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トップ > haken > haken - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月3日 10時)
記事を無料公開するのは損か得か?
アメリカの新聞サイトへのアクセスは、05年夏頃から急成長を始めた。こうした変化は、アメリカの新聞社にどのような変化をもたらしたのだろうか。●新聞サイトを見ている人の利用パターン ニューヨークタイムズは、「タイムズセレクト」と名づけた有料課金を05年9月に始め、2年後の昨年9月にやめている。グーグルやヤフーなどの検索からのアクセスが予想以上に大きく増えたためと理由を説明しているが、実際その間、新聞サイトへのアクセスは急増している。 米新聞協会のサイトに掲載されているニールセン・オンラインのデータによれば、ニューヨークタイムズが有料課金を検討していたと思われる05年7月までは、月1回以上、新聞サイトにアクセスした人(ユニーク利用者)は4000万人から4400万人ほどのあいだを上下していた。ページビュー(以下PV)も平均すると17億ほどだった。前年も、年平均のユニーク利用者数が4100万人、16億弱のPVと05年とあまり変わらない。ところが、ニューヨークタイムズが有料課金を始めたまさにその05年夏からふたたび成長を始め、ニューヨークタイムズがタイムズセレクトをやめた07年9月の翌月の利用者数は6000万人、月間PVは30億を超えた。つまり、04年から05年にかけて新聞サイトへのアクセスはあまり伸びなかったにもかかわらず、05年夏からの2年で利用者数が1・5倍、PVは倍近くになっているわけだ。その後もさらに伸び、この8月には利用者数は7000万に近づき、月間PVは34億を超えた。 各新聞サイトは、こうした変化に驚いたはずだ。前々回書いたように、クリスチャン・サイエンス・モニターが日刊での新聞の発行をやめウェブに重点を置くことにしたのも、こうした変化を受けてのことだろう。 おもしろいことにニールセンのこのデータでは、一人平均アクセスするページ数や滞在時間、訪問回数はここ数年それほど増えてはいない。04年は年平均で新聞サイトの利用者は月に7・16回アクセスし、38・44ページ見て、月間合計滞在時間が35分前後だった。今年8月には、月に8・52回アクセスし、50ページ近く見て、合計滞在時間が43分になった。月1回強アクセスする回数が増え、アクセスしたときに見るのが5・36ページから0・5ページだけ増えたといった変化でしかない。PVが増えたのは新聞サイトの利用者そのものが増えたからにほかならない。 とはいえ、新聞サイトに平均で月に8・52回アクセスし、1回あたり6ページ弱見ているというのはそうとうに利用していることになる。もちろんリンクをたどって1回だけアクセスした人も多数いるわけで、そうした利用もあわせて平均でこの数字なわけだから、かなりの数のアメリカ人が毎日のように新聞サイトにアクセスし、新聞を読むぐらいの数の記事をチェックしていることになる。 しかも、この数字は「新聞サイト」のデータである。ヤフーなどのポータルやCNNなどのニュースサイトへのアクセスを含めれば、はるかに数字は大きくなる。そうしたことを考えると、「ニュースはネットで読む」という習慣がかなり浸透していることになる。 新聞協会のサイトには1940年以来の新聞数と販売部数が載っている。平日の新聞の部数減少は04年までは1パーセント以下だったが、それ以後は前年比2パーセントから3パーセントに拡大している。そして、この1年は下げ幅がさらに拡大した。前年9月からの1年で平日の新聞の販売部数が4・6パーセント減ったことを、米ABC協会が10月末に明らかにしている。 これだけ新聞サイトが利用されているのだから、新聞購読者数が減るのも当然だろう。 ●無料公開によって大幅に増えたページビュー 新聞をめぐってこのような環境変化があったわけだが、ニューヨークタイムズが1000万ドルあった「タイムズセレクト」の収入を捨てて広告収入に賭けたほうが儲けが大きくなると判断したのは、どのような計算にもとづくのだろうか。 ニューヨークタイムズは、高値で売れるプレミアムの広告スペースは1000回の表示(CPM)が15ドルから50ドルといった価格で売れるが、広告ネットワークなどが介在し売りにくいスペースなどは1ドルということもあると説明している。仮に平均10ドルとすると、年1000万ドルを稼ぐには10億PVが必要だ。ニューヨークタイムズのサイト利用者数はアメリカの新聞サイトのトップだが、かなり高いハードルに思える。 しかし、「タイムズセレクト」をやめた昨年9月の時点で、利用者数が1470万人だったのが、1年後の今年9月には37パーセント増えて2010万人になったという。PVがどれぐらい増えたのかははっきりしないが、冒頭の米新聞協会のデータによれば、新聞サイトにアクセスした人は07年9月に一人平均48・77ページ、08年8月には49・36ページ。ニューヨークタイムズの利用者も同じぐらいのページ数にアクセスしているとすると、利用者数にこの数字をかければ、おおまかなPVの予測ができる。07年9月が7億1692万、08年8月は9億9213万、差し引きすると2億7521万PVの増加。年換算すれば33億PVを上まわる。10億PVのハードルを軽くクリアしていることになる。 ●1ページビューは0・2円? 実際の広告収入はどれぐらい増えたのか。 第3四半期のネット広告の収入は、前年の6750万ドルが7440万ドルへと690万ドル増えた。これは、ニューヨークタイムズ社傘下のボストン・グローブやインターナショナル・ヘラルド・トリビューン、アバウトなどの各サイトも含んだ数字だ。アバウトは前年の2470万ドルが2870万ドルへと400万ドルの増収だ。傘下のほかの新聞サイトやアバウトの増収分も除くとニューヨークタイムズ紙のサイトのみの増収は4半期で200万ドルぐらい、年にすれば800万ドルぐらいではないか。 失った1000万ドルの有料課金収入をまだ取り戻せていないにしても、もうまもなくカバーできるはずだ。 PVの増加は目標の3・3倍にまでなっている計算なのに、増収は目標の8割にとどまっている。PV増によって期待できる増収額の24パーセントにしかなっていない。1000回の広告表示料金を10ドル平均として計算したのが高すぎたのだろう。2ドル40セントにすると計算が合うことになる。プレミアムの広告スペースが15ドルから50ドルといってもそれ以外の広告はやはり厳しいようだ。 アメリカのネット広告全体が2桁成長しているわけだから、ニューヨークタイムズのサイトの増収は、タイムズセレクトをやめたためばかりではないだろう。しかし、有料課金登録の増加がそれほど期待できないのであれば、無料化してネット広告収入の増大にはずみをつけたほうがいいという判断はたしかに成り立つ。 ところが、今年になってまったく逆の判断をした新聞がある。ウォールストリートジャーナルだ。次回はこの新聞が何を考えたかについて。 afterward ニューヨークタイムズにはほかの新聞サイトよりも熱心な利用者がいて、上の数字よりPVがもう少し多いということはあるかもしれないが、05年の月間PVが5億台半ばという記事がいくつかあるので、実態から大きくはずれているということはおそらくないだろう。 ただ、次回とりあげるウォールストリートジャーナルのように有料課金をやめると利用者一人あたりが見るページ数は減ることがある。competeの1ア クセスあたりに見るページ数や滞在時間からするとニューヨークタイムズの場合はどうもあまり減っていないようだが、そうだとすると、PVの伸びはもう少し 小さく、したがってCPMはもう少し大きいかもしれない。 関連サイト●米新聞協会の「Trends & Numbers」のページ(http://www.naa.org/TrendsandNumbers.aspx)にアメリカの新聞サイトの利用者数の変遷が掲載されている。 (週刊アスキー「仮想報道」Vol.559)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年12月1日 0時0分
ニューヨークタイムズは生き延びられるのか
ジャーナリズムの最高峰と多くの人が賞賛してきたニューヨークタイムズは、急速な収入減に見舞われ、いずれ資金がショートしかねない情勢になってきた。●ニューヨークタイムズが「投機的」の格付けに 10月23日のニューヨークタイムズの決算発表では、CEOのジャネット・ロビンソンが、新聞の広告収入の持続的な低落はもはや免れがたいことを認めた。ジャーナリズムの最高峰と多くの人が賞賛してきたこの新聞の前途が暗澹たるものであることを感じさせるショッキングなものだった。 第3四半期の収入は9パーセント減。前年の7億5400万ドルが6億8700万ドルに落ちた。営業利益も2800万ドルが1000万ドルへと65パーセント減。S&Pによるニューヨークタイムズの投資格付けは3段階さがって「BBマイナス」になり、「投機的」とされるレベルになった。格付けが落ちたことで株価も低落し、04年の高値の5分の1になった。借金をするにしても、高利で借りなければならない。 ニューヨークタイムズが保有しているキャッシュは4600万ドルなのに対し、負債は11億ドル。CEOも負債の圧縮に努めると言い、配当の見直しに言及した。58パーセントの所有権がある自社ビルや傘下のボストン・グローブの売却などを模索するのではないかと見られている。 印刷版の広告の売り上げの落ちこみが大きく16パーセント減。とくに大きく減少したのは「クラシファイド」と呼ばれる不動産や求人の小さな広告だ。前年同期から29パーセントも落ちている。クラシファイドは広告収入全体の3割弱を占めており、アメリカの新聞広告の屋台骨のひとつである。 ウェブが普及し始めてまもない94年ごろ、経営コンサルタント会社のマッキンゼーが、「ウェブに進出しなければクラシファイドを小さな広告会社に奪われてしまうだろう」というレポートをニューヨークタイムズに出した。ショックを受けた経営陣が急遽サイトを立ち上げたという経緯がある。 しかし、そうやってウェブに進出しても結局はダメだったようだ。クラシファイドを奪ったのは「小さな広告会社」ではなくて、「クレイグズリスト」である。このサイトは、アメリカの大都市などの一部の広告は有料になったものの、格安もしくは無料で広告を掲載している。●ネット部門は大幅増だが‥‥ この第3四半期発表で、明るい点がまったくなかったわけではない。 ネット広告の売り上げは10パーセント増で7400万ドルになった。それにともなってネット部門の収入も7パーセント増えて8500万ドルになり、売り上げ全体の12パーセントを占めるまでになった。しかし、それだけでは新聞の売り上げ減をカバーすることはできない。 大事件が起きるとニュースの需要は増えるが、この時期のネット広告の収入増は、大統領選挙と金融危機による「特需」の面もあるようだ。金融危機の勃発で新聞の広告収入が増えるなどということはありえないが、ネット広告はアクセス増がそのまま収益につながる。 さらに、傘下におさめた「アバウト」からの収入が16パーセント増えて、昨年の2470万ドルが2870万ドルになった。営業利益も71パーセントの大幅増で、昨年同期の629万ドルが1000万ドルの大台に乗った。アバウトは、利益率も25パーセントから40パーセント近くへと大幅に上がっている。アバウトがなければ、ニューヨークタイムズは利益がなかった可能性があり、その貢献はきわめて大きい。前に、「ニューヨークタイムズはアバウトになったほうが儲かる」みたいな半分皮肉の記事を紹介したが、儲けだけ考えればまったくそのとおりである。 ●印刷版の減収スピードが速すぎる ここ数年のなかでウェブ版ニューヨークタイムズが行なった重大な決断としては、「タイムズセレクト」と名づけた有料課金の廃止がある。 ニューヨークタイムズは、05年9月、コラムや記事アーカイヴへのアクセスを有料にした。料金は年契約で49・95ドル、月決めは7・95ドル。78万7000人の登録者のうち22万7000人がお金を払った。「料金の壁」を作られたコラムの書き手たちからは不満の声も出たが、売り上げは年1000万ドルになったという。 しかし昨年9月それをやめ、87年以降の記事を無料にした。23年から86年までの記事は有料だが、1851年から1922年のすでに著作権のない記事についても無料だ。ニューヨークタイムズは膨大な記事のアーカイヴを無料公開したわけだ。 利用者としては、こうした方針転換は大歓迎だが、経営が苦しい新聞社が1000万ドルの儲けをみすみす放棄したのはなぜだろうか。 ひと言で言えば、有料課金して得られる儲けよりも、無料公開してネット広告で得られる儲けのほうが大きいと判断したわけだ。ウェブ版ニューヨークタイムズの幹部はそう説明している。検索や他のサイトからのリンクを使ってやってきた人々は、お金を払ってまで読もうとはせず、課金の壁にぶちあたればいなくなってしまう。「グーグルやヤフーその他のサイトがもたらすトラフィックがこれほど爆発的に急増するとは思わなかった」とこの幹部はニューヨークタイムズの記事でコメントしている。 05年頃には、グーグルはもう十分に大きな影響力を持っていた。なのに、それ以後、状況が変化したというのはどういうことだろうと思うが、DiggやDeliciousなど、日本で言えば「はてなブックマーク」のようなネット上で共有できるソーシャル・ブックマークが浸透したことも影響しているのではないか。 有料課金をやめた直後の1年前の決算発表では、サイトを検索エンジンに最適化させた効果の大きさを幹部が力説していた。ウェブ版の立ち上げから10年以上経って、ニューヨークタイムズはようやくネットでのビジネスの仕方を会得し始めたのだろう。 先月の決算発表でもCEOのジャネット・ロビンソンは、ビジネス関係の記事を充実させたところ経済セクションのページビューが前年同月比66パーセントもアップしたと説明している。 とはいえ、印刷版の収入の減少はウェブからの収益増のスピードを明らかに上まわっている。大規模なコスト削減を急激に行なわないかぎり、いずれ資金がショートしてしまう。 新聞サイトのなかではもっとも多い利用者数を持つというニューヨークタイムズでもこうなのだから、ほかの新聞社の窮状は容易に想像できる。ニューヨークタイムズだけが消えてなくなるのであれば問題はそれだけのことだが、新聞が軒並み消えてしまったとき、いったい社会に何が起こるだろうか。 ネットの時代になって「マスメディア」はすこぶる評判が悪い。しかし少なくとも日本では、ネットがマスメディアの機能を大幅に代替できるようにはまだなっていないと思う。マスメディアにいろいろな問題があることは確かだが、新聞が消滅してしまえば、社会の監視機能の停滞は避けられないのではないか。 afterward ニューヨークタイムズがやったようなウェブの記事アーカイヴの無料開放がもたらす効果について、アメリカではどのように考えられているのか。本格的な崩壊過程に入り始めたように思われるアメリカの新聞の状況とともに、次回以降ももう少し詳しく見てみたい。 関連サイト●新聞ジャーナリズムにショックをあたえた10月23日のニューヨークタイムズの決算発表(http://www.nytco.com/pdf/3Q_2008_Earnings.pdf)。●求人や不動産などの広告を無料もしくは低価格で気軽に出せる「クレイグズリスト」。現在は、このように日本の求人や不動産の広告も扱っている(http://tokyo.craigslist.jp/)。 (週刊アスキー「仮想報道」Vol.558)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月26日 3時23分
新聞が毎日発行されなくなるのはもはや時間の問題?
