするドライバを選択するにチェックを入れて次へ>ディスク使用>参照>ドライバーの中の「cfadisk.inf」を選択して開く>OK
このドライバーはデジタル署名されていません>無視して次へ>警告か出るが無視して>はい>もう一度警告>無視して続行
次のハードウェアのソフトウェアのインストールが完了しました。>HITACHI MICRODRIVEとでたらOKです。
電源を落とし、SDHCカードを差して再起動します。
これでSDHCカードがリムーバブルディスクから昇格してEドライブとして認識されます。
ちなみに、ここに書いてあることは私が考えた事じゃありません。
そんな頭があれば世界征服してます。
ネットでいろいろ披露してくださる皆様に感謝した上で、素人なりにわかりやすく書きなおしたものです。
目標:小学生でもこの通りにやればドライブマウント完了!・・・できるかな?。
作者:MHR
更新日:2008年11月18日 17時19分
ASUS EeePC 901-X その後
先日購入したEeePC 901-X。
いつもメモリー関係でお世話になっている上海問屋さんから、SDHCカード16GBを3千円弱で購入し、ネットから頂いた知恵でHDDとして認識させ、大容量ドライブ機となりました。(やりかたはあとで詳しく書きます)

なにしろ16GBというのは、もともと搭載されているSSD(ソリッドステートドライブ)の12GBを超えてます。
HDDとして認識しているためソフトのインストールもできますし、合計28GBのドライブで怖いものなしとなりました。
さて購入して使い倒して、一番感心したところがこれ。
液晶下に4つのボタン。
たいがいこの辺には使いもしないメールボタンとか並んでいるんですが、こいつは一味もふた味も違います。

左から液晶OFF(外部画面を使うときに本体の表示OFF)
画面解像度変更(800X600、1024X600(標準)、1024X768(スクロール)、1024X768(上下圧縮表示))を画面のプロパティを開くことなく一発で変更
パフォーマンス設定:押すたびに自動切り替えモード(必要に応じて動作クロック変更)、電池節約モード、、ハイパフォーマンスモード、スーパーパフォーマンスモードオーバークロック120パーセント)に切り替わります。
右の1個はユーザー設定できます。
これらのボタンは本当に便利。
とくにオーバークロックボタンがあるなんてとてもメーカー製パソコンとは思えません。
さて、話をかえて。
EeePC 901-Xの天板は一見黒に見えます。(カタログ上ではエボニーブラックとパールホワイトの2色)
しかし光が当たるとゴールド交じりのメタリック塗装であることがわかりました。

で、何かに似ているなーと。
そう、重箱です。
そう思ったらいてもたってもいられなくなり、こんなんなってしまいました。

文房具屋で200円でシールを購入。
もっとセンスよくやればすごい高級品に見えるはず。
あと、エレコムの液晶保護シート、と入れ物としてエレコムの8.9インチ専用バッグも購入。

ちなみに右のバッグ以外は付属品です。
ACアダプタ。クッションバッグ、マウス、汚れ拭きクロス(なんでこんなものが、と思いましたが使ってみて納得。てかてか外板は、指紋だらけになります。)と至れり尽くせりでした。
液晶保護シートなんて必要あるかい、と今まで思っていましたがこの前弟が姪を連れてきたときのこと。
901-Xを「こい、よかろうが」と自慢げに見せびらかしていたら、突然画面の絵を指差して、「これ!きれい!」。指はそのまま画面を押し込み画像がぐにゃっと。「こっちもきれい」きゃああああ。やめて、やめてええええ。と泣きついて指をひっこめてもらいました。プラズマと違い液晶はやわらかいいんですよねー。あんなにドキドキしたのは久しぶりでした。
この901-X。優れものですが出荷は10月で終わってますので購入は今が最後のチャンス。
8.9インチの魅力は永遠に不滅です。
作者:MHR
更新日:2008年11月15日 14時29分
35年目のオーバーホール*愛しのZUNOWランドナー
健康診断でメタボ宣告を受け、「食生活の改善と、運動を!!!」ときつくいわれました。
何しろ中性脂肪が、健康といえる上限値120ぐらいをはるかに、というより「死ぬぞ」といわれる850もある!といわれ、一番身近な自転車復活を目指し、倉庫から引っ張り出したのがこれ。

