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[ネット関連]上地雄輔ブログのRSS購読数からわかること
ちょっと前に話題になりましたが、芸能人、上地雄輔のブログがギネス世界記録に認定されました。
■上地雄輔オフィシャルブログ「神児遊助」 Powered by Ameba
■上地雄輔のブログがギネス世界記録に認定。上地雄輔が喜びを語る
いろいろ言われるAmebaのアクセス数のカウント方法ですが、ギネス対象はアクセス数ではなくユニーク数だし、数字自体はテレビや芸能人といったように必然的に伸びる要素もあるので、インチキなどではないと思います(Googleランクも6だし)。総合的な人気とかを量るには、PVやUUの他に滞在時間とかも考慮に入れる必要はありますが、ここでは関係ないし。ちなみに芸能人を除くブログで一番多いアクセスを誇りそうなアキバBlogさんのUUは15万くらいみたいです。
■参考:アキバBlogの読者分析 男女比9:1 20代〜30代が8割 - アキバBlog
ただ、ちょっとばかしこのブログのアクセスの性質について調べてみると、面白い傾向がありました。それはRSSの数。
ネットでは、最近購読の管理にRSSを使う人が増えています。このエントリーをRSSで読まれている方も多いでしょう。そしてその数がアクセス数の他に、そのブログの指標となることもあります。
さて、ご存じの方も多いでしょうが、これは外部からもデータの一部を確認することが出来ます。それが「Webスカウター」というものを使うことによって。
■Web スカウター - ウェブページの戦闘力を測定できる「あの」ツール - Web Scouter
これで、上地氏のブログのRSS数を確認してみると……
■Webスカウター - 上地雄輔オフィシャルブログ「神児遊助」 Powered by Ameba
日本で一使用者が番多いLivedoorで291、3番目と思われるBloglinesで35です。これ、意外と少ないように感じます。というのは先のアキバBlogさんがLivedoorが1,597でBloglinesが487(実際にはAtomもあるので、もっと多いです)なのよりだいぶ少ないから(Webスカウター - アキバBlog(秋葉原ブログ))。
ちなみにはてなでは、RSS購読数のランキングが見られるところがあります。
■TopHatenar - あなたのはてなー順位が分かります
これはLivedoor系のみの対応なのですが、そこで比較してみるとはてな内で313位。
ついでに女性芸能人で一番多そうなしょこたんブログを見てみると……
Livedoor(1,088), Bloglines(101)と、こちらも上地氏よりもかなり上です。
さて、公称UU数が正確なものとした場合、これからわかることは何か。まあ改めて言うまでもないですが『上地氏のブログのRSS購読数はアクセス数に比較してかなり低い』ということ。
上地氏のブログに来ている人はRSSリーダーを使っている人が少ない。つまりそのままページに来た人が割合的にほかよりも多いということですね。単純に考えれば、これはRSSを使っていないネット使用度が低い人、もしくはその導入知識がない人の可能性が高いですね。さらには携帯電話での閲覧の場合も同じことが言えるかもしれません(まあ携帯で使えるRSSリーダーもありますが)。
あと、これはデータがないので予想でしかないのですが、上地氏のブログにはその性質上女性比率が高いと考えられます。逆にしょこたんブログの閲覧者が男性の割合が多いと仮定すると、やはり女性内でのRSS使用率は低いということになるでしょうか。
しかし、アクセスカウンタの数には、基本RSSでの配信数は含まれませんよね。となると、アクセスカウンタ(UU含む)を回すためには、閲覧人数が同じならRSSは少ない方が特なので、このほうがよいのかもしれません(つまり、自分のページでもカウンタだけ回したい時は、RSS登録ボタンの類を置かない方がよいということか)。
ま、最初にも書きましたが、アクセス数、ユニーク数ってのはいくつもあるネット上の指標のあくまで一つにすぎないのですよね。まあそれでユニーク数が多いのはすごいことですが、何事にもおける絶対的な指標ではない、ということでもありますね。
ただ、こういった上地氏、というか芸能人ブログでもアクセス数のほかに個人的にすごいと思える部分があります。それは内容的な面で。そのことはまたそのうち書きます。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月19日 22時27分
[マンガ紹介]『トリコロ』が好きならこっちも読むべきな『特ダネ三面キャプターズ』
現在は連載が中断しているようですが、進行がスローながらも芳文社時代から現在の電撃大王連載まで人気のある萌え系4コマ漫画『トリコロ』。この前発売された、未収録集のついた特装版(『トリコロMW-1056』)もあっという間に売り切れて話題になりましたね。
さて、この作品の作者である海藍氏の作品で単行本化されているものは『トリコロ』以外にもあります。それがこの『特ダネ三面キャプターズ』。

特ダネ三面キャプターズ 1 (1) (まんがタイムKRコミックス)
※Amazonが入荷までに長いので、一応24時間着であったBK1も。
特ダネ三面キャプターズ 1 まんがタイムKRコミックス(BK1)