アメリカで始まった紙の新聞の「死」はゆっくりと、
しかし確実に日本の新聞にもやってくるにちがいない。
アメリカでの変化は大方の予想を超えた速度で進んでいる。
●波紋を呼んだ5万部の全国紙のウェブへの移行
アメリカの新聞の状況は、そうとうに悪い。日本でも知られている新聞社が倒産したり、発行を中止しても不思議ではなくなっている。
アメリカの新聞社は広告料収入の割合が高いが、広告料の低下を防ぐために発行回数を減らし、広告枠の価値を維持しようとするところも出てくるのではないか‥‥などと思っていたら、クリスチャン・サイエンス・モニター(以下CSM)が、アメリカの全国紙で初めて日刊の発行をやめ、ウェブ版に重点を移すことを明らかにした。
CSMはその名のとおり宗教団体から資金提供を受けているが、国際面の記事などが評価されている。ピュリッツァ賞も7回受賞している。しかし、70年代に22万部を超えていたのが、いまは5万部台になってしまった。
日本の全国紙は、読売新聞の1000万部を筆頭に、朝日が800万部、経営が苦しいと言われる毎日新聞でも380万部、産経新聞が220万部と桁が違う。アメリカの新聞社はよくそんなに少ない部数でやっていけるものだと思うが、通信社の配信記事に頼っているところが多く、日本の新聞のようには経費がかからないと言われている。しかしCSMは、ロシア、中国、イスラエル、インドなど11か国に記者を送っていて、APやロイターなどの通信社への依存度は、たいていの日刊紙よりも低いらしい。
3号前に、ニューヨークタイムズがもしいま印刷版の発行をやめてネット版だけにしたら収入が1/5になるし、日本の新聞も控えめに見ても1/10以下にはなるだろうと書いた。ネット版だけにするのはそうとうにむずかしいはずだが、CSMは、何をどう考えたのか。CSM自身の説明も含めていくつかのメディア情報を総合すると、次のような計算ができる。
●紙の新聞の発行をやめると経営が改善する?
ニューヨークタイムズの記事によれば、CSMのサイトは現在月300万ページ見られており、それを5年で2000万から3000万にするのが目標だという。そうなれば、サイトを安い広告だけで埋めても維持可能になると編集長は言っている。
ウェブサイトからの現在の収入は年130万ドルだから、ページビューが2000万を超えて7倍になり、それにともなって収入も7倍になるとしたら780万ドルの増収になる。ビジネスウィークによれば、CSMの年商は1250万ドルだそうだから、これは少なくない額だ。
5万人の購読者がネット版に来るようになって毎日1人10ページずつ見れば月1500万ページビュー。印刷版をやめてネット版に力を注いだことによるアクセス増があれば、目標の月2000万から3000万のページビューは達成できる。
しかし、紙の新聞の購読者は毎日10個の記事を読むかもしれないが、ひとつのサイトで毎日10ページ読んでもらうのはたいへんだ。現在のサイト利用者は月150万人なので、見ているのは一人平均月2ページにすぎない。印刷版の購読者は、検索経由で来る人よりは熱心に読むだろうが、それにしても150倍見てくれるとはとても思えない。利用者数を増やし、ページビューを稼ぐ新たな方策はやはり練らなくてはならない。
印刷版CSMの広告収入は100万ドル以下で、アメリカの新聞にしては珍しく購読料収入の割合が高い。それだけに日刊の発行をやめるダメージは大きいはずだ。
現在の印刷版の購読料は年219ドル。それによって同紙は900万ドルの収入を得ている。印刷版を完全にやめれば、購読料900万ドルと100万ドル足らずの広告料がなくなる。年商1250万ドルが250万ドルほどに激減し、やはり1/5になってしまう。
ただ来年4月から、日刊をやめるかわりに週刊の印刷版を出すそうで、その年間購読料は89ドルと発表されている。週刊になってとるのをやめる人もいるかわりに購読し始める人もいるだろう。仮に購読者数が同じとすれば、540万ドルの減収にとどまる。
日刊での発行をやめることによって印刷や紙の経費が減り、さらに編集部門から100人、営業部門から30人の削減を考えているとのことで、現在の1890万ドルの赤字が13年には1050万ドルへと840万ドル減らせるという。赤字削減は、広告の収入増(印刷版広告の収入減をがあるので700万ドルの皮算用)と購読料の収入減(540万ドル)との差し引き(160万ドル)と、コスト削減による。とすれば、コスト削減効果は、840万ドルから160万ドルを引いた680万ドルということになる。実際はもう少し大きなコスト削減効果を見こんでいるようにも思われるが、この計算では、2570万ドルの経費が26パーセント削減される勘定だ。
結局のところ、こんどの決断の成否は、ページビューをどれぐらい増やせるかにかかっているわけだが、目標が達成できれば教団からの資金提供は、現在の1210万ドルから370万ドルに減らせるという。
こうした計算はアメリカのほかの新聞社でもやっているはずだ。CSMのネットへの移行が成功すれば、追随するところも出てくるだろう。アメリカのたいていの新聞は部数が少なく、広告収入が重要なので、それが得られれば、経営的には紙でもネットでもどちらでもいい、というところがそもそもある。印刷版の発行頻度を大幅に減らして経費を削減し、ネット版に移行する新聞社は今後かなり出てくるかもしれない。
●日本の新聞はどうなる?