今52歳の私が16歳のときに自分で組んだランドナー、ZUNOW。
最新のロードももっているのになぜこれ?
ウェアが似合わないんです。あのぴっちり姿が。脂肪たっぷりの腹が釣り下がったあのポジションが。
これだったらぼってりした服が着れます。いや、切実な問題なんです。このことが。
で、引っ張り出したのはいいんだけど、最後に乗ったのが3年前のゴールデンウィークの四国はしまなみ海道。
輪行したのでフレームが傷だらけで猛烈にさびてます。
そこで思い切ってフレームを塗装することに。
それにはフレーム単体にする必要がありますので10年ぶりぐらいに分解しました。


こんな感じにさびてます。下地にまで及んでそう。
まずはブレーキ周りや変速機周りのワイヤーを抜きます。
さて、もともとフランスやイタリア生まれの自転車パーツには特殊なサイズのボルトやナットが使ってあり、特殊工具が必要になります。(といっても15mmや9mmのスパナがメインですが)こいつはミカシマから発売されていたペダルレンチ。文字どおり輪行の際ペダルをはずすための工具ですが、携帯するため二つに折れるようになってます。ペダルをはずさなくても輪行できるようになった、今でもあるのでしょうか。ちなみにペダルのねじは右ペダルは右ねじ、左ペダルは左ねじになっています。これはクランクを回した時にねじが締まる方向だからです。

これは実はペダルだけではなく,輪行ではずすハンドルステムもはずせるようになっています。ハンドルは日東ランドナー、ステムは吉貝のコンペです。会社なくなっちゃいましたねー。

しかし今はこんな便利なペダルがあります。根元の黒い樹脂クリップをはずしてぎざぎざの部分をクランク側に押し込むとと手でペダルが抜けます。ミカシマ製。

ブレーキワイヤーを吊るこの金具は9mmという通常使わないねじでとまっています。


ブレーキワイヤーはフレームの中を通ります。

フレームパイプをつなぐラグはフランスのナベックス社製のコンチネンタルカットラグ(唐草模様とでもいうのでしょうか。これに対してシンプルなイタリアンカットラグ、ラグなしでフレームつなぐラグレスがあります。)ナベックスっていまでもあるのか?

次にブレーキ本体をはずします。

ブレーキはフランス、マファックのタンデム(2人乗り自転車)用。通常品と比べるとアームが長いです。このボルトもフランスサイズ。しかも頭の厚さが3mmほどしかないなのでぴったり合ったスパナが必要。なめてしまったら当然市販品のボルトは使えません。慎重に慎重に。
お次は一番大物、クランク抜き。まずはキャップをはずしますが、なぜかペダルレンチに工具がついてます。クランクは今はなきスギノのプロダイナミック。ギアはフランスのTA製。当然TAのクランクというものも存在しますが学生当時は高くて買えませんでした。クランクキャップは当時の純正です。



これがクランク抜き工具。

ボルトをはずした後ねじ込んで、反対側を締めこむとクランクが押し出されて外れます。

クランクはこういう風に勘合してます。ここのねじ(ベアリングのワンといいます。)はペダル同様、右側が右ねじ左側は左ねじです。これも緩み防止のためです。通常左側をいっぱいにしめこみ、右側のワンでベアリングのあたりを微調整します。しかし今ではシールドベアリングを使った一体式のモジュールを、左右のねじでフレームに留めるだけでスムーズにクランクが回転する方式が一般的です。