これは、芳文社時代に『トリコロ』とほぼ同時に芳文社の雑誌『まんがタイムラブリー』に連載されていた作品で、連載は2004年から止まっていたのですが、2006年に一時的復活し、単行本が出されました(その後また休載)。ちなみに同じ時期の作品には、トリコロMW-1056の特装版の本に収録されている『ママはトラブル標準装備!』というのもあります。
テイストとしては、だいたいトリコロと同じ感じ。しかしトリコロが家庭主体なのに対してこちらは学園、そして文字通り新聞部が主体です。ただ、部活動はあくまでネタにすぎず、主にはその部員&先生が巻き起こす出来事が主体です。そしてギャグからいい話までそろっているという感じ。
レギュラーキャラクターも似たような感じです。騒動系の秋山みずほ、冷静系の冴木たから、そしてちみっ子振り回され、無意識に撃沈台詞を吐く小田とみか、三十路を気にしつつ、同僚の先生が気になっている三沢美里先生。しかし、海藍作品には珍しい人が1人。それは部員の風間慎太。つまりレギュラーの中に男性がいるのですよね。これはほかの海藍作品ではかなり珍しことです(『トリコロ』なんて、レギュラーじゃなくても警官と宅配員以外ほとんど男性が出てこないし)。おまけに、この風間慎太は小田とみかの幼なじみで、明らかにとみかは慎太に恋心を持っています。そしてそれに絡む話もわりと出てきます。トリコロでも女性同士の愛情というか好感的なものはありますが、ここまでストレートに恋愛系が前に出ているものはないですよね(『ママはトラブル標準装備!』の末期にはそうなるかな?ってのもありましたけど)。ま、もちろんそれは海藍氏の作風通りベタベタしているとかではなく、話の合間に出てくるほのかなものなのですがそれがまたいいのですよ。ちなみにそれらしくなると、みずほやたからにツッコまれるというのもパターン。もしかしたら掲載誌が『まんがタイムラブリー』であったのとも関係あるかもしれませんが、幼なじみ系の話がわりと好きな自分にとっては、なかなか良い感じでした。ちなみに三沢先生の方もたまにそういう話があります(で、やっぱり生徒にツッコまれると)。しかし海藍氏っていうのは、トリコロのお母さんにしても、ママはトラブル標準装備のママにしても、年輩(だいたい30前後)の女性を好感の持てるキャラに描くってのがうまいですね。
というわけで、トリコロ氏が好きで、そういったほのかな恋愛系の話も好きという人は読まれてみるのをおすすめします。
しかしこれ、ずっと休載になっているのですが、トリコロも休載気味な今では無理にとしても、そのうち復活して欲しいと思います。できれば『ママはトラブル標準装備!』も。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月18日 22時31分
[日記・雑文]国語を学ぶのは言語自体より「論理力」を学ぶためだと思う話
ソースはアメーバニュースですが、こんな話題が。
■なぜ、わざわざ学校で国語を学ばなくてはいけないか - Ameba News [アメーバニュース]
これ、別に回答に悩む必要はないように思います。日本語を学ぶのは「論理力を養うため」ではないかと。おそらく、質問している中学生は、国語を英語の授業と同じように考えているのでしょうが、そもそも国語の授業は外国語とは多くの部分で学び方が異なるのは、多くの方が実感してこられたでしょう。英語の授業では、単語や文章の読み方&リーディングを中心に行っているはずですが(少なくとも中高では)、国語(現代文)ではたしかに漢字の習得や文化史などはあるものの、正直それは中心とは言えません。殆どの場合はその文章を読んで、何かを導き出すのに使います。例えば論文なら筆者の述べたいことは何かとかそんなのがテストに出ていましたよね。つまり現代文の授業はその文章を読むことではなく、そこから何かを導き出すための術を学ぶものではないでしょうか。もし、英語と同じことを国語の授業でやった場合、かなりレベルが低いものとなるような気がします。
日本で生まれ育った人の場合、英語の論文を読んでその論理を理解するにしても、頭の中では日本語として処理してそれを英語として出力する場合が多いのではないでしょうか。いや、全部を日本語化するのではないにしても(思考を全部言語化することもあまりないでしょうし)、例えば頭の中でフローチャートを思い浮かべた時、そこに書かれている文字列は英語ではなくて日本語ではないかと。もしかしたら、英語でそのまま考えて英語で出力出来る人もいるかもしれませんが、そうなるとむしろネイティブに近いように思えるのですよね。故に、論理を構築することを学ぶには、日本語の方がよいと。で、国語の授業はその役割を担っているのではないかと。
もちろん、英語で論理を構築できるのならそれでもいいでしょう。しかし、中高の英語の授業、それに入試でも(私の時代の場合ですが)殆どの場合は単語を読んで文章がわかれば、ある程度は解けてしまうのですよね(少なくともセンター試験レベルならば)。おそらく日本語化すれば、小中学生でも解けるかもしれないようなものがほとんどです。まあこれ以上になると高校までの教育課程を逸脱するのでしょうが、それではとても論理力の構築には足りないでしょうね。故にまず日本語でそれを構築する必要があると。ま、大学のその課程に行けば、嫌と言うほどそれを要求されるでしょうし。
それに、これからはおそらく昔に比べると、IT技術により言語のカベは昔よりは薄くなってくると思われます。まあ最低限の英語力はいるにしても、専門用語はネットで調べられるという感じになると。そうなれば、英語よりもむしろ国語の時間に力を入れて、論理力を養った方がよいのでは、とも思います。
