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トップ > _common > _common - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月2日 4時)

老人の中へ

老人の中へ

月間ケアマネジメント(2002年.8月-9月)
                          佐藤義夫



自然はその根元的な権利を群集のかたちで都市で行使する(ベンヤミン)

ユニットケアに垣間見る倫理的共同体の夢

 「ユニットケアではまずお年寄りのそばにいて、まずお年寄りの声を聴き、お年寄りの生活を支えていくことにより、お年寄りの願いや希望を少しでも叶えていくことを目指しています。『あきらめの気持ちを希望へ』のお年寄りの気持ちが少しでも変って行って欲しい、そんな願いがユニットケアです」(武田和典 ユニットケアセミナーinさいたま資料 2002.3.3)
 ユニットケアの主張においては、老人の生命活動の尊重、自己決定権の扇動、欲望の肯定、さらに生命倫理に止まらず老人存在の自然性の擁護という主張が繰り返しおこなわれる。ここから聞こえてくるのは、「老人の中へ」と繰り返えされるアジテーションである。
 このアジテーションが持ち込むのは、「施設を利用するお年寄りの方々の悲しみ」と「絶望」に対する生命倫理の持つ迫力(この人を捨てておけない)に他ならない。
 だからこのことは、「ユニットケアというハードは老人にとってはよい介護を提供できるかわりに、職員を選別・淘汰する」という老人の人権を中心に据えたシンプルな話(「工学システム」の話=今年7月号を参照)とは少し違う。ここでは、「あらためて私たちがかかわることを通して相手の存在感が高められること、そこから私たち自身の存在がたかめられる」(武田和典氏、同上)場所として、介護する側の希望もまた語られているからだ。ケアする側のやるせなさが、自らをユニットケアへと駆り立てるのだ。

作者:orpheus

更新日:2008年11月24日 0時3分

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オウム真理教の犯罪

オウム真理教団の犯罪
(1995年5月 パンフレット)

咲谷 獏


「闇のX」の犯罪か

 カラスの鳴かない日はあっても、オウム真理教の犯罪が報じられない日はない。もう一ヶ月以上も、国民はオウム真理教関連の情報を浴びて過ごしている。5月に入ると、オウムは「現代日本の鏡」という物わかりのいい論説が登場した。汚れた世の中から解脱しようとした若者の集団が数々の病理を露呈しているが、これらは今日の日本社会の諸問題の反映だ、と言うのである。
 しかし、これは違う。この論評を含めて、オウム真理教に関する報道のあり方にこそ、世紀末のわが国の方向喪失が映し出されている。「現代日本の鏡」なのは論者たち自身である。オウム真理教団の犯罪が、何かしら「闇のX」の仕業だとする論調が多い。
 たとえば公安警察。もと学生活動家だった某に導かれる形で、オウム真理教にはかなり早い時期から公安が取り付いた。そのほか、某新興宗教教団、暴力団等々、様々な憶測が飛び交っている。多少とも、その手のことはあったに違いない。だが、ことの本筋はあくまでもオウム真理教という集団の犯罪である。そのことを見逃しては、純粋な気持ちから教団に帰依した若者たちも浮かばれない。
 世間を騒がせるような事件や集団に闇の手の介入を詮索するのは、今回に限ったことではない。たとえば、1960年の安保全学連が田中清玄に操られていたと、大々的に喧伝されたことがあった。当時は、大新聞を初めとして全学連の行動は犯罪扱いだったことが想起されていい。全学連と田中氏の関係はこれに火をそそぐ暴露だった。

作者:orpheus

更新日:2008年11月16日 23時35分

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第5回勉強会のお知らせ

勉強会「福祉と自由」、第5回は、11月27日(木曜日)です。
時間は午後7時から、場所は前回と同じ練馬の「ほっと・ハウス・豊玉」です。
テーマは、「感情労働」です。
講師は長崎浩さん。初めての方、特に若い人大歓迎です。会場に直接お越しください。
資料は、「管理される心」(ホックシールド 世界思想社)第9章「本来性の探求」です。
会場連絡先:03-5946-4310

問い合わせ先:日本生活介護:佐藤 mail:satou@seikatukaigo.co.jp

作者:orpheus

更新日:2008年11月6日 10時52分

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いま、私であるということ(1)