経営が苦しいのはCSMだけではない。昨年あたりまではまだ新聞の買収が相次いであったが、ここに来るともはや買い手がいない、といったことも起きているようだ。
もっとも、こうした話は数か月前から出ていた。「リーマン・ショック」のあと経済混乱が拡大し、広告収入がいよいよ落ちこむことが予想される。ネット広告も伸びは鈍化するだろうが、それでも成長は続くだろう。経済の混乱によって、新聞の淘汰とネットへの移行が促進され、メディアの地図がよりいっそうのスピードで塗り替えられていくにちがいない。
日本の新聞はどうなるだろうか。
日本の新聞社は購読料収入の割合が高いので、広告の変化がおよぼす影響はアメリカに比べれば小さい。新聞離れが進んでいるとはいえ、アメリカに比べればまだまだ読まれてもいる。だから、印刷版をやめるのはさしあたり自滅行為でしかない。しかし、いよいよ広告が集まらなくなれば、発行頻度を減らして広告枠の価値を維持し、ウェブに力を注ぐことも、選択肢のひとつになってくるはずだ。今回やったように、失われる購読料と期待できるウェブ広告料の増収、それにコスト削減効果を秤(はかり)にかけ、さらに「毎日発行するのが新聞の使命」という社会的な役割も考慮しながら、経営判断を迫られることになるだろう。
afterward
10月23日に第3四半期の決算を発表したニューヨークタイムズは、投資格付けが3つ下がって「投機的」とされるレベルになってしまい、ほんとうに持つのかといった声も出てきた。次回は、アメリカの新聞サイトのトップでもあるニューヨークタイムズの危機について。
関連サイト
●「クリスチャン・サイエンス・モニター」のサイト。日刊での印刷版の発行をやめてネットへ移行するという大胆な決断を行なった編集長は、この7月、ニューヨークタイムズ社傘下の「ボストン・グローブ」から移ってきている。
●BusinessWeekの記事‘The Christian Science Monitor to Become a Weekly’by Jon Fine
●ニューヨークタイムズの記事‘Christian Science Paper to End Daily Print Edition
’ by STEPHANIE CLIFFORD
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.557)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月24日 3時10分
「拷問が普通」になったアメリカ
米人気ドラマ「24」は2話に1回行なわれる拷問に軍やFBIの取り調べ官からも批判が寄せられた。このドラマの第2の主人公は「拷問」かもしれない。●オバマと混同された「24」の黒人大統領 アメリカの人気ドラマ「24」の決断力に富んだ黒人大統領の登場がオバマの支援になったのではないかと前回書いた。こうしたことはアメリカのメディアでも言われている。 黒人大統領デイビッド・パーマーを演じたデニス・ヘイスバート自身も、オバマ支持を明確にしているばかりか、レストランに行くと、「あなたに投票するよ」と真顔で言われてびっくりしたなどと、インタビューで答えている。 とはいえ、「24」がオバマの味方をしたという批判がメディアで出ているわけではない。 パーマーが大統領になったのは02年の「シーズン2」で、そのときには、オバマが大統領候補になるなどと思っている人は誰もいなかった。彼が注目されるようになったのは、04年の民主党大会での演説からだ。 おまけに「24」は、ブッシュ政権の強硬な対テロ政策を支援するドラマと見られてきた。制作したフォックスは、イラク戦争報道のあいだ画面の片隅に星条旗 をはためかせ、中立的な報道をしていないと批判されながらも視聴率を獲得してきたテレビ局だ。そして、国のためなら法を無視して残虐な拷問をする主人公 ジャック・バウアーは、イラクのアブグレイブ刑務所やキューバのグァンタナモ基地での虐待を正当化するものと見られた。●「24」の拷問がアメリカの評価を落としている? 「ペアレンツ・テレビジョン・カウンシル」の調べでは、アメリカのテレビに登場する拷問シーンは、96年から01年までの6年のあいだに102シーンだっ たのが、02年から05年までの4年で624シーンになったという。年平均で10倍になったわけだ。「24」には最初の5シリーズで67の拷問シーンが あったそうで、テレビ番組のトップ。計120話中67回、つまり2話に1回以上、拷問をしたことになる。 また、このテレビ監視組織は、かつては拷問をするのが悪役だったのに、いまはヒーローがやっていることも問題視している。 「24」はまさしく主人公のバウアーが拷問をしている。指を折るとか刃物で突き刺すなどといった古典的な方法から、さまざまな電器器具を使ったり、ひど い痛みが走る薬物注射をしたりとアイデアが駆使され、タフなわれらの主人公バウアーは、「テロ攻撃が迫っているので何でもあり」とばかりにためらいもなく 拷問をする。見ている我々もいつのまにかその行為を応援している。 こうした拷問シーンのオンパレードに対しては、人権団体ばかりか、軍やFBIの幹部までが制作者たちに抗議に来たそうだ。安全保障のためには法律を無視していいという「24」のメッセージはきわめて危険で有害であり、アメリカの国際的な評判を落とすというのだ。 昨年2月の「ニューヨーカー」誌が06年11月の彼らの訪問のようすを詳しく伝えている。 抗議に来たうちの一人はイラクで取り調べをした軍人で、「24」を見てそのまま取り調べのブースに行き、見たとおりのことをやろうとする兵士もいたと証 言している。通訳に拷問されているかのように悲鳴をあげさせ、それをほかの収容者に聞かせて怯えさせ、情報を引き出そうとした。直接に肉体的苦痛を与えた わけではないにしても、これは心理的な拷問にあたり許されないと言っている。 この日やってきた陸軍士官学校の教官を務めている准将は、拷問に寛大になってしまったのは「24」のせいだとまで言っている。「24」のような人気ドラマ のDVDは戦地のアメリカ兵のあいだでも人気があるそうで、「国のため」と法を無視して命がけで戦うバウアーを見て、自分もその気になってしまうというの はきわめてありそうなことだ。末端の兵士ばかりでなく、いまや幹部候補生にも「法律を守るべき」と納得させるのがむずかしくなっていて、それは「24」の 影響だと非難している。 実際の取り調べ現場では、熱狂的なイスラム原理主義のテロリストに拷問をしても効果がないという。 1万2千人もの取り調べをやったというFBIの専門家は、彼らは殉教者になりたいと固い決意を持って行動しているので、痛めつけられるのをむしろ歓迎し 望んでさえおり、おまけに「24」のようにもう少し我慢すると目的のテロが起こることを知っているとなれば、なおさら白状したりはしない、たとえ情報を漏 らしたとしてもそれは信用できないと言っている。 現場の人間はこうしたことを体験的に知っている。 理解していないのは政府で、ブッシュは、テロ容疑者に「強い手段」を使えるようにすべきだと言ったが、それは現場を知らない人間の発想ということになるらしい。 ●新シリーズの隠れた主人公は「拷問」? 彼らの抗議は制作者たちに受け入れられなかったようだとニューヨーカー誌は書いているが、その後の展開を見ると、そうではなかったことになる。 昨年前半にアメリカで放送されたシーズン6は視聴率が芳しくなく、制作者たちに衝撃が走った。 展開がマンネリ化したことも理由のひとつだが、世論が変わってブッシュの支持が落ち、史上最悪の大統領とまで見られるようになり、収容者たちへの虐待も恥ずべきことだという意識が広がった。バウアーの拷問についても批判的な見方が強くなった。 来年1月にアメリカで放送されるシーズン7は、脚本家組合のストのためということで1年先延ばしにされてきたが、その背景には、軌道修正が必要になって脚 本づくりが難航したこともあるようだ(さらに、これは私の推測だが、大統領選への影響に対する危惧もあったのではないか。少なくとも、特別編の放送を11 月23日と選挙後に設定したのは選挙への影響を考えてのことではないか)。 脚本家たちが当初考えたシーズン7の案では、バウアーが罪の意識にかられて、アフリカで贖罪の日々を過ごすという大胆なものだったらしい。しかしこれは フォックスの幹部が受け入れなかった。いままでの話の流れとあまりに違いすぎるというわけだ。バウアーがアフリカにいるという設定はそのままで、その地か ら米議会に呼び出され、法律に反した行動をとったと糾弾される。しかしバウアーが、自分の行動は正当だったとあくまで主張するストーリーになったと、今年 2月2日のウォールストリートジャーナル紙は伝えている。 いずれにしても「24」の路線は微妙に変わり始めているのだろう。このような変化があったせいかどうかはわからないが、強力な共和党支持者である 「24」のプロデューサー、ジョエル・サーノウは、シーズン7制作の途中で降りてしまった。世論が変わり、もはや自分の出る幕ではないと思ったのかもしれ ない。 取り調べの専門家たちは、異常者でないかぎり、拷問をした人間も心理的なダメージをうけると言っている。バウアー役のサザーランドはさしあたりシーズン 8まで契約しているが、拷問に対する批判がいよいよ高まれば、最後の最後でバウアーが発狂してしまうなどということもありえなくはないのかもしれない。 afterword アメリカで来年1月に放映される「シーズン7」では女性大統領が登場する。予告編を見ると、幼稚園の園長先生役にぴったりといった感じの太ったおばさんで、ヒラリーやペイリンとは似ていない。しかし、こんどは女性大統領の誕生に貢献することになるだろうか。 関連サイト●「24」の拷問シーンなどに対する非難を詳しくレポートしている昨年2月のニューヨーカーの記事「Whatever It Takes」(http://www.newyorker.com/reporting/2007/02/19/070219fa_fact_mayer)。 「マイアミ・バイス」の脚本や「ニキータ」のディレクションなどもしてきた「24」のプロデューサー、ジョエル・サーノウについても焦点を当てている。 トップページの写真がサーノウ。黒いサングラスをかけて葉巻きをくわえているのは演出だろうが、「いかにもハリウッドのプロデューサー」といった雰囲気が 漂っていて、「24」ファンは一見の価値があるかも。●シーズン7やアメリカで11月23日に放送される2時間枠の特別編の予告などが見れるサイト(http://24fans.net/)。●アメリカで来年放送されるシーズン7の制作過程をめぐる顛末は、ウォールストリートジャーナルの今年2月2日の記事「Reinventing '24'」が詳しい(http://online.wsj.com/public/article/SB120189888101136151-Z18jWjAG0AjlJLrgenFgng5SJ_U_20090201.html?mod=rss_free)。なぜこの経済紙がかくも詳しく書くのかと思うが、同紙は、フォックス同様マードックの傘下にあり、一般紙入りをねらっていると言われている。 (週刊アスキー「仮想報道」Vol.556)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月10日 16時42分
「オバマ大統領」を準備したもの――米人気ドラマ「24」