しかし、先の国語不要という言葉も、もう1歩踏み込めばある意味では正しいかもしれません。というのは、論理力なんて学校で教えてもらって身につくことはきっかけ程度で、結局は自分で多くの文章(これは本でもネットでも良いと思う)を読まなければ身につかないと思うからです。だって教科書や入試の文章なんて断片的なものを説明のために読んでいるにすぎないし。ついでに言えば、テストでの設問の多くも択一回答式なら問題作成者の決めつけの中から近いものを選ぶという、かなり曖昧なものなのですよね。もしかしたら問題作成者より適切な解答を導き出したのに、それに近いものが選択肢になかったということもあるかもしれません(ちなみに国語にはわりと「悪問」も存在し、どっちともとれるのに解答は一つとか、曖昧なものもあるようです)。そう考えると、評価される国語という科目は不要で、本を読んでいたほうがよい、と言えなくもないかもしれません。もし、先述の中学生がそれをふまえての発言だったら納得できます。まあおそらくは違う気がしますが。
ま、どの科目でも言えますが、学校の勉強に関しては結局は本人のやる気、いい教師に巡り会えるかどうかだと思います。私は中学時代、国語はずっと2でしたが、高校以降はとても面白く、よい説明をしてくれる先生に担当してもらったために、ほぼ最高の成績をとれました(古典は平凡だったけど)。別に学校の教師ではなくてもいいので、その学問をしたいのだったら、本人のやる気と師になるものを探すのがよいと思います。自分も中学時代にネットがあったら、勉強法が変わっていたかもしれないなあ。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月17日 22時29分
[マンガ]『孤独のグルメ』ほど料理を中心に添えているマンガはないと思う話
この前料理マンガについて『料理マンガというのは総じて『バキ』的なものかもしれない』というのを書きましたが、すべてのマンガがそうではありません。そしてその中でも特に象徴的なのが『孤独のグルメ』という作品。そしてバキ的な強引さがないということ以外でも、このマンガは食べ物を扱う漫画としてかなり特殊な性質を持っていることに気付きました。ネットでは『孤独のグルメ』に対する書評などはかなりされ尽くしている感がありますが、その視点から自分なりに書いてみようと思います。
まず、このマンガは一応食べ物を扱っていますが、料理マンガとは微妙に違います。だって、主人公が料理するわけではなく、出されたものを食べているだけなのですから(とはいえ、食べ歩き系マンガなら最近わりとありますけどね)。そして、以前のエントリーで語ったような、料理をネタに強引に話を展開する『バキ』的な展開もなく、淡々と話が進みます。しかしそれらの独特な雰囲気と描写で、他の料理マンガとは違った意味で高い評価を受けています。
しかし、本当にこのマンガが特徴的なのはそれだけではありません。実は見方によってはこのマンガほど、料理を中心に添えているマンガはないと思うからです。
他の料理マンガの多くは、たしかにストーリーのほとんどを料理とそれに関する展開が占めますが、使われ方はとあるストーリーがあって、それのきっかけに料理があるという場合が多いです。例えば『美味しんぼ』ならもめ事→料理を出す→解決みたいなパターン。『ミスター味っ子』や『将太の寿司』、『食キング』みたいな料理勝負ものでも、だいたい前後に問題があり、それが終わることで解決しますよね。しかしこれ、よくよく考えてみるとあくまで話の中心はこの問題が起こってから解決するストーリーであり、解決する手段が他の料理だったり、極論料理ではなくても成立してしまいます(まあそれが料理マンガかどうかというのは置いておくとして)。つまり、料理はストーリーにおいて重要なきっかけではありますが、あくまでその全体的な問題解決話が核であって、中心ではないと言うことも出来るのではないかと。
しかし、『孤独のグルメ』の場合は違います。はっきり言ってしまえば、ストーリーはほとんどその料理に行き着くまで、もしくは食った後という過程となっています。そしてその後、料理を食べるシーン(頼むシーン、待つシーン含め)に殆どが費やされます。正直、このマンガは料理なしではただ歩いた話や買い物した話となって、とてもストーリーとして成立しません。また、他の料理で同じパターンを使うことも難しいでしょう(ものによっては不可能ではないとは思いますが)。つまりこのマンガは、前後ともその料理の存在があってものものとなっているのだと思われます。すると、前に説明してきたものとは違い、このマンガにおいては料理が中心となっていると言えるのではないでしょうか。
一見地味なあのマンガで、淡々と進むので料理の扱いも軽く見えますが、こう考えるとこれほど料理を中核に添えているマンガもあまりないのではないかと思うのです。
だけど、『バキ』的なものではなく、こういった方面でももっと料理マンガが増えてもいいと思うのですが、なかなかないのですよね。それは料理をストーリーより強くするということは、気をつけないと本当にただ薄いだけのマンガになるか、グルメ雑誌に載っている料理紹介マンガみたいになってしまうからかもしれません。そう考えると、『孤独のグルメ』ってのは、非常に微妙なバランスで作られた話なのだなと思います。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月16日 22時32分
[日記・雑文][同人関連]行列を意図的に作り出すことのリスク