年季が入ってます。歯数はキャンピング仕様の46X28。こちら側の雌ねじをはずすには特殊な工具が必要です。

このあとチェーンを切り、変速機(ディレーラーといいます)をはずします。
フロントリアともフランスのサンプレックス。メーカーはなくなったようですね。


あと泥除け(フランス、レフォール製)やダイナモ発電機(フランスソービッツ)、ライトコードなどをはずして今日はおしまいです。

実はあとクランク軸を抜くという大仕事が残ってますが、専用工具が行方不明で後回し。
まずはさび落とし。つらいなあ。
作者:MHR
更新日:2008年11月8日 21時58分
買っちまいました。
年明けに自作機を作って以来、遠ざかっていたパソコン熱が、店頭展示機を見て燃え盛ってしまいました。
実はデスクトップ自作機(コア2デュオの3Ghz)以外にDELLのXPSのノートを持っているんですが、12インチという大きさにもかかわらず大容量バッテリーを付けたため3KG弱という15インチ機と同じくらいの重さとなってしまい、持ち歩くのがおっくうになっておりました。これを旅先に持って行ってネット付きのビジネスホテルで翌日の宿の予約や観光スポットの検索なんかしていたのですが、自転車だと背中にずっしり来ます。そこに登場したウルトラモバイル「EEEPC」。大きさはばっちりなうえ、お値段もお手頃。XPSは17万円もしたのに、性能はそれなりといえ5万円弱。もう心はぐらぐらしていたのです。おっさんのくせに小さくてかわいいものにめっぽう弱い私。
そこへこのたびの新型機へのモデルチェンジで、1万円値段が下がったのでさあ大変。ぶちっと音がして、我慢のロックがはじけ飛んだのでした。登場したころにはなかったライバル機も充実して選択肢も広がってます。新鋭機は10インチに画面サイズがアップしてしまったので対象外。8.9インチだからこそ魅かれたのです。だって、12インチだったらあるんですから。迷いに迷って購入したのがこれ。
ASUSのEeePC901-X。オープン価格59800円だったのが49900円になった時点で購入。
1.6GhzのCPU、1GBのメモリー、無線ランにブルートゥース、とどめに12GBのSSD。これ一台で追加投資なしで何でもできます。(グラフィックチップがしょぼいので3DゲームやDVD視聴以外は…ですが。ちなみにCDROMもDVDROMもありませんのでソフトのインストールには外付けドライブが別途必要です。)
載っているのはクレジットカードサイズの会員証です。
標準でオフィスソフトもインストール済みですので、ぜいたくを言わなければそれこそ何でもできます。
ただ一つ欠点をあげるならドライブ容量の少なさ。最近ではノートでも120GBはあたりまえ。それなのに12GB。しかもドライブはOS入りの4GBとデータ用の8GBの2個のドライブに物理的に分かれて搭載されていますので、ソフトをインストールしようとすると努力が必要です。
しかし私はMS-DOS世代。CPUは1Mhz(Ghzじゃないよー。0.001Ghzだ。)、メモリーは640KB(MBじゃないよー。0.64MBだ。)HDDはよくて20MB、物によってはフロッピーしかついていないパソコンが4,50万円で売っていた時代を過ごした世代です。たった4MBのメモリーをあっちに振り分けこっちに振り分けしたことも・・・。(遠い目)
何しろ今のようにメモリーを自動認識してソフトが勝手に使うなんてことはなく、ソフトごとに手動で起動用のAUTOEXEC.BATの中を書き換えてメモリーを振り分けないと何にもできなかったし。
燃えましたねー。容量との戦い。
いらないソフトやドライバーはどんどん削って、4GBのドライブに1.4GBの空きを確保。ここに絶対必要なウィルスソフトをインストールして完成です。
さあ、こいつをもって自転車やバイクでビジネスホテルのはしごをやろっかなあ。
作者:MHR
更新日:2008年11月6日 16時16分
愛知県新城市のライダーひき逃げ事故
日曜日のお昼頃、一通りの家の用事が済んだので、BMWR100RSでお出かけしました。
いつもの国道301号線を気持ちよく走っていると、それまで狭い山間の道が1KM以上の見通しのよい直線になる場所で急に大渋滞。
「事故だな」
10分ほど待っているとドクターヘリが飛んできました。
ここら辺は山間部でも大きく開けた高原になっています。
2,3度着陸地点を探った後田んぼのあぜ道の中でも広い所に着陸しました。
渋滞も少しずつ緩和されて30分ほどで現場到着。
エスティマが側道に止まっており、そこには原形をとどめていないバイクが。
このときはどちらかが追い越しを掛けて正面衝突したのかなと思いましたが、本日ニュースでこの事故のことを詳しく知りました。
「新城でひき逃げ」
最初はわけがわかりませんでしたが、こういうことだそうです。
ここは遮蔽物が一切ない田舎には珍しくだだっ広い直線道路です。
どうしても飛ばしてしまう道で、速い車やバイクにとっては、格好の追い越し区間です。
詳しいことは不明ですがオートバイが車に接触、転倒。
そこへトラックが通りがかり、転倒したライダーををはねて、そのまま逃走。
5KM先で逮捕されました。
おそらく転倒しただけなら、ぶつかるものも何もない広い道路なので、けがだけで済んだかもしれません。
しかし結局最悪の結末となってしまいました。
この現場を見たあとは、とうぜん飛ばすことができなくなりました。
バイクは小さな事故でも死亡事故につながります。
皆さんも気を付けてください。
*車の外で、子供数人を含む家族と思われる方たちが頭を抱えて座り込んでおられました。この事故はライダーの将来を奪い、車の家族の楽しいはずだった連休を奪いました。これから先、ドライブに行こうなんてだれも言い出さないでしょう。事故は加害者も被害者も不幸になります。
あと30分早く家を出たら、私が当事者になっていたかもしれません。
見ず知らずのかたですが、来週お花を供えに行こうと思います。
作者:MHR
更新日:2008年11月3日 9時15分
BMWR100RSの神話に挑戦。続き。
走行時のカウル内の温度を測るのは結構難しかったので、止まった直後のブーツ表面温度を測ってみました。