11月4日に迫ったアメリカ大統領選挙の勝敗を分けるものは何なのか。7年にわたって放映されてきた人気テレビドラマも大きな影響をあたえたにちがいない。 ●黒人政治家のイメージを大きく塗り替えたドラマ 11月4日に迫ったアメリカの大統領選挙は、オバマの勝利が有望になってきた。 世論調査で当選確実と見られていた黒人知事候補が負けたことがあり、今回も最後までわからないというが、アメリカの人気テレビドラマ「24」は、アメリカ史上初の黒人大統領誕生への原動力になったのではないか。 「24」は、背が高く決断力に富んだ黒人大統領デイヴィッド・パーマーが信頼を集める一方で、ウォーターゲート事件で失脚したニクソン大統領に似た白人大 統領が、何とも優柔不断で無能、おまけにテロリスト一味に荷担していたという衝撃的な展開で進んでいく。日本でもフジテレビ系列などで放送された。 この白人大統領は、顔は不人気なニクソンに似ているが、名前は「ローガン」で、ブッシュ同様、超保守派の大統領と見られてきたレーガンを思い浮かべさせも する(それぞれLとRで始まるので同じなのは語尾だけだが、名前ということでいえば、オバマとパーマーも韻を踏んでいる)。 息もつかせ ぬ展開というのはこのこととばかりの意表を突く場面が次々と繰り出されるが、ドラマずれしている妻は、「わかりきった展開」などとバカにして途中で見るの をやめてしまった。というわけで、誰もが「意表を突く展開」と思ったわけではないようだが、でもまあ純真な夫のほうはそう思った。 それ はともかく、このドラマを見続けた全米の膨大な視聴者が、「あの頼りない白人大統領と比べて黒人大統領の決断力はすばらしい。黒人大統領でも何の問題もな いじゃないか」と、黒人政治家への信頼感を潜在意識に強く植え付けられただろうことは容易に想像される。黒い肌の色はネガティヴな要素というより、むしろ まったく逆で、薄汚れた感じのする白人大統領の外見と比べて、崇高な雰囲気が漂っていた。 こうした人気ドラマに黒人大統領ではなくて女 性大統領が登場し、その能力を存分に発揮して見せていたら、ヒラリー・クリントンに対する根強い反発も少しは和らぎ、民主党予備選で、オバマに勝てたかも しれない。「24」に出てくる大統領夫人たちは、頭はいいが精神不安定、あるいは悪役で、臨時支部長になった女性も誤った判断をするなど、「24」では、 女性の登場人物の指導力は、男性陣に比べていまひとつぱっとしなかった。そういう意味で、「24」の人気は、マケインやヒラリーのプラスにはならず、もっ ぱらオバマを利することになったはずだ。 ●9・11以後の世相に重なったドラマ アメリカの開放的な社会風土を愛してきた人々にとって、ブッシュ政権下の8年はそうとうに重苦しいものだった。ブッシュが当選したときには、アメリカに見切りをつけて「亡命」してしまった人々までいたという。 自由な気風を好むハリウッドもまた、おおむねブッシュ政権を苦々しく思ってきたようだ。この8年間のあいだにハリウッドが作った映画やドラマには、明らか にブッシュ政権への抵抗の意図をこめて作られたとおぼしきものが多数見られた。ブッシュ政権下のハリウッドがどのような動きをし、どのような作品を送り出 してきたかについては、おそらくすでに分析も始まり、今後も研究されていく興味深いテーマであるにちがいない。 「24」を見ていない人には少々わかりにくいかもしれないが、このドラマだけを分析しても、この時代のドラマ制作者の複雑な心理がわかるように思われる。今回は少しそうしたことを試みてみよう。 ●バウアーがためらいもなく拷問する理由 このドラマは、CIA傘下のCTU(テロ対策班)と呼ばれる架空の組織 が、アメリカを脅かす核や神経ガス、生物兵器などのテロに立ち向かうという設定で、人気を呼んだのは、9・11以後のリアリティに支えられたからだ(アメ リカでの放送は9・11のテロの約2か月後の01年11月6日に始まっている)。 最新作のシーズン6では、報復のための核攻撃を押し進める副大 統領や、令状なしの拘束を勝手に推し進める補佐官(いずれも白人)と、冷静な対応をする黒人大統領(暗殺されたデイヴィッド・パーマーの弟)の対比が鮮明 だ。ブッシュ政権下のアメリカでは、テロ対策という名目のもと、イスラム系住民の拘束が行なわれたが、そうしたことに対する批判の意図もこめられているよ うに見えた。 位置づけが複雑でなんとも興味深いのは、主人公のジャック・バウアーだ。1年半も中国で捕らわれて拷問されていたのに屈し なかったりと、ともかく超スーパー・ヒーローなのだが、この人物は「リベラル」とは言いがたい。国を救うためなら、身内も含めて誰であろうとためらわず残 虐な拷問をし、殺すこともいとわない。ひたすら国を愛し、そのためなら超法規的な行動をとる(というと聞こえはいいが、要するに法にのっとらずに暴力をふ るっているということだ)。 まあ、「法律があるからといって人殺しをしないようなスパイや特殊部隊のドラマはないよ」と言ってしまえばそれまでだが、バウアーは常軌を逸している。バウアーの暴力は、ブッシュのとった超法規的措置とどこがどう違うのか。 どのように考えればいいのか、あれこれ思いあぐねて、結局、次のようなことを思った。 ●世論のスケープゴート、ジャック・バウアー バウアーがひとり(ありえないような自己犠牲の精神のもとに愛国心あ まりの超法規的行動をして見せていれば、「テロの危機感をわかっていないドラマ」という非難は避けられる。黒人大統領が、「憲法の精神がだいじ」みたいな 「甘っちょろい」ことを言っても、バウアーが過激な行動をとり続けていれば許される。テロへの危機感が浸透している9・11後のアメリカを描くには、この 時代に過剰適応ともいえる適応ぶりを示しているバウアーのような人物が欠かせず、彼を登場させないことには、シーズン6で「市民的自由を擁護すべき」と いったことを黒人大統領に主張させることもむずかしかったのだろう。 などと思いながら、ネットで「24」に関する文献をあれこれ探していたら、こうした見方をしていた私には、衝撃的な記事が次々と見つかった。 「24」を作ったプロデューサーはかなりの保守派で、「24」は保守派の思想を広めるプロパガンダ・ドラマだというのだ。たしかにバウアーが、テロリスト たちに白状させようと執拗に行なう拷問の演出は、ブッシュ政権下で行なわれた「超法規的措置」に免罪符をあたえるものといえる。とはいえ、ブッシュ政権支 持の保守派が作ったドラマが、アメリカ史上初のリベラルな民主党黒人大統領を生む助けになったのだとしたら、何とも皮肉な話だ。 このドラマの背後では予想以上にさまざまな政治力学が働いて番組外でも波瀾万丈な展開があったようだ。それについては次号の「シーズン2」で詳しく書くことにする。お楽しみに! afterward 肌の色や性別で大統領の適性が決まるわけでないのはもちろんだけれど、黒人や女性の大統領の誕生を偏見が邪魔をしているのだとしたら、そうした感情を払拭するポピュラー・カルチャーは、少なくない威力を発揮するはずだ。 関連サイト●米フォックスの「24」のサイト(http://fox.com/24/)。24時間のあいだに起こったことを24時間かけて放送する「リアルタイム・ドラマ」なので、毎分ごとの詳細な動きが追えるなど、手のこんだサイトができている。●こうしたサブカル分野は、ウィキペディアがパワーを発揮する。主要な登場人物はもちろん、「24」批判についての項目まで、詳細な記述がある。これは米ウィキペディアの「24」関連ページを集めた「カテゴリ」ページ(http://en.wikipedia.org/wiki/Category:24_(TV_series))。(週刊アスキー「仮想報道」Vol.555)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月16日 11時56分
新聞収入はネット版に完全移行すると現状では1/10以下
ネット利用者は、メディアがネットに移行するのは当然すぎる話と思うが、
メディアは、みずからの「死」を受け入れながらでしか進行しないのかもしれない。
●ネット版に移行すればするほど苦しくなっていく新聞
新聞が、ネットに進出して何が起こっているか。数号前にとりあげた『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?』という本は興味深い数字を載せていた。
ニューヨークタイムズ紙の印刷版の有料購読者数は平日版が110万人、日曜版が170万人なのに対し、無料オンライン版の利用者は月4000万人いるそう
だ。しかし、印刷版の年間収入が15億ドルから17億ドルあるのに、オンライン版は2億ドルしかないという。オンライン版の収入が少ないことは容易に想像
できるが、具体的な数字を目にすると、いろいろなことを考えさせられる。
アメリカでは日曜版だけ、あるいは平日版だけの定期購読者もいる。平日版を30倍、日曜版を4倍して印刷版の購読者数を月間延べ換算するとサイト
の月間利用者数とほぼ同じ4000万人になる。印刷版の発行をもしいまやめると、ネット版の利用者が倍になり、収入が倍になったとしても年20億ドル弱か
ら4億ドルに激減することになる。
ニューヨークタイムズは少なくとも当分は印刷版の発行をやめないだろうし、ネット版と印刷版の読者は重複もしているからかなり荒っぽい計算だが、いずれにしても、読者のネット版への移行が進むほど、ニューヨークタイムズ紙が経済的に苦しくなっていくことは確かだろう。
こうした事情は日本でも同じだ。同じというよりも、日本の新聞社のネット版からの収入の割合は、ニューヨークタイムズ紙よりもはるかに少ない。日 経のデジタル収入はもっとも多くて全体の1割ぐらいあるようだが、これは有料データベースなども含んでいる。有料データベース収入がないほかのほとんどの 新聞社の収入は1パーセント程度で、ネットの経済的貢献度はそうとうに低い。だから、いま印刷版をやめたときのダメージは、ニューヨークタイムズ紙をはる かに上まわる。どんなに控えめに見ても、現状では1/10以下にはなるだろう。
●ニューヨークタイムズがアバウト・コム化する?
冒頭の本のニューヨークタイムズ紙に関する数字の出典は、米ヴァニティフェア誌06年9月号の記事だ。探して読んでみたら、次のようなことが書いてあった。
印刷版の収入15億ドルから17億ドルをオンライン版で稼ぐためには月4億人から5億人の利用者、つまり現在の10倍の利用者が必要だ。そんなこ
とはまず不可能で、できないのであれば、内容をもっと広告主の興味を引くものにする必要がある。特大サイズの靴を売っている広告主は、イラク戦争の記事で
はなくて、特大サイズの靴についての記事ならもっとお金を払う。
あるいは巨大SNSの「マイスペース」を参考にする手もあるという。ニューヨー
クタイムズのサイトは4000万人の利用者が月間4億8900万ページを見ている。マイスペースは、月5000万人の利用者が290億ページ見ている。ど
ちらも同じぐらいの数の利用者だが、マイスペースのほうは60倍のページにアクセスされている。ページビューが多いので、広告媒体としての価値が高い。マ
イスペース化すれば収入が増えることになる。
この記事を書いたミッシェル・ウォルフのほかの記事も読むと、彼は、実際にマイスペース化すればいいと思っているわけではないようだ。きちんとし た報道機関が必要だと考えているものの、新聞社が生き残るにはどうしたらいいのか、ネット・ビジネスの現状を踏まえていろいろなアイデアを出している。印 刷版と同じようなことをネットでやってもうまくいかないが、3億ドルかかっている取材費の大胆なコストカットに成功すれば「運よく」専門的なネット企業に 変身でき、ニューヨークタイムズはアバウト・コムになれるかもしれない、と皮肉っぽく書いている。
アバウトは、日本でも06年6月にリクルートと組んで、オールアバウトというサイトを作っている。「案内人」がいろいろな分野についてガイドを
し、広告を集めやすい。米アバウトは、ニューヨークタイムズが買収したが、日本でも、毎日新聞社と提携しており、新聞社との関係を深めている。
「案
内人」は、新聞記者とは比べものにならないわずかな報酬でコスト効率のいいコンテンツを作成してくれる。ただしウォルフによれば、「ページビューを稼ぐた
めの安っぽい記事を、アマチュアやホビイスト、熱狂的愛好家などにわずかの報酬で書かせて、広告主向けの大量のデータを蓄積し、ニューヨークタイムズの利
用者4000万人のうち3000万人を送りこんでいる」ということになる。アバウトにはもちろん役に立つ記事もあり、「安っぽい記事」という表現には異論
がありそうだが、ともかくウォルフはそう書いている。
どこのデータか書かれていないので、ニューヨークタイムズの利用者4000万人のうち
3000万人がほんとうにアバウト経由なのかはわからない。しかし、アバウトはさまざまなことに「答え」を提供してくれるので、検索などで上位に出てきや
すい。「集客力」があることは確かだろう。
●広告偏重でメディアは変貌する
この記事は、先に書いたように06年9月のもので、そのころはまだニューヨークタイムズのサイトは、コラムや過去の記事などを有料課金していた。 しかし、昨年9月、1923年から1986年までの記事などを除いて無料化した。広告収入でやっていく覚悟を固めたようだ。ウォールストリートジャーナル も、いまのところは有料課金をしているが、同紙を傘下におさめたマードックは無料化したいようだ。アメリカの有力新聞社は、ネットで広告ビジネスに賭ける 方向に向かっている。
ニューヨークタイムズはまた、ケーブルテレビ局のCNBCと提携し、同社の動画もサイトで視聴できるようにするなど、サイトの強化策をとっている。アクセスを集めて、広告収入を増やすつもりなのだろう。
その一方で、08年と09年あわせて2億3000万ドルのコスト削減をするという。この数字には人員削減は含まれていないというが、ニューヨークタイムズ
は、オンライン版や報道部門の記者も含めた人員削減もやっている。ネットのニュースメディアに伍してやっていくためには、新聞社の高コスト体質をあらため
る必要があるということなのだろう。しかし、広告の比重を高めていくことが報道機関としてのニューヨークタイムズにとってほんとうに望ましいことなのだろ
うか。
少し前に私が聞いたある講演で、ニュースメディア・サイトの編集長は、「トラフィックを集めて広告収入につなげるのがメディア」と何のためらいも なく口にしていた。あまりにミもフタもないメディアの定義で、正直なところ私はかなりゲンナリした。こうした流れが、ニューヨークタイムズ紙のような報道 機関を巻きこんで進行していくことには大きな疑問を感じる。しかし、もはや後戻りはできない変化が進行している。
afterward