伊集院光がラジオでたまに言うことで、行列の話というものがあります。かいつまんで説明すると、とある餃子屋には列が出来るほど客が来ている。その店主に聞くと、わざと生産のスピードを調整する(遅くする)ことで、列を途切れさせないようにしている。つまり、その列があることで人気があることを示して、また人を呼ぶという戦略があると。これに対して伊集院光氏は、それを堂々と言われるとなんだか微妙な感じがするようなことを言っていました。ついでに今話題の田中義剛牧場のキャラメルも、生産数を絞っていると聞いて微妙な感じがすると言ってましたね。これ、非常にわかります。たしかに列を作るというのは、人気のバロメータとなっていたので、昔からこのようなことが行われていたとしても、何も不思議ではありません。しかし、それを堂々と言われると本来時間をかけなくてもすむのに、その戦略につきあわされて客は時間を無駄にさせられていると聞くと、非常に微妙な気持ちになります。
しかし、この意図的に作られた行列というもの、本当に売り上げをアップさせる効果があるのでしょうか。自分の考えからすると、「現代では一時的な盛り上げにはなるけど、長期的にはマイナスになる」としか思えないのですよ。以下にその理由を書いてゆきます。
まず、列が出来ることによって、たしかにそれにつられる人が出てくることで、呼び寄せ効果はあるでしょう。そして、通常に裁いて列が出来るほどではない場合に比べたら、総売上はそれなりに増えるかもしれません。しかし、私の場合こういった列を見ると「ああ、これだけ混んでいるならいいや」とスルーしてしまうのです。まあよほどのものでしたら並びますが、そこまでのものはそれほどない。ましてや食い物なんて、もっとうまいものがある可能性は高いし。おそらく、私と同じ心理を働かせている人はけっこういるのではないでしょうか。そしてそれは、本来獲得するチャンスのあった列が無くても獲得できたであろう客層を見逃したことになります。
実はこれは大きいです。なぜなら、殆どの店の場合、列を長期間作り続けるということは難しく、ある程度経って目新しさ(ブーム)がなくなると減少してしまうのですから。もちろんそれでも行列を作り続ける店もありますが、そういうのは実力を伴っているので、むしろわざと行列を作るまでもないかと。そして列があったから並んだ客は、列が無くなれば買わなくなる可能性は高いですね。しかし最初に作った列によって、いくらかの客を逃しているわけです。そしてその中には列がなければリピーターとなりうる人さえも。
さらに私の場合、列は多くの場合「否定的なもの」として見ています。というのは、最初の餃子屋のような列調整を知っているから、人気に比例していなくて小細工をしている可能性があるのではないかという意識が芽生えているから。同じように考えている人は、けっこういるのではないでしょうか。また、列を否定するのは、わざと作っている場合だけではありません。列が出来るというのは人気があるだけではなく店の狭さ、そして客さばきの速さでその長さが変わります。実際、人気がある店でも、客さばきがうまくて、列が長くならないようにしている店というのはありますし。そして、そういう店こそ、「接客の良い店」として評価されるべきでしょう。つまり逆に言えば、列=人気があると言う要素よりも、列=客さばきが悪いととらえているからです。
もちろんそれが欲しいのもの、食べたいものなら並びますが、前述のようなことを頭の中で考えてしまうのですよね。そして列、つまり待ち時間とそこを希望する度合いを比較して、待ち時間が長いほど、そこをあきらめる可能性も高くなると。最近だと、クイズマジックアカデミーVIのロケテストで、15分並んだのが最高ですね。
そういうわけで、列を意図的に作り出して、人気獲得手段だと自慢げに誇っているのは、感情的だけではなく、経営的にもどうかと思うわけですよね。まあ、その商品で実力があるのに最初だから注目されていないものを知らせるための手段としては効果があり、実際にそこから人気となった店もあるでしょうが、それはもともと商品に魅力あってのものでしょうし、別の広報手段がうまくいけば、また成功したと思います。
さて、列と言えば1ヶ月ちょっと後にはコミケが迫っています。ここでも列がたっぷり出来ますが、必ずしもイコール人気度や売り上げとは限りません。神業のような列裁きで、列が殆ど伸びないサークルさんもありますし、逆に手際が悪くて列がなかなか進まないサークルさんもあります(実際にそれで閉場時間になっても列があり続けて問題になったケースもありますしね。搬入部数が決まっているのはそういった面もあるでしょう)。
■参考:行列の長さから販売数の比較を行うことは出来ないという話
そして意図的にしている人は滅多にいないと信じたいですが、俗に言う「牛歩」で列を作り出しても、それにより固定購買層を失っている可能性もあるでしょうね。逆に、あまり列が長くないところは、見た目はともかく売り上げが上がって、印象も含めて潜在的な購買層を増やしているとも考えられます。そういったわけで、売る人は列を作るより、細かな対応を良くしたほうが長期的に見れば良い結果を得られると思います。方法としては値段をわかりやすくする(これ、売り上げにも繋がると思います。いちいち菊の面倒でスルーする人もいるので)、釣り銭をすぐ取り出せるように用意(100円ショップのコインケースなど)。何よりそのほうが、全体的に混雑を緩和させて、参加者全員で気持ちよく過ごせますしね。
ちなみに私は、オリジナルなど注目されていないために列は出来ていないけど、自分がおもしろいと思う作品を発掘した時が一番嬉しいです。もし目的のものを買って時間が空いたら、すぐ帰らずにそういったところをざっと見てみるのをおすすめします。ラーメン屋にせよ同人誌にせよ、自分で探し出す喜びっていいものですよ。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月15日 8時48分