おおっ。真夏の気温。まあ、130度にもなるシリンダーが両足のすぐ前にあるからね。
走る「だるまストーブ」とどこかで言っていたけど、そのままじゃん。
真夏用のバイクが必要です。(たいていのオーナーがセカンドバイクを持っているのはこのためか。)
当然体の外側は冷たい風にさらされるけど、頭を5センチほど下げるだけで、メッシュジャケットにメッシュパンツ、グローブなしの素手で太陽の出ていない、気温15度の山の中を普通に走ることができました。
時速140KMでも伏せる必要はなくカウルの中は平穏そのもの。
こうして、BMWR100RSの神話がひとつ実証されましたとさ。
さて、本日のコースですが、東海環状自動車道を豊田松平から岐阜の土岐まで走り中央高速に移って恵那ICまで。
これで900円です。(通常1800円!)
高速を降り、19号をアンダーパスし、ひたすらまっすぐ行くと「道の駅 そばの郷らっせいみさと」。
ここで適当に土産を買います。そばを食いたいけど、一人でテーブルを占拠する勇気がないため退散。
どうしてこんな山奥の道の駅に、こんなにたくさんの人がくるの?ってぐらい混んでました。
さて人ごみであふれた道の駅を後にして、本日の目的地「小里川ダム」へ、信号のない快走ルートを走ります。

この小里川ダムは1982年に着工、2004年に完成、観光も視野に入れて設計、建造された、テーマパークのようなダムです。
なんとエレベーターに乗ってダムの堰堤内部を見学することができるのです。
さらに併設された道の駅には日本最大の水車が回っているというインパクトの強さ。

最初は観覧車かと思いました。
これが航空写真。じゃなく「ふれあい館」内にあった近所の模型です。

そしてこれが前回の丸山ダムでもらい損ねたダムカード。
全国のダムに装備されつつあるようです。

帰ってから母の買い物に付き合うので、今日はここまで。
瑞浪ICから中央高速に乗り、ガソリンを入れるためひとつ手前のICで降りて(松平ICの近辺のスタンドはいまだに田舎価格=高額なため)ゆっくりと走って帰宅。
高速代2000円以内のツーリングを終えました。
走行距離約200KM
燃費20KM/L
作者:MHR
更新日:2008年10月26日 1時3分
BMWR100RSの神話に挑戦。
BMWR100RSは古いバイクですが、本格的な風洞実験を経て完璧な空力性能を持たせた、世界初のフルカウリング市販車だといわれています。
そこで、カウリングがどれだけ効いているか実験しました。
本日10月25日。
曇りで今にも雨が降りそうです。
気温は16度。(たぶん街中は20度ぐらい)
完全に季節はずれのこういう服装で出かけてみました。