上の数字は、ニューヨークタイムズ社全体ではなくて、ニューヨークタイムズ紙だけの数字だ。ニューヨークタイムズ社は、ボストン・グローブ紙など多くの新聞を発行している。またサイト利用者数はおそらく延べで、ユニーク利用者は1400万人だ。
関連サイト
●ヴァニティフェア誌06年9月号「Panic on 43rd Street」(http://www.vanityfair.com/politics/features/2006/09/wolff200609)。この記事を書いたミッシェル・ウォルフは、ウォールストリートジャーナルを買収したマードックにインタヴューするなど、新聞関係の記事をいくつも書いている。
●今年出たニューヨークタイムズ社の2007年年次報告(http://www.nytco.com/investors/financials/annual_reports.html)。表紙に、「読む/ブラウズする/クリックする/聞く/投稿する/ダウンロードする/再生する/議論する/…」と書かれている。ネット重視の姿勢がうかがえる。
●アンドリュー・キーン『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?――ウェブ2・0によって世界を狂わすシリコンバレーのユートピアンたち』(サンガ)
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.554)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月16日 11時55分
検索データベースに組みこまれた我々の個人情報のゆくえ
ウェブでなぜプライバシーが脅かされやすいかといえば、それはウェブがデータベースであるからだ。ウェブは、生活の場にもなってきたが、その本質は変わりようがない。 ●みんながみんなのことを書けばプライバシーはない ウェブは、SNSやブログで情報をやりとりして泣いたり笑ったり友だちを作ったりと生活の場そのものになってきた。だから、冷たいデータ ベースという感じはしない。しかし、その本質がデータベースであることに変わりはない。情報を作り発信するというのは、ウェブというデータベースのデータ を作っていることにほかならない。 こうしたウェブのありようは、当然ながら、プライバシーの問題にも大きな影響をおよぼす。 前々回、 「obama」と検索すると、アメリカ大統領候補のオバマについて、略歴から雇った人間の名前、あるいはオバマについて誰がこう言ったということまで情報 を集めて一覧表示してくれる検索を紹介した。こうした検索に見られるセマンティック技術が普及すれば、オバマのような有名人でなくても、技術的には、知り たい人の名前を検索すると、顔写真から住所、住んでいる場所の写真、日々の行動まで、ウェブ中の情報を掻き集めてきて一覧表示できるようになる。 たとえば、自分の名前で検索すると、「10月3日、渋谷でA子とどこそこに行く」「10月4日B子と新宿で落ち合い、どこそこのカラオケに行く」などと行 動履歴がずらっと表示される、などということも技術的には可能になる。検索エンジンは、A子、B子それぞれのブログから自分に関する情報を集めてきて、検 索結果ページに一覧表示すればいい。 こうして、個人情報を囲む壁はどんどん低くなっていく。というよりも、いまでも検索すればその人間 について書かれたウェブページの一覧は出てくるわけだから、すでにもうかなり低くなっている。そして、その情報が違っていたり、名誉をそこなうような内容 であれば、少なからず被害が生じる。 こうしたことの責任は、検索だけに押しつけるわけにはいかない。誰もが情報発信できるというウェブ2・0的状況があって、ブログやSNSでみんながみんなの情報を書くからそうなる。 これだけ都市化が進み、個人の分散化が進んできたなかで、突然お互いのことをかつてないぐらいに詳しく知っているという村社会的状況が出現しつつあるとい うのは、かなり奇妙なことだし驚くべきことだが、実際にそうなっている。個人情報の壁が低くなる社会というのは、かつてなく個人同士が近くなる社会であ り、近くなるばかりでなく、ほかの人についての情報が気軽に発信され、また読める社会である。 前回、有名なミュージシャンのポール・サイモンが、ウェブ2・0というのは山火事のようなもので、ミュージシャンとしての死をもたらすウェブ2・0に個人的には反対だが、好むと好まざるとにかかわらず世界はそうなっていくと言っていると書いた。 それにならっていえば、プライバシーを守りにくい世の中になるのはイヤだと思っても、もはやどうしようもない。もちろん技術的には多少の歯止めはかけられるが、ほかの人が自分について書くのを止められない以上、根本的には逃れられない。 ポール・サイモンのようなミュージシャンが、不特定多数の人々の情報発信によって自分たちのコンテンツが埋没し創造活動に支障を来たすと思っていること と、個人情報の問題は別のこととはいえ、どちらもウェブ2・0的状況がもたらす帰結という意味では同じである。ウェブ2・0がもたらす混沌によって、プラ イバシーの面でも問題は起きうるし、すでにもう起きている。 ●われわれはウェブという池のなかの鯉 なぜこうしたことになっているのかについては、情報学者の西垣通氏が『ウェブ社会をどう生きるか』という本の中で書いていることを参考にするとわかりやすい。 社会のシステムは個人のシステムの上位にあって、個人は自発的に動いているつもりでいるが、上位の社会システムから見ると、個人はそれほど自由ではない。 「池のなかの鯉は池から外に出られませんが、鯉はそういう制約を意識せず、自由に泳ぎ回っていると思いこんでいるはず」だと言う。 つまり、それ ぞれが自由に情報発信していると信じ、また簡単に情報発信できるのはすばらしいと思い、さらには自分の情報を開示するかどうかは自分で決めているように 思っているけれど、システムとしてみるとじつはそうはなっていない。あるいは、多くのコンテンツがタダ当然で手に入り、それはそれで快適だが、その結果、 システム全体としては(たとえば、すぐれたコンテンツや確度の高い情報が発信されなくなるといった形で)不都合が生じている、ということはありうる。 いまのウェブは、無名の人を有名にし、コンテンツの再生産をできるようにするところまでは役に立つ。しかし、すでに有名な人やプロの制作者が報酬を得るシ ステムとしてはまだ十分でないし、いろいろな不備もある。今後そうした仕組みができていくのか、それとも共有化志向が強く、巨大なデータベース以外の何物 でもないウェブでは、ついにそうした仕組みができないという可能性もある。 ●ウェブという「池」の構造には逆らえない 日本語のウェブに比べれば、英語のウェブは、まだしも収益を上げることが可能のように思われる。けれども、その大半は広告収入だ。 グー グルが広めた検索やコンテンツに連動して広告を表示する仕組みは、データベースであるウェブの特徴にきわめて合っていて、その性質をもっとも効果的に利用 できるものだった。データベースであるウェブの性格を活かせるなら、広告以外にも、コンテンツの再生産を支える収益を生む仕組みはできるかもしれない。し かし、他人が自分のことについて情報発信することを止められない以上、ウェブ2・0的状況によって個人情報の壁が低くなることは避けられないだろう。 全体を見たときと個々の行動では違うということはリアルな社会でもあることだが、ウェブでは、我々ウェブの参加者も我々が生み出すコンテンツもともに検索可能なデータベースのデータである。自然に作られた社会に比べて、相互監視も含めた監視がずっと容易だ。 ●ウェブ2・0礼賛時代は過ぎつつある? このところこうしたウェブの問題点を書いてきたが、ウェブがすごい発明であることには変わりない。 しかし、ウェブがまだ社会的に弱いメ ディアであったときには、ウェブの肯定的な面を強調することに意味があった。もはやそうした時代は過ぎつつあるのではないか。力を持ったグーグルに対して 賞賛一辺倒ではなくなってきたのと同様、ウェブのネガティヴな面に注目することが、だんだんと重要になってきた。ウェブ2・0の問題点を指摘する本が増え てきたのを見ても、ウェブ2・0についてもそろそろそういう時期になってきたように思われる。 afterword とりあげてきたウェブの現状に対する批判については、すべて賛同するわけではないし、実際のところマトはずれのように思われる点もなくはないのだが、少なくともその一部はあたっている。だからこそ無視できないのだと思う。 ●グーグルの地図検索、とりわけ「ストリートビュー」は、現実空間までもがウェブというデータベースのなかに組みこまれたことを象徴している。 ●西垣通『ウェブ社会をどう生きるか』(岩波新書)。一般ユーザーがインターネット上の活動に主体的に参加しやすいことは重要で、ブログやSNSな どのウェブ2・0は「一般ユーザーに直接はたらきかける効果的アプローチ」だが、ウェブ2・0の本質はIT業界のなかの一種の権力闘争にほかならず、「一 般ユーザーがいつのまにか広告業者にされている」と批判している。 (週刊アスキー「仮想報道」Vol.553)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月10日 17時21分
そうしてすべてはデータベースの項目(データ)になった
検索エンジンは、われわれが作成したコンテンツに
誘導してくれる装置だと思ってきたが、
実態はむしろ逆で、われわれは検索エンジンのために働いているのではないか。
●われわれが作成しているのは検索データ?
この欄の原稿を書くために、何日もかかって情報を集めてみたけれどおもしろい話が見あたらない、ということがかつてはときどきあった。最近は、
ネットの情報も充実してきてそんなことはなくなり、むしろ書くことがいっぱいあって困ることも出てきた。それは喜ぶべきことなのだが、別のことで、「あれ
あれ」と思い始めた。
大なり小なり苦労して書いた原稿をネットで公開すると、雑誌に掲載されていたときとは違った読まれ方をされる。雑誌では誌
面に定着されて、どういう枠組みで書かれているのかがページをめくる過程でわかり、そういうことを踏まえて読まれるわけだけど、ネットでの読まれ方はさま
ざまだ。定期的にアクセスして読んでくれる、どちらかといえば雑誌に近い読み方をする人がいる一方で、検索やどこかに張られたリンクをたどってやってき
て、さっと見て、またどこかへ飛んでいく人も多い。
もちろんどう読もうと、それは読み手の勝手だ。しかし、前回書いたような次世代検索と目されているセマンティック検索のコンセプトを知ると、コンテンツを作っている立場としては、ちょっと待てよ、という気がしてくる。
セマンティック検索がほんとうにうまく機能するようになれば、たとえば「富士山の高さはどれくらい?」などと検索すると、ウェブ中の情報をあたって「何メートルです」などと答えを返してくれる。その答えが載っているページをかならずしも見なくてもいいようになる。
これまで検索利用者は、ずらっと提示されたウェブページをひとつひとつあたって答えを探していたわけだから、とても便利だ。しかし、何日もかけて苦労して
ニュース記事を書いたりブログを更新したりしているほうは、そうやって情報を引っ張り出されると知って、「ひとの役に立ってよかった」とニッコリ笑って過
ごす気分になるだろうか。
●作者の影が薄くなるウェブ
実際のところ、セマンティック検索の時代にならなくても、ネットのコンテンツはすでにこうした扱いを受けている。著者が苦労して作りあげた著作物
というよりも、多くの場合、「データ」に過ぎなくなっている。ウェブというデータベースの部分に過ぎなくなり、そういう意味で、著作物の価値は低下してし
まっている。
ベンヤミンというドイツの哲学者は、かつての芸術作品にあったアウラが複製芸術からは消え失せていると言った。一回かぎ
りの芸術作品の持つ希少性やありがたみがなくなっている。印刷物やCDの音楽、映画館の映画などはすべてそうしたものだが、ウェブというデータベースの
データになったコンテンツはよりいっそうアウラが消えている。先のセマンティック検索の例に象徴されるように、もはや作者という存在すら影が薄くなってし
まっている。作者が見えなくなっているわけだから、著作権が無視されるのは当然だ。
データベースのデータに著作権が認められるのかという議論がかつてさかんに交わされた。なぜ議論されたかといえば、著作権があるのかどうか怪しく感じられるからだ。
こうしたことを思うとき、数年前にネットで評判になったショートムービー『EPIC2014』が描くメディアの近未来を思い出す。グーグルとアマ
ゾンがひとつになった「グーグルゾン」がネットの情報を編集してニュース記事を提供し始めたのに対し、ニューヨークタイムズが著作権侵害で訴えた。しかし
敗訴し、2014年にはネットから撤退してエリート層と高齢者向けの紙媒体だけの新聞になってしまったというエンディングだった。
こ
のエンディングのリアリティは年々増していると思う。誰もがコンテンツを作り情報発信できるウェブ2・0的状況の中では、プロが作ったコンテンツは埋没