[ネット関連]上地雄輔ブログのRSS購読数からわかること
ちょっと前に話題になりましたが、芸能人、上地雄輔のブログがギネス世界記録に認定されました。
■上地雄輔オフィシャルブログ「神児遊助」 Powered by Ameba
■上地雄輔のブログがギネス世界記録に認定。上地雄輔が喜びを語る
いろいろ言われるAmebaのアクセス数のカウント方法ですが、ギネス対象はアクセス数ではなくユニーク数だし、数字自体はテレビや芸能人といったように必然的に伸びる要素もあるので、インチキなどではないと思います(Googleランクも6だし)。総合的な人気とかを量るには、PVやUUの他に滞在時間とかも考慮に入れる必要はありますが、ここでは関係ないし。ちなみに芸能人を除くブログで一番多いアクセスを誇りそうなアキバBlogさんのUUは15万くらいみたいです。
■参考:アキバBlogの読者分析 男女比9:1 20代〜30代が8割 - アキバBlog
ただ、ちょっとばかしこのブログのアクセスの性質について調べてみると、面白い傾向がありました。それはRSSの数。
ネットでは、最近購読の管理にRSSを使う人が増えています。このエントリーをRSSで読まれている方も多いでしょう。そしてその数がアクセス数の他に、そのブログの指標となることもあります。
さて、ご存じの方も多いでしょうが、これは外部からもデータの一部を確認することが出来ます。それが「Webスカウター」というものを使うことによって。
■Web スカウター - ウェブページの戦闘力を測定できる「あの」ツール - Web Scouter
これで、上地氏のブログのRSS数を確認してみると……
■Webスカウター - 上地雄輔オフィシャルブログ「神児遊助」 Powered by Ameba
日本で一使用者が番多いLivedoorで291、3番目と思われるBloglinesで35です。これ、意外と少ないように感じます。というのは先のアキバBlogさんがLivedoorが1,597でBloglinesが487(実際にはAtomもあるので、もっと多いです)なのよりだいぶ少ないから(Webスカウター - アキバBlog(秋葉原ブログ))。
ちなみにはてなでは、RSS購読数のランキングが見られるところがあります。
■TopHatenar - あなたのはてなー順位が分かります
これはLivedoor系のみの対応なのですが、そこで比較してみるとはてな内で313位。
ついでに女性芸能人で一番多そうなしょこたんブログを見てみると……
Livedoor(1,088), Bloglines(101)と、こちらも上地氏よりもかなり上です。
さて、公称UU数が正確なものとした場合、これからわかることは何か。まあ改めて言うまでもないですが『上地氏のブログのRSS購読数はアクセス数に比較してかなり低い』ということ。
上地氏のブログに来ている人はRSSリーダーを使っている人が少ない。つまりそのままページに来た人が割合的にほかよりも多いということですね。単純に考えれば、これはRSSを使っていないネット使用度が低い人、もしくはその導入知識がない人の可能性が高いですね。さらには携帯電話での閲覧の場合も同じことが言えるかもしれません(まあ携帯で使えるRSSリーダーもありますが)。
あと、これはデータがないので予想でしかないのですが、上地氏のブログにはその性質上女性比率が高いと考えられます。逆にしょこたんブログの閲覧者が男性の割合が多いと仮定すると、やはり女性内でのRSS使用率は低いということになるでしょうか。
しかし、アクセスカウンタの数には、基本RSSでの配信数は含まれませんよね。となると、アクセスカウンタ(UU含む)を回すためには、閲覧人数が同じならRSSは少ない方が特なので、このほうがよいのかもしれません(つまり、自分のページでもカウンタだけ回したい時は、RSS登録ボタンの類を置かない方がよいということか)。
ま、最初にも書きましたが、アクセス数、ユニーク数ってのはいくつもあるネット上の指標のあくまで一つにすぎないのですよね。まあそれでユニーク数が多いのはすごいことですが、何事にもおける絶対的な指標ではない、ということでもありますね。
ただ、こういった上地氏、というか芸能人ブログでもアクセス数のほかに個人的にすごいと思える部分があります。それは内容的な面で。そのことはまたそのうち書きます。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月19日 13時27分
[マンガ紹介]『トリコロ』が好きならこっちも読むべきな『特ダネ三面キャプターズ』
現在は連載が中断しているようですが、進行がスローながらも芳文社時代から現在の電撃大王連載まで人気のある萌え系4コマ漫画『トリコロ』。この前発売された、未収録集のついた特装版(『トリコロMW-1056』)もあっという間に売り切れて話題になりましたね。
さて、この作品の作者である海藍氏の作品で単行本化されているものは『トリコロ』以外にもあります。それがこの『特ダネ三面キャプターズ』。

特ダネ三面キャプターズ 1 (1) (まんがタイムKRコミックス)
※Amazonが入荷までに長いので、一応24時間着であったBK1も。
特ダネ三面キャプターズ 1 まんがタイムKRコミックス(BK1)
これは、芳文社時代に『トリコロ』とほぼ同時に芳文社の雑誌『まんがタイムラブリー』に連載されていた作品で、連載は2004年から止まっていたのですが、2006年に一時的復活し、単行本が出されました(その後また休載)。ちなみに同じ時期の作品には、トリコロMW-1056の特装版の本に収録されている『ママはトラブル標準装備!』というのもあります。