じつはこれ、上下とも完全メッシュ。RSタイチ製です。
しかもこの下はパンツとTシャツと靴下だけ。
ごついプロテクターが気に入っていますが、真夏はこれでも暑くほとんど着る機会がありませんでした。
走り出してみると、エンジンがあったまるまではスースーして寒く、早くも後悔し始めたのですが・・・。
10時に出発し、東海環状自動車道の豊田松平インターへ。
話は変わりますが、最近高速を使ってあちこち移動しているのにはわけがあります。
今までは遠出するときは通勤割引(朝6時>9時、夕方5時>8時の時間帯にETCゲートを使って100KM以内の走行をすれば半額。ただし時間内に1回だけしか使えない。)を使っていたのですが、仕事の疲れから、土日は昼まで寝ていることが多く、実際はあまり出かけることがありませんでした。
しかしこのたび休日割引というのができて、土曜と日曜は一日中半額で走れるようになったのです。
ただし当然条件があって、通勤割引と同じく100KM以内、1日2回までしか使えません。(つまり往復200KM)
それでも通勤割引と併用すれば、1日4回、400KMを半額で走れるようになったのです。
高速道路を管理しているNEXCO中日本のホームページから、自分の使うIC基点で100KM以内のすべてのICまでの半額料金がわかる料金表をダウンロードができますので、それを参考に半径100KMのツーリングを行っているわけです。
さて、カウリングの効果を実証するのに、体感温度だけでは物足りないので、今回こんなのを用意しました。
非接触式の温度計。
測りたいものの表面温度を瞬時に表示します。

ちなみにこれはサービスエリアで停止直後のシリンダーの温度。
空冷エンジンなので結構温度が高いですねー。
作者:MHR
更新日:2008年10月25日 23時30分
風の谷
と、勝手に名づけました。今日の目的地です。丸山ダムを造る際、コンクリートに混ぜる骨材を選別保管していたプラント跡だそうです。ダムの先にあります。




コンクリートの中空の塔で、横にコンベア用の穴があります。昔は塔同士の頂点をベルトコンベアで結び、砕いた石を上から落として、それぞれの塔(5本あります。1本は道路の反対側、というか5本立っていた塔の合間を道路が抜けているんです。)で5種類に粒の大きさをそろえて保存していたそうです。もともと道路はこの下をダム湖沿いに横切っていたのですが、その道がダムの更なる高度化工事によって沈むため、塔の間を抜けて高い位置にむけて新たな道を造ったということでした。現在この塔の先はトンネルになっています。
当然ですがこちらの道はダムの下流側なので沈みません。
ずっと前に(15年ぐらい前かなあ)来たときは看板にもあるように、この道路はなく、廃墟そのものでした。
部外者の勝手な希望ですが、昭和の文化財としてきちんと残してほしいものです。
作者:MHR
更新日:2008年10月18日 12時17分
珍しい橋
逆アーチです。初めて見ました。見にくいですが、普通のアーチ橋を上下ひっくり返したような構造です。
丸山ダムのそばにかかってました。前来たときは右側のつり橋しかありませんでした。
作者:MHR
更新日:2008年10月18日 12時2分
丸山ダム
岐阜県八百津の丸山ダムに来ました。ここは戦前に計画された日本最初の高ダムです。
木曽川の蘇水峡という渓谷をあがった所にあります。
事務所でダムカードというトレーディングカードがもらえるそうです。(土日も住み込みの人がいるのでOK。私はインターホンを押す勇気がなく退散。)
ここへいたる国道418号線は、ここから日本3大酷道と呼ばれるがけっぷちの崩落道路になっており、このダムの先で寸断されたままつながってません。
オフロード車なら昔は行けましたが今は完全通行止めとなっています。
実は15年ぐらい前にSR400とCX400で踏破しました。秘境と呼ぶにふさわしいところでした。
418号線に関してはサイトが面白いです。
途中に深沢峡という峡谷があり、谷底に赤い立派な橋が架かってましたが、当時そこへいたる道を見出すことはできませんでした。実は道なき道を進むような県道で、前述のサイトのかたは走破したようです。
このサイトを見ていたらTL200を復活させようという気持ちが膨らんでしまいました。
だって私の腕じゃトライアル車じゃないと行けそうもないんですよー。
ここも近いうちダムに沈むため過去のお話となってしまいますねー。
ちょっとさびしいです。
>
作者:MHR
更新日:2008年10月18日 11時58分
楓谷やまもみじ樹林
R100RSで行く、岐阜は楓谷やまもみじ樹林
久々の連休。久々の晴れ!
いつもなら昼頃まで寝てるあっしが早朝から通勤割引を使ってやってきました、岐阜は美濃の楓谷やまもみじ樹林!って、別にここを目指した訳じゃなく、美濃インターで降りたら看板があったのね。
残念ながらまだ早かったようで。紅葉してませんでした。
そういえば今はETCの早朝割引使わなくても土日は半額だそうで。

