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トップ > 327 > 327 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月9日 10時)

鉄道よもや話  難読駅名を考える

難読駅名が最近よくテレビなどで放送される。
メジャーになりすぎてみんなが読めることができるのがはたして難読駅名か。

特牛(こっとい)、及位(のぞき)はもやは難読駅名ではない。
読めて当たり前だからである。
あまりにも各本、メディアで紹介されすぎであるからだ。

渋滞回避地図が売れすぎて渋滞するのと同じである。
メジャーになれば誰でも読めるのである。

以下の地名(京都)の「難読」という漢字ではない。むしろ「不可能読」といった方が良い。
「物集女」「一口」「車折」こんなの地元の人以外はまず読めない。
そう読めなくて当たり前。

むしろ微妙な読み方の方が難読漢字ではないか。
だくてんがつくのか、つかないのかなどの方がよっぽど難読であるのでは。

防府(ほうふ)、二川(ふたがわ)、富士川(ふじかわ)
蒲郡(がまごおり) まず、つまずくと思う。

作者:

更新日:2009年1月6日 20時31分

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鉄道よもや話「JR冠名の駅」

JR冠名の駅
JR西日本にはあたまに「JR」とつく駅が多いが
他のJRにはない。JR東日本あたりはそろそろ見習うべきでないか。

たとえば高崎線の「行田」という駅があるが
あれはとても行田と名乗るのは無理があり行田市の中心地からは相当離れている。
実際の中心の駅は秩父鉄道の「行田市」である。

あれこそをJR行田という駅名にすべきだと思う。

昔の国鉄の横暴な政策で私鉄の駅名を無理やり変えさせた経緯もあるが
(小田急急相模原は典型的だが)
もう国鉄は存在せず民営経営のJRなのでそれくらいの謙虚さは必要であろう。

だが、駅名改称はお金がかかるので簡単にはいかないが)

作者:

更新日:2008年12月27日 9時40分

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がんばれ小田急

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がんばれ小田急。

小田急を時々使うが(新宿〜向ヶ丘遊園)
とにかくよく遅れる。

よく遅れるから駅すぱあとで
向ヶ丘遊園の実際に到着したい時刻を10時とすると
30分早めて9時30分で検索して余裕を見る。

こんなに情けない鉄道会社はない。

日本の鉄道は時間に正確というが
小田急だけは例外である。まるでヨーロッパの鉄道のように
当たり前のようによく遅れる。


これはラッシュ時に限ったことではない。
昼間も急行なんて3分程度は平気で遅れる。

いろいろ言い訳はあるかも知れないが
(2013年ころには代々木上原〜向ヶ丘遊園が完全複々線になるので
それまでの辛抱か?)

もう少し日本の鉄道としての誇りをもってもらいたい。

作者:

更新日:2008年12月17日 23時57分

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真岡鐵道

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家族で真岡鐵道へ行った。これで3回目である。
近所の男の子がSLが好きなので、真岡通いとなっているので
それに影響されてである。

真岡駅で駐車して、茂木まで片道はディーゼルカーで
帰りにSLへ乗車。下館まで行って真岡へもどってくると
SLはディーゼル機関車にけん引される。

たまたま真岡駅にいくとCMの撮影がやっていた。
成海璃子(DOCOMOのCMで出ている人)が白いアルパカといたが
いったい何のCMか地元の人もわからない。
真岡鐵道の人に聞いてもわからない。というよりは口止めされているのか。

また帰りは真岡駅まえの餃子のみんみんで食事をすませて
谷和原インター前に石下(いしげ)とうところで石下だんご
(春子屋)を買う。

以前のブログでも紹介したが石下だんごはお勧めです。

もうコースとなっている。

作者:

更新日:2008年12月15日 16時42分

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第78回 東京メトロ考〓 千代田線に突然現れた東西線?

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向ヶ丘遊園の帰り、代々木上原で千代田線に乗り換えようとおもったらいきなり東西線の車両が入線してきました。私は夢を見ているようなので何度も目をこすりましたがやっぱり現実でした。その証拠に代々木上原,国会議事堂前で写真をとりました。この東西線、車内の線名案内などはすっかり千代田線になっておりましたが、車内掲示LEDが一つ先を案内し車掌がなんどもあやまっておりました(代々木公園を案内するはずが明治神宮前を案内している表示となっている)。「車内の表示が間違っております。申し訳ございません」。でもその前に車両自体間違っているよ。早く千代田線の色に塗り替えようや。まあ一般人にはどうでもいい話ですが、回りの乗客は何も驚かないのがちょっとさびしいです。

作者:

更新日:2008年12月3日 23時33分

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第77回 総武線考〓 あれってE217 塗装もエンジン音もちがうやんか

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総武快速線、横須賀線のE217系があるが、一部 塗装が違うしかもVVVF音の違う車両があります。聞くところによると東海道線で活躍していたE217はE233の投入により余剰となり、横須賀線に里帰りし、しかもあのうるさいVVVF音から静かなVVVF音にかわって、しかも紺の塗装が青にかわっているのではありませんか。最近このVVVF音を聞きたくてわざとモハに乗車します。しかし列車の継ぎ目の部分だけ元の塗装のままはかっこわるいです。まあ、かわいいということで。。