テイストとしては、だいたいトリコロと同じ感じ。しかしトリコロが家庭主体なのに対してこちらは学園、そして文字通り新聞部が主体です。ただ、部活動はあくまでネタにすぎず、主にはその部員&先生が巻き起こす出来事が主体です。そしてギャグからいい話までそろっているという感じ。
レギュラーキャラクターも似たような感じです。騒動系の秋山みずほ、冷静系の冴木たから、そしてちみっ子振り回され、無意識に撃沈台詞を吐く小田とみか、三十路を気にしつつ、同僚の先生が気になっている三沢美里先生。しかし、海藍作品には珍しい人が1人。それは部員の風間慎太。つまりレギュラーの中に男性がいるのですよね。これはほかの海藍作品ではかなり珍しことです(『トリコロ』なんて、レギュラーじゃなくても警官と宅配員以外ほとんど男性が出てこないし)。おまけに、この風間慎太は小田とみかの幼なじみで、明らかにとみかは慎太に恋心を持っています。そしてそれに絡む話もわりと出てきます。トリコロでも女性同士の愛情というか好感的なものはありますが、ここまでストレートに恋愛系が前に出ているものはないですよね(『ママはトラブル標準装備!』の末期にはそうなるかな?ってのもありましたけど)。ま、もちろんそれは海藍氏の作風通りベタベタしているとかではなく、話の合間に出てくるほのかなものなのですがそれがまたいいのですよ。ちなみにそれらしくなると、みずほやたからにツッコまれるというのもパターン。もしかしたら掲載誌が『まんがタイムラブリー』であったのとも関係あるかもしれませんが、幼なじみ系の話がわりと好きな自分にとっては、なかなか良い感じでした。ちなみに三沢先生の方もたまにそういう話があります(で、やっぱり生徒にツッコまれると)。しかし海藍氏っていうのは、トリコロのお母さんにしても、ママはトラブル標準装備のママにしても、年輩(だいたい30前後)の女性を好感の持てるキャラに描くってのがうまいですね。
というわけで、トリコロ氏が好きで、そういったほのかな恋愛系の話も好きという人は読まれてみるのをおすすめします。
しかしこれ、ずっと休載になっているのですが、トリコロも休載気味な今では無理にとしても、そのうち復活して欲しいと思います。できれば『ママはトラブル標準装備!』も。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月18日 13時31分
[日記・雑文]国語を学ぶのは言語自体より「論理力」を学ぶためだと思う話
ソースはアメーバニュースですが、こんな話題が。
■なぜ、わざわざ学校で国語を学ばなくてはいけないか - Ameba News [アメーバニュース]
これ、別に回答に悩む必要はないように思います。日本語を学ぶのは「論理力を養うため」ではないかと。おそらく、質問している中学生は、国語を英語の授業と同じように考えているのでしょうが、そもそも国語の授業は外国語とは多くの部分で学び方が異なるのは、多くの方が実感してこられたでしょう。英語の授業では、単語や文章の読み方&リーディングを中心に行っているはずですが(少なくとも中高では)、国語(現代文)ではたしかに漢字の習得や文化史などはあるものの、正直それは中心とは言えません。殆どの場合はその文章を読んで、何かを導き出すのに使います。例えば論文なら筆者の述べたいことは何かとかそんなのがテストに出ていましたよね。つまり現代文の授業はその文章を読むことではなく、そこから何かを導き出すための術を学ぶものではないでしょうか。もし、英語と同じことを国語の授業でやった場合、かなりレベルが低いものとなるような気がします。
日本で生まれ育った人の場合、英語の論文を読んでその論理を理解するにしても、頭の中では日本語として処理してそれを英語として出力する場合が多いのではないでしょうか。いや、全部を日本語化するのではないにしても(思考を全部言語化することもあまりないでしょうし)、例えば頭の中でフローチャートを思い浮かべた時、そこに書かれている文字列は英語ではなくて日本語ではないかと。もしかしたら、英語でそのまま考えて英語で出力出来る人もいるかもしれませんが、そうなるとむしろネイティブに近いように思えるのですよね。故に、論理を構築することを学ぶには、日本語の方がよいと。で、国語の授業はその役割を担っているのではないかと。
もちろん、英語で論理を構築できるのならそれでもいいでしょう。しかし、中高の英語の授業、それに入試でも(私の時代の場合ですが)殆どの場合は単語を読んで文章がわかれば、ある程度は解けてしまうのですよね(少なくともセンター試験レベルならば)。おそらく日本語化すれば、小中学生でも解けるかもしれないようなものがほとんどです。まあこれ以上になると高校までの教育課程を逸脱するのでしょうが、それではとても論理力の構築には足りないでしょうね。故にまず日本語でそれを構築する必要があると。ま、大学のその課程に行けば、嫌と言うほどそれを要求されるでしょうし。
それに、これからはおそらく昔に比べると、IT技術により言語のカベは昔よりは薄くなってくると思われます。まあ最低限の英語力はいるにしても、専門用語はネットで調べられるという感じになると。そうなれば、英語よりもむしろ国語の時間に力を入れて、論理力を養った方がよいのでは、とも思います。