作者:MHR
更新日:2008年10月18日 10時21分
一面の秋

あちこちの田んぼで見られますねー。
今回は携帯ではなく(このブログの写真は全て携帯のカメラで写してます。)久しぶりに復活させたFINEPIX F700で撮影しました。(フル充電した電池が10枚しか写せなかったため。カメラに入れて充電するとフル充電できなかったようで、充電器を購入して充電したら生き返りました。)
また、この機種は最新の市販されているMタイプやHタイプのXDピクチャーカードが使えないため、付属していた16MBしか使えなかったのですが、物は試しと買った最新のオリンパス製Mタイプ1GBを運よく認識したので復活させました。ロットによっては全く認識しないそうです。メディアがなきゃどうしようもないじゃん。富士さん何を考えているんだろう。
店頭で見る限り、XDカード、このまま消えていきそうですねー。
作者:MHR
更新日:2008年10月17日 13時38分
九州物産展
豊田生協本部店で年二回の九州物産展が行われてます。通勤途中にあるのでいつもの大宰府名物、梅ヶ枝もちを購入。博多一心亭が店を出していたので誘惑にまけてワンタン麺を食べてしまいました。ダイエットはどうしたのー。
作者:MHR
更新日:2008年10月16日 9時26分
V-Max
恐怖の音楽ダウンロード
今日ふと携帯の料金を調べていたら、音楽のダウンロードサイトを契約していることに気づきました。
月額315円で1曲は無料ダウンロードOKというやつで、なんと10曲分たまってます。
そこでサザンの曲を5曲落したんですが。
1曲当たり400円ほど。まあ安いんだろうなと。
そういやパケット代金がかかるんだっけと、本日料金を調べてみたら見慣れない金額が。
いつもは定額を1000円で契約しているので通信料は0円です。
そこにあったのは4200円の文字。
そう、5曲で5000円弱の通信料がかかっていたのです。
1曲当たり1400円!。
CD2枚買えるじゃん!。
4200円は定額の上限なのでもうこれ以上はかかりません。
くそお、ダウンロードしまくってやるっ。
作者:MHR
更新日:2008年10月8日 13時8分
老後はのんびり田舎暮らし・・・・・冗談じゃない!
最近テレビで「老後はのんびり田舎暮らしはいかが」みたいなタイトルの番組がありますが。
私は町中のアパートからこちらの山村、下山村へ引っ越してきてはや12年になりました。
その経験からひとこと。
「田舎暮らしは大忙し!のんびしする暇なんかありゃしない!!」
これは農業を始めたからではありません。
純粋なサラリーマンですので、月曜から金曜までは会社勤め。
そして楽しみにしていた土日。
・・・1か月の内半分は、たいてい村の行事があります。
まず町と同じく環境美化の日。
町暮らしの時はごみ拾いぐらいでしたが、ここでは違います。
たとえば道路。
両側に無尽蔵に生えた草を刈り、ドライブの車から放り出された空き缶やゴミを拾い。
え?町と同じ?いえいえ距離が半端じゃなく1人で1km以上を担当。
なにしろとなりのうちまで数百メートルあるところも少なくないのです。
草刈前。こんな感じで4kmほど続きます。ちなみにたんぼ側は持ち主がやります。
草刈後。通学路なので見渡せるようにかります。
あと、町暮らしにはない、共有林の植え付け、草取り、枝打ちなど。
共有林というのは、区全体で面倒を見る、文字通り共有の山林です。
早朝8時から(田舎では8時はお昼扱いです。夜明けが町でいう早朝にあたります)4輪駆動の軽トラにおっさんたちが鈴なりになって、ランクルでも登れないような林道を行き止まりまで登ります。