勉強会「感情交換論」の参考資料です。

いま、私であるということ
(「情況」情況出版2008年10月号)
                            長崎 浩

その一 個人主義の現在

貧しい主体性

 先に私は「情勢分析」と称してこの四半世紀の世界の診断を試みたが、その後半の部分を「いま、私であるということ」の分析に割く結果となった。私であること、つまり主体性のあり方が、かつてアダム・スミスが思い描いたような古典的な市場社会の場合と比較してすら、ずいぶんと違ったものであることに私は注目した。スミスの分析に与えられた個人は、「損得勘定にもとづいて世話を交換する」ような独立不羈で抜け目のない商人であり、産業人であった。この意味で社会的に対他存在であることが初めから個人の定義をなしていた。このような個人が利己心にもとづいて自由に自己の幸福を追求するのが市場社会であった。それがいまでは、民主主義と自由主義の世界的な勝利が謳われながらも、自由な個人は産業人とは別の何かである。

作者:orpheus

更新日:2008年11月3日 13時19分

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いま、私であるということ(2)

いま、私であるということ 続き
(「情況」情況出版2008年10月号)
                            長崎 浩

私と他者たち

 さてこうして、私は他者と出会い、他者の応答のうちに私の感情の意味を発見するのだが、私にとって彼は他にいくらでもいる。私が感情交換する相手は、今度は別の他者だ。かくて、私と彼の二元的関係は他者たち多数との関係に拡張される。私は他者たちと個々に同感の関係を結ぼうとする。他者の応答は私の感情表出を是認するであろうが、別の他者はこれを否認するかもしれない。他者たちとのこの多元的な関係のうちで、私は同感しうる複数の他者たちを求めていくであろうが、同感成立のカギは依然として他者が握っているので、ここでも私の試みは挫折を経験する。
 アダム・スミスがこういっている。「われわれは、この世に生まれ出ると、他人を喜ばせたいという自然的欲求から、交際するすべての人にとって、つまり自分の親、教師、仲間にとって、どんなふるまいが快適であるかを考慮するように自分を習慣づける。われわれは、進んで他人に話しかけ、しばらくの間は喜んで、あらゆる人の好意と明確な是認とを得るという不可能で道理に合わないもくろみを追及する。しかしながらわれわれは、まもなく経験によって、この明確な是認が普遍的にはまったく獲得できないものであることを知る。他人との間に処理すべきもっと重要な利害関係をもつようになると、われわれは、一人の人を喜ばせることによって、ほとんど間違いなく別の人を怒らせるということ、そして、場合によっては、一人の人の機嫌をとることによって、他のすべての人をいらだたせるかもしれないことを知る。」( 307頁)

作者:orpheus

更新日:2008年11月3日 13時10分

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「感情交換論」

「感情交換論」(勉強会「福祉と自由」第3回の記録 2008.9.26)

1) 前回のまとめと新しいテーマ

労働の編成ということ

 前回のまとめを簡単にします。労働の意味とか意義はどこにあるのかということから勉強会をはじめました。前回までにいくつかの労働論に当たりますと、まず異口同音に、働くことそのものにではなく、協業を組んで働く中で、自分が社会的な意味で対他存在であるということを確認することに、労働の喜びも悲しみもある。労働論がこのように言っているということです。前回の勉強会で、「労働の編成」という言葉を使いました。これはつまり、労働において私が社会的対他存在であることの中身を、現実的に意味します。どのような労働市場が作られているか、あるいはどのような労働組合があるかというようなことが具体例となります。ここで改めて労働の編成ということを言う理由は、普通、近代資本主義社会における市場では、経済学的にいうと、労働の編成を決める理論的な根拠がないということになっているわけですね。アダム・スミスを継承する新古典派経済学では、利己的かつ合理的に自己決定できる個人が社会を構成していますから、これが労働の中でどのような集団を作るかということはそこからは問いえない形になっています。実はマルクスの資本論を純化して捉える経済学でも同じことです。ここでは、労働力すら資本主義社会では商品化されているところにポイントがあるわけですね。労働力は商品ですから、これは自動車だとかペットボトルだとかと同じように、市場で売買される。で、市場の売買の法則にのっとってその価格も決まるということになりますから、ちょうど自動車の組織なんてことが問いえないと同様に、労働力商品の編成などということも問いえないわけです。それが両方の経済学が言っていることであって、したがって近代の市場社会では個人は孤人である、という一般的な話になるわけです。