しかし、先の国語不要という言葉も、もう1歩踏み込めばある意味では正しいかもしれません。というのは、論理力なんて学校で教えてもらって身につくことはきっかけ程度で、結局は自分で多くの文章(これは本でもネットでも良いと思う)を読まなければ身につかないと思うからです。だって教科書や入試の文章なんて断片的なものを説明のために読んでいるにすぎないし。ついでに言えば、テストでの設問の多くも択一回答式なら問題作成者の決めつけの中から近いものを選ぶという、かなり曖昧なものなのですよね。もしかしたら問題作成者より適切な解答を導き出したのに、それに近いものが選択肢になかったということもあるかもしれません(ちなみに国語にはわりと「悪問」も存在し、どっちともとれるのに解答は一つとか、曖昧なものもあるようです)。そう考えると、評価される国語という科目は不要で、本を読んでいたほうがよい、と言えなくもないかもしれません。もし、先述の中学生がそれをふまえての発言だったら納得できます。まあおそらくは違う気がしますが。
ま、どの科目でも言えますが、学校の勉強に関しては結局は本人のやる気、いい教師に巡り会えるかどうかだと思います。私は中学時代、国語はずっと2でしたが、高校以降はとても面白く、よい説明をしてくれる先生に担当してもらったために、ほぼ最高の成績をとれました(古典は平凡だったけど)。別に学校の教師ではなくてもいいので、その学問をしたいのだったら、本人のやる気と師になるものを探すのがよいと思います。自分も中学時代にネットがあったら、勉強法が変わっていたかもしれないなあ。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月17日 13時29分
[マンガ]『孤独のグルメ』ほど料理を中心に添えているマンガはないと思う話
この前料理マンガについて『料理マンガというのは総じて『バキ』的なものかもしれない』というのを書きましたが、すべてのマンガがそうではありません。そしてその中でも特に象徴的なのが『孤独のグルメ』という作品。そしてバキ的な強引さがないということ以外でも、このマンガは食べ物を扱う漫画としてかなり特殊な性質を持っていることに気付きました。ネットでは『孤独のグルメ』に対する書評などはかなりされ尽くしている感がありますが、その視点から自分なりに書いてみようと思います。
まず、このマンガは一応食べ物を扱っていますが、料理マンガとは微妙に違います。だって、主人公が料理するわけではなく、出されたものを食べているだけなのですから(とはいえ、食べ歩き系マンガなら最近わりとありますけどね)。そして、以前のエントリーで語ったような、料理をネタに強引に話を展開する『バキ』的な展開もなく、淡々と話が進みます。しかしそれらの独特な雰囲気と描写で、他の料理マンガとは違った意味で高い評価を受けています。
しかし、本当にこのマンガが特徴的なのはそれだけではありません。実は見方によってはこのマンガほど、料理を中心に添えているマンガはないと思うからです。
他の料理マンガの多くは、たしかにストーリーのほとんどを料理とそれに関する展開が占めますが、使われ方はとあるストーリーがあって、それのきっかけに料理があるという場合が多いです。例えば『美味しんぼ』ならもめ事→料理を出す→解決みたいなパターン。『ミスター味っ子』や『将太の寿司』、『食キング』みたいな料理勝負ものでも、だいたい前後に問題があり、それが終わることで解決しますよね。しかしこれ、よくよく考えてみるとあくまで話の中心はこの問題が起こってから解決するストーリーであり、解決する手段が他の料理だったり、極論料理ではなくても成立してしまいます(まあそれが料理マンガかどうかというのは置いておくとして)。つまり、料理はストーリーにおいて重要なきっかけではありますが、あくまでその全体的な問題解決話が核であって、中心ではないと言うことも出来るのではないかと。
しかし、『孤独のグルメ』の場合は違います。はっきり言ってしまえば、ストーリーはほとんどその料理に行き着くまで、もしくは食った後という過程となっています。そしてその後、料理を食べるシーン(頼むシーン、待つシーン含め)に殆どが費やされます。正直、このマンガは料理なしではただ歩いた話や買い物した話となって、とてもストーリーとして成立しません。また、他の料理で同じパターンを使うことも難しいでしょう(ものによっては不可能ではないとは思いますが)。つまりこのマンガは、前後ともその料理の存在があってものものとなっているのだと思われます。すると、前に説明してきたものとは違い、このマンガにおいては料理が中心となっていると言えるのではないでしょうか。
一見地味なあのマンガで、淡々と進むので料理の扱いも軽く見えますが、こう考えるとこれほど料理を中核に添えているマンガもあまりないのではないかと思うのです。
だけど、『バキ』的なものではなく、こういった方面でももっと料理マンガが増えてもいいと思うのですが、なかなかないのですよね。それは料理をストーリーより強くするということは、気をつけないと本当にただ薄いだけのマンガになるか、グルメ雑誌に載っている料理紹介マンガみたいになってしまうからかもしれません。そう考えると、『孤独のグルメ』ってのは、非常に微妙なバランスで作られた話なのだなと思います。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月16日 13時32分
[日記・雑文][同人関連]行列を意図的に作り出すことのリスク