そこからエンジン草刈り機を担ぎ、山の頂上まで斜面を登り上から下まで草を刈っていきます。
道なんぞありません。転げ落ちないよう、汗まみれで10時の休憩まで真剣にやります。
真剣にやらないと自分のまわりだけ取り残されるからです。
引っ越しして初めての年の真夏にこれをやらされた私は、翌日から猛烈な筋肉痛と手のしびれ(エンジンの振動によって)に悩むことになりました。
しかし生まれて初めての経験にわくわくしたことも確か。
草刈り機のガソリンを2回も入れるなんて町ではありませんよねー。(というか、どこのうちにも草刈り機があるというところから違いますし。)
そしてそして。
ほぼ毎月ある神事が一番大変です。
続く
作者:MHR
更新日:2008年10月7日 13時41分
ヤマガラとの生活
ヤマガラとの生活
朝は人間より早く起きますが、人が起きるまで小さな声で独り言を言ってます。
とにかく一日中食べます。
好き嫌いはなくそれこそ何でも食べます。
小鳥のえさとして売っている粟や稗(ひえ)、虫の幼虫、アーモンドやカシューナッツ、犬のガム、大根やキャベツetc。
中でも大好きなのはご飯粒とトウモロコシの胚(かたい部分)とドングリなどの木の実、そしてアイスクリーム。
意外と大食漢で水代りにきゅうりを1日1本ぐらい食べます。
ドングリなどの木の実は口でくわえて止まり木に移動し、両足で止まり木をつかみながら左右1本ずつの指でドングリを押さえ、首を思い切り後ろにのけぞり、全力でつついて穴をあけます。
ドングリのように大きいものはともかく、ゴマのようなものも器用につかみ、決して自分の脚をつつくことなく砕いていくのには驚きます。
食べるのはほんの少しで、気に入ったものは木の枝の股や、えさ入れの奥深く、籠の継ぎ目などに保存します。
満腹になると体を左右に揺さぶって機嫌よく歌います。
つっつっついー。つっつっついー。と尻上りの語尾で独り言のように繰り返します。
「はらへったぞー」というときはかなりの大声でぎゃぎゃぎゃと呼びます。
人にはなつかず、つかもうものならさあ大変。
ドングリのかたい殻に穴をあけるくちばしで、手を容赦なくつつくつつく。
夜はフラミンゴのように片足で止まり木をつかみ、首を後ろに回して寝ます。
睡眠時間は3時間ぐらい。
起きたら保存食を取り出し、ずっと食べっぱなし。
不思議なことに人が起きてくるまで静かに静かに行動してます。
3時間ぐらいでいつのまにか寝ていて、一度寝ると3時間後までは決して起きません。
1年に数回、羽がぬけ変わりましたが、生えるそばから抜け落ちるという病気で、空を飛べませんでした。
でもその代りに強靭な脚力で鳥かごの中を縦横無尽に飛び回り、不便は感じていない様子でした。
鳥というものは脳みそが小さいので馬鹿だと思っていましたが、とても頭がいいということを教えられました。
飛べないので、枝から枝への移動はすべてジャンプですが、ほんの数mmの狂いもなく着地します。
じっと見ていると鳥かごの底から一番上に行くのに、ちゃんと考えながらきちんとルートを選んでいるのが分かります。
最後の日には自分がうまく飛べないことも分かっていたみたいで、何回も目測していました。
母が与えた大根のつまをくわえ、必死に鳥かごの一番上まで登って。
落ちて。
どんな小さな命でも、失った時の悲しみの大きさはかわらないんですねー。
今母の寝室に飾る写真を整理しています。
作者:MHR
更新日:2008年10月3日 16時53分