し、制作費も捻出しにくい。「ネットでは十分な収益が得られないし、しかるべき扱いも受けられないのでネットから降りてしまいたい」内心そう思っているコ
ンテンツ制作者もいるはずだ。しかし、「ネット上にないものは存在しない」ということはますます真実になっており、現実的には降りることもむずかしい。
●ロングテールでは食べてはいけない
『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?』という本は、コンテンツのこうした苦境を問題にしている。
「ロ
ングテールから出てきたビジネスだけで成功できるエンターテインメント会社はいまだ見たことがな」く、「インターネットに投げこまれるユーザー作成コンテ
ンツが多ければ多いほど、良いものと悪いものを区別するのが難しくなるし、そこから収益を上げるのも難しくなる」。インターネットによって仕事をとられる
人々はインターネットの犠牲者だが、誤った情報が広まれば被害をこうむるのは一般国民で、無料の情報はわれわれの貴重なリソースである時間を奪う。もっと
も大きな犠牲者はわれわれ自身だと主張している。
ひと言でいえば、ウェブ2・0批判の本なのだが、著者はシリコンバレーのインサイ
ダーで、かつてはインターネット・カルチャーの信奉者だったそうだ。けれども、あるときこうしたことに気づき、変節した。その結果、アメリカでは、ウェブ
2・0礼賛派などからの激しい反発があったらしい。
●ウェブ2・0という「山火事」
この本の中でもっとも印象的なのは、一世を風靡したシンガー・ソングライター、ポール・サイモンの言葉だ。トップレベルのレコーディングをするに
は100万ドルが必要だが、CDが売れなくなっているいまの市場ではむずかしい。十分な資金も時間もかけられないので、音楽の質が落ちてしまう。活力あふ
れた新たな成長のためにはウェブ2・0という「山火事」が必要なのだろうが、短期的にはすべては明らかに荒廃に向かっている。だから、「ぼくは個人的には
ウェブ2・0に反対だ。ぼく自身の死に反対するのと同じように」とりあえず彼はそう思う。しかし、好むと好まざるとにかかわらず、どのみちこうした世界に
は行かなければならないのだと諦観している。
われわれは、(結果から見れば)データベースのデータを充実させるために、せっせとネットで情報発信をしている。たとえイヤだと思っても、もうどうしようもない。それは「いまの世の中はイヤだ」と言ってみてもどうしようもないのと同じである。
とはいえ、ネットの世界はあくまでも人工的な世界だ。ネットの基本的な構造が変われば、がらっと変わる。はたしてこれでいいのかと思ってみることがまった
くの無駄というわけでもない。ウェブ2・0にはもちろんいい面もあるし、そもそもウェブでは「ゲームの規則」がこれまでとは根本的に変わってしまってい
る。だから、この話はそれほど単純ではないが、少なくともいま起こっていることが何を意味しているのかはもっと考えてみる必要があることだろう。
afterward
少なくとも今後しばらくは、著作物の尊厳を失うことを承知でネットに進出し、データベースのデータと化すか、ネットの外で細々とした栄光にすがって生きるかという苦しい選択を、ネット外で生まれた著作物は強いられるのだろう。
関連サイト
●グーグルとアマゾンがひとつになった「グーグルゾン」にニューヨークタイムズが負けてネットから撤退し、紙媒体だけの新聞になってしまうというエンディングのショートムービー『EPIC2014』(http://probe.jp/EPIC2014/)。「しかし、ほかにも進むべき道は、おそらくあっただろう」と意味深な言葉で結ばれている。
●アンドリュー・キーン『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?――ウェブ2・0によって世界を狂わすシリコンバレーのユートピアンたち』(サンガ)
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.552)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月10日 17時8分
答えそのものを表示してくれる次世代検索
これまでの検索は、検索語を含んだウェブページのリストを表示するだけだったが、セマンティック検索は、ズバリ答えを表示する ●「今回の総裁選の候補者、福田康夫さんですね」 グーグルの検索は、人気ランキング順に表示されるので、注目度の高いウェブページはますます注目される。それがはたしていいことなのかと前に書い たが、たくさんのウェブサイトの一覧を表示するためには、何らかの順番をつけるしかない。ほかに方法がないのでは、と思うかもしれない。 しかし、そんなことはない。 それは探している情報そのものをズバリ表示してしまうことだ。 たとえば、「家から2時間以内の紅葉がきれいな温泉に泊まりたい」と検索すれば、候補地や交通手段、宿泊場所、最適な時期などを教えてくれる。 あるいは、「今回の自民党総裁選の候補者は?」と尋ねると、候補者たちの名前やプロフィールを答えてくれる。どこかのウェブページの情報なのでリンクは張られているが、いちいちウェブページを開いてみる必要はない。 もちろんいまは、こんなふうにはなっていない。ヤフーでもグーグルでも、検索語が含まれるウェブページの一覧が表示されるだけだ。 「今回の自民党総裁選の候補者」で検索すると、この原稿を書いている時点でグーグルの検索結果トップは、日テレ系報道番組「NEWS ZERO」のページ で、「安倍首相の突然の辞任から始まった今回の自民党総裁選。今回の総裁選の候補者、福田康夫さんですね」などと抜粋文が出てくる。 ヤフーのほうは、福田首相選出を伝える自民党のサイトのニュースページだ。 いずれも「今回」ではなくて前回の総裁選の情報だ。総裁選の告示から10日経ち、あと数日で選挙なのに、間が抜けている。しかも、ヤフーのほうは、もはや「候補者」ではなくて、福田「首相」が「選出された」というニュースだ。 ヤフーは、単純な人気ランキング順ではなく、登録しているサイトを重視して表示している。だから、公式サイトが上位に来やすい。自民党のサイトが出てきたのはそのためだろう。 グーグルもヤフーも人気ランキング方式を採用しているとはいえ、このように微妙な違いもある。 ●答えが出てくる検索サイトはすでにある ただちに答えを表示してくれる検索というのは、じつはもう姿を現わしている。今年マイクロソフトが買収した米「パワーセット」の検索だ。 このサイトで「Obama」と検索すると、オバマの顔写真と経歴が出てくる。何年にどこそこで生まれ、誰と結婚して、どんな本を書いたといったことが表示される。 「すごい!」と思うが、じつは、これはウィキペディアを検索している。 「なーんだ。それならこういう検索結果が出てきても不思議はない」と思うかもしれないが、おもしろいのは、履歴に続く部分だ。 「オバマ」「勝った(WIN)」とあって、「選挙」だとか「指名」などと並んでいる。 たとえば、「オバマ」「勝った」「指名」を選ぶと、「オバマが大統領候補の指名を勝ち取ったときに誰それがこう言った」だとか「誰それが副大統領候補とし て浮上した」などと表示される。いずれもウィキペディアのどこかの項目の文章で、オバマの項目にこのようにまとめて表示してくれる。 この検索は「セマンティック検索」といって、意味を理解して答えをはじき出していることになっている。 たとえば、「肝臓ガンで死んだ人は?」と検索すると、肝臓ガンで死んだ人の名前がずらっと出てくるし、「パリの人口は?」とか「東京で地震があったのはいつか」とか「糖尿病の原因は?」等々で検索してみるように、パワーセットのサイトは薦めている。 うまく答えられているものばかりではないけれど、ウィキペディアのふつうの検索ではもちろんこんなことはできない。通常の検索を一歩超えて、答えそのものを提示する方向に歩み出している。 ●「みんな」が作る次世代の検索 このパワーセットは、ウィキペディアのデータを使っているものの、オバマの項目には、「ソースはフリーベース」と書かれている。「フリーベース」のサイトに行ってみると、仕掛けがよくわかる。 フリーベースでオバマの項目を見ると、性別や生年、生まれた場所、子どもの名前や雇用歴、住んだ場所の一覧、さらには誰を雇ったとか、政治的な経歴まで、 ウィキペディアなどのオープンなデータがこと細かくリスト化されている。人物ごとにこうした明細ができているので、「肝臓ガンで死んだ人は?」と検索した ときには、「死因」の項目に「肝臓ガン」とある人のリストを答えとして返す、といったことをやっている。 フリーベースのデータは、フリーベースを使ったことを明示すれば、商用でも使っていいことになっている。パワーセットはこのデータベースを利用して、検索を提供しているわけだ。 「こんな表を作るのはたいへんだろうな。いったい誰が作っているんだ」と思うが、その答えは「みんな」である。 ウィキペディアは、誰もが編集し記事を書くことできる百科事典だが、このフリーベースも、登録した人は誰でも編集できる。 次世代のウェブと考えられている「セマンティック・ウェブ」は、「1984・11・25」に<生年>、「東京」に<出身地>といった具合にデータについて のデータをウェブの表記に加えておくことで、その言葉が何を意味しているかをコンピューターにもわかるようにし、言葉の意味を踏まえた処理をさせようとし ている。 問題は、この「データについてのデータ」をどうやって付け加えるかだが、フリーベースはそれを「みんな」にやってもらうことで成し遂げようとしている。 パワーセットは、ウェブ上の文章をコンピューターに分析させてセマンティック・ウェブ対応のデータを人手をかけずに生成しようとしているようだが、そのた めにはかなりのコンピューター・パワーがいる。難度が高く、いまのところはフリーベースのデータを使ったウィキペディアだけの検索にとどまっている。 ●グーグルの検索は、言葉の意味を理解している? 前に書いたように、グーグルはこうした力わざに対して冷ややかだ。その理由は、「今回の自民党総裁選の候補者」についての先の検索結果を見てもわかる。 グーグルの検索は、言葉の意味を理解して答えを返しているわけではない。検索語を含んでいるウェブページを表示しているにすぎない‥‥はずなのだけど、検 索結果には、まるで質問の意味を理解したかのように、「今回の総裁選の候補者、福田康夫さんですね」と検索結果トップの抜粋文に出てきている。「今回」と いうことについては理解しそこなっているものの、それを除けばまずまずの結果だ。 現在の検索がすでにこのようなレベルに達しているからこそ、グーグルはセマンティック検索に冷たいわけだ。 afterward 検索が、ウェブ中に問いかけてズバリ答えを出すようになると、ブログを書いたりといったことは、検索データベースのための作業のようになってしまう。次回はそれについて。 関連サイト●次世代の検索と目されるセマンティック検索を提供し始めているパワーセット(http://www.powerset.com/)と「Obama」の項目(http://www.powerset.com/explore/go/obama)。パワーセットを買収して傘下に入れたマイクロソフトは、自社のLive Searchと融合させ始めた。●「フリーベース」(http://www.freebase.com/)と「Obama」の項目(http://www.freebase.com/view/en/barack_obama)。アルファ版の現在、こちらは、簡単な略歴を除けばリストのまま情報が出てくるので、慣れないと、パワーセットのほうが使い勝手はいいかもしれない。 (週刊アスキー「仮想報道」Vol.551)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月10日 17時7分
グーグルはなぜブラウザを開発したのか