伊集院光がラジオでたまに言うことで、行列の話というものがあります。かいつまんで説明すると、とある餃子屋には列が出来るほど客が来ている。その店主に聞くと、わざと生産のスピードを調整する(遅くする)ことで、列を途切れさせないようにしている。つまり、その列があることで人気があることを示して、また人を呼ぶという戦略があると。これに対して伊集院光氏は、それを堂々と言われるとなんだか微妙な感じがするようなことを言っていました。ついでに今話題の田中義剛牧場のキャラメルも、生産数を絞っていると聞いて微妙な感じがすると言ってましたね。これ、非常にわかります。たしかに列を作るというのは、人気のバロメータとなっていたので、昔からこのようなことが行われていたとしても、何も不思議ではありません。しかし、それを堂々と言われると本来時間をかけなくてもすむのに、その戦略につきあわされて客は時間を無駄にさせられていると聞くと、非常に微妙な気持ちになります。
しかし、この意図的に作られた行列というもの、本当に売り上げをアップさせる効果があるのでしょうか。自分の考えからすると、「現代では一時的な盛り上げにはなるけど、長期的にはマイナスになる」としか思えないのですよ。以下にその理由を書いてゆきます。
まず、列が出来ることによって、たしかにそれにつられる人が出てくることで、呼び寄せ効果はあるでしょう。そして、通常に裁いて列が出来るほどではない場合に比べたら、総売上はそれなりに増えるかもしれません。しかし、私の場合こういった列を見ると「ああ、これだけ混んでいるならいいや」とスルーしてしまうのです。まあよほどのものでしたら並びますが、そこまでのものはそれほどない。ましてや食い物なんて、もっとうまいものがある可能性は高いし。おそらく、私と同じ心理を働かせている人はけっこういるのではないでしょうか。そしてそれは、本来獲得するチャンスのあった列が無くても獲得できたであろう客層を見逃したことになります。
実はこれは大きいです。なぜなら、殆どの店の場合、列を長期間作り続けるということは難しく、ある程度経って目新しさ(ブーム)がなくなると減少してしまうのですから。もちろんそれでも行列を作り続ける店もありますが、そういうのは実力を伴っているので、むしろわざと行列を作るまでもないかと。そして列があったから並んだ客は、列が無くなれば買わなくなる可能性は高いですね。しかし最初に作った列によって、いくらかの客を逃しているわけです。そしてその中には列がなければリピーターとなりうる人さえも。
さらに私の場合、列は多くの場合「否定的なもの」として見ています。というのは、最初の餃子屋のような列調整を知っているから、人気に比例していなくて小細工をしている可能性があるのではないかという意識が芽生えているから。同じように考えている人は、けっこういるのではないでしょうか。また、列を否定するのは、わざと作っている場合だけではありません。列が出来るというのは人気があるだけではなく店の狭さ、そして客さばきの速さでその長さが変わります。実際、人気がある店でも、客さばきがうまくて、列が長くならないようにしている店というのはありますし。そして、そういう店こそ、「接客の良い店」として評価されるべきでしょう。つまり逆に言えば、列=人気があると言う要素よりも、列=客さばきが悪いととらえているからです。
もちろんそれが欲しいのもの、食べたいものなら並びますが、前述のようなことを頭の中で考えてしまうのですよね。そして列、つまり待ち時間とそこを希望する度合いを比較して、待ち時間が長いほど、そこをあきらめる可能性も高くなると。最近だと、クイズマジックアカデミーVIのロケテストで、15分並んだのが最高ですね。
そういうわけで、列を意図的に作り出して、人気獲得手段だと自慢げに誇っているのは、感情的だけではなく、経営的にもどうかと思うわけですよね。まあ、その商品で実力があるのに最初だから注目されていないものを知らせるための手段としては効果があり、実際にそこから人気となった店もあるでしょうが、それはもともと商品に魅力あってのものでしょうし、別の広報手段がうまくいけば、また成功したと思います。
さて、列と言えば1ヶ月ちょっと後にはコミケが迫っています。ここでも列がたっぷり出来ますが、必ずしもイコール人気度や売り上げとは限りません。神業のような列裁きで、列が殆ど伸びないサークルさんもありますし、逆に手際が悪くて列がなかなか進まないサークルさんもあります(実際にそれで閉場時間になっても列があり続けて問題になったケースもありますしね。搬入部数が決まっているのはそういった面もあるでしょう)。
■参考:行列の長さから販売数の比較を行うことは出来ないという話
そして意図的にしている人は滅多にいないと信じたいですが、俗に言う「牛歩」で列を作り出しても、それにより固定購買層を失っている可能性もあるでしょうね。逆に、あまり列が長くないところは、見た目はともかく売り上げが上がって、印象も含めて潜在的な購買層を増やしているとも考えられます。そういったわけで、売る人は列を作るより、細かな対応を良くしたほうが長期的に見れば良い結果を得られると思います。方法としては値段をわかりやすくする(これ、売り上げにも繋がると思います。いちいち菊の面倒でスルーする人もいるので)、釣り銭をすぐ取り出せるように用意(100円ショップのコインケースなど)。何よりそのほうが、全体的に混雑を緩和させて、参加者全員で気持ちよく過ごせますしね。
ちなみに私は、オリジナルなど注目されていないために列は出来ていないけど、自分がおもしろいと思う作品を発掘した時が一番嬉しいです。もし目的のものを買って時間が空いたら、すぐ帰らずにそういったところをざっと見てみるのをおすすめします。ラーメン屋にせよ同人誌にせよ、自分で探し出す喜びっていいものですよ。
作者:nakakzs
更新日:2008年11月14日 23時48分