作者:orpheus

更新日:2008年10月31日 14時16分

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「政治の現象学」終章 回帰-政治と倫理

「政治の現象学」終章 回帰-政治と倫理を掲載しました。

終章 回帰――政治と倫理

第一節 倫理的なものの反乱

一 政治の技術化のはてかえって倫理的なものの反乱が経験される

結論として、述べておきたいことはただ一つ、君主は民衆を味方につけなければならないことである。(1)

 このように、政治はいつもその「客体」――「民衆」――との関係でしか自らを認証することができない。これは、政治がその正当性の根拠を、自らのうちにはもたないことを暴露するとともに、だからこそまた、自己の根拠づけを求めて、政治が「他者」へと促されるものであることを告げている。
 前章までの私の政治的経験史では、こうした意味での典型的な政治形態は、ただ党であった。ただ党だけが、自らの根拠を本来的に剥奪された場所で経験されたのである。そして、あらためてくりかえすまでもなく、党の戦術こそは、党が他者=大衆へと促されていく根本的な媒介形態であり、また党は、他者へと自己を否定(実現)することによってしか自分を認証しえないものであることを、この戦術が露呈させたのだった。
 しかし、ひとはここであらためて奇異に思うかもしれない。なぜなら、政治が自己正当化の根拠を求めて自分の外へ出ていく努力は、通常はなによりも倫理的な衣裳のもとに経験されているからだ。たとえば党にしても、「共産主義的人間の共同体」であり、「将来社会の萌芽形態」だと自己主張される。これが、「無責任な大衆」に対比した、一種マゾヒスティクな自己確認につきるのでないとしたら、端的に倫理的な自己正当化となることは明らかである。これに反し、党の戦術的実践には、本来倫理的な性格は何もなかった。倫理といえば、まさに自らの「革命技術主義的かたより」に耐える、一種逆説的な倫理しかそこにはなかったのだ。

作者:orpheus

更新日:2008年10月27日 11時55分

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「政治の現象学」第7章 党

「政治の現象学」第7章 党を掲載しました。

第七章 党

第一節 プロローグ――遠方から

一 政治的な遍歴の途上にある私のところへ遠方から党が帰還する

レーニンは、丸い帽子をかむり、顔を凍らせながら、贅沢な花束を両腕に抱えて、「皇帝の間」に、歩いてゆくというよりも、むしろ走りこんだ。部屋の真ん中まで走りこんだレーニンは、まるで予期しない障害物にぶつかったように、チヘイゼ〔ソヴェ卜指導者〕のまえにぴったり立ちどまった。そこでチヘイゼは、いままでの憂麓な表情をそのままに、精神と文句ばかりでなく、声音までも修身教師の容子を注意深くまねながら、つぎのような「歓迎の辞」をのべた、「同志レーニン、われわれは、ペトログラードソヴェト全革命の名において君をロシアにお迎えする……しかしながら、われわれは、現状の革命的デモクラシーの主要任務は、国内および国外からするあらゆる種類の攻撃にたいして、われわれの革命を擁護することであると信ずるものである。……われわれは君がこの目標にたいするわれわれの努力に協力されんことを希望してやまないしだいである」。チヘイゼは演説を終った。わたくしはことの意外に狼狽した。しかし、レーニンはこんなことの扱い方はすっかり心得ているように思われた。彼は、いま起ったことが自分にはまるで無関係であるかのように突ったったまま、ぐるっと周囲を一瞥し、取り囲んでいる公衆を見わたし、「皇帝の間」の天井をじろじろ眺めさえした。そして花束(彼の容子全体とは恐ろしく不調和な)を持ちかえ、それから〔ソヴェト〕執行委員会の代表連にもぐるっと背を向けて、こう答えた。(1)

 このようにして、革命に沸きたつロシアへレーニンが帰ってきた――「封印列車」に乗って「遠方から」。だがレーニンとともにやってきたのは、実は党というものだったのだから、党としての彼は本当はどこへ帰ってきたのか。また。ペトログラードの駅頭で党はだれに出会ったのだろうか。……