作者:

更新日:2008年12月3日 23時26分

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第76回 総武線考〓

私の地元、船橋から総武快速線を利用しますが、この2008年12月に一部の列車(E217)に自動音声が
導入されました。しかし船橋から乗ると「この列車は横須賀線、逗子行です This is Yokosuka Line rapid service bound for Zushi」と放送されておりました。あのう、船橋〜東京は総武線なんですが、、、まあ横須賀線の一部としていただくならそれでもいいのですが。

作者:

更新日:2008年12月3日 23時1分

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第75回 茨城の鉄道 その2 存続されたローカル線 ひたちなか海浜鉄道(第三セクター)

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3回、74回と茨城の廃止鉄道を語ったのはこのひたちなか海浜鉄道の存続を決めたひたちなか市
をたたえるためである。また茨城県も県内に2つのローカル線を廃止してまさか3つ目も廃止するわけにはいかなかった事情もある。

かつては茨城交通(湊線)とう私鉄であったが2005年12月に、茨城交通は地元ひたちなか市
に対して、経営状況がおもわしくなく2008年3月で廃止する提案を示した。
それに対してひたちなか市は支援も考慮して存続するとした。
茨城交通とひたちなか市で協議した結果、茨城交通やひたちなか市が出資。
第三セクター会社としてひたちなか海浜鉄道が発足した。

2008年11月5日に家族でひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅へ行った。
最近、家族も私の鉄道趣味を理解してくれたのか
一緒に
駅にはかつて北海道で活躍したキハ20系などが車庫の中に国鉄色に復活されて
留置されているのにはおどろいた。またさらに茨城交通が自費で発注した
日本初のステンレス気動車が台車をはずした状態で展示されており
ボランティアの人が社内で署名を行っていた。
社内にはかつて栄華を極めたときの湊線の状況などが写真で展示されていた。
何百人もの女子高生が駅で通学している姿や工員が通勤していた様子などが
アルバムとなっていた。またお土産に川柳を書いたしおりなどをいただいた。

ひたちなか海浜鉄道の皆様には心より感謝しております。
家族とその帰りに那珂湊漁港で海鮮市場へよったりして
近くの大洗のアウトレットによったり、また翌日はひたちなか海浜公園にいったり
見どころがいろいろあります。

今、ひたちなか海浜鉄道は阿字ヶ浦というところまで行っているが
もう少し先のひたちなか海浜公園まで延伸すれば利用者も増えると思います。

茨城のサバイバルローカル線として日立電鉄、鹿島鉄道の分までがんばってほしい。

作者:

更新日:2008年11月23日 23時2分

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第74回 茨城の鉄道 その2 鹿島鉄道は廃止するべきだったのか

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鹿島鉄道

2007/3/31をもって廃止された鹿島鉄道だが、種々の問題で廃止となったのは致し方ない
もっと工夫すれば延命できたはずである。

つくばエクスプレスが間接的ではあるが鹿島鉄道の廃止においやったといっても過言ではない。
鹿島鉄道の親会社である関東鉄道がつくばエクスプレスでの減収で
支援できなくなってしまったのが要因である。


またもうひとつの要因としては貨物収入の滅失である。
もともと自衛隊百里基地の燃料輸送で生計を立てていたが
パイプラインの老朽化によってトラック輸送となった。

しかし廃止されたあと皮肉にもこの百里基地との民間併用空港の
茨城空港(自衛隊百里基地との併用空港)が開港する。

廃止した鉄道を復活させることでなく鹿島鉄道の廃線跡を流用を考慮したところBRT(バス高速輸送システム)を実施することとなった。これは定時性を廃線後を整備して定時性を保つため他の道路から独立して
バス専用道路とすることした。かつては兵庫県の尼崎〜宝塚に存在したバス専用道路
のようにする。でも大量輸送がきき環境的にもいい高速鉄道としてつくばエクスプレスを
石岡まで延伸してそのまま廃線跡を流用した方がよかったかも知れない。

茨城県はもうこれ以上、ローカル線を廃止すると県自体の自動車中心の社会を問われることとなる。
クルマ中心の考え方は茨城交通湊線廃止存続で問題となった。

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更新日:2008年11月23日 12時6分

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第73回 茨城の鉄道 その1 日立電鉄は廃止するべきだったのか

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皆様は日立電鉄という私鉄を覚えてられますでしょうか。茨城県の常陸太田市(常北太田)〜鮎川(日立市)まで走っていた私鉄です。茨城県の鉄道の粛清はまず日立電鉄から始まりました。常陸太田市は存続に熱心だったのですが、日立市が消極的でした。しかし廃止しなければならない赤字のレベルではなかったと思います。社会インフラをいったん消し去ってしまったら決して元に戻らないのです。日立電鉄のお墓参りに廃線をあるくと、なぜ廃止されたかまだ疑問です。茨城県はクルマ社会を増長させつづけ、第二第三の廃止路線となるのです(つづく)

作者:

更新日:2008年11月22日 18時46分

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