グーグルがまたまた驚くことをやってのけた。 ウワサはあったものの、 いかにもグーグルらしいブラウザの配布を突然始めた。 その理由は何なのか。 ●初心者が使えないブラウザ 9月初めにグーグルが配布を始めたブラウザ「Chrome(クロム)」は、アドレスバーで検索もでき、動きも速い。 「さすがグーグル」と思ったけれど、ただこのブラウザ、使ってみると、けっこう不思議だ。「インストールしてみたけれど、印刷どころか閉じることもできない。困った」とひそかに思ったネット初心者もいるのではないか。 クロムには、「ファイル」とか「編集」「表示」といったメニューバーがない。 URLが表示されているアドレスバーの横のアイコンに気づいてクリックすればメニューが現われるが、右クリックしてメニューを表示させたり、キーボード・ショートカットを使うほうが、これまでのブラウザ以上に楽だ。 「CTRLと Pを押して印刷するなんて、いまや誰だって知っているさ」とすでに知っている人は思うが、はたしてそうだろうか。印刷プレヴューの機能もないが、まさかプリントアウトなんていまや時代遅れだと思ったわけではあるまい。 また、ウィンドウ内にいくつもの画面が開くタブブラウザも、すでに一般化していると、使っている人は思うだろうが、私のサイトにアクセスしている人のう ち3人に1人はタブ機能のないIE6を使っている。タブ機能のあるブラウザを使ったことがある人は、タブ上の「×」をクリックすれば閉じることができるのを知っているが、使ったことがなければ戸惑うだろう。 「いかにもグーグルらしいブラウザ」という上のリードは、ネット最先端企業らしく初心者の存在が眼中にないブラウザという皮肉の意味もある。しかし、いく らネット・エリート集団のグーグルが作ったにしても、「メニューバーがないと初心者に使いにくいのでは?」という疑問が浮かばなかったとは考えにくい。 ●初心者の不便と交換に求めたものは? インターネット黎明期のブラウザはもっぱら文字を表示するためのものだったが、いまはウェブ上のさまざまなソフトを使うようになった。だから新しいブラウザを一から作り直す必要があったとグーグルは説明している。 グーグル自身も、ネット越しに使う電子メールやワープロ、表計算、プレゼンなどのソフトを無料で使えるようにしている。こうしたソフトを使うのでも動画 を見るのでも、画面は広ければ広いほどいいし、ブラウザの存在も意識されないほどいい。そのためにはメニューバーは邪魔で、初心者の不便を顧みずなくして しまった、ということらしい。 またこれまでのブラウザでは、検索ウィンドウとアドレスバーは別になっていた。それをひとつにしたのも、上部のスペースをすっきりさせ、表示画面を広くするための工夫でもあるようだ。 クロムでは、タブをショートカットにしてデスクトップなどに置ける。それをダブルクリックすると、アドレスバーもないページが開く。ますます画面が広く なり、ブラウザの存在は希薄だ。 これまでは、パソコンのソフトを使ってネットにアクセスしていたが、ネット上のソフトがまずあって、それをリンクなどの形 でパソコンに持ってきて使うというぐあいに順序が逆転している。グーグルが推し進めている「クラウド・コンピューティング」と呼ばれる、ネット上のソフト を使う次世代のコンピューティングの発想だ。 このブラウザを説明するためにグーグルが公開したコミックで、「われわれは、ユーザーがしようとしていることを邪魔したくない。ブラウザがないように思ってくれるなら、うまくいったことになる」と開発メンバーが語っている。 これまでのブラウザでも全画面表示にはできたが、たとえばテレビには画面にメニューバーはない。テレビに匹敵する動画表示装置にするためには、ブラウザ が意識しないものになっているほどいい。動画だけでなく、ワープロや表計算その他これからさまざまに開発されるウェブ上のソフトのためには、表示部分は広 いほど使いやすい。 またクロムのすぐれている点は、タブ画面がそれぞれ独立した作りになっていることだ。ドラッグしてタブの順番を変えたり、ブラウザから切り離したりでき るが、ひとつのタブが固まっても閉じるのはそのタブだけ。ブラウザがまるごとクラッシュすることは(原理的には)ない。こうした機能も、重いソフトを動か すためには必須のものだ。 「ネット初心者に使いにくいのでは?」と書いたが、初心者でなくてもさしあたりクロムは使いにくい。「お気に入り」はいままで使っていたブラウザから移せるものの、あまりにシンプルで、ツールバーにいろいろな機能を組みこんで使っている人には不便だ。 しかしグーグルは、クロムがそれほど普及しなくても、ほかのブラウザが技術を活かして発展してくれればそれでいい、と言っている。自分たちを脅かす可能性のあるマイクロソフトのブラウザのシェアが落ちてくれればそれでいいのだろう。 米ワイアードの記事によれば、CEOのシュミットが入社した01年には、グーグルの創立者2人はすでにブラウザの開発をしたいと言っていたそうだ。シュ ミットは、ブラウザ戦争を戦う力がグーグルにはまだないと止めた。しかし、06年6月頃から少人数での開発を始め、そのときにはもう止めなかった。グーグルは 十分に力をつけたというわけだ。 ●ブラウザの次はいよいよパソコンOSの無償配布か? グーグルは、ネットを使いやすくすれば自分たちの利益につながると考えているが、いくらブラウザの動きを速くしても、肝心のパソコンが立ち上がるのが遅 ければ、ネットがほんとうに使いやすくはならない。やはりOSそのものを開発しなければ目的を達成できないはずだ。 06年初めに、グーグル社内で「Goobuntu」と名づけたリナックスベースのOSを開発し使っていると報じられ、グーグルもそれを認めた。しかし、配布する予定はないとのことだった。 マイクロソフトの売り上げを直撃するパソコンOSの配布を始めれば、戦いはずっと激しくなる。また、ネット上のソフトを使うようになればなるほどOSに 依存しなくなり、OSの重要性も下がる。OSの開発や維持には莫大なコストがかかるし、そうまでして乗り出すのは割に合わないということなのだろう。 しかし、パソコンのOSをマイクロソフトに握られていたのでは、グーグルは、自分たちのビジネスに対する潜在的な脅威を取り除くことはできない。また利 用者のほうも、パソコンを使ってネットにアクセスしているかぎりは、OSの機能に制約される。 パソコンを立ち上げっぱなしにしているグーグルの社員はパソ コンの起動の遅さが気にならないかもしれないが、家庭のパソコンはそんなふうには使われていない。ネットとメールぐらいしか必要ない人にも、あるいはその まったく逆に、テレビ替わりに動画を見るなど、さまざまな用途に使っている人にも、パソコンの起動はあまりにも時間がかかる。 すぐ立ち上がりますます強力になっていくケータイという「ネット端末」に加えて、ネットにつながったテレビやゲーム機など「新興勢力」が次々と出てくるなかで、パソコンがいまの地位を守るためにも、 まったく発想の異なったパソコンOSはますます必要になっている。 マイクロソフトと戦う力もつけたし、ケータイのOSにも乗り出したし、時期は熟したのではないか。 afterward 私は、さしあたりおもにFirefoxを使っている。クラッシュ時に復元してくれるばかりか、アドオンを使って、開いたタブ画面群をいくつも保存しておくことができる。複数の仕事を並行させて進めても、開いたページを保存しておけるので便利だ。 関連サイト ●グーグルが9月2日に配布し始めたブラウザ「Chrome」のサイト(http://www.google.com/chrome)。 ●9月1日、グーグルから送られてきたメールにChromeを説明するコミックがあったのでまもなく公開されるだろうと、「Google Blogoscoped」というブログがスクープした(http://blogoscoped.com/archive /2008-09-01-n47.html)。グーグルもすぐに認めて翌日のダウンロード開始が発表された。 ●ダウンロード開始当日、米ワイアードがアップしたChrome開発の詳しいインサイド・ストーリー「Inside Chrome: The Secret Project to Crush IE and Remake the Web」(http://www.wired.com/techbiz/it/magazine/16-10/mf_chrome)。 (週刊アスキー「仮想報道」Vol.550)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月10日 17時5分
国をあげてグーグルに対抗しようとしているヨーロッパ
グーグルは、知識や文化にとって福音なのか。
災いなのではないかと感じた人もいる。
そうして国家プロジェクトが立ち上がった‥‥
●グーグルがヨーロッパにもたらした不安
フランスの国立図書館長ジャンヌネーが書いた『Googleとの闘い』という本からは、ヨーロッパがグーグルに対して抱いた危機感がはっきりと見てとれる。
04年12月14日、グーグルが英米の大図書館の本1500万冊を電子化してブック検索の対象にすると知って、ジャンヌネーは強い衝撃を受けた。蓄積され
た知識がすべての人々の役に立つという、かつて夢見られたことがついに実現すると興奮すると同時に、不安にも襲われた。
検索結果はすべて一挙に表示できない以上、順番をつけなければならない。こうしたブック検索によって、本の市場を支配しているアメリカの出版社の本が優位に立ち、文化的支配力がいよいよ強まるのではないか。
そう感じたというのだ。
翌年1月24日、ジャンヌネーはルモンド紙に、「グーグルがヨーロッパに挑むとき」と題した記事を寄稿し、フランス語文化を守るために行動を起こすべきだと呼びかけた。
この記事は私もその時すぐ読んだ。正直なところ、危機感をあおって国立図書館のデジタル化事業に資金を出させようという政治的な意図があるのではないかと疑った。
グーグルは英語圏の本のデジタル化だけをするわけではない。日本やフランスの本についてもブック検索を始めている。グーグルが、言葉の壁を超えてあらゆる
情報を届けたいと思っていることは確かだろう。だからグーグルにすれば、ジャンヌネーの懸念は大げさで、見当違いのものに思えたはずだ。
ジャンヌネーがこの本で書いていることに全面的に同意はできないが、とはいえ、それから少し時間が経ったいま、このフランス国立図書館長の言っていることも多少は理解できるような気がしてきた。
それは前々回少し書いたように、グーグルの検索が、人気ランキング方式にもとづいているという事実があるからだ。グーグルは、ほかのウェブページからのリ
ンクを支持投票と見てウェブページの格付けをしている。こうした人気ランキング方式では、検索結果で上位に出るものはいよいよ注目され、その地位がますま
す強固なものになる。グーグルだけでなくヤフーも含めて主な検索が採用するようになったこうした方法は、注目を浴びているものをますます注目させる働きを
する。
●日本でヨーロッパ的発想が受け入れられない理由
便利な検索によって埋もれていた情報が発見できるようになった一
方で、一極集中も起きるというのは矛盾しているようだが、ミクロなレベルでは、「ロングテール」と言われるようにたしかにマイナーな情報にアクセスされる
ようになる。けれども、たとえば、英語とフランス語の本を全体として比較してみれば、検索してアクセスされる度合いにはかなりの差が生まれ、その差は検索
によって拡大していくだろう。
「経済力がこうした格差を生むのだから仕方がない」と考えてすますかどうかは考え方しだいである。日本で
は、「仕方がない」という考えが強いかもしれないが、フランスは、しばしばそうした考えをとらない。そして、フランスのように頑固に自国文化にこだわると
ころがあるからこそ、アメリカの圧倒的パワーにもかかわらず、多言語文化が維持できているというところはあるはずだ。
ジャンヌネーは、この本の中で、「市場は国民と国家の上にあるのではない。政府も国民も市場を監視しなければならない」というドゴールの言葉を引用し、ヨーロッパの人々はこうした考えに組みしている、と書いている。
日本ではこのところ、こうしたヨーロッパ流の考えよりも、市場を重視するアメリカの考え方のほうが受け入れられやすい。それは、政府をまったく信用できな
くなっているからだろう。政治家や官僚に任せておくよりも、市場にゆだねたほうがまし、と多くの人が思っている。ヨーロッパがどんどん遠くなっているのは
そのせいではないか。
●乱立気味の検索プロジェクト
ヨーロッパでは、国ごとといってもいいほど各国で検索開発プロジェクトが進んでいる。
前回は
セマンティック検索の開発をしているドイツの「テセウス」というプロジェクトをとりあげたが、ドイツは、もともとフランスとともに「クエロ」という計画に
参加するはずだった。クエロは、音声や画像などのマルチメディア検索と多言語情報に重きをおいていた。しかし、ドイツはセマンティック検索に関心を持ち、
また協力を約束したドイツの首相が変わってしまったこともあって、結局、別のプロジェクトを始めた。
このほかノルウェーは、企業向けの
検索技術を持つファーストが中心になって「iAD」というプロジェクトを立ち上げている。また、その他の国が加わっているプロジェクトもある。さらには
EUも、テセウスやクエロを承認する一方で、自身でもマルチメディア検索に重点を置く「ファロス」計画を進めている。ヨーロッパでは、このように乱立気味
にさまざまなプロジェクトが立ち上がっている。
こうした動きは日本ではあまり伝えられないながら、官僚は動向をつかんでいたようだ。昨年4月にかなり派手に立ち上がった「情報大航海」プロジェクトはこうした流れのなかで生まれたものだ。
このプロジェクトは、グーグルに対抗する「日の丸」検索をめざしているなどと言われたが、立ち上げた経済産業省の官僚は、そうではないと力説していた。マ
ルチメディア検索やリアルタイムの検索に重点をおき、ウェブ検索だけでなく、医療情報や製造業の部品や設計支援ための画像検索、証券取引や企業内の情報処
理の異常検知、ICタグ情報の検索など、日本がもともと強い部分に力を入れると言っていた。グーグルを明確に意識して始まったフランスのプロジェクトなど
とは違い、グーグルへの対抗意識を鮮明にはしていない。
●MSのカネで検索開発をしているヨーロッパ?