作者:orpheus

更新日:2008年10月20日 19時23分

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日本の新左翼運動

日本の新左翼運動-二つのピークとその帰結
(「情況」情況出版2008年9月号)
                               長崎 浩

 この二〇年余り、欧米諸国に比べても日本社会の平穏さは際立っている。問題がないのではない。冷戦体制が終結したにもかかわらず、むしろそれゆえに、世界の局地的な戦乱は増加して国際政治の重大案件として登場している。これに伴って日本にも応分の「国際貢献」が迫られることになり、その都度、「平和憲法」の拡大解釈がなされて自衛隊が戦乱の外縁部に派遣されるにいたった。しかし、かつてあれほど日本の戦後史を彩った「戦争反対」の運動が、これにたいして起こることはない。また、日本経済はこの十年余バブル経済崩壊による低迷から抜け出すのに苦労しており、その過程で失業率が五パーセント以上に上昇した。戦後の混乱期を除いて、かつて経験したことのない不完全一雇用の状態である。しかし、労働組合の反撃という話はどこにもない。総評(日本労働組合総評議会)といえば「昔軍隊今総評」といわれたほどに、かつては強力な労働組合のナショナルセンターだったが、組織自体がもう存在しない。
 第二次世界大戦の敗戦から半世紀の間に、日本社会の何が、どのように変貌したのだろうか。この間に日本の新左翼は大衆的な政治運動の二つのピークを作り上げる。戦後の日本社会の変貌はこの運動の歴史的帰結であった――とはいわぬまでも、新左翼運動が戦後史に特有のメルクマールを刻んだことはたしかである。本稿は新左翼運動の歴史的評価の試みである。
注、本稿は二〇〇二年にアメリカの読者を対象に書いたものである。

作者:orpheus

更新日:2008年10月12日 23時35分

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『政治の現象学』 第6章 政治権力

「政治の現象学」第6章 政治権力を掲載しました。

さきに第四章で、集団の自己意識の飛躍が、組織の規約をめぐる集団討論を通じて進行するありさまが記述された。集団は、それまでに緊密に結合してきた「仲間」の分裂によって、自分とは誰かを以前にもましてはっきりと知るようになった。とりわけこの分裂が、さきの例では規約をめぐってひきおこされたことは象徴的なことである。なぜなら組織の規約とは、まさに自分が誰であるかを(形式的に)自己規定するものにほかならないからだ。
 集団の分裂と飛躍を通じて獲得されたこの集団の規約が、集団の制度の一例であることはいうまでもない。それゆえ、いまや集団の自己意識は、この集団独自の制度として組織内で形づけられるまでにいたったのだと、先の例を総括してよいであろう。
 さらにまた前章では、集団が分裂という形で外化した矛盾を再内面化して、集団は政治家=アジテーターと大衆の関係を、指導と被指導の関係として構造化するようになった。たとえば、規約が定める中央委員会と地方支部の関係のごとくに、指導関係を構造化するのである。だとすれば、さきの集団討論も、「中央集権的党組織か否か」をめぐってたたかわされたのであり、これも端的に集団内の指導のあり方を問うていたということもできる。指導の問題が、組織の自己意識の制度化(規約)に深くからんで提出されたことが、ここでもうかがわれるのだ。
 私の政治的経験史は、すでにこのように、集団の制度というものの一端にふれてきた。集団の制度化というこの段階で、レーニンも、組織することは規約を作成することだと端的に断定したのである。そこで私の経験史も、集団の制度化という経験に、いまや正面から出会うことになったのだ。
 制度といっても、一般に社会制度や政治制度と呼ばれているものだけが問題なのではない。むしろ、たとえばヴァレリーが制度(convention)の名のもとにあげた、「社会、言語、法律、道徳、芸術、政治」などを、制度的なものの現象形態としてイメージすることのほうが重要だ。なぜなら、私の経験史が見出すのは、既成の、日常的には自明の制度的諸形態の存在ではなく、むしろこうした諸形態を共同意志形成の具象化として自らつくりだしていくことにある。それゆえ、政治制度としての組織の規約にしても、その明文化された条項のあれこれが重要なのではなく、第四章でも規約はそのようには経験されなかった。総じて、論点は制度一般ではなく政治の制度に限定され、しかも、あれこれの政治制度の検討・比較ではなく、逆に制度的なものの生成をこの私が掌握することなのである。……

作者:orpheus

更新日:2008年10月12日 23時31分

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