アメリカは、ヨーロッパのこうしたプロジェクトに冷ややかだ。たとえばアメリカの有名ブログ「テックランチ」は、独禁法違反でマイクロソフトから多額の賠償金をせしめておいて、ヨーロッパはプロジェクトにお金を回している、とイヤミを言っていた。
グーグルやヤフーを生んだアメリカがこうした国策検索プロジェクトをバカにするのは理解できる。実際のところ、しぼりこんだプランに税金を注ぎこむより、多くの企業に製品を出させて市場の選択にゆだねたほうが、とくにネット技術の開発は効率がいい。
しかし、アメリカが自由市場にゆだねて開発を押し進めるのが望ましいと考えるのに対し、ヨーロッパは、利益追求をはかる企業を信用せず、一国の文化を左右
しかねないものについては国も関与すべきだと考える。こうした文化的な違いがこれらのプロジェクトにも現われている。一概にどちらがいいとは言えないだろ
う。
afterward
北欧のことを書いた回のネットでの反応などを見ても、日本ではアメリカ流の視点がきわめて深く浸透している。賛成でも反対でも基準はともかくアメリカで、その結果、選択肢が狭くなってしまっているのではないか。
関連サイト
●マルチメディアと多言語に重きをおいた検索技術の開発を行なうフランスの「クエロ」プロジェクト(http://www.quaero.org/)。国と企業がそれぞれ1億ドル近くを拠出する官民共同プロジェクトだ。
●フランス国立図書館長ジャン-ノエル・ジャンヌネー『Googleとの闘い――文化の多様性を守るために』(岩波書店)。上に書いたルモンド紙への寄稿を発展させて本にした。
●「日の丸」検索プロジェクトなどと騒がれた「情報大航海」(http://www.igvpj.jp/)。昨年春から3年間のプロジェクトだが、ネットでも、環境情報のRSS配信だとか、好みの動画を集め次々と再生できる「サグールテレビ」など、いくつかの成果を目にすることができる。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.549)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月10日 17時3分
講演のお知らせ
このブログでも前にお知らせしたように、Wired Visionのサイトで「ネットと広告経済の行方」というタイトルで半年ほど連載をしています。その内容にからめて「ネット広告がもたらす新経済圏と次の未来」と題して講演をすることになったのでお知らせしておきます。高額なので、お金と時間がある方は上のリンクから申しこんでください。(追記・主催者の好意で、私のブログの読者には特別価格で参加していただけることになった。リンク先の申込フォームの意見・要望欄に「歌田氏のブログを見た」と記入すれば半額で参加可能とのことだ。)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年9月25日 11時29分
グーグルが興味を示さないセマンティック検索
グーグルを超えようと思ったら、グーグルがやらないことをするという手がある。マイクロソフトやドイツなどがそのような次世代検索に乗りだしている。 ●日付検索に弱いいまの検索エンジン グーグルを初めて見たときから、すぐにでもできるだろうと思っていたのに、なかなかできなかった機能がある。日付を指定して検索することだ。 そう思っていたら、やがて「検索オプション」のページで過去 3か月、6か月、1年以内の情報に限定して検索できるようになった。昨年夏には少し変更し、24時間以内、1週間以内、1か月以内、1年以内の4つになった。ヤフーは、いまも3か月、6か月、1年以内の選択肢だが、たしかにそれよりはこの4つのほうが利用頻度は多そうだ。 グーグルでもっと柔軟に日付を指定して検索する「裏技」も発見されている。検索結果ページの長いURLのなかの「&as_qdr=d」などとあるのは日付の指定らしく、「d」を「d3」にすれば過去3日、「w4」にすれば過去4週間、「y5」にすれば過去5年といったぐあいに、検索オプションの選択肢がない日付内の検索もできる(ネットでは3d、4w、5yなど先に数字を入れると説明されているが、数字を後ろに付けなければ有効でないようだ)。 また検索ウィンドウで、"last updated * * 2003"とか"march * 2003"、inurl:2003などと指定して検索すると、この年に公開されたウェブページを見つけることができるとグーグルの非公式ブログに書かれている。しかし、" "で囲む検索は、ウェブページにこうした文字列が入ってなければダメだし、3つめのinurlはURLに2003が含まれていなければダメだ。 時間内の検索はできるようになったものの、検索結果ページでは、新しい順に並ぶわけでもない。通常のウェブ検索と同じく、「ページランク」と呼ばれるウェブページの格付け順に並んでいる。またそもそもこの日付は、ウェブページの更新日ではなくて、グーグルのクローラーがデータを集めた日だ。更新日とは少しずれている。 「2003…2006」といったふうに「…」を使うと、2003から2006までの数字があるウェブページの検索はできるが、何月何日から何月何日までといった期間指定をして検索することはできない。ブログ検索やニュース検索ではこうした指定ができるが、通常のウェブ検索では無理だ。フォーマットが一定していないウェブページは、日付検索というきわめてシンプルで、あれば誰もが便利と思うはずの機能が十分ではない。 しかし、未来永劫無理なのかといえば、そんなことはない。といっても、グーグルがいまの検索の延長上であれこれやってもかなりむずかしいだろう。 ●セマンティック検索に国をあげて力を入れているドイツ 「セマンティック検索」というのができれば、こうした問題はかなり解決されるだろう。ウェブ2・0という言葉が流行ったが、かねてから次世代のウェブと考えられていたのは「セマンティック・ウェブ」と呼ばれているものだ。 いまのウェブページは、人間が見れば意味がわかるが、コンピューターはわからない。2008/09/12と二〇〇八年九月一二日が同じ日付のことだということは人間はわかるが、コンピューターは教えこまないかぎり同じと認識しない。これは同じとひとつひとつ教えないですむためには、日付は日付とわかるタグ、更新日は更新日とわかるタグを付けてウェブページを作っておけば、コンピューターにも読みとれる。こうしたことを大々的にやろうというのがセマンティック・ウェブで、セマンティック検索もこうした技術をもとにしたものだ。 これの最大の難点は、タグを付けるため、ウェブページを作るのに手間がかかってしまうということだ。どうやったら簡単に作れるようになるかといったところで多くの人や企業が頭をしぼっている。 グーグルももちろんセマンティック検索に関心を持ち研究してはいるだろうが、これまで蓄積してきたウェブページのデータや解析が使えなくなってしまうこともあって、さしあたり積極的に乗り出すつもりはないようだ。 グーグルを超えるためには、グーグルがやる気のないこうした検索にトライするというのはひとつの方法だろう。実際、いろいろな企業が着手している。検索市場でグーグルに何としてでも追いつきたいマイクロソフトも、7月始めに、「パワーセット」というセマンティック検索会社を買収したと発表している。 またドイツは、「情報社会ドイツ2010」と名づけた国家プロジェクトの一環として、06年から30の大学や研究所、企業が参加してセマンティック技術の開発を始めている。 ホームページもできていて、「セマンティックは現在のインターネットを根本的に変える」とのことで、情報洪水の中で、知識は構造化されて蓄積されることによって始めて高度化でき、「次世代のインターネット(ウェブ3.0)では、構造化されたグローバルな知識や新たなサービスに簡単にアクセスできるようになる」と説明している。また、こうした情報基盤ができれば、新たなネット・ビジネスが生まれ、産業の活性化ができ、「ITベースのサービス・エコノミーの創造に貢献できる」とも言っている。 ●ヨーロッパはアメリカにはならない アメリカ流の考え方からすれば、こうした情報技術の開発を国をあげてやるのは無駄で、民間にまかせたほうが効率的ということになるだろう。 とはいえアメリカも、ただちに利益に結びつかない基礎的な科学技術については政府がお金を投じるべきだと考え、しばしばそうしたことを実行してきた。インターネットもそうで、アメリカ政府の資金を使ってずっと研究してきた。だから、アメリカも「なんでも民間で」というわけではない。しかし、ヨーロッパのほうがはるかに政府の関与を重視している。 ヨーロッパでは、ネットの基盤である検索技術を、グーグルのようなアメリカの民間企業にゆだねてしまっていいのかという疑問が出てきている。 いまは絶好調のグーグルだが、いつか会社が傾いて、どこかの会社に買われるかもしれない。プライベートな情報や貴重な情報をごっそり手に入れた会社が社会の利益に反するようなことをする可能性がある。こうした懸念もあって、ネットの基本的なインフラである検索は、国がかかわったほうがいいのではないかという思いがこうしたヨーロッパのプロジェクトの背景にはあるようだ。たとえばフランスの国立図書館長が書いた『Googleとの闘い』などにはこうした考えがはっきりと見てとれる。 ヨーロッパでは、グーグルが検索エンジン市場の8割近くを占めており、そのぶんいよいよ危機感が強い。 日本ではさしあたり、ネットのインフラである検索を民間企業が抑えていることにあまり疑問を持たれていないようだ。しかし、たとえば街角や家の鮮明な画像が見える地図検索のストリートビューによってプライバシーに対する懸念が高まるなど、問題が噴出すれば、ヨーロッパ流の考えも一理あると思われるようになるかもしれない。 afterward グーグルはついにブラウザまで開発して配布し始めた。何を考えているのかおもしろいが、次回以降ももう少し、上に書いたフランスの国会図書館長のグーグル批判や、セマンティック検索などのグーグルを超える試みをとりあげたい。 関連サイト●グーグル非公式サイト「Google Operating System」の昨年3月11日のエントリが日付検索の裏技を紹介している(http://googlesystem.blogspot.com/2007/03/restricting-search-to-date-range.html)。●セマンティック技術を中心に進めているドイツの国家プロジェクト「テセウス」のホームページ(http://theseus-programm.de/language/en?destination=front)。英語のページもできている。「ウェブ2.0+セマンティック=ウェブ3.0」だそうだ。 (週刊アスキー「仮想報道」Vol.548)
作者: 歌田明弘の「地球村の事件簿」
更新日:2008年11月10日 16時56分
グーグルのすごさとその限界が見えてきた
グーグルが始めた「ストリートビュー」は、グーグルのすごさをまたまた感じさせる。しかし、グーグルに対する批判も高まっている。 ●MSやアマゾンが先んじていた「ストリートビュー」 歩行者視点の街の風景を見ることができるグーグルの始めた「ストリートビュー」は、あまりにリアルに街の様子が見えてしまい、波紋を呼び、「問題シーン」だけを集めたまとめサイトまでで